59


泣いていた男の 後頭部の印に触れた。

今は何かを 口に出さない方がいい。

全員が 分かっている。


『のう、まだ戻らぬのであろうか?』


男 二人の頭部と繋がっていた身体を 別のトランクに詰め、トランクに収められた 首無しの身体 二体も運び出しながら、隣の部屋の入口へ通路を向かっていると、榊が躊躇しだした。


『どうした?』と 聞くボティスを、不安げに見上げている。


『何か 匂ったのか?』


シェムハザが立ち止まり、ボティスと目を合わせた。


『けど 赤色髄を回収した女の抜け首は、たぶん この部屋だろ?』


他の どの部屋にも いなかったんだしさ。

地下倉庫ここに入ったのは間違いねぇんだし。


『ハティは、“偵察だけ” って言ってたよな?』

『うん、そう。準備 足りねーもんな』


ルカは まだしも、朋樹が “行こうぜ” じゃないのは 妙な気がしたが

『侵入がバレて、断面の術を解かれても困るしね』

『ここに本体がいるとして、どこかに場所を移されても 厄介だからな』と ジェイドやミカエルが言う。


そうだよな。そうだけど、何かが 引っ掛かる。


『入口から見るだけにとどめる』

『本体がいる本拠地だと掴めれば それで良い』


シェムハザとボティスが 先に入口を覗きに行く。

榊が ミカエルとオレの間に入り、両方と手を繋いだ。


『榊。オレと って、めずらしいじゃねぇか』


『ふむ。このように殺風景な場所は 何やら不安にある故、何でも良い。

お前は男という気もせぬ。落ち着くからのう』と

ほほ って笑った。まぁ、いいけどよ。


『悪魔等だ』と、入口から覗いたボティスが舌打ちをした。

『全部が吸血という訳ではないが...

蟷螂カマキリ頭は アバドン配下だろう?』


二人の間からミカエルが覗くと

オレと榊は、入口を塞がれて見えない。


『32』と、ミカエルが言う。

中にいる 悪魔の数らしい。そんなにいるのか...


『外で張っておいて、出た奴から殺るのがいいかもな。今のところ成虫駆除は出来ないからな』


成虫駆除 と聞いて、ソカリがよぎった。

さっきの二人も、首無しの人たちも、皆 被害者だ。


『集まっているのか?』と、ジェイドが後ろから聞く。『何のために?』


『一気に 刈り出す気かもな』

『尾長憑きの人を?』


『今の状況を、アバドンは納得していない。

魂の集まりが悪いからな。

尾長憑きでなくても、死ぬ前の身体に灰色蝗を使って産卵させれば、契約の魂となる』


『つまり、“異教徒ゼンチョの排除”。信徒以外は無差別だ。

尾長憑きの人間に やらせようとはしたが、躊躇したこともあり、うまくいかなかった。

俺等が軍単位で尾長抜きしていることもあって、

規模の拡大も阻止されている。

悪魔等に殺らせりゃ早い。見境がないからな』


シェムハザとボティスが言うと

『けどさぁ、本体が 天草四郎なんだったら

“異教徒排除” じゃなくて、“入信者勧誘” って方に 動くんじゃねーの?

もう、国での宗門は認められているじゃん』と

ルカが言った。


『そうなんだよな。何かイメージと違うよな。

いや、勝手なイメージだけど。

天草四郎を総大将に立てた人たちは、神社とか寺 焼いたり、入信しない人に危害を与えたりっていう過激派だったけど、天草四郎は立てられただけだったしな。幕府側も そう見てた』と、朋樹も 腑に落ちない ってツラになる。


『だから、奈落の悪魔が這い出て来てるんだろ?

