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「入って来た首は... 」と、沙耶ちゃんが 霊視を続ける。


「舌を長く伸ばして、口の中に持っていた南京錠を、濃紺のスーツのかたの、ジャケットのポケットに入れてる。南京錠は ロックされた形よ。

その内の 一つは、ニルマさんが その身体を運ぼうと持ち上げた時に、絨毯の床に落ちてるわ。

周り... といっても、他の方々は 少し離れたところで 検査や研究に没頭してるみたい。

二度目に パイモンさん達が三人共 出た時に、残っていたギリシャ鼻の方の身体に首を据えて、しばらくすると起き上がって、歩いて研究室を出て行ってるわ」


話し終えると、まだ誰も言葉が出ない間に南京錠を二つ共 朋樹に渡して

「ソカリさんのことは見えなかったけど、首を据えた方に 連れて行かれたのかもしれないわね」と、小さな ため息をついた。


『... ハティやパイモンに話して来よう』と 指を鳴らして、沙耶ちゃんの首にパールのネックレスを掛けた シェムハザが消え

「イゲルとヴァイラに伝えて来る」と アコも消えた。


「首だけが、地界にか?」と、“信じられん” って驚いたツラで ボティスが聞くと

「ご自身の身体を追っていらっしゃったんじゃないかしら?

南京錠は口の中に発生してるようなのだけど、よく鼻の音がしてたわ。

匂いを嗅いでいるような音よ」と、再び軽く オレらの度肝を抜いた。


「口の中に、発生?」


ミカエルも 呆気に取られて聞くと

「気付いたら 真っ暗な中で、浮く乗り物に乗っているように視えたの。

口を開けた時に、“ああ、口の中にいたのね” って思ったわ。

それ以前に、誰かの手から口に入れられた記憶はないわね。

舌を伸ばした後に、ポケットの暗い中に入ったけど、その後に落とされた方の南京錠の隣に立って

視えたのが、解剖台の下に潜んだ首の顔と 周囲の様子や首が据えられて、歩いて出たことね」と 説明した。


「上級天使並みだぜ?」と 感心するミカエルに

沙耶ちゃんは嬉しそうに ゾイと眼を合わせて

「ふふ」って 笑った。


「ゾイといるからだと思うわ。

視る時と視ない時のコントロールは出来てたけど

視た後は ゾイが癒してくれるから

“視ても平気” と思えるようになったの」


ということは、沙耶ちゃんは元々そのくらいの能力を眠らせてた ってことだろう。

ゾイと会ってから視ることを恐れなくなり、眠らせていたものを開花させた... って 感じだろうと思う。


「その、海の町の首の人の 口の中に南京錠を発生させたのは、吸血鬼なのか?」


ジェイドが言うと

「術だろうな。灰色蝗に吸血されているから脳に卵も持ってたんだろ。首を操作 出来る。

早い段階で、地上ではなく 地界に潜伏していたのかもしれん。

見つからなかったということもあるが、“地界に入れる” んだからな」と、ボティスは鼻を鳴らした。


そうなんだよな...

意識は無くても 頭部や身体が、地界に入れる。

身体は 遺体と見なすからかもしれないけど、頭部は別器官... 吸血産卵器官や骨髄の膜を持って、人間とは見なされない程 変化している。

意識があっても、入れておかしくない。

これも盲点だった。してやられてばっかりだ。


「まだ 地界にいる ってことは、考えられないのか?」


朋樹が ゆっくり言った。ボティスの眼が向く。


「アコ!」と 喚び

「地界も探せ。全軍」と 命じた。


「地界に って... 」


混乱させるってことか?


