3 祝福 ゾイ (第八日)


泰河やルカも 一緒に、ホテルに着くと

私は、ミカエルに ちゃんと謝らなければならないって 思った。


ミカエルに謝らせておいて... って 気持ちもあったけど、私が言ったことが ミカエルの気分を害した。


きっと、いつの間にか 勘違いしてしまった部分があったんだと思う。

皆、ミカエルに対して 普通に接するし

何度も会えてしまっていたから。


それに私は、皆と こうしていたかった。

普段の関係性についてもだけど

地上勢力の 一員でありたかった。


だけど、謝ったことで

余計に怒らせてしまって...


沙耶夏のマンションに帰った時は、まだ明け方で

沙耶夏は寝ていたから、少しホッとして

シャワーを浴びた。


浴びながら、涙が出てきてしまって


地上に降りてから、どうして こんなに簡単に

泣いてしまうようになったんだろう?


すんすん鼻を鳴らしながら、タオルで身体を拭いて、男性用の下着や 部屋着を身につける。


水を飲んで、すっかり慣れたリビングのソファーに座っているうちに、気分は少し落ち着いてきたけど、どうしたらいいのかは 分からなかった。


朝、“まあ、ゾイ。おかえり” って言ってくれた

沙耶夏に “うん” って、ハグしたけど

何も話せなくて、沙耶夏も何も聞かずに

お店に出て。


朋樹たちが来た時に、ミカエルの話になったんだけど、私が遠慮し過ぎることが良くないみたい。


それから、“ミカエルを男性視していないこと”。

してる。すごく。... とは 言えずに

むずむずとしてしまったけど

きっと 皆、知ってるのに言ってて

余計に むずむずした。

そういうことを、態度に出せ って言うし...


