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「首と胴体が 離れている者についてだ。

頭部と身体が揃っており、うなじや背中の十字の印が白い者... ミリタリージャケットの者を 一度この洞窟教会から外へ出してみたが、首が 自分の身体に元通りに繋がるという変化は起こらなかった。

吸血鬼の術のせいだとは思うが... 」


「背中の十字を消してみたら?」


「しかし、もし繋がってもだ。

すぐに医療機関に入院となる。胸骨の赤色髄を抜かれているからな。鎖骨や足首も折れている。

回復するまでは それなりの時間もかかる。

その間に 再び吸血鬼に狙われることになっても厄介だ。

かと言え、シェムハザが魂を分けでもすれば すぐに狙われる恐れがある。

他の被害者と HLAが適合する者だからな」


「“用済” になったら、もう狙われねぇんじゃねぇの?」


オレも言ってみたが

「赤色髄が胸骨内に溜まってきたら また狙われるかもしれん、ということだ」と シェムハザに返された。


「それまでに 吸血鬼本体を始末 出来れば、問題は ないだろう。

しかし そうした場合、今度は ここにある身体の首が揃っていない」


もし首と身体を揃えない内に、吸血鬼本体を殺っちまったら どうなるんだ?


術が解けて、どこかで すげ替わった首が落ちる。

首や身体の冬眠のような状態が解けたら、そのまま腐敗が始まっていくのか?

そして頭部に卵、体内に成虫がいれば、魂はキュベレに渡る。


「頭部と身体を揃えていくしかないが... 」


ボティスが言うと、ジェイドがオレの方を見た。

ん? って眼で見たら

「いや。朱里あかりちゃんに連絡しておけよ」と

マドレーヌを取った。


「今日は、街で尾長狩りになる」と シェムハザも言うし、今の内にメッセージでも入れておくかな...


スマホ出して、“昨日、そのまま帰して 悪い” とか、朱里にメッセージ打っていると

「今回のヤツって、すげー 厄介だよな」と ルカが 身体が並んだベッドに眼をやっている。


「この国っぽい。合理的な感じが」

「あっ、分かる。赤色髄とか 要るものを集めるだけじゃなくて、その後の身体も利用する」


ミカエルやアコが話していると、朋樹が

「頭部の意識がないのが問題なんじゃないのか?」と 言い出した。


「“用済” の 卵や成虫がいない状態で、うなじや背中の十字の色が白でも、“術にかかっている状態” だ。だから印がある。

その間なら、断面には 間葉系幹細胞が滲み出して 覆ってるってことだろ?」


ジェイドも

「“用済” でも、まだ肋骨や骨盤にも 赤色髄もあるし、HLAが適応する 血液や臓器はあるからね。

何かに利用出来るから術は解いていないのかもしれない。

術を解いてしまえば、魂は取れるはずだから。

逆に考えてみれば、首が すげ替わるように 頭部が “元に戻る” という意志を示して、元の身体の細胞と共鳴すれば 結合するんじゃないか?」と 話してみている。


「繋がったとして、その後は?」と ボティスが聞くと

「ここで俺が経過を見よう。骨も繋げる」と パイモンが言った。


「他の首や身体があるんだぞ?