「ソカリは まだ首は抜けていないが、パイモンが解放していなかった ということは、何か引っ掛かる点があるということだ。

俺に気を使い、口に出さんこともあるだろう。

もし卵があり、操れるとしたらだ... 」


「あの... 」と、沙耶ちゃんが

また遠慮がちに口を開いた。


「パイモンさんは お話にならなかったけど、ソカリさんって、褐色の肌をしていらして、黒髪のショートヘアの方よね?」


「そうだ」


「パイモンさんに採血されている時は、とても穏やかに話していらっしゃったけど、“血が飲みたい” と、望んでいらしたみたいだわ。人の血よ」


ボティスは、一度 開き掛けた口を閉じたが

「そう 言ったのか?」と、沙耶ちゃんに聞いた。


「いいえ。ソカリさんは口には出されなかったわ。

採血された時の パイモンさんを通して、ソカリさんを視たの。

パイモンさんは 言葉では聞いていないけど、ソカリさんの眼の動きや 小さな焦りの仕草で “何かある”、と 心配してみたい。

これを視た時は、あまり疑問に思ってなかったの。地界という場所になら、そういった方々も

普通にいらっしゃるのだと思ってたから。

でも、何か違うみたいだと思って... 」


「そうか」と、ボティスは ため息混じりに頷き

沙耶ちゃんが話してくれたことに 礼を言った。


「ソカリは 首は抜けていないが、人間の血を欲している。

ソカリも下級の者ではない。

意志で その欲求を抑えている状態だろう。

しかしだ。下級の者は見境がない。

特に 人間から悪魔に堕ちた者など下衆ゲス以下だ。

地界では、皇帝や 上級の者等の威で押さえ付けられているが、海の首の男やソカリが 地界でそういった悪魔共を吸血すれば... 」


ボティスは先まで言わなかったが、喉が鳴る。


元が悪魔の吸血鬼が出来上がり、地上に這い出して来る... って ことだろう。


「そうなるか? 天が知るところになるぜ?」


ミカエルがブロンド眉を しかめて言うが

「事態を引き起こしているのは “吸血鬼” だからな。モレクとは違い、無名の者だ。

アバドンは 天に追及されても、“牢から出たことに 気付かなかった” で済む。

罪は吸血鬼が負うが、吸血鬼の契約上の魂... 尾長蝗憑きの魂はアバドンに流れ、キュベレに渡る。

その後なら、天に吸血鬼共が殲滅されても何も痛くはない。むしろ掃除させる気でいるんだろ。

サンダルフォンと同じく いつもの手だ。

蜥蜴トカゲの尾切り」と、ボティスはイライラと腕を組み、榊が隣で小さくなっている。


「でも悪魔たちが吸血鬼になったとして、地上で人間を吸血した場合、その魂は... 」と、ジェイドが疑問を口にする。

悪魔が手を下した場合なら、その魂は 吸血鬼に流れず、悪魔の物になるんじゃないか?... ということだろう。


「下級悪魔は、自分で人間と契約は出来ん。

願望を叶える程の能力がない。

また これが許可されると、人間が絶滅する。

子供や赤子とも 平気で契約を結ぼうとするだろうからな。

人間の魂が欲しければ 上級の者に仕え、働いた報酬として受けるしかない。

人間に手に掛けた場合は、天に派遣された死神か、地界の法により処刑される。

吸血する悪魔が地上に這い出て、人間から吸血し

死なせたとしても、奪うのは血液だけだ」


「なら、魂は?」と、ルカが聞くと

「灰色蝗を使う吸血鬼は、脳に卵を産み付けれられた者を 操作 出来る。

灰色蝗で誘導し、“尾長蝗憑き人間” を襲わせれば

魂は吸血鬼の物になる」と 説明した。


尾長蝗は 人間同士を争わせるだけでなく、吸血悪魔たちが 地界から這い出た場合、吸血鬼ボスが、吸血を許可するマークにもなる... ということだろう。


「魂は 吸血鬼の物止まりじゃねぇの?

なんでアバドンに流れるんだ?」


どこか しっくり来ずに聞いてみると

「だから、魔女契約だろ?」と、ボティスが 怒り気味に答えた。やべぇ。

後で シェムハザとかに聞けば良かったぜ。


「魔女契約を結んだから、錠前が使える。

だいたいだ、そもそも “奈落の蝗” だ。灰色蝗もアバドンが与えている。遠隔の操作や誘導を可能にした。

契約の贄は、大方 “人間の魂” だろ。これがアバドンに流れる。

吸血鬼の方は、そのまま “血液や骨髄” が 取り分だ」


「成る程。お前は賢い」


えっ?


声に振り向くと、場違いな メルヘン系中世盛装の姿の男がいた。


「だが、何故 眼鏡を掛けている? 私の真似?」


顎ラインのウェーブの髪に、チョコレートブラウンのボーラーハット。

ワインのベストに白シャツ。リボンタイも白。

ワインのブリーチズにチョコレートブラウンのロングブーツ。靴下の白いフリルが覗く。


白い手袋の手で、ステッキに軽くもた

黒縁眼鏡の奥のワイン色の眼を、ボティスから

ミカエルの方へ向ける。


「恋人?」


「うん、そう... 」と、ルカが眼を閉じた。


「あの子は? 下級天使」


ベルゼが指差す方向にいるゾイは 沙耶ちゃんの肩を抱いているが、ベルゼはミカエルのことも分かってるっぽい。


「事情があるんだよ」と 眉をしかめたミカエルは、まだルカは離さず

「お前は、地上で何してるんだよ?」と、アリスの帽子屋のようなベルゼに聞いた。


「散歩。

ボティスの軍が 地界中に散らばってたから、様子を見に来た。

何か楽しいことが 起こっているな?

