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眼に当てていた左手を外し、長方形の闇に差し入れてみると、腕は難なく闇にぬかった。


『良し』


『入るか?』と、そのまま入口に進みかけると

『まず首を通せよ』と ミカエルに止められる。


朋樹が呪の蔓を解き 地面に戻すと、瘤の後頭部を後ろにかしげさせる首は、長い髪の毛先を揺らしながら入口へ入り、闇に消えて行った。


くちびるを薄く開いた榊が、小さな狐火を出して足元に浮かせてくれている。

入口の中は、すぐに下りの階段になっていた。


先に入ったミカエルの後に続き、オレの後ろには

ボティスと榊だ。


男が二人 横に並べるか? というくらいの幅の狭い階段の壁は 打ちっぱなしで、下に降りるにつれ 天井から離れて頭上が高くなる。


途中に踊り場なども無く、ビル 一階分の長い階段を降りて、足が床に着いた。

足元の狐火が無ければ 周囲は真っ暗だ。


『神隠し してるんだよな?』と 振り向いたミカエルが 榊に確認し、榊が『ふむ』と 頷くと、足元の狐火を指差して顔の前に移動させ、少し離して周囲を照らさせた。


『榊の火なのに、動かせるんだな』


前にも、ミカエルが 狐火を天に持って帰ったことを思い出しながら言ってみると

『地上の炎だからな。炎の天使だし』って 答えだ。

へぇ... オレ、分からねぇのに聞くんだよな。


『そうだ、地界の炎は パイモンなんだよな?』と

階段を降りた朋樹が余計なことを言うと

『そうだったかもな』と、ムッとした。

四大元素だったっけ?

それが パイモンと被ることも気に入らんみたいだ。


ボティスに見られた朋樹は、やべ ってツラで周囲を見回すことにしたようだ。


オレらが降りたところは、多少の広さがある倉庫って感じの部屋だ。

何もないから広く見えるが、二十畳くらいだろう。

天井には飾り気のない蛍光灯が 二列ずつ、幾つか並んでるのが見える。


この部屋のドアの無い入口は、今 降りた階段の向かい... 正面に 一つと、右側に 一つ。

右側は隣の部屋に、正面は通路に繋がっている。


『首が いないな』と、最後に階段を降り終えた

シェムハザが言う。

どちらかの入口を 通過したのだろう。


『朋樹が霊視で視た部屋は ここなのか?』


ジェイドが聞くと、朋樹は『いや』と 首を横に振った。


『壁の感じは同じだ。まぁ、特徴はねぇけどな。

で、入口が見えない側に立って 視たんだと思う。

二つあるなら、一つは視えたはずだ。

左右と正面の壁は視えたけど、入口はなかった』


シイナの霊視の時、朋樹は 入口を背にして倉庫の部屋の中を視た。


他に入口がなかった... ということは、通路に面した部屋か、隣の部屋と入口で繋がっている場合は 突き当たりの部屋だということになる。


『右から行くか』と ボティスが歩を進める。

『そちらからは 何も匂わぬがのう... 』と、榊も 一緒に。


『どう?』と 聞くルカと 一緒に覗いてみたが、同じくらいの広さの部屋が広がっていて、壁沿いに背の高い棚が並んでいた。


棚には、ビニールに包まれた 新品のカーテンらしき生地や、段ボール箱が詰まっている。


中に入って段ボール箱をチェックしたが、大量の新品のバスタオルや 室内用スリッパ。コースターやグラス...


