50


キワどいよな」

「そうなんだよな。見た目にどうっていう すげぇことは してねぇんだけど... 」


見てて “いや痛ぇだろ” とかねぇし、もちろん汚物系きたねぇやつもなし。

衛生上 良くねぇし、当然だけどさ。

ショーとして成立する範囲。プレイじゃない。

下手すると、期待して来る人には物足りない内容かもだよな って思うくらいの。


けど 吊るされた女の子は、顔が本気だ。

遠目にも分かる 潤んだ眼に、震えるくちびると短く洩れる息。

シイナに 心底イカれてる。


シイナが何か言う度に 芯が悶えるらしく、肌に溶け落ちた蝋をシイナの指でなぞられると ワイヤーを軋らせた。


「彼女を口説き続けている」と、シェムハザが

シイナの くちびるを読む。


「“かわいい” “あなたの胸がすき”

“ロープの跡を舌でなぞりたいわ” “綺麗よ”

“見て、みんな見てる”... 」


「やめてくれ シェムハザ。甘い匂い さすな」

「オレのシェミーイメージは 妖しくないんだぜ」

「爽やかでいてくれ」「初夏の微風そよかぜ系 悪魔」


「おまえたちは、まだ俺を知らない」と 爽やかに煌めいたシェムハザは

「ああいったように相手が興奮している時は、単純な言葉が届きやすく、また効きやすい。

客は、主従が築かれる過程を観に来るのだろう」 と解説した。シェミー、まだ何かあるのかよ...


「ふうん。マシュマロ」


「長い」と、多少 飽きてきた ミカエルは、マシュマロをシャンパンのツマミにするようだ。


周囲でも、腕に蝋燭を試してみたりしているが

「想像よりは熱い?」「オレもやってみる」とか

はしゃいでいるヤツも多い。


「よし、並べ」


アコは何故か、女の子側で参加していた。

いつの間にか 他のテーブルでトップレスの女の子から燭台を受け取り、炎の下の溶けた蝋を指ではじく。

客の手に、小さな蝋の赤い星が付いた。


「お前は何にする?」

「じゃあ、ハートで」


アコ、何でも楽しむよな。


「オレらのテーブルって、女の子 来なくね?」


今 気付いたように ルカが言ったが、確かにそうだ。


「こういうのって、担当テーブルとか決まってるんじゃねぇのかな? カフェとかみたいに」

「ボティスがいるから?」

ムチとか出したら蹴られそうだもんな」

「うるせぇ」


ステージライトの青い色に 黄色が交差に重なると、客席から拍手がおこり、シイナが頭を下げる。

一回目のステージは終わったようだ。

周囲で軽いサービスを始める切っ掛けでもあるのかもな。


吊るされた女の子を残したまま、ステージには黒いレースの幕が降りていく。

ステージ袖にあるらしい階段を シイナが降り、そのまま真っ直ぐ こっちに歩いて来た。


「え?」「ここ 担当?」

「いや、他にも でかい席はあるぜ?」


「こんばんは」と 挨拶したシイナは、シェムハザを見て時が止まったようだ。


「よう」「“シイナ” だろ?」「ショー お疲れ」


オレらが言うと、ハッとして

「... ありがとうございます」と 我に返った。

やや 拍子抜けだ。

普通のバイトの子 って感じに見える。


「お楽しみいただけましたか?」と、シルバーマスカラの視線を端から端へ動かし、榊で眼を止めたが、隣でボティスがニヤッとすると、やばい って感じで ミカエルに止めた。


マシュマロ食うミカエルが、笑顔で ルカに腕を巻くと、やっぱり無理めでも シェムハザに向く。

狙うよな、こいつ。無意識なのかもしれんけど。


眼は、テーブルに ごろごろあるシャンパンの瓶や札束にも動く。結構 明け透けだ。

まぁけど、とりあえず来たし、仕事だな。


「素晴らしいショーだった」と シェムハザが褒め

隣で 朋樹が霊視する。榊が幻惑を始めた。


ルカが出した緑文字を オレが消すと、ルカが

「こいつ、油断しねー方がいいぜ。

アホなふりして 人見るタイプみたいだしさぁ」と

ぼんやりしている シイナの顔に眼を向けた。

相手の方を油断させる ってことか。


「でも、それは計算じゃない。

自然と身についたみてぇだな」と、朋樹も言う。

厄介なタイプだよな。


「この女、首が すげ替わった人に何人か会ってるぜ。鎖骨から肌の色が違う」


「マジか」


「場所は?」


「地下っぽい場所だな。換気口はあるけど、窓はない。

壁や天井は打ちっぱなしだ。倉庫として造られたのかもな。

吸血首や、首が抜けたところも見たことがある」


「尾長のめいで?」「そうだろうけどさ」

「“スーツケース運んだ”、って... 」


尾長が体内にいたからって 首が抜けた吸血側じゃねぇのに、浮遊する吸血首 見たり、首抜け見て よく平気だったよな。


「... 海の男の首も見てる」


「は?」「地界に入った奴か?」


「身体付き。見たのは地上だ」


海の首は、地界から地上に戻った ってことか?

