38


「お前は、何をしている?」


ボティスだ。

ベルゼとの話し合いが終わり、フロアに戻って来た。

シェムハザは、ベルゼと洞窟教会に向かったようだ。ハティやパイモンとも 話し合いだ。


戻ったボティスの眼鏡の奥のゴールドの眼は、朱里に向いていた。

榊と抱き合う朱里は「息抜き?」と 首を傾げてみて、ボティスに ため息をつかれている。


「まぁいい。離れているなよ。

手洗いなども 榊と行け。サヤカもな」


ただ普通に遊びに来ただけの朱里だが、それでも ボティスに叱られずに安心したようだ。


「お前等は何をしていた?」と 聞かれたオレらは

「いや、霊視と印探しはしてるぜ」

「透過眼鏡班がいなかったし」

「ビール」「ルカとデート」と 答え

またボティスに「まぁいい」と言わせた。


仕事... 吸血鬼の状況は、何も変わってないんだよな。

けどボティスは ベルゼと話してから、少し落ち着いたように見える。


「ベルゼが “全面的に お前達につく” と こちら側についた。地界の調査にも、ベルゼの軍が出る。

これは、俺等を含めた 皇帝の軍が出ることと規模は変わらん」


「マジかよ、あいつ」と、ルカの後ろからミカエルが 眉間にシワを寄せている。


「えっ? すげぇんじゃねぇの?」

「というか、今までは 違ったのか... 」


「今までは、皇帝に呼ばれたから ということと、相手が同じバアルのモレクだったからだ。

今後は、俺等が喚んでも構わん と許可を得た。

ベルゼは、キュベレを敵視しているからな。

同じ “神の位の悪” として存在している。

だが、キュベレは “父の肋骨” だ。

自分の崇拝をキュベレに 取って替わられる恐れがあるからだ」


ボティスたちが許可がいる って、本当に大物なんだな。どうも そう見えねぇけどさ。


「あいつが地上を 彷徨うろつくなら、守護天使達に天から隠すように言っておけよ?

父が許容していても、サンダルフォンは認めてないからな。異教神は毛嫌いするし」


「毛嫌いしたところで、何も出来んだろう?

“バアル・ゼブル” だ」


「サンダルフォンが何か画策した場合、俺が表立っては かばえないってことだぜ?

下手すると、俺に殲滅命が下る。

あいつ自身じゃなくて、あいつの軍をな。

力を削ぐ ってことで... 」


ボティスとミカエルが ルカを挟んで真面目な話をする中、朱里と榊、沙耶ちゃんとゾイの女の子班は、沙耶ちゃんが ふんわり霊視しながら

「水曜日は お店がお休みなの。ゾイと榊ちゃんと、あなたの演奏を聴きに行くわ」

「本当にぃ? あたしも占いと夢屋さんしてほしいんだけどぉ」

「里にも参るが良い。桜酒など飲んで... 」と 楽しそうだ。いつもと違って華やかだよな。

見た目に ひとり乙女男子が混じってるけど、違和感ねぇしさ。


ルカが眼を向けている。あの中にリラも いたら嬉しいのにな。早くリラと話せねぇのかな...


「泰河。おまえ、ブース行って来たんだろ?」


霊視のために眼を動かしながら、朋樹が聞いて

「DJは どんな人だったんだ?」と ジェイドも聞くので

「ああ、キヨっていうヤツでさ... 」と 風貌とか雰囲気を話してみる。


「ふうん。朱里アカリちゃんの知り合いなのな」

「美容師か。朱里アカリちゃんとは普通の友人なのか?」


また そういうのか...


