35


「... 無い。洞窟教会には」

『だが、おかしい。

何故 今まで誰も気付かなかったんだ?』


「ボティスを呼んでくる」と、アコが消えて

「ニルマ」と、パイモンが喚ぶと ニルマも立った。


「じゃんじゃん顕れてるけど、大丈夫なのかよ?」と ルカが聞くと

「人避けしてある」と イゲルが答えた。

こいつも出来るな... 軍 一つのトップだもんな。


パイモンが ニルマに、ギリシャ鼻の男の身体のことを聞くと、ニルマは愕然とした顔になった。


「... 茶と紺に染めた頭と、濃紺スーツの身体を研究室から 洞窟教会に運んで、その次に 最初の身体... 海の町で灰色蝗に吸血された男の身体を運んだ」


自分でも確認するように ニルマが言い、パイモンやシェムハザも「そうだ」と 頷く。

ルカが、頭部や背中の印を出していた時だ。


「何故、“ギリシャ鼻の男の身体” とは、誰も言わなかった?」

「印の色が灰色とか白とかに意識が向いてたから?」

『だが その時に、海の身体の方の話は出たんだ。

ニルマに運んでもらっている』


「研究室を見て来る」と ニルマが消え

『イゲル、ハティに話して来てくれないか?』と

シェムハザが イゲルを洞窟教会へ行かせた。


ボティスと榊、朋樹とジェイドもオレらの方に来ると、アコがゾイと沙耶ちゃんの隣に出現して

二人も連れて来る。


ギリシャ鼻の男の身体の話をしてみると、みんな、さっきのニルマと同じ顔になった。


ニルマが戻り「身体が無い... 」と、信じられんといった風に パイモンに報告する。


「いつだ? 研究室では 他の研究もしている。

四六時中、他にも悪魔たちがいるんだぞ?」


イゲルも戻って来て

「ハーゲンティもレスタも、時が止まったような顔をしていたが... 」と 右手を差し出し

「何故 気付かなかった?」と 手のひらの上の小さな南京錠を示した。

錠は開いていて、イゲルは手のひらを 火傷している。


ミカエルが眉をしかめ「どこにあった?」と ルカ越しに イゲルの手のひらの上からグレーの小さな南京錠を 指で取ると

「濃紺スーツの頭と身体を置いてある解剖台だ」と イゲルが答え、火傷の手を 二、三度 振った。


「それは 何なんだ?」


朋樹が聞くと、ボティスが

「“魔女の錠前” だ。一時的に ひとつだけ記憶を隠すことが出来る」と 舌打ちし

『いつ仕込んだんだ?』と、シェムハザが眉をしかめた。


「悪魔や天使にまで効くのか?」


ジェイドが驚いた顔で聞くと

「これは、元々は天の術だからな」と ボティスが頷いている。


「魔女がよく仕込む物には “呪い袋” があるが、これは 天使や悪魔には効かん。

天使は呪いを受け付けんからだ。

また 悪魔に効かんのは、悪魔の方が魔女より呪力が強いからな。油断していた」


シェムハザもパイモンも悔しそうだ。

魔女の初歩的な術らしい。

南京錠をロックした状態の時に記憶を隠し、時間経過で 錠が開くと思い出す。

「よりにもよって “錠前” だぞ?」と パイモンは憎らしげに、ミカエルの手の上の錠前を睨んだ。


「“魔女の” 錠前 ならさぁ、なんで イゲルが火傷すんの?」


ルカが 眼の前の南京錠を、不思議そうに見て言った。

まだミカエルと くっつきっぱなしだが、あのツラは もう、何も意識してねぇな。すっかり慣れてやがる。


いや、魔女の話だ。

人間が 魔女になるためには、悪魔と魔女契約する。

人間側は 自分の子どもを贄に差し出す... とか、モレク崇拝と変わらないようなことをしたりして 契約する悪魔の要求を聞き、悪魔的な能力を得て 術を行使する。


「これは、天魔術の錠前だ。

“隠す” という効果を発揮している間、仕込んだ魔女以外には誰にも見えなくなる。

時間が経って 錠前の効果が切れたから、“ギリシャ鼻の男の身体” に 気付き、錠前が見えるようになった」


「天魔術? 悪魔と契約するんだろ?」と 聞いてみると、ミカエルが

「それに近い天使がいるだろ?」と イラついた顔で答えた。 アバドンか...