『視たのは、この部屋でもないな。物はなかった』と 他の段ボール箱をチェックしていた朋樹が

『避妊具』と 眉をしかめる。

入口側の壁際には 三折りのマットレスも積んであったので、新しい 売りビジネス の備品だな。


『では 戻って、正面だな』


正面から出ると、廊下のような通路だ。

通路を挟んだ向かいに 入口はなく、壁になっている。

この壁の向こうも同じような部屋だとは思うが、

たぶん 向こう側にも通路があって、そっち側から入るのだろう。


通路の左手は少し先が行き止まり。

女の首は、右手に続く この通路を進んで行ったことになる。

通路の天井にも剥き出しの蛍光灯。


通路を右手に進むと、さっき入った隣の部屋の壁を越えた辺りは 左右に交差する通路が敷かれ、右手は 入口の奥が階段になっているようだ。


『下りの階段だな。位置的には、裏のビルとの間の道路の地下に入る』


『なら、ボンデージバーのステージ下に繋がる ということか?』


これも確かめる必要があるので、長い階段を降りてみると、短い通路が続き、登り階段に繋がった。

登り階段の上は、天井に付いたドアだ。


鍵が掛かっていたが、シェムハザが指を鳴らして開けた。予想通りにステージ下だ。


『ドアがある ということは、このステージ下には 抜け首は来てないな』


『そんなに用は ないだろうしな。

シイナが呼ばれた時に使うんじゃねぇの?

あとは身体付きのヤツとかさ』


過去に、一階のラウンジだった店が 売りをやらせてた時、客と女の子が あの地下倉庫に行くための通路だったんだし、このビルの店舗にも、地下倉庫ビルの店舗にも、吸血鬼は派手に手を出してない。接点はシイナのみだもんな。


けど、吸血鬼側からは シイナくらいしかこの通路を使わない ということは、オレらにとっても 地下倉庫へ行く時は使いやすい通路 ということになる。


ステージ下は 店のバックルームに繋がっていて、バックルームからは、店のフロアにも 裏口から外にも出れる。

神隠しで店に入れば、ここから地下倉庫に侵入 出来る。


ステージ下のドアにも本体遺伝子スプレーを吹き付けると、再び地下倉庫に戻った。


右手側の通路には、最初の 二つの備品部屋のような部屋が、右側に四つ並んでいた。

奥 二つは空だが、他の 二部屋には新しい事務用の机や椅子が入っていて、地下営業の準備の様子がうかがえる。


通路の奥に上に昇る階段を見つけたが、これが地下倉庫ビルの 一階 非常口に 繋がる階段だった。

アコが見に行った時に “術で入れなかった” と言っていたドアだ。


『こちら側には何もないな』


あとは、交差した通路の左側... ステージ下とは逆方向に伸びる通路だ。


ステージ下から入った とすると、真っ直ぐ前方に伸びる通路となる。


長い通路は、突き当たりまで両側が壁だった。

突き当たりで また、左右に通路が伸びている。


まず、左側... 部屋 二つ分に対面する方に曲がると

榊が『むっ』と 反応した。

『あの匂いよ。断面じゃ』


入口からは、長方形に 明かりが洩れている。


神隠しを掛けているので 心配は要らないが、なんとなく無言で入口に近付き、中を覗くと、縦長の部屋の奥に 正座した首無しの身体が並んでいるのが見えた。

壁の右沿いには、でかいトランクが並べられている。


『待てよ... 』

『何人?』


『八体』


洞窟教会の身体と さっきの男を合わせたら、身体だけで 十九体。

身体を すげ替える首もいれば、すげ替わらないのもいる。首だけ状態のヤツ。

首数は定かじゃないが、さっきの男の首を引いても、確実に 十八の首だ。

半数以上すげ替わった と推測すると、三十くらいは いるだろう。


ゲンナリするが、調査のため奥に向かって歩く。

首無しの身体に近付いた時、朋樹が

『ここだ。シイナから視た場所』と 言った。


『朋樹が シイナを視た時、外じゃなくて

ここで 首抜けしたヤツも いたみたいだもんな... 』


地下で増えてたんじゃ、地上で探しても見つからねぇよな...


『どうやって、人を連れ込んだんだろうな?』


『催眠状態だろ。尾長 食わせる時も そうしてる』

『吸血される時も、正座するしな』

『または、“イイコトしよう” だ』


イイコトしよう の 場合は、シイナかもな。

“首が抜けるところを見た” ってことは、シイナが 連れ込んだ人なんだろうし


吸血首の人たちは 催眠を使えても、尾長憑きの人たちは 使えない気がする。

本来は、“尾長憑きを増やす” “殺り合いさせる” が

尾長憑きの役割だしさ。


『シイナって子さぁ、なんで 吸血鬼たちを手伝うんかな?』


ルカが、並んだトランクを開けてみながら言う。

中身はからだ。


『本体か、吸血鬼のどれかに惚れているからだろう』


シェムハザを見るが、普通に頷かれた。


『それしか無いだろう? 金にもならん。

今のバイトで稼ぎはあるだろうしな』


『ならさ、シイナにクラブで声を掛けた...

