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「来てくれたんだ」


笑顔になった ニナって子は、声が低かった。

パイモンを彷彿とする。質が女の子じゃない。


けど、キャットスーツの中には乳があって、下には付いて無さそうだった。


「む? 男子であろうか?」と 遠慮なく榊が聞くと

ニナは「うん。全改造済み」と 頷いた。


ルカや朋樹に眼をやると、知っていたようだ。

「別に良くね? いい子だぜ」

「もう女の子なんだろ」と シャンパンを飲む。

そりゃ別に いいけどさ、アコの順は... ?


偽物ニセモノだけど」と、ニナが言うと

「俺は お前とは寝ないぞ」と アコが肩を竦める。


ニナは「うん」と 寂しそうにしたが、アコは

「順がきたら、一晩中 話をする」と また笑顔にした。


「今は、“シイナ” って 女のことを聞きたいんだ。

キスされただろ?」


「どうして知ってるの?」と 驚いているが、声以外は 女の子よりも女の子 って感じだ。

指先とか 所作が。


「シイナって女が、他の女にもしてたから」と 遠くから朋樹が言うと

「うん、知ってる」と 困ったように 笑った。


「シイナは、あんな風じゃなかったのに。

最近 少し変わってしまったけど。

彼女だっているのに」


“彼女”? やばくないか?

その子にも 尾長が憑いているのは確実じゃねぇのか? だから急に 規模が拡大したのか?


「この店の女か?」と ボティスが聞くと

「ううん。大学生」と うわ... ってなる答えだ。

そりゃ拡大するよな。サカり放題だしさ。


「シイナに、キスされてから」と ニナは俯いた。

黒いウェイブの髪をトップで纏めているが、男だったと思えんくらい首が細く、うなじが綺麗だった。


「何か、妙な気分になって。その... 」と 言いづらそうに 口ごもっている。


「気分が高まりやすくなった?」


ジェイドは表現がソフトだよな。ニナが頷く。


「でも、抑えてた?」と 朋樹が聞くと

「だって、周りも女の子ばっかりだし」と 店内を見渡して周囲を示した。

そうか、男が好みなんだもんな。

趣味が高じて 身体を変える人もいるらしいけど、ニナは 脳や心が女の子なんだろう。


「こういう雰囲気だから、普通の男の子からは敬遠されるし」と、ピアスの舌を出した。


「なんで舌に開けるんだ?

マシュマロとか 食いづらくないのか?」と ミカエルが聞くと

「クールだから 開ける人もいるけど、私は 寂しくない気がするから」と 言った。


「口の中 って言うか、身体の中に何かある って

自分で分かるのが、寂しくない感じ」


ボティスが眼鏡のゴールドの眼を向けている。

オレには サッパリ分からんが、その感覚が分かるようだ。


「うん、でも今日、あなた達に会ってからは元に戻った気がする。そわそわしないし。

あ... ごめん。シイナの話だよね?」


榊が「座ると良い」と 隣を示し、ルカとミカエルも場所を空けるために こっち側に寄ってきた。


「テーブルに着くのは幾らだ? 足りるか?」と

ボティスが マネークリップごと渡すと

「こんなに要らないよ」と 眼を丸くしたが

「取るが良い。お前は良い女である故」と 榊が手に取らせた。ニナは照れて 嬉しそうだ。


榊とミカエルの間に座り、榊が渡したシャンパンを「ありがとう」と 飲んで、また話し始めた。


「シイナは いい子なんだけど、なんていうか、気質から 女王様 って言うか...

不思議なんだけど、言うことを聞きたくなるの。

相手が全く普通の女の子でも、いつの間にか その気にさせて、翻弄して夢中にさせてしまう」


お、なんか 怖ぇ。微かに皇帝臭がするぜ。


「例えば、こうやって 隣に並んで話している間に

ごく自然に 相手のシャツのボタンを外し出したり

脱がせたりする。

相手は、驚くし 戸惑うけど、シイナに見られると何故か “いや” って言えない。

下着も外して胸をあらわにさせる」


「のっ」

「いやでも、ニナちゃんは キスだけだろ?」と 朋樹が眉間にシワを寄せ

「じゃ 何で、ニナちゃんが知ってんのー?」と ルカが聞くと

「うん。私の身体のことはシイナも知ってるから、私には ふざけてしまっただけ。

他の子のことは、見たことがあるから」らしい。


店のバックルームや、カフェの個室席、カラオケ

映画館の端の席...  場所は問わないようだ。


「そのまま 始めちまうの?」と ルカが ついでに聞くと

「ううん。そのまま放って帰っちゃう」と。

残された方、きつくないか?