「普通なら、天魔術の錠前は 白い色だ。

悪魔術なら黒。これは、黒混じりの白。

奈落で アバドンと契約しやがったな」


「じゃあ、吸血鬼は “魔女” なのか?」

「“人間” ってこと?」


「元人間。悪魔になった人間が 奈落に引っ張られんだろ。人間のままなら 奈落に堕ちない」


よく分からねぇ。


「どういうことだ?」と 聞くと

「“吸血鬼” で、アタリだったってこと」と アコが両手を軽く開き、一度 眉を上下させた。


「“死人” だ。一度 死んで、悪魔として甦った。

だから いのちが必要。

奈落に引っ張られて、アバドンと魔女契約」


吸血鬼は、死んだ人間が甦るんだもんな...


仮死状態の人を土葬してしまって、墓から出てきたのを “甦った” って勘違いした... とか、一時的な昏睡状態に陥って、目覚めた人が脳のどこかを破損してしまって 凶暴化した... とか いろいろな説はあるけど、死後、吸血鬼になってしまうのを防ぐために遺体の心臓に杭を打ったり、甦っても歩けないように 遺体の足首を切り落としておく... という措置も取られていた。


あちこちの場所で、そういう措置を取っていた程だし、“バンパイア退治セット” も売られていたらしい。十字架とかニンニクとか、銀製のナイフや銃の弾。

バンパイアに吸血されると、バンパイアになる。

やっぱり、一度死んで甦ってからだ。

だから “バンパイア病” なんだよな。感染だ。


『いつ、錠前を仕込んだんだ?

洞窟教会には、ずっとハティやパイモンがいたんだぞ? ニルマやレスタもだ。

俺もいることが多かった。余分な者は 入り込んでいない』


「そうだよな。神隠しとか目眩ましとか?」


『あり得ん。悪魔なら俺等が気づく。

天の者が紛れ込もうと、ミカエルがいた』


「ミカエルは ずっといた訳じゃないぜ? 榊もだ。

シェムハザたちに 神隠しの感触は分からないんじゃないのか?」


「いや。あの場に侵入するのはリスクが高過ぎる。

俺等だけじゃなく、“ハーゲンティ” や“ミカエル” が出入りする場になど、アバドンでも侵入しない。教会なんだしな。

榊は、日本神の神使だ。誰かが 神隠しとやらを掛けたら、榊には分かるだろう?」と

少し黙っていたパイモンが言い、榊が頷いた。


「錠前は、“解剖台” にあった と言っていたな?」と、パイモンが イゲルに確認する。


「そうだ。濃紺スーツの頭と身体の」


「それなら、錠前が仕込まれたのは 研究室だ。

濃紺スーツの身体の衣類に 仕込んだんだろう」


「地界のか?」と、ボティスが 片眉を上げる。


パイモンはボティスに頷き

「錠前は二つだ」と、瞼を閉じ

「海で灰色蝗に吸血された男に噛まれた お前の配下のことを忘れていた」と ため息をついた。

ニルマも眼を閉じている。


「ソカリが?」


ソカリ というのが、男に噛まれて吸血された ボティスの配下らしい。


「一度、レスタが ハーゲンティに喚ばれて出て

... その時は 居たんだ。別室で採血した。

調子を聞くと、“どこも悪くない” と 早く出たがっていた。

この時、ニルマが珈琲を運んで来ている。

ソカリは、“失態を犯した、仕事で信用を取り戻したい” と。

“ボティスは そんな風に思っていない。もう少し のんびりしていけ” と 答えて、部屋を出た」


それから 研究室に戻ると、レスタが戻っていたらしく、“首が すげ替わった人がいたわ” と採血管の血液を渡されたので、レスタに『首の繋ぎ目は?』とか質問しながら ニルマと 三人で血液を調べ始めた。


