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「クラブで 尾長を移された女の店だな」

「そう。ショートヘア、軟骨ピアスの女だ」

「その女が、別の女に移した。花のタトゥの子」


「朋樹の霊視では、どこかの店のバックルームだった」

「名刺の店の確率は高い。格好が モロだった」


「尾長発生源の場所のひとつ?」

「あり得るだろうな。

軟骨ピアスの女が 移しまくってるなら」


コーヒーを飲む間、仕事の話をする。

いつもと同じように。


「見つけたら、榊が幻惑と神隠し。

ルカと泰河で出せ」


榊が「ふむ」と、小さく頷く。

オレとルカも「おう」「わかった」と 同じように頷いた。


「そろそろ店が開くな」「行くか」


空になったカップの底に 半円に残ったコーヒーの色を見ると、急に 腹から何かがり上がってきて、鼻の奥がツンとした。


「泰河」


ボティスのゴールドの眼が オレに向く。

おまえが 気ぃ使うんじゃねぇよ って、使わせたことに 腹が立った。


「おう。いや、緊張してさ。

初めて行く店だし... 」


椅子を立つ。平気な顔をして。


すげ替わった首や 身体を見つける。

本体も見つけて、絶対 オレが殺る。

何が相手でも。




********




店のドアに入り、アコが受付で人数分の ドリンクチケットを買う。

この店も、飲食店やバーの でかいビルの地下だ。


会員制とかではないが、入るのに 一人 五千円。

チケットは 最初のドリンク分だけ。

あとは、テーブルで その都度払う。

時間ごとのチャージ料は後払いで、“ノータッチサービス料” は 女の子に直接 支払う... という システムのようだ。


ドアから店内入口と出口の通路は 間を鉄格子で区切られ、受付カウンターも鉄格子越しに料金とチケットをやり取りする。


カウンター内には、シルバーの髪でボンデージのキャットスーツの前を腹まで開けた、パピヨンマスクの子が座っていて、レザービスチェから そのままガーターに繋がる下着と ティーバッグ、腿まであるフェイクレザーブーツの子が テーブルに案内してくれる。


店内は、赤い壁に 黒の鏡面の床。

中央前に オレらの胸の高さくらいありそうな広いステージ。

ステージとテーブルの間に 1メートル幅の長い鏡の通路。

天井には、スチール製のパンキッシュなシャンデリア型照明やカラーライトが吊り下がり、間に弧を描く鎖が渡っている。


テーブルは黒。ソファーは赤。

歩いてる女の子たちも黒か赤のボンデージ。

ヒールが異常に高いブーツを履いているせいで、全員、170 そこそこの背丈。


「半数くらい 尻が出てるぜ?」

「ふむ、しかし ブーツなどは長くある。

尻の分であろうの。均整ばらんすが良い故。

ショーパブなどより、いささかスパイシィな印象よ」


ミカエルと榊だ。


「けど、客に女の人も結構いるよな」

「ねっとりした感 ねぇしな」


そう。意外だけど、下手するとショーパブよりも居やすい。


現実離れした衣装に、半分くらいの子は パピヨンやら猫やらのマスクで 目元 隠してるし、髪もカラフル、肌もタトゥで派手。

なんか、日本感 薄いんだよな。


壁側の団体席は ソファーが全部 壁に沿っていて、ステージと壁の間の 四人用くらいの席は、対面ソファーがステージから垂直に並ぶ。

どこに座っても ステージが見えるように考慮されているようだ。


オレらは、店の中央くらいの団体席。

テーブルは 四つに分かれていて、ゆったり座れるが、横並びに座っているので話は しづらい。


でも、VIP席なんじゃないか? ってくらいの席に着けたのは、受付と話したアコが

“近くのカジノのオーナーに聞いて来たんだ” と、一言 付け加えたせいだろう。


最初のチケット交換ドリンクに、ミカエルと榊 以外は とりあえずビールにしたが、ドリンクを置きに来たキャットスーツの子に

「“エンジェル”、ヴィンテージを。人数分」と 言ったシェムハザが、取り寄せた札束をテーブルに重ね、女の子だけでなく オレらも引かせている。


「エンジェル?」と ミカエルが聞くが、どうやらシャンパンらしい。


一度 バーに戻った女の子が、またテーブルに来て

「ロゼなら」と ビビりながら言ったのに

「ではそれを。九本 頼む」と、またビビらせた。

相変わらず、遊び方 派手だよな...