“キュベレ” か」


やばい...  バレた...


「ベルゼ、いつから... ?」


組んだ腕を降ろしたボティスが 力無く聞くと

「ミカエルが “そうなるか?” って 言ったところ。

あの男に入って聞いていた」と、沙耶ちゃんとゾイの後ろで ツレとビールを飲んでるヤツを指差した。


そいつが「ちょっとトイレ」と 急に腹を押さえて 駆けて行くと

「多少の影響はある。私が憑依はいったから。

でも、排便を済ませば治る。

人体に都合の良くないものも 一緒に出るし、悪いことばかりじゃない」と 軽く肩を竦めている。


「ベルゼ、それで 何故?」と ボティスが聞くと

「“アコが忙しそうだった” と、私の副官が報告に来たんだ。飲みに誘うと、“後で” と断られたと。

ただ事じゃないだろう?」と、白い手袋の片手で自分の髪の毛先に触れた。

アコが誘いを断ると、ただ事じゃないことが起こっていると判断されるのか...

普段なら誘いには ほぼ乗るんだろうな。


「だから、ルシファーの城へ行く前に 地上の散歩へ出た。

アンジェ... これは 私の副官だが、お前の軍を見張らせてみてる。

ボティス、説明する気は?」


「分かった。奥に座ろう。

まだ皇帝やベリアルは、知らんことだ。

今のところは、内密に願いたい」


ボティスが「お前等は仕事を」と 榊もゾイに任せ

神隠しの休憩テーブルに向かおうとした時に、シェムハザが戻り、ベルゼに

「シェムハザ? お前も眼鏡?」と 驚愕され、互いに眼を丸くしている。


「シェムハザ、キュベレの件の説明を」と ボティスが言うと、シェムハザは諦めたようで

『ディル、ワインを』と 取り寄せて、奥の休憩テーブルへ向かった。


「尾長蝗、探せねぇよな... 」


ぽろっと言った朋樹に、皆で 頷く。

ボティスとシェムハザは、ベルゼと話だ。

まあ、そう長くもならんだろうけどさ。


アコも まだ戻って来ねぇし。 

透過眼鏡班がいねぇと、出来ることは、ルカが印探し、朋樹と沙耶ちゃんが霊視で灰色蝗や首、尾長蝗憑きと関わった人探しになる。


「榊ちゃん」と 沙耶ちゃんが呼んだが、ポツンといる榊の肩をジェイドが抱くと、榊は ジェイドを見上げて笑った。


「ボティスが話し合いの間は、僕といよう。

ここで僕は そんなにすることもないしね」


「ふむ」


「うん、飲み物 飲みたい。休憩。印 いないだろ?

朋樹もサヤカも休憩してから また視ろよ。

バーカウンターに行く」


ミカエルが言って「そうだな」と 朋樹が乗る。

まだ何もしてねぇけど、新しく知ったことを考えると、頭 痛ぇしな。


「けど、“吸血悪魔” ってさぁ...

ニンニク効くのかよー?」


ミカエルに寄りかかったまま、自棄ヤケくそ気味にルカが聞くと

「そいつ等が地界から這い出して来る前に こうして知れたんだ。

もう、それを防ごうと動けてるだろ?

地上には今、俺がいるんだぜ?

這い出て来ても、俺で足りる」と ミカエルは笑い

「サヤカ、お前のオカゲだ。良くやった」と 沙耶ちゃんを褒めた。ゾイまで嬉しそうだ。


「きゃあ! 泰河くーん!」


「おぅ?」


... 朱里シュリだ。

朋樹やジェイドも 驚いて眼を向ける。


「おまえ、なんでいるんだよ? 店は?」


「日曜日は、お店が早く終わるんだよ?

あたしは ステージ終わったら上がりだしぃ。

今日は息抜きぃ。DJの子に知り合いがいるし... 」


説明しながら 朱里は何気なく、ルカとミカエルの方に 視線を移した。

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