ずっと眠らせておくのか?」


「榊の幻惑で、地上の医療機関と見せ掛けてもらう。

教会では俺等の術にも制約は掛かるが、この国のものであれば 多少は施せる恐れがある。

吸血鬼が この国の死者と想定すると、現に術が解けていない」


試しに榊がベッドに神隠しを掛けてみると 並んだベッドが消え、幻惑を掛けると、洞窟教会は病院の待合室になった。


「すごいよな... 」「急に 病院だ」


「ただ、幻惑を施しておる間は、儂が この場に居らねばならぬ」


それは ちょっとキツイんじゃねぇか?... と思ったが、一日の半分は術で眠らせるようだ。


「だいぶ精神力も使うんじゃないのか?」と 朋樹が心配すると、ボティスも榊を見る。


「一角のみに するかの」


榊は、並んでいるベッドから作業台を挟んだ洞窟教会の隅を 幻惑で病室に見せ掛けて、そっちを神隠しで隠した。


神隠しの許可を得たオレらから見ると、洞窟の 一角だけが 近代的な病室の 一室だ。

四角に区切られた病室が 半端に透けて、洞窟の壁と重なって見えた。

ニルマやレスタが、ベッドや点滴の器具を運び込む。


「術が解けても、首が繋がらなかった場合は?」


「結合術だ。手作業だな。魂を繋ぎ止める」


病室の仕度が済むと、ミリタリージャケットの人の身体を術衣に着替えさせて、ニルマが抱き上げる。

ブラウンと紺に染めた髪の頭部は、レスタが両手に抱えた。


「では、教会の外で 印を消してみよう」


パイモンとシェムハザ、アコとミカエルは消えたが、オレらは壁沿いの階段を登って外に出る。


出てすぐの木々の間に、シェムハザが取り寄せたブルーシートを敷くと、ニルマが 身体を座らせ、術衣の上だけ肩から下ろして背中を出した。

胡座をかかせた身体は倒れなかった。


外から見たら 異様だよな。

森の中で、首無しの身体と首を囲んでるんだしさ。


榊が 薄く開けたくちびるから狐火を浮かせると、少し肩の力が抜けた。緊張していたようだ。

いつの間にか この拳大の赤オレンジの火を見ると、落ち着くようになっていた。


印を消して、何も変化がなければ まだいい。

もし 首と身体が繋がらずに、血が流れ出したら... と 思うと不安だった。

そうなったら オレのせいだ。


「泰河」と 呼ばれて、身体の背中側にいる パイモンの近くに行くと、レスタから頭部を受け取ったシェムハザが、前から身体の首と肩の断面に 首を重ねる。


白い十字の背中の後ろにしゃがむと、右隣に ジェイドが来て、オレの背に左手の手のひらを宛てた。手のひらの熱が伝わる。

「うなじの方から下に切るといい」と、白い焔が浮き出したオレの右手を 自分の右手で取った。


ジェイドの方を見ると、薄いブラウンの眼を緩め

「大丈夫だ。必ず上手くいく」と 笑っている。

... ジェイドは、一緒にやる気だ。

もし、首が繋がらずに血が流れ出しても、オレが ひとりで 気に病まないように。


「まず、うなじだけに触れよう。

意識が戻るかもしれない」


ジェイドが オレの手を、紺の毛先の下の白い線へ運ぶ。

伸ばした指先で うなじに触れると、しゅう と、小さい音を立てながら背中の縦の線まで消えていく。


「眼を開けたぞ」と、シェムハザが言った時に

十字に交わる部分までが消え、横の線も 左右に走るように消えていく。背を縦に走る線も消えた。


「どうだ?」

「まだ 何も... 」


ダメ なのか... ?


「気付いてないんじゃね?」


ルカが シェムハザの隣にしゃがんで、男の手を取る。


「ほら、戻れるんだぜ」と、その手を 男の頬に触れさせると、断面から ちりちりと小さな泡が弾けるような音がし出した。


「繋がる音だ!」と アコが言い、シェムハザが 頭部を支えていた両手を そっと離すと、首は 落ちず、断面の線が薄れて消えていった。


「良し」「泰河、繋がったぞ!」


やった...

また緊張していたらしく、上がっていた肩が下がる。


座ったまま よろけた男を シェムハザが支え、パイモンが脈や瞳孔を観察する。

男は ぼんやりとしているが、鎖骨や足首の痛み気付いたようで、鎖骨に手をやろうとした。


パイモンの隣から ミカエルが、男の額にキスをすると、男は ミカエルを見上げた。

痛みが少し やわらいだようだ。


「うん、大丈夫だ。充分に休ませる必要がある。

下へ戻ろう」と、パイモンが笑顔を見せた。

ニルマが男を抱き抱え、洞窟教会へ連れて行く。


ボティスやミカエルが、オレの頭を くしゃくしゃやっていき

「お前の手は、優しき手であるのう」と、榊も頭に触れて行く。

何気なく言われた言葉が じわりと沁みた。


血の力だ。オレの力じゃない。

でも、良かった 本当に


「上手くいったな」「うん、良かったよな!」


まだブルーシートの上に しゃがんだままだったが

「大丈夫だ」と、朋樹がオレに 手を差し出した。

おおっ?! と、思わず固まっちまう。

普段、こんなことねぇしさ。


けど 朋樹は、手を差し出したままだ。

怖ず怖ず 手を置いてみると、オレを引っ張り起こしながら「助けられる」と 頷いて笑った。


あれ? なにか 忘れてる気が...