アコはアコで、手っ取り早く

「サービス。四人ずつくらい順に」と テーブルに女の子を呼ぶ。

「“ニナ” は いるか?」と、赤い名刺を見せた。


「僕ら、いる意味ある?」

「シェムハザに見惚れる間に 霊視するから、何か視えた子の お喋り班だな」


ジェイドが “ああ” って ツラになった。

オレと朋樹の間に、シェムハザがいるんだよな。

朋樹の向こうにジェイド。


オレの逆隣にはルカ。

ルカの隣が、万が一のことを考えて 恋人のミカエル。

で、榊、ボティス、アコ と続く。


最初に 二人のビスチェ下着の子が堂に入った雰囲気で歩いて来て、シェムハザ見て、急に普通の女の子みたいな立ち方になった。

一人は 両手の指を前に緩く組んで、一人は片手を

マスクの下の口元に宛てている。


「シロだな。尾長はいない」と シェムハザが 二枚ずつさつを渡すと、仕事中だということを思い出したようで、何故かテーブルに乗ろうとした。

「なんで?」と 聞くと、テーブルの上でトップレスになるらしかった。


「いや、いいぜ」「そ。充分だし」と 断ると

「じゃあ、ロウソク?」と 聞かれたので

「もっと要らねぇし」と 焦って断る。

なんで金 払って、熱いとか痛いとかなんだよ。


「でもここ、そういうトコロだし」

「何もしないと悪いから... 」


女王サマっぽくねぇよな。ちょっと笑う。


「なら、オレらと話す?」と 朋樹が誘うと、嬉しそうな顔で

「うん」「こんなに貰っちゃったし」と 朋樹やジェイドと テーブルの間に入ってきて、膝を跨いで立つとテーブルに座った。いや、股な...


ジェイドが「話しづらいから、隣に来ない?」と

言ってみているが

「他の席からも見えるようにしなくちゃいけないの」「呼ばれやすくなるし」と 答えている。

いろいろ大変だよな。


シェムハザが バスタオルを取り寄せて、朋樹たちに 女の子たちの膝に掛けさせると、二人は またほんわりした。


「ここにさ、ブラウンのショートヘアで、耳の上の方にピアス開けた子っている?

左に 二つ、右に 一つ」


朋樹が聞いてみると、女の子たちは つまらなそうな顔になった。

シェムハザしか 見えていなかったようだが、朋樹やジェイドも見えてきたらしく、よく見りゃ男前だ。

しかも、シェムハザと違って手が届くかもしれん。

で、他の女の子のこと聞かれてるしな...


「ああ、仕事なんだ。

僕ら 何でも屋さんなんだけど、そのヒゲの人が依頼人。

スポンサーは、そのキラキラしてる人。

クラブで見かけた子に惚れたから、調べてる」


ジェイドが言うと、女の子たちは “そうなんだ” って風に表情を緩めた。

ヒゲの人のオレを見るので、片手を上げる。


「たぶん、その子は “シイナ” って子」

「ショースタッフだから、今は準備してる」


「ショーの後なら、テーブルに呼べる?」


「呼べるけど... 」「クドくのは 難しいかも」と

二人はオレの方を見た。くっ...


「おまえらさ、失礼じゃねぇか?

ハッキリ言うなよ。そりゃオレは大して... 」


「違う違う!」「シイナの問題!」


けっ。慌てて見えるけどな。


「シイナは、女の子が好きだから」

「しかも遊んでる。

お店でも 何人かクドいてるし」


それは、まあ 予想してたよな。

女の子に尾長 移すのに最適だしさ。


「そうか、なら難しいかも... 」と 答えていると

「泰河、そんなことで諦めるのか?」と シェムハザの甘い匂いが増幅した。

... 解ったぜ。これ、シェミーフェロモンだ。

女の子たちの顔がシェムハザに向く。恐ろしいよな。


「いや、そんなこと ってさ

オレ、どう見ても男だし... 」


違う。榊が幻惑でもして、話 聞きゃいいんだし

これは 要らん会話のはずだ。

流れで そうなってるだけでさ。

けど不思議と、軽くフラれた気分になった。

人間て、気分の生き物でもあるよな...


「良さを教えてやれ。包容力だ」


シャンパン受け取りながら、片腕 広げて力説だ。


「俺の妻も、元々は女性を好んだ」


大嘘ぶち込んできやがった。けど匂いも増す。

フロアの他の子まで 注目し出した。


「だが 情熱と包容力を持って、愛を伝えた。

最初は 性急で構わん。情熱とは そういったものだ。まず、お前を彼女の眼に入れろ」


おお? 話が妖しくなってきてないか?

