4 祝福 ゾイ (第八日)


そうして、こんな風に

本も読めなくなってしまうくらい

そわそわとしてしまうなんて...


風もないのに、桜の花びらが降る。

なんて きれいなんだろう。


春って、のどかで 落ち着くものだって

想像していたのに。


毎日、よく分からない ため息が出る。

気付くと “ミカエルは何をしているんだろう” って

考えてしまったりしてて、一人で赤くなったり。


「きれいだな」


真隣でした声に、思わずビクっとして見ると

アコだった。


「アコ...  何してるの? 深夜だよ?」


「うん。イタリアに買い物へ行って来たんだ。

ソリッドパヒュームとシャツ。

里に行って 散歩してたら、ゾイがいたから。

呼んだんだけど、気付かなかったな」


「えっ、本当に?」


「本当。隣に立って、10分経つ」


「嘘?!」


「本当」


ぼんやり し過ぎちゃってる気がする...

ふう って、小さい ため息をついていると

「まあ、恋なんだから仕方ない」って

アコが肩を竦めるから、また赤くなってしまう。


アコは、六山のおさたちとの連携のためと

六山の様子をみるため、しょっちゅう山を回って

長や、各山の霊獣たちと話しをしてる。


時々、その時に 私も喚んでくれる。

お店が終わった深夜に。


おかげで私も、六山の長たちや霊獣たちと知り合えた。“何かあったら喚んで欲しい” ということや

“普段は沙耶夏の店にいる” ってことを伝えてて

榊や浅黄、桃太以外にも

“二の山の蛇であるが... ” って、霊獣たちが

お店に食事に来てくれて、私も沙耶夏も嬉しい。


「何か飲む? 買って来るけど」

「ううん。私も行く」


消えて顕れるのに、はぐれないように

アコのジャケットを持つ。

不思議なんだけど、アコには 自然と

こんな風に出来る雰囲気がある。


アコが “順に行く” ことは知ってるけど

アコの方が相手を異性視しなければ

相手もアコが異性だという気が しないみたい。

私もアコを、異性だと意識したことがない。


それに、今もだけど

天でもボティスの補佐だった って聞いた。

私からすると、言葉も交わせないような上級天使だったはずなのに、その辺りも 全く意識させない。


「じゃあ、河川敷」って 河川敷に顯れて

カフェで お持ち帰りの珈琲を買う。


「クッキーも二枚」って アコが買って

河川敷の桜の下で、並んで食べた。


「ミカエルといると、緊張する?」

「あっ うん... 」


「無理もない。俺も最初は緊張した」って

クッキーを食べ終えたアコは 珈琲を飲む。


「天で話したことなかったの?」

「うん。用事がなかったし

他の天使との付き合いで 忙しかったから。

もちろん、ミカエルも大忙しだし」


そうなんだ...

上級天使でも それなら、下級天使は眼も合わない。天は地上より、ずっと広いし。


「でも、近くで見たことは 何度もある。

ボティスに付いていって、楽園で遊んでたから。

ミカエルが お前を見る眼は、上級でも下級でも

天使に向ける眼じゃない。恋する眼」


「もう... 」って、私も珈琲を飲む。

でもアコに言われても、からかわれてる気はしないし、なんだか楽になる。


「好きだって言った?」


「えっ? ううん... 」


「そう? 俺がミカエルだったら、言われたら嬉しい。言えばいいのに」


「そんな... だって、何て言うの?」


「だから、“好き” って」


二人で、ちょっと笑う。


「そうなんだけど、簡単じゃなくって」と

言ったら

「うん。じゃあ言える時に」って、降ってきた

桜の花びらを、自分の手のひらに乗せた。


「夢屋、してるんだって?」


「うん。沙耶夏のお店で」


「夢魔の術だろ? 俺も出来るぞ。

インクブスに友達がいるから」


「そうなの? ボティスも出来るよね?」


「そう。シェムハザの城で、俺も ラジエルの書を読んだ。夢魔の術に天の術を混ぜると 強力になって、見た夢は覚えてないらしいんだけど」


一度、試されたことがある。

その時は、ミカエルも眠らされて

同じ術を掛けられたけど

同じ夢を見たのかは分からない。

私もミカエルも、見た夢を覚えてなかったから。


「ちょっと これ見て」って、アコが

手のひらの上の桜の花びらを 私に差し出す。


「一枚でも きれいだね」


ふっ と、アコが花びらを吹くと

私の意識が 遠のいた。




********




アコだ...


夢の中で思う。私で 夢魔の術を試してる。


だって、草原にいるんだけど

周りに たくさん人がいて、全員アコだった。

いろんな格好してる。夢でしかない。


サーカスのテントがあるけど、カーニバルもやってて、移動式の遊園地もあれば、大人が遊ぶような ストリップバーもある。“ハレル ヤ”。

50人くらいのアコが ブロックで家を造ってたり、

川で釣りをしてるアコもいる。


話の流れから、やるとは思ったけど

なんて 素っ頓狂な夢だろう...

私が望んだ夢じゃないことは確か。


「面白い?」


浅黄みたいに、袴を穿いて

侍のようなアコが言う。喋るんだ...


「うん... 賑やかだね」


「じゃあ、あれを見て」と

中世のドレスを着たアコが 指を差す。

そっちには 山があって、トンネルが開いてた。


「行こう」と、闘牛士の格好のアコか言うと

亜麻布の衣に いばらの冠姿のアコが、私を連れて

トンネルに向かう。

この姿って... ううん、なんでもない。


「ほら。このトンネル抜けて見て。

ちょっと ゆっくりめに」


「どうして ゆっくり?」


私が聞くと、アコは「うん、俺の都合」って

軽く両手を広げた。


トンネルの中は真っ暗。

あんなにアコがいたのに、私に “一人で行け”って言うし。


出口の光を目指して歩く。

トンネルを抜けたら、どうなっているのかな?