そんなの、ミカエルに対して失礼だと思って

また悩んでしまっていたら、ジェイドが教会に呼んでくれた。


お店は 沙耶夏の占いの時間。

教会の後ろの方の席では、中学生が勉強してて

小学生が本を読んでた。


朗読台の近くにいたジェイドは、神父服じゃなくて、黒のニットカーディガンにタイトなジーンズ。新しいブーツを履いてる。


『やっと届いたんだ。どう?』と

ブーツを指差す。


ブーツは、二重革の しっかりした造りで

カッコ良かった。

注文していて、長く待っていたブーツみたい。


『うん。カッコいいし 似合ってる』と 言うと

『本当? 嬉しいから、少し歩こう』と

私を外に誘う。


教会の石畳を歩いて、外門を出て

自動販売機で『ガス入り?』と

二人分の炭酸の缶ジュースを買うと

近くの小さな公園に入って、ベンチに座った。


ここは、遊具のない小さな公園だけど

時々 ジェイドと話をするために来る。

ジェイドがミカエルを召喚して、手首にクロスの加護を貰ったのも この公園だった。


加護なんて、個別に与えられるんだ... って

私は その時に知った。

天使は天使に加護を与えることはないし、

上級天使みたいに 地上に降りることもないから

知らなかった。


『ミカエルに会っても、普通にした方がいいね』


ジェイドは、“出来る?” って風に 私に言った。


『うん... 』


缶ジュースを開けて 渡してくれて

私の顔を見て『大丈夫だよ』って 笑う。

つい『嫌われてしまってたら... 』って

口に出してしまったけど、

『そんなことは絶対にないよ』って。


『怒らせてしまったし... 』

『怒ったんじゃなくて、拗ねたんだよ』


『ミカエルが?』と、驚いて聞くと

ジェイドは きょとんとして

『よく拗ねるじゃないか』って 答えた。


『うん... 』って、少し二人で 笑ってしまう。


『でも すぐに、機嫌も直るしね』


ジェイドと話すうちに、不安が落ち着いてきた。

沙耶夏とは違う落ち着き方で、不思議だと思う。


そのことを言ってみたら、ジェイドは

『異性の友達だからかもね』って言った。


『私にとって ってこと?』


『そう。僕もゾイと話すと、ルカたちや

ボティスたちから得られない 安らぎがあるよ。

だけど、恋人とは また違うものだ』


『そうなんだ... 』


なんだか、とても嬉しく思えた。

そういう関係を、ジェイドと築けてきていることが。


『ミカエルに対する気持ちは、どんなものなのか

自分で分かった?』


『うん... 』


甘い味の炭酸の缶ジュースを飲んで

分かることが怖いのかもしれない ってことを話すと、ジェイドは笑って

『そういう風に考えてしまう ってことは

もう、そうなんじゃないか?』って 答える。


『ミカエルと、二人で過ごしてみたら どう?』


とんでもない提案だと思った。

『どうして そうなるの?』って聞いたら

『だって、余分な人がいない方が

相手だけに向き合えるじゃないか』って。


『聖書のまとめなんだけど、時間がなくて

なかなか出来ないだろう?

もちろん、僕とゾイでも やっていくけど

ミカエルと 一緒に、少し進めておいてくれないか? 深夜とか、空いてる時間に。

僕は人間だから、睡眠も取らないといけないし』


そんなこと言うけど、本当なら ジェイドは

ひとりでも片手間に出来てしまう。


最初は きっと、私と仲良くなろうと思ってくれて

まとめることを口実に、私を誘ってくれた。

聖書は、神父のジェイドと 天使の私が

分かりやすく 共通に話せるものだから。


今は、ミカエルと私。


『だけど、聖書は

父と人間の契約の書であって... 』


『そう。君たちは、父と僕らを繋ぐ

御使みつかい” だからね。

ミカエルには 折を見て、僕から話しておくよ』


返事が出来ない間に

『大丈夫。何があっても、話を聞くから』って

ジェイドがベンチを立つ。

それで、お店の夜の営業の時間だって気付いて

『うん... 缶は捨てといてあげる』って

ジェイドの手から 空き缶を受け取って

私は お店に戻った。



そのしばらく後、ミカエルが みんなとお店に来た時、

私は緊張し過ぎて、お味噌汁に波を立ててしまったけれど、“もう 謝るべきではない” ということは

肝に命じてた。


少し時間が経つと、仕事の話を 普通に出来るようになって、“このままの方がいいのかも” って

思っていたのだけれど、ミカエルが私に

“結び合いをしたいと思うような心” と言って...


私は、言葉の意味が届くまで

ぼんやりとしてしまって

たぶん、口も開いていたんじゃないかと思う。


こんなこと...


火傷するんじゃないかってくらい 熱くなった顔を

覆うことしか出来なくて

その後は 何も手に付かなかった。

というか、気が付かなかった。


気が付かないうちに、お店の洗い物や片付けをしていて、ぼんやりしたまま沙耶夏と帰って。


シャワーを上がると、髪を乾かし終わった沙耶夏に『座って』と、ソファーとテーブルの間に

座るように言われて、私の髪を乾かしてくれる。


『ゾイ。彼、自分の気持ちを あなたに伝えてくれたのね。私、すごく嬉しいわ』


上を向いて、沙耶夏の顔を見ると

自分のことのように、輝く眼で ほくほくとしてる。


『だけど... 』


やっぱり畏れ多くて

“私が 独りで地上にいる天使だから、憐れんで

それを愛情と思ってしまっているんじゃないか?”