「それからは、しばらくは 眼も合わせない。

別に無視もしないし、普通の態度。

相手の子が、“ふざけただけだったのかな?” とか

ショックが和らいだ頃に、二人になるの」


「えっ、なれんの?」「どうやって?」


「それは、いろいろみたい。

急に、外で シイナが待ってて、“飲まない?” とか。適当なのに、上手くいっちゃう。

それで 相手の部屋に行ったり、途中の路地裏だったり...

お店の子なら、その子がバックルームに 一人になった時に、入って 鍵を掛ける」


「ふうん... で?」と ルカが促すと、ニナは

「むうう... 」と 唸る榊に「ごめんね」と 断り

「シイナが、指と舌で 相手を」とか言った。


「ああん?!」「なんで そうなる?!」

「... “路地裏”?」


「わかんない。驚いてる内に... みたい。

“シイナだから” かも」


「そこで、“やめろ!” とかって 終わらねぇの?」


「もう、良くなっちゃってるから。

言葉で言ったって。

女の子の舌って、柔らかいし」


あっ 今 ちょっとだけ、ニナに男を感じたぜ。


「それで 相手の部屋で、何日かそういうことを いろいろするみたい。

“かわいい” “大好き” って 言いながら。

深夜の日もあったり、朝の日もあったり。

相手は シイナを見ただけで、身体が反応する」


「うおお... 」「怖ぇ... 」


「そうなると、他の子に 興味ある風に話しかけて見せたりして。妬かせるの。

でも、また気持ち良くして 懐柔していって、ほんの 1ヵ月か2ヵ月で骨抜きにしちゃう。

相手の子は、シイナに捨てられたくないから 一生懸命になる。“イイコに出来たら ゴホウビ” らしいしね。

ゆっくり 立場が逆転していくみたい。

困ったとこだよね。

でも、シイナ自身は悪い子じゃないよ」


「マジで “女王サマ” じゃん」

「その子、まだ 二十歳くらいじゃないのか?」

スエ どころか、今 恐ろしいよな」


「違う。愛を知らないだけなんだぜ?」


ミカエルだ。ルカを片手に始まった。

真っ白になった榊に「ごめんね... 」と 言っていた

ニナの眼が、ミカエルに向いた。


「シュミじゃね?」と、ルカが言ってみると

「孤独で自信がない」と 至近距離で ルカに向いて

「おおう?」って 言ってやがる。


「だから、相手を 好きにしようとするんだ。

満たされたふりを するために」


「おお?!」「正論ぽくね?!」


「ニナには、ふざけたんじゃないぜ?

好きに し切れないから、手を出さないだけだ。

ニナは、愛が大切だって知ってるだろ?」


「じゃ なんで、キスは したんだ?」


「尾長のせい」


あ、そっか...


「更に言えば、相手は “どこか 満たされない者” だ。男がいれば 尚良い」と シェムハザが言う。


「なんで?」


「“満たされない隙間” に 入り込み、その男よりも 自分の方に向かせ、自尊心プライドを満たす」


うわぁ...  女の子に取られるのか...


「また、自尊心が高い女を 相手に選ぶ。

シイナという女は、懐柔するまでは 相手の自尊心に傷を付けずに 自分を浸透させていく。

揺らすのは それからだ。

相手は、うっかり懐柔された後で 混乱するが

“私が捨てられるはずがない” と 自分を護るために、より 言うことを聞く。

口先で反発しようが、結局 従順だからな」


ボティスが言うと、榊が「ほう... 」と 感心したが

「一般論としてだ」と、なんか言い訳した。


シイナが手を付けた子や、大学生の彼女の大学を聞いていると、店が混み出してきて

「そろそろ 行かなきゃ」と

榊の頭を撫でたニナが ソファーを立つ。


「シイナのことで、知ってるのは そのくらい。

役に立ててると いいんだけど」と、アコに向いて

また「来てくれて ありがとう」と 笑った。


「うん、助かった。

ニナ、お前は偽物じゃないぞ」


ニナは、きょとんとした顔になったが

「ふむ。紛れもない」と 榊が言う。


「俺は、一度寝たら それきりなんだ。

お前とは 友になる。

順の後も たまに会って、話をする。

ちゃんと、好きな奴に愛されろ」


好きな奴がいるのか。

ニナは、なんでアコが分かったのか とか聞けないでいたが

「そういう女は、見りゃ分かるんだ。

女ばっかり見てるから」と 軽く肩を竦めている。


「順がくるまでに、頑張っとけよ」と 言うと

「うん!」と、嬉しそうに 手を振って

「もう、ショーの時間だよ」と、高いヒールで バックルームの方へ歩いて行った。


「いい子だな」

「好きな奴と上手くいくといいよな」


「シイナが手を付けた内、二人は 尾長を抜けたな」

「店の中じゃ、あと 一人だろ」

「ショーの子らしいから、終わってからだな」


「大学の方って どうする?」と、聞いてみると

ボティスが イゲルを喚んで話し、シイナの彼女 他 大学生分は、琉地とアンバーに抜いといてもらうことにした。


話している間に 客席側の照明が薄暗くなり、ステージが明るくなった。


フロアでは ビスチェやキャットスーツの女の子たちが、鼻から首までを 前面に縦ジッパーが付いたネックウォーマーのように巻くエナメルマスクを着けて、レザーの手枷に鞭やらロープやらの小道具を持って、各客席の近くに立った。