“印のない 異教徒ゼンチョさばき” のために。

印がない... つまり、信徒にならなければ裁かれる

と示そうとしている。

実際は キュベレの目覚めの魂集めだが、アバドンが やろうと見せ掛けているのは “黙示録” だ。

サンダルフォンの思惑通りにな』


こっちを振り向いたボティスが言うと、入口から まだ奥を確認するように見ていた ミカエルが

『シロウを立てるのは、“天国パライソ実現” のためのシンボルだろう。こっちは 人心掌握だ』と 説明しだした。


『歴史的に有名な者を甦らせ、入信勧誘をさせる。

シロウは、“天主デウス様の裁きが下る” から

人々に入信を勧めるんだ。“共に 天国パライソへ” と。

心底、天を信じているからな。

これから悪魔等がやろうとしているのは、殺戮と殺人のそそのかしだ。

例えば この辺りに、一人 “凶悪な殺人者” がいるとして、そいつが “まだ捕まっていない” としたら、外を歩くのも不安になるだろう?

そんな風に、“その辺りを歩いているだけで殺されるかもしれない” という状況を作り出す。

人心がすさみ、不安におちいった時に 甦った シロウが立ち、“天主デウス様を信じれば救われる” と 悪魔を下す』


『“悪魔を下す”?』


『吸血悪魔... 体内に蝗がいる自分の配下と 奈落の悪魔だ。

シロウが “退け” と言えば 退く』


聖ルカの書に、イエスが 十二の弟子たちとは 別に

七十二人の人たちに 悪霊を追い出すことを教え、癒しの力を授けて、教えと癒しのために いろいろな町へ向かわせる箇所があるが、その人たちが戻って来た時に言った 一節を思い出した。


... “七十二人が 喜んで帰ってきて言った

「主よ、あなたの名によって いたしますと、

悪霊までが わたしたちに服従します」”...


『過去、シロウが 盲目の者を癒す といったことや

海面を歩いた といったことの “奇跡” の真偽は 分からんが、今なら 術によってまやかせる』


『“死者が甦る” ってさ... 』


救世主キリストの復活、って ことなのか?


『そういうことだろ』と ミカエルが入口から退いたので、榊と 少し前へ出て覗いてみると、体育館くらいの だだっ広い倉庫の中央から手前に 蟷螂カマキリ頭や吸血らしき悪魔たちが わらわらと居て、奥の 三分の一 くらいが 天井のレールからのカーテンで仕切られていた。


カーテンは白く薄い生地で、巨大な白い十字架が透けて見えた。

十字架には、つたの蔓が 巻かれているように見える。奈落の牢の壁に這っていた蔦を彷彿とした。

誰か 括り付けられているのか?


『復活ショーでも やる気なんだろ』と ボティスが鼻を鳴らす。


『復活って、“死者” 本体の... ?』


『そうだ。触れることの出来る身体、“実体” でなければ “復活” とは見倣されない』


ふわりと、髪の長い首が カーテンの向こうの 十字架の影から出て来た。

赤色髄を運んだ 女の吸血首だろう。

後頭部のこぶは無くなっていた。


他にも、浮遊する幾つかの首や 何人かの人影が見える。


救世主キリストとして シロウを立てた後異教徒ゼンチョは アバドンが、“奈落いんへるのへ” 導くんだろ。

その後、天に問われることがあれば、アバドンは “シロウがやった” と答える』


悪魔たちが話している奥で

「ふらんしすこ様」と 呼ぶ声が、微かに聞こえた。若い女の声だ。

フランシスコって、天草四郎の洗礼名だよな?


『朋樹達に代わる』と、ミカエルが 榊の手を引き、オレごと後ろに下げた。


ボティスとシェムハザも下がり、朋樹達が入口から中を見ている。


『... 甦る死者が “天草四郎” なら、吸血鬼は?』


ジェイドが聞いた時に、ルカが ふと自分の胸に触れた。


『恐らく妻ではないのか?

“マリヤ” と呼称するか。

名は知らんが、シロウが救世主クリだからな』


シェムハザが答え、霊視をしたらしい朋樹が

天草四郎フランシスコの身体を造るために

赤色髄を集めてたみたいだな。

ただ、過去が見えない』と言う。

十字架に付けられているのは、やっぱり 天草四郎なのか?