何人か悪魔を吸血すれば、そこから拡大していく。

ベルゼも動いてるし、地界に居座る意味はないもんな。


実際、吸血悪魔たちが地上に居て、ミカエルが斬首した。その時も、他に誰か...


「女の子に尾長 移してるだけじゃないのか?」


「尾長に “動かされている” というより

“働いている” って印象だよな」


「吸血鬼本体や吸血首に “好きで使われている” ということか?」


「えっ、ならさぁ

尾長 消さねぇ方が良かったんじゃね?」


「こいつ自身は 尾長を移すだけだ。吸血はない。

半式鬼 付けて、泳がせた方が良かったかもな」


やっちまった感がある。

尾長 消しちまったから、こいつにはもう、吸血鬼本体や仲間の吸血や尾長憑きの意思は届かない。


「どうする?」

「ミカエル、加護は?」

「まだだぜ」


「もう一度、憑かせる とか?」と 朋樹が言ってみている。

正直それが手っ取り早いが、尾長は体外に出すと消えてしまう。


「せっかく消したんだぜ?」と、人間守護立場のミカエルは反対気味だが、吸血鬼本体に近付ける可能性が高くなることは分かっている。


「尾長憑きって、この店に もう 一人いるんだよな?」


「吊るされてた女だろ?」


「フロアに出て来るのか?」

「出て来るだろ、客が喜ぶ」


「あっ、あれじゃね?」


ベビードールだった女の子は、周囲と同じように

下着とガーターに着替えている。

首から鼻までを覆う 黒のエナメルマスク。

店の主任のような黒スーツの男が、女の子の腰に手を添えて連れて来た。


マスクの上の眼が シイナの背に向いた。

榊が幻惑で、シイナを 朋樹やジェイドのテーブルの前に誘導する。


「こんばんは、ようこそ」と、笑顔を見せた男は

ボティスに挨拶したものか、シェムハザにしたものかと迷っているようだ。


ボティスが シェムハザを指で示すと、男はボティスに会釈をして、シェムハザに顔を向けた。


「今夜は、当店にお越しいただき... 」とか挨拶が続きそうだったが、シェムハザが

「ベルグランドだ。ヴィタリーニ家の者は そっちのブロンドと こちらの黒髪」と、地上の苗字を名乗って、ジェイドとルカを差した。


何の流れなんだ? と思ったが、アコが受付で

“カジノのオーナーに聞いて” と言ったのを思い出す。投資して欲しい とか そういう話か?


シェムハザに名刺を渡した男は

「岡田と申します。

こちらは 先程のショースタッフの ココ と、あちらがシイナです」と 握手をし、オレらにも名刺を配り出した。


「カジノとショーパブには、うちからも よく... 」と、遠回しに 話を始め出すと

「オレ、遊びに来たのに つまんねー」と ルカがゴネ出した。

何故か、貼り付いたままのミカエルに 自分からも腕を回し、恋人アピールを始めている。


「あっ... 申し訳ありません。

あの、実はですね、この度、二店舗目を... 」


男が話を短く済ませようと、核心に触れると

「今日は そういったつもりで来たのではない」と、シェムハザが シャンパンを口に運ぶ。


「あ...  勿論、その...

“シイナを こちらのテーブルに” と

他のスタッフに 聞きまして、ご紹介に... 」


たぶん、この岡田ってヤツ、カジノに投資したヤツ... シェムハザか、ヴィタリーニ家のヤツとツナギ作ってこい とか 上のヤツに言われてんだろうな。


シェムハザが名乗ったから、ビジネスライクにいこうと、“カジノ” から、投資話に... って とこで

ルカが ゴネ出した。

話を短くしようとしたら、何故か へし折られたところだ。

女の子の紹介から やり直しになった。


「でも “二店舗目” って? 僕は 気になるな。

また、こういう店?」


ジェイドが聞くと、岡田ってヤツの顔が気持ち明るくなった。

榊が「シイナ」と 幻惑を掛けたまま呼ぶと、シイナは榊の方へ歩き出し、ココって子の眼が その後を追う。


「いえ。このビルは 私共のグループの自社ビルなのですが、一階フロアを改装しまして、ダンスショーの店を... 」


「ショーパブじゃねぇの? ストリップ系?」と

つい聞くと

「いえいえ。“脱ぎ” などはなく、内装を ゴシック調にいたしまして、ダンサー等によるホラーショーなどをメインに... 」らしい。


「イメージ的には 悪魔崇拝やバンパイア、その他 海外のモンスターなどによる... 」と ペラペラ説明していると、ミカエルがムッとしたが

「面白そうじゃないか」と ジェイドが言った。


「アメリカの大叔父に 話してみてもいいけど。

もう少し、詳しく... 」

「えー、オレら 金出して 遊びに来てんだぜ?