ステージ奥には黒レースのカーテンと鎖が下がっているが、その向こうには 扉があるらしく、カーテンの向こう側から女の子が出て来た。


ホルターネックの黒いエナメルビスチェは 胸元や腹の下まで 中心が縦にレースで透け、ケツがギリギリ隠れる長さの 裾フリルのエナメルスカート、ガーターと蜘蛛模様が入った網タイツに、黒いエナメルブーツ。


ブラウンのショートヘア、左に 二つ、右に 一つの軟骨ピアス。長い睫毛にシルバーのラメマスカラ。薄いくちびるはヌードカラーのグロス。

シイナだ。客席が沸いた。


際立った美女でもなければ、すげぇ身体 って訳でもないのに、やたらに眼を惹く。


「尾長は?」「いるな」


「だよな。このショーが終わったら、テーブルに来るんだろ?」


「クドけよ、泰河」「性急に」

「えぇ... 怖ぇよ、何か」


ステージ照明も 一度 落ちると、またすぐに青く光り出した。

その反射で 天井に、鏡の通路のラインが伸びる。


暗転した時に、ステージに出て来たらしい水色と白の フリフリしたベビードールの女の子の後ろに シイナが立った。

女の子の首に 黒レザーの首輪を着けている。


「おっさんとかを やるんじゃないんだ。

ホッとしたぜー」

「見た目に 女の子の方がいいからじゃねぇの?」

「ショーだもんな」

「されたい人は、そういうサービスの店に行くんだろうね」


首輪に細い鎖が繋がれるのを見ていると、客席周囲にも 上からカラカラカチカチと鎖が降りて来た。

客参加型らしく、希望するヤツは鎖に繋がれるようだ。

ノリが良い客が多いのか、あちこちの席から客が立って、女性客も結構 繋がれてみている。

「むっ」と言った榊は、ボティスに無言で止められた。


ステージのやられ役の子が ベビードールを脱がされると、辛うじて恥丘が隠れるような白の下着とガーター、白レースの編みタイツ姿になった。


白い肌の胸に 赤いロープが渡されていく。

周囲も そんな感じだ。妙な空間になってきたな。

客が緊縛されていくのを、食い入るように見る

榊を、ミカエルが観察している。


少し離れたテーブルでは、ニナが男客を縛り

“大丈夫?” と聞いてる感じだった。

酒入ってるしな。

縛られてる方は「全然!」と 楽しそうだ。


シイナは 女の子を縛り終わると、身体のロープに金具を付け出した。

ステージ天井から降りて来た何本かのワイヤーの金具に、女の子の金具を取り付ける。


ワイヤーが引き上げられると、女の子も浮く。

あられもない開脚の形で、実際に見ると

「おう?」と 多少どよめいちまったぜ。


「あれは、どういう気分の表情なんだ?」と ミカエルが聞いた。

知らねぇよ と言おうとしたら「恥辱が喜びなのだろう」と シェムハザが説明した。

人間てさ...  なんでもない。


鞭が肌を打つと、ミカエルが

「アバドンは男にやるけど」と ボソッと言った。


「昔からだな。誰かに見られるようにやる」

「そういうタチなんだろ」

「何人かイカれたままだ。奈落で仕えてる」


アバドンは まだ天使だと 天が認めていようと

オレは もう認めねぇよ。


鞭を置くと、シイナはステージで ビスチェのジッパーを下ろして落とし、下着とガーターになった。

フロアでも女の子たちがトップレスになる。

鼻から首に ぴたりと添って覆うマスクが へんに色っぽく見える。


燭台に着けた 赤い蝋燭ろうそくに火を点けると、シイナは 女の子の狭い下着に指を宛てた。

ビクッと 女の子が揺れる。アドリブっぽいよな。

女の子に何か囁き続けながら 赤い蝋をたらし、蝋が身体を赤く汚す度に ワイヤーが軋る。

マイクを使わない ってことは、囁き... この場合は ののしりか? も、ショー内容にはない ってことだろう。

女の子に舌を出させ、自分の手首の内側を這わせた。


























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