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コンビニの駐車場まで降りると、いきなりケンカしてたヤツらに遭遇した。


一人をミカエルが停止させて、一人をアコが寝せて、腹を出させて、ルカが筆で出した文字を消すと、ミカエルが加護を与える。

スプレー 使う暇なかったよな...


尾長蝗が消えると “あれ?” って感じになって、何が腹立たしかったのかも分からなくなったようだが、朋樹が軽く霊視して 誰に尾長を移されたかだけ見ると、もう放っておいて バスに乗った。


「どの辺りに行く?」と、運転席から眼鏡アコが聞く。バスを運転したいらしい。

おかげで 後部座席に五人だ。きついぜ。

「クラブ周辺」と、テーブルに座ったミカエルが答えている。


でも今日は、クラブの店内は悪魔達が見るので、オレらは外でオトリを兼ねて うろつき、尾長や首がすげ替わった人探しだ。


「やっぱり、女の子に移されてるな」


朋樹が霊視で見たところ、一人はクラブ、一人は 路地裏で移されたようだったが、移した女の子の 一人は、すでにオレらが 尾長を消した子らしかった。


でも、拡がってるみたいだよな。

サイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎる。

ケンカで警察に保護された場合、警察の人たちは大丈夫なんだろうか?


それを言ってみると、琉地とアンバーに潜り込んでもらって、尾長を引っ張り出すようだ。

あいつら、有能だよな...


「なんか、騒々しいよな」


赤信号で停車すると、救急車が追い越して行く。


「今のところでさぁ、首がすげ替わったって分かってる人、何人いるんだっけ?」


「洞窟教会に持ち込まれた身体は、この辺りで五体、海で二体、最近 行った街で三体の 十体だ。

だから 首が別の身体に据わってれば、身体付き十人、その分の首も十体。

分かってるだけでね」


「海と向こうの街は、悪魔たちに任せるとしても

こっちで、少なくとも五人と 首五体分か... 」


「増えてなければね」


「その人たち、とりあえず頭を元に戻したとしてもさ、身体の成虫は どうするんだ?」


「頭を戻してから考える」と ミカエルが答えた。

「まず事態を沈静化させる。

吸血鬼本体を見付けた場合は、生け捕り」


「地界に入った首の人は?」


ジェイドが アコに聞くと、まだ見つかっていないようだ。


「アンジェが探してるし、地上でも探してる。

必ず見付けるけど、生死も任せることになる」


アンジェは、ベルゼの副官だ。

ベルゼは堕天使系じゃなく、元バアル神なので

ハティたちのように契約はしない。

魂は適宜 奪う。


地界に入った首の人って、海の人だったよな?

身体は 誰だったっけ?

考え出すと、頭にもやがかかり出した。


「この街って、性フーゾクはあるのか?」


運転しながらアコが聞くが「店は無いぜ」と答える。そっち系は、結構 条例が厳しい。

今オレ、何か考えてたのにな...  ま、いいか。


「まだ良かったな」


おっ、そうだよな。

もし あったら、尾長移しに最適だった。


「私娼は?」


ミカエルの口から出るのか...

まあ、こっちも古来からあるもんな。


「たぶんいる」「事務所とかは分からんぜ」

「個人でやってたら、もう全く分かんねーし」


「調べて、琉地とアンバー 派遣だな。

向こうの街のフーゾクは、ヴァイラたちが入ってスクリーンで調べてる。

ただ、海や向こうより、こっちでの被害が大きいんだ」


吸血鬼がこっちにいるから、か。

卵や尾長がいるヤツが 移動して来ているかだよな。


「ケンカだ」と アコが路肩にバスを停め、ミカエルと 一緒に消える。


バスを降りると、歩道で掴み合いしてたヤツらを

二人が止めたところだった。

道の向かいでも始まったらしく、怒鳴り合う声がして、朋樹が呪の赤蔓を伸ばした。


「もう、殺伐としてるよなぁ」


「はい、腹」と、筆で文字を出しながら ルカが ため息をつき、オレが文字を消していると

「全体的に緊張した空気になってるしさぁ」と 周りを見渡して、少し先の歩道橋に眼を止めた。


「ミカエル、あれ」


歩道橋の上で、一人が 一人の首を絞めて落とそうとしている。

ミカエルが消え、首を絞めている方を止めると、絞められていた方は 座り込んだようだ。


「連れて来る」と、アコが ふと 視線を上に上げ

「やめろ!」と 背中に皮膜の翼を広げた。


三階の窓が開き、人が落ちるのを アコが受け止め

姿を消すと、三階に入って行った。


「やばくないか?」

「加速してる気がするな」


歩道橋からは、ミカエルが 揉めてた 二人を半ば引きずりながら連れて来て

ビルからは 一人を肩に抱え、一人を脇に抱えた アコが出てきた。


アコが眠らせた方から文字を消し、ミカエルが連れて来た方は ジェイドが

「落ち着きましょう」と スプレーを試す。


「お?」


スプレーされた方は、顔から少し怒りが解けた。


「飲みます?」と、聖水を渡してみている。

尾長は食道にいるんだもんな...