パイモンがハティに喚ばれて、研究室を外す。

次にニルマ。

パイモンに “頭と身体を” と喚ばれたので、すげ替わった人の 互い違いの頭と身体だろうと、それを運ぶ。


「思い出してみたが、その時には まだ、身体は あと 二体 残っていた」


血液検査が終わったレスタも洞窟教会に戻り、またニルマが海の町の人の身体を取りに来た。


「この時もあったんだ。

何故か、海の町の者の身体しか運ばなかった」


ニルマが落胆して言うと、パイモンが

「いや。俺が その身体を運ぶように言ったからだ。ギリシャ鼻の男の身体のことは言ってない。

存在を忘れていた」と、苦々しい顔になった。

けど誰も、ギリシャ鼻の人の身体のことは言い出さなかったんだよな。まったく忘れてた。


「錠前を仕込んだとすると、レスタも研究室を出てからってことか? 手薄になるよな」と 言ってみると

「いや、錠前の 一つは濃紺スーツの衣類に仕込まれた恐れが高い。

レスタが研究室を出ていて、俺がソカリの採血、ニルマが珈琲を運んでいる間だろう」と パイモンが答え

「ソカリの方は、いつ仕込まれたのかはハッキリしないが、研究室に 侵入者がいるか、研究室にいる者が仕込んだ ということになる」と、ニルマも苦い顔をする。


「ニルマ、一応... 」


ニルマが パイモンに頷き、ボティスの配下のソカリの様子を見に行く。

すぐに戻って来ると、首を横に振った。


パイモンに 赤く焦げた手のひらを差し出し

「研究室の解剖台の下に落ちていた。

濃紺スーツと ギリシャ鼻の身体を置いていた台の間に」と ため息をついた。


錠が開いている グレーの南京錠だ。

またミカエルが 手を伸ばして受け取る。


「ソカリが、身体を持って出た ということか?」


ボティスが もう 一度 聞いたが、パイモンは首を横に振り

「ギリシャ鼻の身体と共に 拐われた恐れの方が高い。俺の管理責任だ」と、答えた。


「俺が 研究室を外していて、二度に渡って ニルマに 灰色蝗関連の被害者を運ぶように言っている。残っていた身体とソカリが消えても、研究室にいた他の者達は、俺が命じて運ばせた と思うだろう」


「パイモン、お前が悪い訳じゃあ... 」


ボティスが言い掛けると

せ。意味がないだろ?」と ミカエルが止め

「ソカリを探す」と イゲルが消える。

パイモンも ヴァイラを喚び、軍を増やして ソカリを探すようめいじた。


... ソカリって悪魔も 吸血首になるのか?

たぶん、皆 同じように考えたが、誰も 口には出せなかった。ボティスの配下だ。


「ギリシャ鼻の男の身体や ソカリが消えたことは

何か意味があるはずだ。

蝗や被害者の検査を続けながら、ハーゲンティやレスタにも 相談する。

また何かあったら、すぐに喚んでくれ」と

パイモンがニルマを連れて、洞窟教会へ戻った。


「ボティス、俺もソカリを... 」と アコが言うが

ボティスは「イゲルとヴァイラが探す。

アコは予定通りに、クラブ内」と アコに命じる。


「... 何も残ってねーな」


自分の後ろから回る、ミカエルの手の上のグレーの南京錠を取って、ルカが言った。


「まぁ、錠前これに思念は残らねぇだろ。

怨恨系や守護系じゃなく、発動装置だからな」と

朋樹が受け取り、霊視してみようとするが、それも無理なようで 眉間にシワを寄せている。


「作った者の特定は出来ないのか?」


ジェイドが聞くと

「出来るが、“知らん者” という結果になる。

奈落にいた元人間の悪魔だ。

吸血系など、何世紀にも渡り かなりの数がいる」

と、ボティスが もう 一つの南京錠を取った。


「とにかく、ここでの仕事に戻る」と、指に開いた南京錠を掛けたまま ボティスがピアスをはじくと、沙耶ちゃんが遠慮がちに

「あの、私も視てみてもいいかしら?」と ボティスの指を見て言った。


『物から視れるのか?』と、シェムハザが聞くと

「触った人くらいなら視えるかもしれないわ」と、ボティスと朋樹から 南京錠を受け取っている。


「沙耶ちゃん、すげぇよなぁ」


朋樹が “負けた” って風に言うと

「朋樹くんの視方は追体験だからよ。

南京錠になれないでしょ?」と、もっともだけど 少し無理あるフォローをした。優しいよな。


一つずつ南京錠を見つめた沙耶ちゃんは

「... どちらも同じね」と

手のひらの上の南京錠に “嫌だわ” って 顔をして

結構 ゾッとすることを続けた。


「一度、レスタさんが出て、パイモンさんとニルマさんも外した隙に、海の人の首が 入って来てるわ。解剖台の下にいたのよ」

















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