『“身体を造るため”?』


『だって、ぇからな。

槍で突かれるか斬られるかして、首を獲られた。

晒された後は 首塚に埋葬されている』


『“マリヤ” の方は?』と ルカが聞くと

『クライシのように、アバドンに身体を与えられている。

シロウに与えなかったのは、大方、“マリヤ” が 苦しみながら必死に赤色髄集めをするのが見たかったんだろ』と、ミカエルが ブロンドの眉をしかめた。


『彼女は、シロウと 一緒に奈落に囚われていたのか?』と ジェイドが聞く。


『島原の乱では、投降しなかった者は、女 子供も 非戦闘員も 原城で全員 殺されたんだ。

彼女は 天草四郎が獲られる時も傍にいたから、すぐ殺られちまったんだろう。添い遂げた。

一緒に囚われていても おかしくはない』


女 子供も、天主デウス様や 天国パライソを信じ、笑顔で斬られに向かった... と、何かで読んだ。

斬る幕府側の方が震撼したらしい。

ウスバアゲハになって 飛翔した人たちの満ち足りた顔を思い出す。


その人たちは、天にいるのだろうか?

陰府で、最後の審判と地上に御国が降りるのを待って、安らかに眠れているのだろうか?

盲信でも 狂信でも、信じたんだ。聖父や天を。


『伏せよ』と 榊が言い、入口前にいた朋樹とジェイド、ルカが、シェムハザやボティスがいる壁側に寄る。


カーテンに、幾つかの抜け首が 浮遊して近付く。

こっちに向かおうとしていた。


『印 出して、戻さねぇのか?』


オレが聞いた時に、ミカエルが 榊の隣から手を伸ばして

『首は、上下に揺れながら進む。

もっと頭 下げろよ』と オレの後頭部を押し下げた。


『おい、こんなに下 向かなくても... 』


『今ここでさぁ、抜け首を 神隠しん中に入れて

見えなくしたら おかしいじゃん』

『半式鬼を付けて、外で消す』

『外には、アコや ボティスの軍もいるしね』


まぁ、そうだ。けど...

『ミカエル、頭 離せよ』

俯きっぱなしなんだよな、オレ。


『ん? うん... そうだ!

お前、露俺の時に、こうやって頭 掴んでたよな?』


『はぁ? ... ああ、教会でか?

いや、“そうだ!”って 何だよ?!

今 思い出した感 すげぇじゃねぇか』


つか、力すげぇ...

強く掴まれてる感触は ねぇのに頭は動かせねぇし、後頭部の手を掴んでみても退かせられる気がしねぇし。


やっと手が離された時には、四、五体の抜け首は、もう通路には いなかった。

朋樹の半式鬼の片羽の蝶が くらりくらりと追う。

外へ出るために、ここに オレらが入った時のビルの裏の入口の方へ向かったのだろう。


『何だよ もう... 』と 立ち上がる時に、隣に しゃがんでいた榊が、眼を床に向けていた。


手を繋いでいたままだったので

『榊、どうした?』と 聞きながら引き起こすと

『ふむ』と、立ち上がり

『首等を追わねばならぬのう』と 笑おうとする。


『おまえさ、何かムリしてねぇか?』


そう言ったところで、シェムハザが

『そろそろボティスが いいのだろう』と 榊の肩を抱き、ボティスに渡した。


そうだろうけど、そうじゃねぇのは分かる。

けど 何も聞かない方が いい気がする。何だ... ?


『外へ戻る』と ボティスが言う。

部屋の中の悪魔らが 動き出していた。


『こいつ等は 出口で俺が斬る』と ミカエルが先に 通路を歩き出したので、トランクを引きながら後に続く。


「... “もし この人が預言者であるなら”... 」


カーテンの向こうから、微かな “マリヤ” の声がする。


『聖ルカ、7章39節』と ジェイドが呟いた。


「... “自分に さわっている女が だれだか、

どんな女か わかるはずだ。

それは 罪の女なのだから”... 」


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