まだ「ああ?」とか言ってる男に、アコが「飲め」と命じて飲ませてみると、小瓶の聖水を飲んで、噎せて 煙を上げ出した。


「... “天におられる わたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように”... 」


ジェイドが祈り始めると 男が口を開け、尾長蝗が口内に見えた。


「... “みこころが 天に行われるとおり

地にも行われますように”... 」


口から這い出ると、外に出た部分から消えていき

尾の先まで ずるりと出ながら消えていった。

尾長を吐き出した男は 肩で息をしているが、大丈夫そうだ。

けど、もう一人は ミカエルが取り押さえて、筆と手で消す。時間かかるしさ。


「聖水と祈りでも効くな... 」と、信号が変わった時に、呪の蔓を引っ張って、巻き付いた 二人を引き寄せながら 朋樹が言うと

「ルカたちの手が空いてなければ、これでもいけるね。二手に分かれる?」と ジェイドが返している。


「ダメだ」「バラけるな」


ミカエルと アコは反対だ。


「吸血悪魔や、首を すげ替えた奴には対応 出来ないだろ?」

「泰河が囮なんだぞ? こうやって集中している時は、本体が どこかから見てる」


「うん」「纏まっておこう」


「でも、纏まってて対応するのはいい。

聖水は?」


「あと 二本。教会にある」


ジェイドが答えると

「おまえ、あと 二回だったのか?」と 朋樹が呆れているが

「教会に取りに行こうかと思って」と 肩を竦めている。


「こいつ等には、尾長は入ってないぞ」


朋樹が蔓で引っ張った 二人を見て、アコが言う。

酒臭いし、単なるケンカだったみたいだ。


「尾長が入ってる奴の体内で放出されたフェロモンが、外へ影響し出したことも考えられるぜ」


ルカと朋樹がスプレーを吹きかけながら

「えっ?」「マジで?」と 止まる。


「でも体内に尾長がいないと、魂は取れないんじゃないのか?」


「死ぬ前に 卵を産み付けさせる」と、アコが 一人の背から何かを摘まんだ。灰色蝗だ。


「おいおい... 」

「マジかよ。そっちも繁殖してんだったな」


かなりマズイ気がする。


アコが「水を買って来る」と消えて、ペットボトルの水を箱で買って来た。

別にビニール袋も持っているけど、箱を指差して

「聖別してくれ」と、ミカエルに言っている。


「Yeshua, Marana tha」


ミカエルが 箱に手を置いて言うと、箱が光った。

“イエシュア、マラナ タ?”

「アラム語?」と、ジェイドが聞く。


「そう。地上から呼びかける時に使う」


アラム語というのは、イエスが使っていた言語と言われているようだ。

今のは、“主よ、おいでください” と イエスに言ったらしい。


「聖父じゃないんだ」と ルカが言うと

「俺は、オシノビで降りてるんだぜ?

地上から父を呼んで どうするんだよ?

別に普段はアラム語 使わないし。

今のは、聖子に向けた暗号」ってことだ。


「“我が父” なら、Abba?」と、朋樹が聞くと

「アラム語の アッバ は、ニュアンス的に “パパ” とか “父さん” が近い。呼び掛けの言葉なんだ。

単語の “父” なら ab アブ」と アコが答えた。


ちらっとジェイドに眼をやると

「僕は、カトリックだからラテン語。

古代ヘブライ語は勉強中」らしい。分かんねぇ。


「聖子は、同じセム語のヘブライ語も話したし

当時 共通化したギリシャ語も分かった。

聖書もギリシャ語に訳されて聖典化されたものが多いだろ?