... とか

“地上で血肉の生々しさを感じて、勘違いしてしまったんじゃないか?”... だとか

言い訳のようでもあるけど

半分以上は 実際に考えられることを 言ってみた。


『そんな風に受け取ったら、ミカエルさんに失礼よ』と、沙耶夏は 少し怒ってしまって

『うん... 』と 答えながら、また泣いてしまう。


嬉しい。もしも夢だって 嬉しいかもしれないし

もしミカエルに、他に恋人が何人いたとしたって

やっぱり嬉しい。

でも、こうして喜んでしまっていいのかも

分からない。


沙耶夏は、乾かした私の髪を二回撫でて

『まずね、彼の気持ちだけでなく

あなた自身の彼を想う気持ちを 大切にすることよ』と 笑って

二人で、レモンを絞った炭酸水を飲んだ。


沙耶夏には、よく天の話をしていて

ミカエルが どんな天使なのかってことも

たくさんたくさん話してたんだけれど

『お名前は聞いたことがあるわ』と

天のことだけでなく、宗教的に疎い沙耶夏が知ってたくらいだから、どんなに偉大な天使なのかってことも すんなり分かったみたいだった。


それでも

『ミカエルさんが天使だってことは置いておいて

彼自身のことは、どう想うの?』って聞く。


ミカエルが、“甘いものが食べたい” っていう時に

お店に甘いものがない時があって

ミカエルがパフェを食べる時に、私が お供したことがある。


“発展したけど、ごちゃごちゃしたよな” って言いながら、ミカエルは公園の入口で足を止めた。


“猫の集会だ” って、静かに近付いて

“あれ。あのキジ猫、猫のふりしてるけど

化け狸だぜ?” と 見抜いて得意になってみたり、

“まだ 葉っぱが降ってるな” と

枯れ葉の前に しゃがんでみたりする。


フルーツのパフェを選んで、私にも同じのを取って “失敗した。半分こ作戦すれば良かった” って

ブロンドの眉をしかめたりして。


そんな風なのに、私が よろけてしまった時は

倒れる前に ふわっと支えてくれて

戻ってしまった私に、自分のコートを掛けて

“痛めてないか?” って、しゃがんで足をみてくれたり...


かわいい なんて 想ってしまったり

優しくて 胸がぎゅっとしたり、

海でのミカエルを思い出すと、素敵だと 想ってしまう。海のことは、この千年の 一番の思い出。


でも...


『ミカエルを怒らせてしまったのに

その時だって、“どうしよう” と思いながら

心の どこかで “素敵” だと思ってしまったかもしれない... 』と、不謹慎だったことを打ち明けると


沙耶夏は『うん、そうなの!

好きなひとだと、怒った顔も素敵よね!』と

また 眼を輝かせてしまった。


『こうやって話すのって楽しいわ!

小さなことでも、もっと聞かせて』


沙耶夏が そう言ってくれて

お店でもマンションでも、ミカエルの話をするようになってて

ある日 初めて、ミカエルに喚ばれた。


『今、ミカエルに喚ばれたかもしれない... 』って

言うと、沙耶夏は『すぐに行くのよ!』って

私に勧める。


喉を鳴らして、勇気を出して行ってみると

ミカエルは『ハティに貰ったんだ』って

蝶の羽を持った、手乗りの白い馬を見せてくれた。なんて綺麗で かわいい子なんだろう って

つい うっとりとする。


ミカエルが忙しい時は

馬を私にみていて欲しい って言う。

私は、とてもとても嬉しかった。

ミカエルが 大切な馬を、私に預けてくれるってことと、この馬と仲良くなれるってことが。


突然、ミカエルが 私の額にキスして

私は驚いて、ファシエルに戻ってしまった。


『ごめん』って 謝らせてしまったけど

『散歩に行く?』って聞かれて

『はい』って、頷く。素直に ならないと。


二人で森を歩いて、私の姿が ゾイに戻ると

『こいつ、花を食べるっていうんだ。

馬を紹介しに行こう』って

沙耶夏や浅黄に、馬を見せに行く。


ミカエルは、それまでとは

私に対する接し方が変わった。

それは、ミカエル自身は気付いているかどうかは

分からないけれど

なんというか、より優しくて

女性 として、扱われている気がして

嬉しくて、恥ずかしかった。


『みんな、こいつのこと

“かわいい”って言ってたよな』って満足げで

なんだか ミカエルがかわいい。


『名前を考えないと』って言うことに頷いて

手のひらに座った馬を見ていると

『額にキスしてもいい?』って 聞かれて

また元の姿に戻ってしまう。


呆れられちゃうかも... って 思ったけど

『またファシエル』って笑って

『待ってるから大丈夫だぜ?』って

コートのフードを、私の頭に被せる。


『俺の前では、ずっとそれでいてくれて いいんだけど、他のイシュに見られたくない』なんて言うから

胸が 痛いくらい、甘くなった。






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