あれ? どんな男だったっけ?』


確か、それで尾長を移されたと思ったけど...


思い出せずにいると

『女だろ?』と、朋樹が言った。


『洞窟教会で、口や鼻から成虫 出したじゃねぇか。自宅の風呂に自分の身体を置いてた』


『え? その女の人は、男の人を連れて行ったんじゃなかったか?』と 聞き返すと

『いいや』と シェムハザが答え、眼が合った。


『シイナは “女キラー” だからな』と ボティスが言う。

そうだ。女の子が好きなんだもんな。


『それなら シイナが惚れてるのは、女性の吸血首の人なんだろうか?』


首無しの人を見ながら、ジェイドが言い

『ふむ。このように女子おなごも幾らかおる』と

榊は、匂いを嗅いでみていた。

『これからは、シイナとやらの匂いがする』とか

女の人の首無しを指差すしさ。


『うーん... でも、惚れてるんなら抜け首にしないんじゃないか?

その首無しの女は、引っ掛けて連れて来て 犠牲にしたんであって、惚れてる奴は シイナが会った時点で既に吸血首だった... って ことだと思うけどな』


そうだよな。ミカエルの意見に 納得し掛けたが

『屈折していれば、そうではない可能性もある』と、ボティスが 鼻を鳴らし


『シイナは、支配欲の強いサディストだ。

惚れた女だからこそ、首が抜けるところが見たい

... と 考えた恐れもある』と 続けた。

腹いっぱいだ。


『こういった グロテスクなものを好む者の場合、人の首が抜けるところなど、“滅多に見れるものではない” しな』


お...  まあ、普通ねぇもんな。

ガバッと 血があふれ出す訳でもねぇし、首が すげ替われることを知っていれば “死なない” とも 分かっている。


『隣にも 部屋はあるよな?』


通路を挟んだ 右側のことだ。

こっち側は縦に長い、備品の部屋 二つ分の幅だったが、向こう側は 四部屋分の幅がある。


中で区切られていなければ、今いるこの部屋の倍の幅がある。かなり広いだろう。


『もちろん見に行くが、この身体は どうする?』


『動かすと、侵入がバレるからな。

ここを出る時に どうするか考える』


身体は置いたまま 隣の部屋へ向かうことにしたが、入口に戻り掛けた時に、前で ミカエルが、片腕を横に伸ばした。


入口から 二人の男が入って来て、トランクの方に向かって行く。

首無しの身体を外へ運ぶ気のようだ。


『悪魔じゃあないな』

『あの人たち、身体付きの吸血首 ってこと?』

『けど、緑に発光してないよな?』

『ずっと地下ここにいたんじゃないか?』


二人は それぞれトランクを運び、首無しの身体の近くで開いた。

どちらも何も話さず、目も合わせない。


『産卵器にするつもりだよな? どうする?』


さっきは 悪魔が口を付けて、すぐに蝗が溢れ出た。


『あの二人の頭部を戻して、二人の頭と身体と、

今 トランクに詰めてる首無しを 二体 運び出す』と ミカエルが言う。


侵入がバレないよう、この 二人を “外に 首無しの身体を運び出してから 消えた” と いう風に見せ掛けるようだ。


「... このかた


ふいに、男のひとりが口を開いた。


膝を抱えさせるようにして、トランクに詰めた

首無しの男の身体に 視線を落としている。


「何という お名前 だったんでしょうね?」


もう 一人の男の眼が、そう聞いた男に向く。

男は、トランクを閉めずに立ち上がると、聞いた男の首を締めた。ぼろぼろ涙をこぼして。


ミカエルが 二人の頭に手を置き、首を締める男から ルカが印を出すと、焔が浮き出した右手で それを消す。


首から離れて倒れる身体を、ジェイドが 背中から受け止める。


自分の首を締めていた男の手が 首から離れ、男の目の前で、頭部と身体に分かれた。


長い舌から 赤い髄液や泡の卵が流れ出るのを見て

「... はは ははは 」と 笑い泣きをし、ふと

「うう ぅ」と 唸って膝を抱えると、顔を歪め、ひんひんと子供のように泣き出した。














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