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「店のオープンは 21時だ」


名刺を見て アコが言う。


「随分 ゆっくりだな」

「夜営業のとこって、普通 19時くらいからじゃね?」


甘い匂いがしたかと思うと、オーロラが揺らめき

眼鏡シェムハザが登場した。眩しいぜ。

目眩めくらまししていないので、注目も浴びまくる。


ちょっと気になって、ルカに

「さっきのカフェの子たちさ... 」って 聞いてみると「思考停止中」らしい。さすがだぜ シェミー。


朱里あかりは無事に店に届けた。イゲルの八の軍から守護が付いている。ボティスが回した」


「えっ、マジで?」と、申し訳ないような気分になったが「当然だろ?」と アコが答えた。


朱里アカリは たぶん、危ないことになっても

自分から 俺やファシエルを喚ばないだろうしな。

守護天使も付けさせる」


「おう、悪ぃ... 」と ミカエルにも返すと

「それで、尾長はどうだ?」と シェムハザが輝く。


「もう、立て続けにさ... 」と 説明を始めると

雨が降ってきた。霧雨だ。


「パイモンの軍だ」と、空を見上げたアコが言っている。灰色蝗スプレーを撒いているようだ。

首がすげ替わった人がいたら 緑に発光するらしいが、パッと見では 周囲にはいない。


「話すなら、どっかで飯。仕事は続けるけど」と

ミカエルが言うので、近くのダイニングバーに入ることになった。

また サイレン点けたパトカーが通り過ぎる。


バスは?」と 聞くと

「目眩まししておく。スプレー類だけ持て」と

シェムハザが指を鳴らした。



ダイニングバーに入って、適当に取ったもの食いながら、丸いテーブルの店って めずらしいよな... とか思う。

カフェとかで小さいテーブルなら よくあるけど

大人数用の円卓 ってさ。


けど、なんかいいよな とも思いながら、アコがもらった名刺を回し見する。


「名刺が赤 ってなぁ... 」


ルカが ピザ食いながら、胡散臭そうに言った。

朋樹から回ってきた名刺は、プラスチック素材で

赤に黒文字だ。店の名前は “Dominatrix”...


「ドミナトリックス? って... 」


「女主人とか 女支配者。

ボンデージバーだろ。毛色が違うショーパブ」と

呆気なくアコが言う。


「ぎゃあ、マジ?!

オレ、行ったことないんだけどー!」

「オレもねぇし!」

「店が あったことも知らんかったぜ」


「名刺から察するに、そうキツイ店でもないと思うが。“いかにも” 過ぎる」


アコが頷いてるけど、オレ、シェムハザに言って欲しくなかったぜ。


「場所が、クラブから そんなに離れてないね」と

名刺裏のちっさい地図見て、ジェイドが言った。


「だって、カジノとかショーパブも あの辺じゃねーか」


スマホで検索してみると、クラブよりカジノ寄りだった。まぁ、大人が飲んだり遊んだり って通りだな。


店内写真とかも載っていたが、ショーパブのボンデージ版 って感じだ。

ショーもやるようだが、えぐいことはなさそうで ホッとする。針系とか痛そうなのとかは見たくねぇし。


「ふうん。アバドンみたいのばっかりだな」


スマホを覗いた ミカエルだ。やめてくれ。


「尾長の子は そこで働いている子だったようだが、そういったサービスの店じゃないだろう?」


「おう。触るな系の店と思うぜ」


「けどさぁ、店の子から 客じゃなくて、店の子同士で移してた ってことだろ?」


「軟骨ピアスの子は、女の子に撒く係?」


「そうかもな。あれだけ拡がってるしな」


「ん? ボティスだ」と アコが消える。


バスで迎えに行くのか? と思っていたら、五分くらいで ボティスと榊と 一緒に戻って来た。

洞窟教会から タクシーで来たらしい。


「おまえ、タクシーに手ぇ上げるのか?」と 聞いてみると「他に どう止め方がある?」と 逆に返されたけど、ボティスがタクシー 止めるのって似合わねぇよな。


榊がメニューから いろいろ選ぶ間に、ボティスはイゲルを喚び、休憩させながら報告を聞いている。


「とにかく、ケンカばかりだ。

まだ遺体は出ていないが、腕を怪我した奴と、首を絞められ病院に運ばれた奴が出た。

琉地とアンバーを褒めてやってくれ。

大活躍してる。

警察に保護された奴等からも尾長を抜いてるし、俺やヴァイラが喚んでも すぐに応じてくれる」


「チーズのフリットや生クリームを用意しないと」と ジェイドが笑顔になって

「えらいじゃん、あいつ」と ルカも嬉しそうだ。


「地界からは まだ報告はない。

ベルゼブブが 地上にも軍を出してる。

吸血悪魔も、なるべく地界に連れて戻る」


イゲルは 話しながら、ミカエルに オレンジブラウンの眼をやった。

斬首されちまうもんな...