ジーパンのケツポケットで、スマホが短く鳴る。

開いてみると、朱里からのメッセージだ。

オレが入れたやつへの返信で


“もぅ、全然 気にしないでー!

それより嬉しかったし 今も嬉しいんだけどー!”

... と、じゃかじゃか絵文字が入っていて、気が抜けて少し笑う。


朱里あかりちゃんか?」「見せてみろ」と

群がり出しやがったので、スマホ仕舞おうとしたら「おまえ、すぐに返信しろよ」と ルカが言う。


「いや、また落ち着いてからさ... 」

「あー、リラにも スマホ持たせてーしぃぃ」


「わかった」と、負けて

“また連絡する” って 打ってたら

「好きだぜ って入れろよ」「貸してみろ」と、朋樹がスマホ 取りやがった。


「おい... 」


何故か、まだ居たアコに オレのスマホを見せている。

何なんだよ、そのガキみたいな行動はよ。


「泰河ぁ、オレ寂しいんだぜー!」

「おっ... 何なんだよ おまえも! 気持ち悪ぃな!」


抱きついてくるルカ越しに、スマホの行方を追うと、アコが 画面に指を当てて くちびるを動かしている。 術? か... ?


「... 朱里アカリ? 俺。アコ。泰河と思った?」


おいぃ...  電話してやがる...


「泰河は今、ルカと抱き合ってる」と スマホをこっちに向けやがった。やめろって。


「お前達、いつまでも何をしている?」


眼鏡かけたシェムハザが戻って来た。

紙袋を持ったミカエルも 一緒だ。


「あ、朱里アカリ」と、ミカエルがスマホに反応し

「今から仕事か? 俺が送ろう」と シェムハザが消えた。

いやいや、“送る” ってさ、翼で飛ぶのか?


なんか変だよな... と思いながら、ルカ引っぺがして スマホ取り戻しに行くと、スマホ画面にシェムハザが映り

『きゃあ 見て! 本当に来たんだけどぉ!』と 朱里がビビっている。

髪のセットに美容室に行って店を出たとこらしかった。


「うん。じゃあ、また掛ける」


アコ...


通話が終了したスマホを仕舞っていると

「さっきの男は、今 点滴中。

榊がいるから バラキエルは後で合流するけど、尾長とか いろいろ探しに行く」と、ミカエルが紙袋を持ち上げて示した。


「何だ?」


「オキシトシンスプレーと、吸血鬼本体の遺伝子スプレー。

灰色蝗スプレーは、パイモンの軍が空から撒く」


「オキシトシンって... 」


朋樹が聞くと「ケンカしてる奴に噴射しろよ」と

ミカエルは真面目に答えた。マジか...


「お前等、落ち着かせられないだろ?

俺が両手 使っても 二人までだし。

イゲルとか、ヴァイラって女悪魔も取りに来たぜ? 取り押さえる時にケガさせたらしい。

催眠が出来る奴ばっかりじゃないしな」


「そんなにいるのか?」と ジェイドが聞くと

一晩の内に、規模が拡大しているようだった。


「もう、ここに運ばなくていい。

見つけたら その場で尾長は消す。

どうせ悪魔達が運んで来るしな。

空から撒く灰色蝗スプレーで、首が すげ替わった奴は、緑に発光する」


大胆だよな。でもそのくらいの方がいいか。

周りにいる人達も警戒するだろうし。


「吸血悪魔は?」と ジェイドが聞くと、ミカエルは「俺が量る」と 答え、紙袋をジェイドに渡して 森を歩き出した。






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