37


「ルカくん...  そう なの?」


しぼんでいく風船のように、朱里の顔つきが急速に変わっていく。

何かショックを受けているようだ。


「あたしが、何か 言うことでも ないけど... 」


これは... と 思った時に、朋樹とジェイドが爆笑し出した。

当然 オレにも伝染し、榊は もちろん、沙耶ちゃんや ゾイまで笑った。


「ああっ?! 朱里アカリちゃん、違うし!!」

「うん? ルカと くっついてることか?」


とりあえず ルカを離したミカエルと

「一気に汗かいたんだけど!」と 言うルカが、朱里に 説明する間に、朋樹とジェイドが榊を連れて ドリンクを取りに行く。

オレらは もう、ミカエルとルカに慣れちまってて

くっついてても何も意識してなかったぜ。


「... ああ、そうなんだぁ。良かったぁ。

あたしは第三者だけど、“リンが目覚めた” って聞いたばっかりだったから。

なのに、“ルカくんは、もう”... って、なんだか 胸が痛くなっちゃってー」


もう、ホッとした顔で笑ってやがる。


「オレ、そんな次々いかねーし!

ハタチや そこらじゃねーんだぜ!」


ルカは軽く墓穴を掘り

「ハタチや そこらの時は いってたんだぁ。

ぽいよね? あははー」と

片足程度 スッパリまらせられた。


「ね、猫天使さんて、翼 なかったっけー?」


「あるぜ?」と

ミカエルが目眩めくらましの翼を動かして 風を送ると

「あるんだ!」と、また ホッとしたように笑う。


「うん。じゃあ、くっついてくっついて」と ミカエルとルカに笑顔で勧め

「猫天使さんが 本当に好きな人は、この彼なんだよね? 彼、見たことある気がするんだけど」と ゾイを見て、オレらに確認した。


オレが「ゾイは、ショーパブに 一緒に行ったぜ。

沙耶ちゃんは祓いの仕事 回してくれるし、オレらは だいたい二人の店で 飯 食うんだ」と、沙耶ちゃんとゾイを紹介する。


「そうなんだぁ。沙耶さんは はじめまして。

猫天使さん、この彼を抱っこしてたらいいんじゃないのー?」と 朱里は 二人と握手したが、ゾイと握手した時に妙な顔をした。


「女の子?」


手を握ったまま、ゾイに聞いている。


「あの、中身は... 」と、ゾイは言っているが

「“心が” ってこと?」と 朱里は首を傾げ、ゾイの股間まで視線を降ろした。おい...

「あるよね?」って 聞くしさ。

女の子の男装かと考えてみたようだ。


「“本当は” イシャーなんだぜ」


「いシャア?」


朱里は片言で ますます不思議顔だ。

そりゃ、分からねぇよな。


「... まだ、“人避け” っていうものは されてあるのかしら?」


沙耶ちゃんが ミカエルを見ると、ミカエルは少し真顔になった。

お? なんか、見たことない表情だ。

... いや、一度 見たことはある気がする。いつだ?


「ルカ、泰河。後ろ向いとけ」


「んん?」「おう... 」


オレらだけでなく、何故か 沙耶ちゃんも後ろを向いてるけどさ...


「ファシエル」


えっ? 元の姿に戻すのか?... あっ! いつ あの顔見たのか思い出したぜ!

“殲滅の命だ” って、虹の翼が出た時だ!モレクん時!

ミカエル、今 沙耶ちゃんに命じられたのか?!


「... きゃああ! 本当だ! 女の子!!

かわいいんだけどぉ!!」


朱里、うるせぇ...


「ごめんな、ファシエル。

朱里アカリ、お前に見せたのは 特別だぜ?

サヤカが 怖いから」


オレとルカの間にいる沙耶ちゃんを ちら っと見てみると、“ふふ” って顔をしてた。

ルカも見てるしさ。沙耶ちゃん、すげぇ...

ボティスも “ボス” って呼ぶもんな。


「こうやって あんまりイシュが近付いたら、天使の姿に戻っちまうんだ。

本当は、この姿の時を人に見られたくないらしいんだよな。俺は いいんだけど」


「えー、かわいいのにぃ。

沙耶さんもダメなのー?」


「いや、サヤカは大丈夫だと思うぜ?

信頼し合ってる。

でも サヤカはイシャーだから、ファシエルは元に戻らないだろ?」


「うん、そうだよねー... でも、天使の あなたにも会えて嬉しかったし、ありがとう!

無理させちゃってたら ごめんね?」


「いえ、そんなこと... 」と、ついファシエルの声で ゾイが言った。


「で、猫天使さん。彼女 困って見えるし、そろそろ ルカくんにしたら?

彼女は、ふたりの時の方が いいんじゃない?」


朱里は ミカエルに言うと、ゾイにも

「その方が いいよね?」と 言い、今までのパターンでいえば、ゾイを離しがたくなっているであろう ミカエルから、そっとゾイを離したようだ。


まだブロンドの頭の いつもより 一回り小さいゾイが、沙耶ちゃんに 後ろから両腕を回し

「ふう... 」と 息をついている。

そんななのか、ゾイ...