「もし人間から吸血した者がいたら、ミカエルに引き渡すように言われている」と 言い足して、ミカエルが頷いた。


「首が すげ替わった奴も、まだ見つかっていない。見つけたら... 」


「なんとか連れて来い。

ルカと泰河が頭部を戻す。その後は パイモンの元へ運べ」


「わかった」と テーブルの皿からピザ 一切れ持って、イゲルが消える。


「ケンカっていうか、マジで 殺り合いとかに発展しそうだよな」

「もうしてるだろ。三階とか歩道橋から落とそうとするんだぜ?」


「しかし、首が すげ替わった者等が なかなか見つからぬのう... 」


運ばれて来た ローストビーフや鶏ハムの大皿を自分の前に据え、フォークを奮う榊が 首を傾げる。


「どっかに隠れてんのかな?」


「そう考えるのが妥当だろうな。

姿を消した悪魔も 見えるみたいだしな」


デザートに カスタードといちごのワッフル食いながら ミカエルが言っているけど、これ。厄介だよな。

ボティスの配下のソカリは、姿を消してたのに、噛まれて吸血された。


相手が見えれば、そいつらから隠れられるしさ。

吸血された人たちや 悪魔たちは離れた場所にいても、体内の蝗のフェロモンで虫同士のように 意思疎通も出来る。


オレの背後に 誰かが立った。

「榊、神隠しを」と、ハティの声がする。


「ハティ」「どうした?」と ボティスやシェムハザが怪訝な顔になった。

振り向くと、ハティは 姿を隠していなかった。


普段なら、他の人間がいる場では 姿を目眩めくらまししている。

人には あり得ない、深紅の肌色のせいだ。


オレらは隅の方のテーブルに座っていたが、シェムハザやらボティスやらがいるので かなり目につくテーブルだっただろうと思う。

榊が 神隠しに加え幻惑も施して、テーブルごと最初からなかった風に誤魔化す。


「ベルゼ」と、ハティが喚ぶと

ボーラーハットに中世盛装、黒縁眼鏡のベルゼが立ち、ベルゼの隣に手枷を付けた悪魔が崩れるように座った。


「ソカリ」と、アコが椅子を立つ。


「虫を入れて、三時間程が経過する」


褐色の肌に黒髪の ソカリという悪魔は、眼や鼻、耳から血を流し、ガタガタと震えている。

呻き声を上げないよう、渾身で血染めの歯を軋らせてこらえているようだ。

首から白いシャツの前も 血まみれになっている。


「なんとか まだ耐えているが、お前に会いたい、と」


ベルゼが ボティスに向いて言った。


椅子を立ったボティスが、ソカリの前にまで行き

「ソカリ」と、声を掛けながら しゃがんだ。


「... ボ ティス、すまない」


こうして連れて来た ってことは、そういうことなのか?


見ていてしまっていいのか、見ない方がいいのか

それも分からない。


「蝗は、四肢には移動しない。

頭部に卵が付く人間とは違い、手首の血管から上った卵が、肋骨や胸骨、脊椎付近に付いて孵るようだ。髄液を吸い、行動操作をする。

成虫は ほぼ虫が食い尽くしているが、ソカリは内蔵の半分程を溶解した」


その虫は、まだ出せないのか... ?

この人、見張りの仕事をしてただけで 何も悪くないのに


つい、シェムハザを見てしまい

「今 魂を分ければ、成虫にも分けることになる」と、ハティが 静かに言った。


ソカリという悪魔は、ボティスの首筋に視線を止めた。

血に染まった眼の色が変わる。

歯を開きかけて、手枷の付いた両手で自分の口を覆った。

「... ぐっ」と 喉で押し殺す 呻きが洩れる。


「あと 少しなんだ」と、ベルゼは 眼鏡の奥のワインの眼を ソカリの背に向けた。


「ボティス」と、両手の中から くぐもった声で呼び

「お前の、下で 仕事が、出来て... 」と 感謝をするようなことを言う。


ミカエルもシェムハザも 黙って見守っている。

アコは、円卓の向こうに立ったままだ。


「... お前に、頼めないか?」


ソカリは くぐもった声で言うと、ガタガタと震わせる枷の手を口元から外し

「ボティス」と、また 名前を呼ぶ。


つり上がったゴールドの眼で、ソカリの眼を見つめたボティスは、腕を上げ、ソカリの首を 両手で掴んだ。


椅子を立ちかけて、なんとか堪える。

ボティスの指に 力が込められた。


榊が持ったままのフォークが皿に当たり、カタカタと小さな音を立てる。


「ソカリ」


ボティスが呼ぶと、血が付いた枷の両手で自分の首に回った ボティスの手を無意識に 払おうと上げたが、そのまま 手を降ろした。

煙のような魂が 床に解け消える。


テーブルの皿に 視線を落とす。

朋樹も、ルカも ジェイドも。


まだ料理が残る皿が ひどく滑稽に見える。


オレの背後から、ハティが動いた。


「身体は 地界に」


「頼む」


ベルゼとハティが消える。


ボティスは、アコと榊の間の 自分の席に座ると

「珈琲」と 言った。


シェムハザが ボティスの手の血を消し

榊が神隠しと 幻惑を解く。


まだ どこにも、視線を動かせなかった。

きっと、さっきの床にも、血も何も ソカリの痕跡はない。


「仕事だ」と テーブルの上の 赤い名刺を何もなかったような指に取っている。


胸に氷が詰まった気がして、眼を上げると

ボティスは、名刺を取った 指の方を見ていた。









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