なんで そういう話になるんだよ?」


「ルカ、黙ってろよ。僕が話してるんだ」と

ジェイドが ルカに言うと

「けど 大叔父さんが気に入ってるのは、おまえじゃなくて オレなんだぜ」と、ジェイドに返し

腕を回したミカエルに「なあ?」と 同意を求めている。

今 ミカエルが、恋人以外の何役なのかはサッパリだが、ミカエルは「うん」と ルカに頷いた。


ミカエルの向こう側では、榊がシイナの手を取った。

シイナは ぼんやりと榊を見つめているが、榊は ココに切れ長の眼を流すと 口元で笑った。

大人の女風じゃねぇか。こうして見ると妖艶だ。

ココを挑発してる気がするし、オレの知らん間に 何かが進行中のようだ。


「でもさぁ、“楽しめたら”

大叔父さんには オレから話してもいいんだけど」


ルカは、ミカエルの くせっ毛ブロンドに自分の頭を付けて、ふざけた眼で岡田ってヤツを見た。

すげぇ。マジで恋人に見える。慣れやがったな...


「ええ! もし、気に入ったスタッフがいたら... 」と言って、岡田ってヤツは

ルカとミカエルの状態に気付いた。ゲイだ。


「女の子同士のが見たい」


「コッ」と オレの喉が鳴ったが、シャンパンを取ってムリに誤魔化す。


「ルカ... 」と、ジェイドが止めて見せるが

ルカは「キスしてる くちびるが見たい」と 重ねた。

「ここで」と、自分のテーブルの前を指差している。


「榊」


シイナの手を取ったまま、ソファーを立とうとした榊を、ボティスが 妬いた風に止めた。

榊は、“自分の男の前で 女に手を出す” ような困った女 役らしい。


「なにー? そのくらいさぁ。

“ショーは仕事だから” とかって言って、オレを萎えさす訳ぇ? 退屈な店だよなー」


ルカはイヤな男役だ。割りとハマる。

半分は まんまだしな。


「... 多分、やられるぜ」と 朋樹が悪いツラで笑いながら ココに言って、榊の方を指した。


榊は、シイナの骨盤に乗ったガーターベルトを指で なぞって見せている。

細く白い指は、下着のきわまで降りた。

ボティスが “見てられん” 風に眼を逸らすが、ちょっと笑っちまってやがった。


ココは、マスクのジッパーを下ろすと

「じゃあ、キスだけ」と シイナの方へ行って

「シイナ」と、榊から 強引に自分の方へ向かせた。

榊が “むう” って眼を ボティスに向けている。


目の前での濃厚なキスより印象的だったのは、キスする前の ココの必死な眼だ。

情念系の仕事が多いのが頷けたぜ... これは残る。


シェムハザの眼鏡の眼が、ココの胸元から口へ、

口から シイナの胸元に移った。

尾長が移ったようだ。


「ミカエル、見た?」と ルカが優しげに聞くと

ミカエルは「うん」と 笑顔で返事をして

「面白かった?」と 聞くと、また「うん」つった。うんって言う役 らしい。


「なら、大叔父さんに連絡して... 」と ルカがスマホを取り出すと、シェムハザが

「ヴィタリーニ家が どういったものが分かっているのか?」と、岡田ってヤツに確認する。今?


「... イタリア系の、実業家のかた だと」


「マフィアだ。

俺は “実業家” であり、投資家だが。

フランスの城に住んでいる。

ヴィタリーニ家とは、この 二人の お守り役として

こうして親しくしているが」


岡田というヤツは、ジェイドとルカに眼をやって

明らかに困ったツラになった。


「しかし、どうだ? お前達、気に入ったのか?」


シェムハザが聞くと、ジェイドが「まぁまぁ」と 肩を竦め、ルカは またミカエルに聞いて、ミカエルが頷く。何なんだよ、その流れは。


「そうか。ならば、俺が話を聞こう」と シェムハザがソファーを立ち

「ビルを案内してくれ。朋樹」と ビルの霊視のためか、朋樹を連れて行くようだ。


シェムハザが「すぐに戻る」と オレらに言っている間に、朋樹が半式鬼をシイナに付け、榊が幻惑を解いた。


シイナは 気が付くと、ココにキスされていたことに驚いていたが、シェムハザが すれ違う時に

「妬けるな」と 言うと、女の子のカオになった。


シイナは、そのまま歩いていく シェムハザの後ろ姿に見惚れている。

オレも驚いてるけどな。何だよ 次は...


ボティスが視線でココを示し、自分の胸を指した。“尾長を出せ” だ。

けど、ココは嫉妬の眼で シイナを見てるしさ...

どうする? と、ルカと眼を合わせる。


ジェイドが オレの隣に詰めて来て、ルカを見て、ココを見た。何かの ゴーサインだ。


ルカは、一瞬 “またかよ” ってツラになったが

「おまえ、かわいいよな」と、ココの腕を引っ張った。



































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る