7 祝福 ゾイ (第八日)


17章で、父はまたアブラムと契約をする。

カナンの全地。多くの子孫、王となる者。

そして

“「わたしは あなたを 多くの国民の父とする」”

... と、“アブラハム” という名にする。


父は、父との契約を守る しるしに

アブラハムにも身内や子孫にも、男子は

“前の皮に割礼を受けなければならない” と 定め

アブラハムの奴隷たちにも割礼をさせる。


妻のサライについても、“サラ” と 改名にして

“祝福し、ひとりの男の子を授ける” と 約束する。

アブラハムが血を分けた イシマエルのことは

アブラハムたちが勝手にしたこと。

父は責めなかったけど、父が子を授けるまで

待っていて欲しかったのかもしれない。


アブラハムは、百歳と九十歳で 子供が出来るなんて... と、ひれ伏したまま笑ってしまうけど

“その子が生まれたら、イサクと名付けなさい。

イシマエルも多くの子孫を残すが

私はイサクと契約をする”... と 父は言った。


父がアブラハムとの話を終えて 天にのぼると

アブラハムは、自分にも他の男子にも

サラの女召使いハガルが生んだ イシマエルにも

割礼を施した。この時、アブラハムは 九十九歳、

息子のイシマエルは十三歳。


「眩しいな」と、カナンの地 マムレの

大きなテレビンの木の下に、ミカエルと並んで座って、葉のすき間から零れる日差しに

蝶馬の白い羽と身体、ミカエルの真珠の翼が輝く。


「はい」


返事をした私に、片膝を立てて座っていたミカエルは、肩当てから赤いトーガを外して

私の頭から それを掛けた。


「“日焼け” するぜ?」


少し笑ってしまう。天使や悪魔はしないのに。


「地上じゃ、イシャーが よくそう言ってるだろ?

まだ幼い者まで 言ってたんだ」


「小さな子まで?」


「そう。リラの親戚の子どもを見に行ったら

友達と そう言って眉をしかめてた」


ミカエルは、それを見て

大人の真似をしてるのが かわいいと思ったらしい。想像してみたら、私も かわいいと思った。


「リラは今、まだラファエルの診療所で過ごしてるけど、リハビリを兼ねて、アリエルと一緒に

第一天シャマインから地上を見たりしてる」


「じゃあ、家族やルカのことも?」


「うん。こないだ、“Janne” のパンを持って行ったら 喜んでたぜ? パン オ ショコラ」


リラの父親が作るパンだ。嬉しかっただろうな...

私も 今度買いに行ってみよう。


話を聞きながら、蝶馬を手に乗せて

ふと 黙ったミカエルを見ると、私の方を見てたから、どきまぎとする。


「マリアみたいだ。マグダラの」


「えっ... ?」


マグダラのマリアは、聖子の恋人だっただとか

妻だったと聞いたことがある。

とてもナイーブな事だって気がするから、

私たち下級天使は、口に出して話すことも したことがなかった。


マリアは ブラウンの長い髪に、ブラウンの眼。

ブロンドでグレー眼の私とは、似ても似つかない。赤い聖衣を着けたそうだから、それでかな?