「見るなよ、泰河」と、ミカエルのムッとした声に 言われて

「いや、見てねぇよ!」と 回れ右した。


ミカエルは ムクれたままゾイの方に眼を向けているが、ゾイは沙耶ちゃんで落ち着くのか、あっという間に男に戻った。


「来いよ、ルカ!」と 呼び、朱里も

「寂しいよね? ルカくん、来てあげて」と

言うので、ルカは「おう... 」と 素直に腕を巻かれに行く。


イシュって身体固いよな!肩とか でかいし!

髪も においも、かわいくない」

「ミカエル おまえ、オレで 不満なのかよ?

うわきするぜ?」


またゾイが沙耶ちゃんと くすくす笑う余裕が出て来た時に、朱里が ミカエルに

「でも、あなたが好きで戻っちゃうんだから

がまんしないとね?」と、ぽろっと言った。


「うん」


朱里とミカエル以外は、三秒くらい時間が止まったが、ミカエルが まだムクれていて言葉の意味に よく気付かなかったので

「... そうだぜ、オレで がまんしとけよ」と 自分に回る ミカエルの腕を掴むルカが、なんとか さりげない風に流した。危ねぇ。


“言っとけよ” って眼を、ルカがオレに向ける。

そうだな。ゾイが 自分で打ち明けた方がいいもんな。

ゾイは赤い顔で、沙耶ちゃんの頭に頬をつけてて、沙耶ちゃんは満足げだ。


朋樹たちが戻って来ると

「榊ちゃーん!」と、朱里と榊が抱き合った。


「一緒に遊ぶの初めてだよね?

あ... でも、もしかして お仕事なの?

そういえば あたし、一人で来たんだったし」


「そう。仕事なんだけどさ」と、朋樹が朱里にビールを渡し

「泰河といるといいよ。こいつは暇だから」と勧め、ジェイドも

「僕らも そんなに忙しくないし、一緒にいない?」と 誘っている。

朱里の親指には オレの指輪が付いてて、少し照れくさくなる。


朱里は遠慮してそうなツラだ。榊が手を繋ぐ。

「榊ちゃん、怖い彼は?」と 聞かれ

「ふむ、仕事の話よ。儂は邪魔である故、これらに押し付けられてのう。お前は儂と おろうか?」と、朱里を見上げた。


「私も お話したいわ。今のところ、視て気になる人はいないし。ジャズバーの奏者さんよね?」

朱里アカリは、リラと友達なんだよね?」


「そう、いてくれよ 朱里アカリちゃん。

女の子いねーとさぁ、オレらが より本気っぽく

見えるしさぁ」

「尾長はイシュにもいるんだぜ? 一人でいるなよ」


朱里は最終的にオレを見たが、ジェイドからビールを受け取りながら

「おう、一緒に いりゃいいだろ?」と 言ってみると

「うん!」と、パッと明るく笑った。


「じゃあ先に、今やってるDJの子に、顔だけ見せて来るね。榊ちゃん待ってて?」と、ひとり意気揚々とブースへ向かおうとするので

「おいおい」と 皆で止めて、オレが ついて行く。


「なんか、モノモノしくない? クラブだよ?」


朱里に緊迫感はないが、オレらにはある。


歩きながら「お仕事、灰色蝗ハイイロイナゴさん?」と 聞かれ

「そう、それそれ」と 頷くと

「あたし、見たことないんだよね」って 言う。

見えた方が、近付かねぇようには出来るよな...


「食えば見えるようになるぜ」と 教えると

「悪魔の蝗さんを?! やだぁ」と ブラウンの化粧眉をしかめた。ムリか...


「泰河くんは食べたの?」

「おう。黒いやつ」


「じゃあ、食べてみようかな... 」と 迷いながら、朱里は DJブースに続くドア前で、セキュリティにバックステージパスのような札を見せた。


笑顔で通されたが、あれ? と 少し引っ掛かる。

ライブハウスとかだと出演者は楽屋に入るので、ステッカータイプのパスを見える場所に貼る。

ジーパンの腿が多い。


朱里が持っていたのは、ここで働いてるヤツが持つような カード型のやつだった。セキュリティとか バーカウンターとかの。頻繁に提示しないでいいタイプだ。

このクラブは、ああいうパスなのか?


一度 ドアからフロアを出ると、今度は DJブースに続く階段の下に立つセキュリティにも カードを見せて階段を上がり、ブースのドアをノックして開けた。


キヨちゃん、来たよー」


「おお、アカリちゃん!... あれ?」


キヨちゃん と呼ばれた、オレらより ちょっと上くらいに見えるDJが オレに眼を向ける。


手の甲や首に覗くタトゥから ジェイドくらい墨だらけなんだろうと伺えるが、唇の下、顎の上部に シルバーのボディピアスのツノが生えてた。

サイドを派手に刈り上げた黒髪は長く、ボティスの軍に居ても なじむであろう風貌だ。


「清ちゃんは、美容師さんなんだよ。

日曜日だけ入ってるんだよね?