とりあえず「おう」と 頷いて、シェムハザから

シャンパンを受け取る。


「そして揺るがせ。文字通り、体内からだ」


妖しくなったグリーンの眼を こっちに流されて

ごふ っと シャンパンでせる。

シェムハザに おしぼり渡されたが、今日 なんか違わねぇか?


「... 言い方変えりゃ、“とりあえず寝ろ”?

そこが難しいよな。相手は女の子がいいのに」

「“強引にでも漕ぎ着けろ” じゃないのか?」


朋樹とジェイドも、シェムハザの話を咀嚼そしゃくしてみているが、女の子たちには またしても シェムハザしか見えていない。


「そうして、彼女の眼に お前が映ったら」と

シェムハザは さとすように、オレの肩を抱いた。


「... “意識下に入ったら” ってことか?」

「そうなんじゃないか? “その辺にいる男” から

一応、“寝た男” になったからね」


「愛を伝えていくのは それからだ。

“一度 言った” などと思うな。何度でも伝えろ。

相手に伝わってもだ」


「... ああ、何か 男は、“一度言ったから もう分かってるだろう” って考え らしいよな。

確かに、何度も言わねぇし」

「女性は、定期的に言って欲しいようだね。

この点のみなら、ルカが正解かもしれない。

うるさくなければ」


へぇ... 朱里がよぎる。

いやもう 言わねぇだろな、オレ。


「女は 心に沁み込むように触れて包むが、男ならば身ごと包み、心も護る。

気付けば、腕の中にいるものだ」と

シェムハザは まばゆく輝いた。


「... そりゃ、シェムハザはな」

「腕を広げるだけで 済むだろうけどね」


オレも 朋樹やジェイドと同感だが、シェムハザは

「そういった訳で、泰河はシイナに情熱を示す。

ショーが終わったら、シイナを連れて来てくれ」と、女の子たちに またチップを渡して頷かせた。


女の子たちが戻ると、シェムハザに

「なんか今日 違わねぇか?」と 聞いてみると


「場所や相手に合わせて、納得させるように話すのは当然だろう?

お前が男としてシイナをクドく と納得させた。

今の子達は必ず連れて来る」と、シャンパンをグラスに注がずに飲んでいる。


ボティスじゃねぇのに... って 思ってると

「目立て。オトリだろう?」ってことだ。

金があるアホ作戦だな。得意技だ。


一番得意とするルカは、隣で ミカエルに肩や胸に両腕を巻かれていた。

シェムハザがいるにもかかわらず、こっち側で尾長チェックされていた女の子に 早くも色気を出されたようだ。


「ファシエルがいい」

「オレだってリラがいーし!

けどさぁ、こうやってミカエルが くっつくと、ちょっと寂しいのマシになるんだけどー」


「うん、俺 天使だからな」と ミカエルが言う。

そうだったな。

さっき、尻 とか言ってたから 忘れてたぜ。


「尾長だ」と、結構 向こうからボティスが言って

オレとルカのテーブルの間に、赤いキャットスーツの女の子が 入って来た。


榊が幻惑したらしく、ぼんやりしている。

スーツの前は へそくらいまで 縦に開いていて、細い紐でクロスに編んで留めてあるタイプだ。


ルカが筆で αίμα という緑文字を出すと、指でそれを消す。ミカエルが 加護を与えて終了。


幻惑が解けた女の子は、あれ? って感じだ。

シェムハザが「ありがとう」と チップ渡して帰した。


「もう 一人」と 回されてきた女の子は、ビスチェタイプだった。腹が出てない。


「これ、どうすんだよ?」

「尻は出てても 困るよな... 」


「ジェイドに回せばいいだろ?」と ミカエルに言われ、遠くからアコに、女の子に移動するよう

めいを出してもらう。


榊が神隠しも掛けると、アコが女の子に「口を開けろ」と 命じ、朋樹が聖水噴射、ジェイドが祈って 尾長を吐かせている。

ミカエルが加護、シェムハザがチップ


ボティスは... と 見てみると、シャンパン片手に 客の方に眼鏡の眼を向けて、尾長チェックをしているようだ。

榊は無意識に女の子の尻を眼で追っているように見える。あいつ、すげぇ見方するからな...


「あっ、花タトゥの子じゃね?」


アコに名刺を渡した ニナって子だ。

黒いキャットスーツ。胸中むねじゅうの花が目立つ。

他のテーブルに居たらしく、バックルームじゃない方向から歩いて来た。




















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