トーガの下で考えてると

「アブラハムは暑そうだな」って、すぐ近くの

天幕... テントを指差した。


アブラハムは、テレビンの木の向こう側の

天幕の入口の近くに座ってる。


アブラハムが ふと眼を上げると、三人の人が

少し離れた場所から、アブラハムに向いて立ってた。これは、18章。


アブラハムは、三人の人のところへ走って行って

座り込むと

“「わが主よ、もしわたしが あなたの前に

恵みを得ているなら、

どうぞ しもべを 通り過ごさないでください。

水を すこし取って こさせますから、

あなたがたは足を洗って、この木の下で お休みください。

わたしは 一口のパンを取ってきます。

元気をつけて、それからお出かけください。

せっかく しもべの所に おいでになったのですから 」”... と、もてなしをさせて欲しい と申し出た。


この辺りでは、旅人を自宅に招いて 饗すのは

進んで するべきことだったみたい。


歩いていると、砂埃で足が汚れるし

足は不浄を表わす部分でもあるから、洗うお水をあげる。それから食事で饗す。

なんだか、素敵な文化。


三人の人たちは、アブラハムに

“「お言葉どおりにしてください」” と 答えた。


アブラハムが天幕に走り込んで、サラにパンを焼くように言ったり、子牛を調理人に渡す間に

アブラハムの しもべの 一人が、皮袋に入れた水を

三人に渡して、足を洗ってもらってる。


テレビンの木陰。私とミカエルの隣に

三人の人たちが座った。


「... ミカエル」と、眼で聞くと

ミカエルは「そうだぜ」って、笑って頷いた。


人の姿をした この人たちは、天の人たち。

御使いが二人と、受肉する前の聖子。

まさか、こんな近くで見れるなんて...


聖子は、鎖骨を隠す 黒いウェーブの髪。

太くも細くもない黒い眉に、大きすぎない二重瞼の 穏やかな黒い眼。

くちびるの上や顎、まばらな頬のヒゲも

とても とても素敵。


白い亜麻布の衣を着た彼は、天の空気を纏っていて、温かい光を発してる。

アブラハムは すぐに、彼らが天の人たちだと

分かったみたい。


私たちが見えていないはずの聖子が、

ミカエルに向いて ほほ笑んだ。


「イース」と、片手を上げるミカエルに

片手の手のひらを示すと、蝶馬が 羽ばたきながら

空中を駆けて行く。


蝶馬が 聖子の手のひらに降りると

“「Hawwahak」” と、ミカエルに言い

私に向いて ほほ笑んだ。なんてこと...

「本当かよ?」と、ミカエルも笑い返してる。


聖子は、蝶馬の小さな額にキスをすると

白い蝶の羽に ふ っと優しく気息を吹く。

翼が 一度、虹の色に輝いた。

蝶馬も 聖子の鼻の先にキスをして

私たちの元に 羽ばたき駆けながら 戻ってきた。


アブラハムが戻ってきて、バターやミルク、

調理した子牛を 彼らの前に置いて、

給仕のために、食事をする彼らの 傍に立つ。


食事をしながら、一人が

“「来年の春、わたしは かならず

あなたの所に帰ってきましょう。

その時、あなたの妻サラには 男の子が生れているでしょう」” と 告げた。


天幕の中にいたサラは、入口の近くでこれを聞いてて、心の中で笑ってしまう。

この頃 サラはもう、月のものも止まっていた。


聖子は、アブラハムに

“「なぜサラは、わたしは老人であるのに、

どうして子を産むことができようか と言って笑ったのか。

主にとって 不可能なことがありましょうか... 」”

と、言い当てる。


心で 主を疑ったサラは、恐ろしくなって

“「わたしは笑いません」”と 打ち消すけれど

“「いや、あなたは笑いました」”と 聖子が返し

食事を済ませた三人は 立ち上がると、

テレビンの木陰を後にする。


アブラハムも彼らを見送るために ついて行くと

三人は、ソドムの方に向かった。

ミカエルと私も ついて行ってみる。


彼らは、堕落した罪重きソドムとゴモラの町を 視察するために、天から降りてきたようだった。


アブラハムは、彼らに近寄って

“「まことにあなたは 正しい者を、

悪い者と一緒に 滅ぼされるのですか」”と 聞く。


“「たとい、あの町に 五十人の正しい者があっても、あなたは なお、その所を滅ぼし、

その中にいる 五十人の正しい者のために

これを ゆるされないのですか。

正しい者と悪い者とを 一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。

正しい者と悪い者とを 同じようにすることも、

あなたは決してなさらないでしょう。

全地をさばく者は 公義を行うべきではありませんか」”... と、必死に祈るように聞いた。


“「もし ソドムで町の中に

五十人の正しい者があったら、その人々のために その所を すべてゆるそう」”


聖子が そう答えても、アブラハムは遠慮しながら

“それなら、四十五人だったら?”