清ちゃん、この人は 泰河くんだよー。

ジャズバーを紹介してくれた人の お友達」


「そうなんだ。タイガくん、よろしく。キヨです」


「あ、どうも」


なんだ これ。 会釈するけどさ。

このキヨってヤツも、絶対そう思ってるよな。


「アカリちゃんには、コントラバスの音源もらおうと思ってて。

でもジャズバーって行きづらいから、たまに こっちに来てもらっててね。

あ、美容室にも来てもらってマス」


「へー、そうなんすね」


機材 触りながら、何故か言い訳みたいに話す キヨってヤツは、アカリを見て ニヤッと笑った。

ボティスを彷彿とする笑顔だ。


「あたしが まだバンドやってる時に、清ちゃんは他のバンドの お知り合いで来てて、“DJやってる” って聞いて... 」


「ああ、じゃあ 付き合い長ぇんだな」


普通に言った言葉に

「いや、アカリちゃんとは そんなことないよね?

二度くらい来てもらったかな?」と、また言い訳のように キヨが答える。


「男の人、初めて連れて来たよね?

なんか 俺が ニヤケちゃって ごめんね」


「きゃあ、清ちゃん! 泰河くんは... 」


ああ、そういうことか。

キヨは “俺は 違うよ” と、オレに気を使ってるんだな... それが分かると、なんかムズムズしてきた。

落ち着かねぇ...


「二人で来てくれたの?」と 聞かれ、朱里は

「んー、ここで会ったんだけど、あの人たちも 一緒にいるよ」と、ブースのガラスの向こうにいる 朋樹たちを指す。


「お、外人ガイジンさん多いね。彼のお友達?」と

機材のツマミ触りながら見るキヨは

「あっ、ミスった。いいか。り」と 笑った。


「清ちゃん、その、ちょっと “カレ” って

泰河くんに悪いんだけどー」


「あれ? 彼でしょ?

アカリちゃん、そういう顔してるよ?」


「はい」


あっ...


「ほら、彼は そう言ってるし。

“髪の色の子” って タイガくんのことでしょ?

好きな人と同じ色にしたい、って カワイイこと言ってさ。色見本から すごい探したりして。

アカリちゃん、シャイだもんな... ん?」


ところが 朱里もオレも、前を向いて 停止中だ。


「えーっと...  まだ 言ってなかった?」


キヨが オレに聞くので、前を向いたまま頷く。


「うん。じゃあ、言おうか?」


「ええっ?!」

「清ちゃん、ちょっと!!」


オレは、眼って こんなに見開けるんだな... って

くらい 見開いちまったが、キヨはツマミ触って

「だって、どうせでしょ?

ここで言わなきゃ、機会 逃しちゃうよ?」と

隅の小さいテーブルの ドリンクホルダーに差した

ライム入りのトニックウォーターを飲んでいる。


まあ、それは そうかもしれん...

照れくさくて、会いづらくなる恐れもある。


「美容室の方ので、“アカリちゃん、いいよね” って言ってるのが いるんだけど... 」


「わ かったっす」


「うん。じゃあ、どうぞ」


キヨは 右手を差し出し、爽やかに笑ってみせた。


「ね、泰河くん。ムリしない... 」

「してねぇよ!」


思わず でかい声 出たぜ。

けど、気ばっかり使いやがってさ。

キヨが まろやかなツラで頷く。なんか腹立つ。

顔 熱いしさ。


「あー...  えーっと、何だ... 」


こういう時、なんて言ってきたっけ?

オレ あんまり言わねぇんだよな。こういうこと。

いつの間にか が、多かった気がする。


「おまえ、きゃあきゃあ うるせぇんだけどさ

ちょっとずつ、何だ? かわい いっていうか...

ぅ ガふっ」


やばい。息つぎで 唾が気管に入った。

せて 朱里に「あっ、大丈夫ぅ?!」って背中 さすられるし。いや やめろって。

キヨの肩が細かく揺れる。何だよ こいつ。

オレ、知らねぇ刈り上げの前で 何やってんだよ?


... よし。もう 一気にいく。キヨの まろやかさを止めるぜ。眼が合うと、“うん?” と 眉を上下しやがった。ヤロウ...  もう、朱里の方に 顔を向ける。


「好きに なり続けてるところだ。

付き合ってくれ」


「 ... きゃあああっ!! やだぁっ!!」


「うるせぇ! “やだ” とか言うんじゃねぇ!!」


オレが朱里に ヘッドロックかける中、キヨは

「ははは、こっちが照れちゃうよねー」と まろやかなツラで “ごちそうさん” みてぇに片手を立てる仕草をした。腹立つぜ。




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