黙ったオレに、朋樹とジェイドは

「いや、何? ヒスイと離れてるし、そういう話で気分的に ちょっと休憩っていうか何て言うか」

「僕は恋人がいないから。潤い不足なんだ。

朱里アカリちゃん、いい子だし 気になるじゃないか。

おまえが ぐずぐずしてる内に誰かに持っていかれたら... と 思うとね」と、また買って来たらしい ビールを飲んでいる。


「おまえさ、“相手が待ってくれる” とか思わん方がいいぜ?」

「そう。“落ち着いてから” なんて、そんな時期は やってこない と思った方がいい」


「ミカエルとゾイを見守れば いいじゃねぇか」


「見守ってるしな。おまえ以上に」

「もう纏まったようなものじゃないか」

「なんだよ泰河ぁ、まだオトモダチかよ?」

「焦らすのが好きなんだろ。

いつまでも焦らされていてくれりゃあいいがな」

「ヒゲなのに 男らしくない」


入ってきやがった。言いたい放題だ。


「仕事は... 」


「している」「お前は暇そうだけどな」

「女の子の尾長憑きが見つかったら、纏めて呼ぶから、朱里アカリちゃんと飲んで来たらどうだ?」

「なんなら、外でもさぁ」「バスの鍵いるか?」


「いや、もう 言ったしさ」


お? ってツラで、全員 止まる。

ライトが うるさくて良かったぜ。


「“言った”?」「何を?」


「だから、そういうやつ」


「どこで?」「いつだ? そんな暇は... 」


「ブース」


「はっ? DJ いただろ?」「キヨの前でか?」


キヨって言うな... 「おう」と 頷くと

「ああん? 何だ おまえ?」「意味わからん」

「嘘じゃないのか?」と 散々だ。


「アカリ、ちょっと来い」


ミカエルが朱里を呼び

「泰河って、お前の恋人になった?」と 聞くと

「あっ、やだぁっ!」と ミカエルの腕を叩こうとしたが、外れて ルカの手を叩いた。

結構 つえぇし「痛ぁ」って 言ってやがる。


「本当だ」「言ったようだな」


へぇ... って 雰囲気になっているが、これでもう、面倒くさく騒がねぇはずだ。


「泰河な、結構 久々に女の子と付き合うから

よろしくな」


朋樹が挨拶とかしやがった。

「あっ、うん。こちらこそ、ね?」と 朱里が そわそわと、何故か朋樹と握手する。


「何か 失礼なことを言われたり、放っておかれたりしたら、僕らに言うんだよ。

たまに こっちからも聞くし。

泰河は悪気はないけど、配慮も足りないから」


ジェイドって、ザクザク言うよな。

おまえもオレに配慮してくれよ。


「ふだん オレらさぁ、寝る時は教会の裏のジェイドん家か 仕事の部屋にいるんだけど、泰河と連絡取れない時とか、どうせ ここにいるヤツの内の どれかといるから、どれにでも連絡したらいーよ」


「何かあったら、ファシエルか俺の名前を喚ぶんだぜ? シェムハザやアコでもいい」


周りから言われる度に「うん」「ありがとう」と

そわそわして返事をしていたが、ボティスが

「手」と、握りこぶしを差し出すと

「えっ? 何なに?」と、ビビりながら 手のひらを出す。


「... 鍵?」


「こいつの部屋のだ。全員が全員分 持っているが

俺は ほとんど行かん。

これからは、泰河には ちょくちょく帰らせる。

店にも行くが、仕事で忙しい時は長く空ける時もあるからな。不安に思うなよ」


朱里は、口を丸く開けて オレを見た。


「持っときゃ いいんじゃねぇの?」


「でも、お家のなんて、あたしがドロボウだったら どうするの?」


「騙されたオレが悪いだろうな。ダセぇけど、しょうがねぇだろ。オートロックだけど、番号は... 」と 教えていると

「もう、嬉しくて よく分かんないんだけどぉ」と

下瞼の下を指で拭い始め

「やだもう。眼、直してくるぅ」と 榊とトイレへ向かった。


「やるじゃねぇか、泰河!」

「うん、驚いたけど ホッとした。

朱里アカリちゃんは モテるだろうしね」


「おう」と 答えて、暇だし照れるし、ビール買いに行こうかとしたら

「けど、おまえさぁ。寝るとか そういうことも久々なんだよな? 大丈夫なのかよ?」と、ルカが真面目に 訳分からん心配をする。


「普通、大丈夫だろう?」

「いやジェイド、おまえは 上手いことやってるから あれだけどー」


そうなのか ジェイド...  知らんかったぜ...

けどオレ 別にさ、仕事で死にかけたりして忙しかったから、そういうこと忘れてたぜ。


ん? これ、やばいのか?

考えてみりゃ、まだ 27だしな...


「でも、そういうことじゃないんだろ?」と

ミカエルが言っているが

「ルカ、続きを言ってみろ」と ボティスが言う。


「うん、つまりさぁ」


あっ、こいつ...

“ここで言うべき定番” を言いてぇツラだ。

そのために ムリして話 持ってきやがったな。


「なんとか “眠れる獅子を起こし”... 」

「うるせぇ、てめぇ!」


ボティスは「なかなかだ」と ピアスをはじいたが

ミカエルから ルカを剥がし取って、肩 固めてやってると

「ボティス」と、アコが戻って来た。


「アンジェが、うちの軍も “一緒にみておく” って言うんだ。俺には “地上の軍を纏めろ” って言うから、戻って来たんだ」


「そうだ。ベルゼが全面的に ついた。

今、ハティ達と話している」


「皇帝には?」


「まだだ。ベリアルも」


これで 話が通じてるんだよな。

キュベレのことだろう。


「今日は、尾長憑きが少ないな。

終電越えたから、これから 外うろうろしてる奴等が入って来るけど。

でも外も、昨日より少ない。日曜日だったしな」


尾長憑きが少ないってことには、もちろん そういう理由もあるよな。

普通の仕事してたら、日曜の夜は あまり出ない。


けど、吸血悪魔が 吸血を許可される印... っていうのが 気に掛かる。


「榊は?」と アコが聞いていると、榊と朱里が戻って来た。

「ん? お前、泰河と 纏まったのか?」と、朱里にアコが聞く。なんで分かるんだ...