“四十人なら?” “三十人なら?”... と

良い人が 十人になるまで 聞いてみてるけど、

きっと ソドムで、甥っ子のロトと その家族が

暮らしているからだろうと思う。


聖子は ずっと同じように答えていて、これにも

“「わたしは その十人のために

滅ぼさないであろう」”... と 答えた。


語り終わると、聖子は去って

アブラハムも 自分の所に帰って

ここまでが 18章。


19章は、“そのふたりの み使は

夕暮にソドムに着いた”... から 始まる。


ソドムの門には、アブラハムの甥ロトが座っていて、御使みつかいを見ると、近寄って地に伏して

“「わが主よ、どうぞしもべの家に立寄って足を洗い、お泊まりください。そして朝早く起きてお立ちください」”... と、もてなしを申し出た。


御使いたちは断ったのだけど、ロトが熱心だから

家に入って 饗しを受ける。


夜、ソドムの町の人たちが ロトの家を囲んで

“「今夜おまえの所にきた人々は どこにいるか。

それを ここに出しなさい。われわれは彼らを知るであろう」”... と 叫んでる。


この時の “知る” って言葉は、

“アダムは その妻を知った” と同じ意味。


つまり、ソドムの町の人たちは 二人の御使いを

性的な なぶりものにしようとして

ロトに “出せ” って言ってる。

この部分だけでも、この町で犯罪が蔓延していたことや、堕落の度合いなどが分かる。


ロトは 御使いたちを護るために、代わりに

“まだ男を知らない娘ふたり” を差し出そうとするけど、“よそ者なのに、我々をさばこうとしている”

と、町の人たちは治まらない。


御使いは、ロトを家に導き入れると

外からは戸口を目眩めくらましして

“私たちは、ここを滅ぼすために つかわされたから

この町にいる あなたの身内の者を、皆 ここから

連れ出しなさい”... と 勧める。


御使いたちは、夜明けに

躊躇うロトと その妻、二人の娘の手を取って

家から連れ出し、町の外に置いて

“うしろを振り返らず、低地では立ち止まらずに

山に逃げなさい” と 命じた。


ロトは、“山までは とても逃げられません” と

小さな町に逃げると言う。


ロトたちが、その小さな町 ゾアルに着いた時

日は 地の上に上がった。そして


... “主は 硫黄と火とを 主の所

すなわち天から ソドムとゴモラの上に降らせて、

これらの町と、すべての低地と、その町々の すべての住民と、その地に はえている物を、

ことごとく滅ぼされた”。


この時、ロトの妻は うしろをかえりみた

... ソドムの町に対する未練があったので

塩の柱になってしまった。


アブラハムが、低地のソドムとゴモラを眺めると

“その地の煙が、かまどの煙のように

立ちのぼっていた”。

けれど、主は アブラハムを思って

滅びの中から ロトと娘たちを救い出された。


ロトは 町で暮らすことが 恐ろしくなってきて、

娘二人と 山の洞穴で暮らすことにしたのだけど

ある時、姉が妹に

“「わたしたちの父は老い、

また この地には 世のならわしのように、

わたしたちの所に来る男はいません。

さあ、父に酒を飲ませ、共に寝て、

父によって 子を残しましょう」”... と 提案する。


国や民族、時代によっては

珍しいことでは なかったのかもしれないし、

滅ぼされた町から逃げて、隠れるように山の中で暮らしている... という、追い詰められるような精神状態や、血を繋ぐ ということを考えると、

理解出来ないことは ないのだけれど


創世記の2章

父が、アダムの元に エバを連れて来た時に

アダムはエバを よろこんで

... それで人は “その父と母を離れて”、

妻と結び合い、一体となるのである... と ある。


ロトの姉妹が考えたことは、自然なことではないと思うし、“ソドムで生まれ育った” という

ソドム... 堕落の影 を思わせる箇所。


だけど、姉は ロトにお酒を飲ませて そうした。

“ロトは 娘が寝たのも、起きたのも知らなかった” よう。

姉が妹に “あなたも” と 勧め、翌晩は妹が同じようにする。ロトは また何も気付いていなかった。


ロトの二人の娘たちは、父によって孕み

姉はモアブという子を産み、

妹は、ベニアンミという子を産む。


モアブは、モアブ人の先祖となって

ベニアンミは、アンモン人の先祖となるのだけど

後に どちらも長い間、イスラエル人と争う人々になった。




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