Yeshua、イエシュア はアラム語

Yehoshua、ヨシュア はヘブライ語だ。

ギリシャ語化していくと イェースース。

... 聖子が地上にいた時代には イイスス になって

これが各地で多数に変形していく。

英語なら Jesus、ジーザス。

フランスなら Jésus、ジェジュ。

イタリアなら Gesú、ジェズ。

日本では、ポルトガルの Jesus、ジェズース から

ゼズ や ゼズス だったのが、ギリシャ語に近く

イエスズ... イエス。に なったみたいだぜ?」


「そうか。日本には、ポルトガルの宣教師が来たんだったね」

「ザビエルさんな」


「ミカエル、日本のことも詳しくなったな」と 朋樹が感心すると

「ファシエルが、ハティに貰った本を読んで教えてくれたんだ」らしい。


「普段も聖子のことを、アラム語で呼ぶのか?」と、ジェイドが聞くと

「いや、愛称で呼ぶ。“イース”。会話は天の言葉。

地上から頼みごとする時だけ アラム語。

俺が言うと、“力を貸してくれ” って意味」と 簡単に言った。間柄すげぇ。


「それで、水を聖別してくれたのか?」


ジェイドが聞くと「うん」と軽く頷く。マジか。


「スポイトとかあった方が便利だよな」


朋樹が言うと、アコは ビニール袋から

「ペットボトルをスプレーに出来るやつ」と スプレーヘッドを出した。


「口を開けさせて、口内にスプレーすればいい」


ジェイドは “本気なのか?” ってツラだが

「うん、楽だな」と ミカエルが取り付け出す。


「待て」と、アコが 女の子を呼び止めた。

大きく開けたシャツの胸元には、鎖骨の下まで 色とりどりの花のタトゥが入っていた。


女の子はアコに眼を向けて、そういう眼になったが「口を開けろ」と言われて、ミカエルに聖水を噴射されている。これ、通報されねぇか?


噎せて煙を出し始めた女の子に向かい、ジェイドが 主の祈りを始めると、口から尾長が出ながら消える。なんか かわいそうだよな。

尾の先までが消えると、舌にピアスが見えた。


「女の子の場合はジェイドだな」と ルカが言って

ハッと 気づいた。

そうか、ルカとオレだけだと、胸の下まで腹 出させて筆でなぞったあげくに、触る って何だよ?

地味な変態じゃねぇか。


何が起こったのか分からん って感じの女の子に

「和洋融合デザインのタトゥで綺麗だね」とか

ジェイドが言って、隣で朋樹が霊視する。


尾長蝗が出た後でも、まだアコを見た女の子に

「地上の順なら、32番目になる」と アコが肩を竦めたが、女の子は嬉しそうに頷いて 名刺らしきものを出して渡した。これもすげぇ。


手を振って行く女の子を見ながら、ルカが

「でもたぶん、あの子は いい子だぜ」と 言っている。


ルカは 今の子と喋ってねぇし、不思議に思って

「なんでだよ?」と 聞いてみると

「は? オレが思念 読めるの知ってるだろ?」と

返って来た。


「別にさぁ、オレが読む気なくても、“漏れてる思念” ってあるんだぜ。

例えば、あっちからオレら見てる子たち」


ルカは、近くのカフェの窓を指差した。


「オレらに点数つけてる。オレら 70。朋樹 85。

“平均よりは上くらいね”

こういう値踏みは、かなり漏れやすいんだぜ。

ジェイドとか ミカエルが好みっぽいな。90、90。

で、“まあまあね。でも高収入じゃなさそう。連れ歩くのには いいかな” って思ってて

アコは、“割りとセクシー。試してやってもいい”」


ええっ? もう 一度 カフェを見る。

ど普通の子たちに見えるけどな...


「で、向こうの子」と、ルカは カフェの外席を指した。

座ろうと思った席に、別の男客が座ったようだ。

「“私が座ろうと思ったのに。何 この人?

男のくせに譲らないなんて”」


「あと、あっちの... 」と 言った時に

「分かった、やめてくれ。知りたくねぇよ」と もう止めておく。

霊視する朋樹とか 話を聞くのも仕事のジェイドには、結構 わかってたことらしい。


「けど、さっきの花タトゥの子が アコに思ったのは、“話を聞いてくれそう” だった。

なんか 寂しいんだろ」って 言った。


「ミカエルじゃなくて?」


「うん。なんか、自分に負い目みたいのがあるっぽかったな。

ミカエルは “清いもの” って雰囲気だから、近づけねーっぽかった」


ふうん...  こういうの聞くとさ、何故か オレも寂しくなるんだよな。


「今の子、女の子に尾長を移されてた」


ぼそっと言った朋樹に、オレもルカも視線がいく。

いやでも、考えてみたら そうか...

首無しの身体からのみだったら、拡大するのが ここまで早くねぇと思うしさ。


「迫られて、断れなかったっぽいな。

相手は、ショートヘアで 耳に軟骨ピアス」


「あ?」と、ルカが反応する。

確か、竜胆ちゃんが 声を掛けられた日にクラブで連れて行かれて、尾長を入れられた子じゃなかったか?


「場所は? クラブで移されたのか?」


ジェイドが聞くと

「いや、どこかの店のバックルームだ。

バイト先とかが同じなのかもな」と 答える。


「じゃあ、ここだ」と、アコが名刺を見せた。






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