またアコだらけだったら どうしよう?


『まだ3章までだった?』


トンネルにアコの声が響く。


「何のこと? 創世記?」


『うん、そう。教会からメモ取ってきた。

アダムとエバが追放されたとこ?』


「うん、そうだよ」


『じゃあ、少し続きをやろう。

4章の最初を読んで』


「... “人は その妻エバを知った。彼女はみごもり、

カインを産んで言った、

「わたしは主によって、ひとりの人を得た」”... 」


『うん。カインは、アダムとエバの長男。

次に、弟のアベルが生まれる。

兄カインは、罪を犯した 父アダムのように

“土を耕す者” となった。弟アベルは?』


「“羊を飼う者”」


『そう。“羊飼い”。

現在いまは 神父のことも言う』


そっか。そういう受け取り方もあるんだ。

そういえば、モーセやダビデも羊飼いだったし

聖子は、迷える羊たちを導く。


『日が経って、カインは地の産物を しゅに供え、

アベルは 羊の “ういご” と、肥えたものを持ってきた』


この時、主... 父は、アベルを顧みる。

羊の初子ういご... 父のものとする聖別。


カインは、自分が供えた産物を 父が取らなかったから、憤って俯き、父に顔を見せず、

弟アベルを殺してしまう。


“「弟アベルは、どこにいますか」” と

父に聞かれたカインは

“「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」” と、しらばっくれる。

善悪の実を食べたアダムが、父に怒られたくなくて、“エバが食べるように言った” って答えたのと

ちょっと似てる気がする。


でも、父には バレていて

“「あなたの弟の血の声が 土の中から

わたしに叫んでいます」” と 言い当てられる。

父に、嘘や誤魔化しは利かない。


カインは、自分の手から 弟アベルの血を土地に与えたことで 呪われ、土地を出ることになる。

この土地ではもう、カインが作る物は実を結ばないから。


父の手を離れ、“地上の放浪者” となるカインは

見付かって殺されることを不安がるけど

父は “カインを殺す者は七倍の復讐を受ける” と

カインに印を付け、カインが殺されないようにする。

父は甘い。だけど、誰かが カインに

“アベルの復讐” をすると、罪が連鎖してしまう。


『カインは、今は 地上から失われたエデンの東

ノドの地に住み、妻との間にエノクを産む。

町を立て、町の名前も “エノク” にする。

ここからは系図が続く。エノクの子、その子の子... 』


必要ないかもしれないけど、職業的な先祖が出てくる。これは、まとめでは割愛するかも。


家畜を飼う者の先祖が “ヤバル”。

琴や笛を執る すべての先祖が “ユバル”。

青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者が

“トバルカイン”。... という 具合。


この頃、アダムとエバの間に セツが生まれる。

“「カインがアベルを殺したので、

神はアベルの代りに、

ひとりの子を わたしに授けられました」”

セツにもエノスが生まれて、4章は終了。


『5章では、3節で

“アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、

自分の かたちのような男の子を生み、

その名をセツと名づけた”... とある。これは?』


「アダムが造った “土の系譜”。

他に、男の子と女の子も造ってる」


『そう。6節の

“セツは百五歳になって、エノスを生んだ”

... これは、4章の最後に出てきた

アダムとエバの間の “セツ”。“地のおもて”』


ここからは また系譜が続く。


セツ、エノス、カイナン、マハラレル、ヤレド、

エノク。


エノクは、メトセラを産んだ後

三百年 主と共に歩み、

“神が彼を取られたので、いなくなった”。

エノクは、天使メタトロンになった。


メトセラ、レメク。レメクの子が “ノア”。


29節には

“「この子こそ、主が地をのろわれたため、

骨折り働く われわれを慰めるもの」”... とある。


ノアが、セム、ハム、ヤペテを産んで

5章は終了。


『6章では、最初に シェムハザたちに触れてる』


1節と2節に... “人が地のおもてに ふえ始めて、

娘たちが彼らに生れた時、

神の子たちは 人の娘たちの美しいのを見て、

自分の好む者を妻にめとった”... って あって

“ネピリム”... ネフィリムという 勇士達のことも

書いてある。


“これは 神の子たちが 人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。

彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった”


別の書物には、“共食いをする巨人”。


この頃、父は地上を嘆いてた。

“人の悪が地に はびこり、その心に思いはかることが、いつも悪い事ばかり”... って。

そして、人を造ったことを悔いる。


“「わたしが創造した人を 地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。

わたしは、これらを造ったことを悔いる」”


だけど、人々の中で正しく生きていたノアに

恵みを与える。

父は やっぱり信じたくて、望みを捨てない。


父は ノアに、地の すべてを滅ぼすけれど、

“「あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、

箱舟の中に へやを設け、

アスファルトで そのうちそとを塗りなさい」”... と

素材や大きさ、戸口と三階まであって... って

箱舟の造り方を 詳しく教える。


ノアと妻と子、子の妻たち、それから

“鳥は その種類にしたがい

獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、

それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、

命を保たせなさい”... と、雄と雌を 一つずつ。


父は、“全部滅ぼす” って 言ったけれど、

そう出来ないところが、私は好き。

父は 情けを捨てきれない。


そして、“「すべての食物となるものをとって、

あなたのところに たくわえ、

あなたと これらのものとの食物としなさい」” と

ご飯の心配もした。

ノアが父の言うとおりにして、6章は終了。





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