気になって聞いてみると「顔付き」だそうで

「女の そういう幸せの顔は分かる」らしい。


「あっ、やだ 出ちゃってるぅ?」

「うん、良かったな。泰河は お前を大切にする。

これからは自分からも連絡しろよ」


「やけに仲がいいな」と ジェイドが聞くと、アコはショーパブの子を順に行く期間中に、店で朱里と話したことがあったようだ。


「榊、何かあったか?」と ボティスが聞いた。

朱里の隣で、榊は 何か考えているような顔をしていたからだろう。


「ふむ...  手洗い場前の通路の先より、何やら 嗅ぎ覚えのあるような匂いがしてのう。

朱里と共に おった故、確かめは せなんであったが... 」


「匂い?」「どんな?」


「洞窟教会で匂うたものよ。

微かにあり、通路の先ある扉の奥より匂うておったように思える」


「通路の奥の扉?」と 聞いてみると、朱里が

「何も書いてないけど、そこ 非常口ぃ。

ビルの右奥側に上がる階段に繋がってるんだよ」と、答えた。


男用のトイレは、フロアを出て 通路の手前だ。

女用は通路の奥側。

そっちまで行かねぇし、非常口は知らんかったぜ。いつもセキュリティが立ってるしな。


「洞窟教会の匂いって、どんな匂いだよ?」


「むう... 蝗ではないが、血や髄液などでもなく、

何であろうのう... 」


何かは分からないが、洞窟教会で 被害者たちから

匂ったようだ。榊、鼻いいしな。


「見てみるか」


ボティスが手を差し出すと、榊が握る。

「お前等は、尾長憑きの女の印を出して消し

男は パイモンに送れ」と 言うので

ルカとミカエルも 一緒に、バーカウンター近くの

休憩テーブルの方へ移動する。


朱里アカリ、私たちと居よう」と、ゾイが

沙耶ちゃんの肩を抱いた方と 逆の腕を広げると

「きゃあっ! 男の子の時も かっこいいよね?

お得な気分なんだけどぉ」と 抱きつきに行った。

ルカが大人しい分 マシだけどさ。うるせぇ。


守護はゾイで足りるので、朋樹とジェイドも見学に来た。今日は なんか暇だしな。


神隠しをした隅の休憩テーブルには、女の子が四人と 男が二人。

テーブルに突っ伏したり、床に座り 壁にもたれて眠っていた。


「立つが良い」と 榊が言うと、眼を閉じたまま、のろのろと 床や椅子から立ち上がる。

幻惑って すげぇよな。

榊は以前より、腕を上げた気がする。


隣に顕れたアコが「男は送らせるぞ」と 軍のヤツらを呼んで、洞窟教会に運ばせた。


壁際に並んだ女の子のシャツを 榊が めくり上げ

ルカが 鳩尾の上部に筆で印を出していくと、オレが右手の人差し指で、印に触れて消す。

流れ作業的だよな。全工程1分くらい。

ミカエルが加護を与えて 終了だ。


「これで 尾長蝗が消えるんだからね」

「簡単だよな、おまえら」


「15分程で目覚める」と 言うので

神隠しの外に置いて、放置しておくことにする。


「外に出て、非常口の方を見て来る」と言うボティスと榊に、朋樹とジェイドもついて行く。

「オレらは?」と 聞くと「オトリ」と 返された。

そうだった。忘れてたぜ。


「ドリンク取って フロアに戻るか?」と、アコが 眼鏡越しに、周囲やバーカウンターの尾長チェックをしながら言う。


「うん、そうだな。ファシエルがいるし」と 笑ったミカエルを、女の子 二人が見ていたので

アブね」と ルカが腕を組んで見せた。

女の子の視線は、“あっ、そうなんだ” って風に アコに移動する。どうなってんだ?


「尾長じゃない。お前たちの順は まだ結構、先」


流れるように 順がついていくよな。


バーカウンターでビールと、女子たち用に 適当にカクテル作ってもらっていると、入口の方を眺めていた ミカエルが

「あいつ... 」と、一人の男に眼を止めた。


右眉の上端にホクロ、ギリシャ鼻...


「ボティスに報せる。その後 俺は、ゾイと 一緒に

サヤカと朱里アカリの守護につく」と アコが消える。


「どうする?」と ミカエルに聞くと

店内ここで吸血はない。店を出るようなら追う」と 答えた。










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