23


「今、何時くらい?」

「23時」

「えー、もう そんなかぁ」


転々とある岩のようなでかい石に座り、コーヒーを飲んでいたが、榊の腹が豪快に鳴ったので、

シェムハザが ガーデンテーブルや椅子、食事を取り寄せてくれた。


天井付近や周囲に ゆらゆらと上下に揺れる赤オレンジの狐火の下、歴史ある洞窟教会で

「ルカの父親の会社のワインだ」と 氷咲ワインを飲み、シェムハザが温野菜にかけてくれるラクレットや子牛肉のワイン煮、セロリのマリネやスモークサーモンもつまみ、生ハムにエシャロットのソースを乗せたバケットを食ったりする。


「地上での食事は久々だ」と 言うパイモンの向かいには ミカエルがいるが、どっちも笑顔だし

首 二つと 身体 三体がなけりゃ、和やかなディナーなんだけどな。離れちゃいるけどさ。惜しいぜ。


「しかし、蝗のみでなく

身体探しもせねばならぬのう... 」


スモークサーモンの大皿を 別に取り寄せてもらった榊が言う。食事中も 結局は仕事の話だ。

まぁ 仕方ねぇよな。


「そうだ。路地裏や 一戸建てだけじゃあない。

マンションの 一軒 一軒など、かなり骨だがな」


「一人暮らし宅メインで探して行くのがいいだろうけど」


「その辺りは、軍の者等を使う。

うちからも喚ぼう。

ボティスの八の軍と霊獣勢は、これまで通り 街全体を頼む」


「海の方や六山の外の街も?」と アコが聞くと

「うちが見る」と、パイモンが頷き

「ヴァイラ」と 名前を喚ぶと、長いまっすぐな黒髪の頭に、後ろにカーブした 二本の山羊角を持つ

すげぇ美人が パイモンの背後に立った。


「うお、すげぇ」

「悪魔の女って、美女 多いよな」


眉上のV字バング。でかい眼の虹彩は黒。

真っ白い肌に 真っ赤な口紅。

黒のホルダーワンピースがぴったりと沿う身体は、鍛えられたような完璧なラインだ。

長い脚に、高いヒールの黒ロングブーツ。

ミカエルに眼を止めると、キリッと つり上がった黒い眉をしかめる。


「なんだよ、女悪魔」


「悪い、ミカエル。

ヴァイラ、話しただろう? 地上の仕事だ」と

パイモンが指示を出す。このヴァイラという美女は、パイモンの軍の副官らしい。


指示に頷いた後、ハティやボティス、シェムハザに挨拶するヴァイラは、少し緊張して見えたが

「ヴァイラ」と、アコが片手を上げると

「アコ」と ホッとした顔で笑い、口元に牙を覗かせた。アコと仲がいいようだ。副官同士だしな。

榊の頬には「可愛い」と キスをする。


「ヴァイラ、俺の女だ。狐」と 言うボティスに

あっ... という顔を向け

「失礼。了解したわ」と笑った。

ああ、そういう...  手ぇぇな。


ニルマやレスタにも挨拶が済むと

“一応” って雰囲気で、オレらもヴァイラに紹介されて、一応 って感じで握手した。


「ボティス、俺も 軍の指示に行って来る。

ヴァイラ、どこで首や身体が見つかったか 案内するよ。浅黄たちにも紹介する」と

ワインを 二本持って、アコとヴァイラが消えた。


「パイモン、首や身体はどうする?」

「研究室に持って戻る?」


ニルマやレスタが聞いたが

「いや。もう少し器材を持って来て、ここで調べる」ようだ。

新しい首や身体が出た場合、ルカが印を出すし

「食後は、泰河に印に触れてみてもらおう」ってことだ。

「ニルマやレスタには、負担が掛かるんじゃないか?」と、シェムハザが地面中いっぱいに 防護円を敷いた。


「結局さぁ、印自体は何なんだよ?」

「あっ、そうだよな」


オレらが聞くと、ミカエルが

「“あの状態” だってことなんだろ?」と

フォークを解剖台の方を指した。


「首と身体を離してること?」と 聞くジェイドに「それしかない」と 頷いた。

「十字架つけやがって。ナメてやがる」


「そうか。やっばりそれだよな」


朋樹が、ワイン煮の肉をフォークで割りながら

「頭の丸は 卵と骨髄で、まだ誰かに吸血産卵 出来るし、すげ替われるから、うなじの縦線も灰色。

うなじの縦線と背中の十字の印は

“分離させてる断面と 腐敗しない停止状態” の印か。 それ自体、すげぇ術だしな。

で、印の色は、“まだ使えるか 使えないか” だな」と 納得しているが

それにオレが触っていいのか?と 疑問だ。


白い焔の模様... 獣の模様が浮き出る右手で ルカが出した印に触れると、憑依なら 憑いた霊を どっかにやっちまうし、呪詛や術も解ける。


今 あれに触れたら、首と身体が繋がっても、身体付き吸血鬼になるだけなんじゃないか?

繋がらなければ 停止中の器官が動き出して、首は吸血しようとするだろうし、身体は腐敗し始める... と 思うんだけどな。


それを話してみると

「そう。頭部の器官が 元に戻れば... と 考えているんだ。

泰河の手で 後頭部の丸の印に触れたら、卵や骨髄を蓄えた膜が消えて、舌や頭部内の器官も 元に戻る... と、推測している」ってことで、うなじの縦線や 身体の十字には今のところは まだ触れないようだ。


「だが、うなじや背にも 触れんことには、どうなるかは分からんだろう?」


ボティスが言うが

「もう少し断面を調べさせて欲しい。

どうしても気になるんだ」と いうことだ。

ハティもパイモンに同意して頷く。

なんか研究してる人とかって、一度 気になるとダメっぽいよな。答えが出るまで確かめるしさ。


「で、オレらは どーすんの?」


食事が済むと、コーヒーやマドレーヌ、素朴な味のクッキーを取り寄せてもらい、いつも通りにつまみながら ルカが聞く。


「首と身体探し?」


「いや、それは 軍と霊獣等に任せた方が効率がいい。しかし ここに居ても役には立たん。

首が すげ替わった男の足取りを追う。

クラブに寄って帰る」と、ボティスは ため息をついた。


「土曜だぜ、今日」

「ドアで入れるイベントならいいけどな」


ボティスは「入れるだろ」と 鼻で笑ってやがる。

まぁ、あのクラブは でかめではあるけど

そういうDJが来たりだとか、でかいイベントは稀だ。世界的に有名なヤツとかは来ねぇしさ。

イベント自体も夏の方が多かった気がするし。


「教会でも言ってたけど、クラブ って何だよ?」

「む、儂も知らぬ」


天使と狐だ。知ってたらイヤだよな。

クラブ通いする狐とかさ。

ミカエルは何世紀ぶりの地上だから そりゃ知らんだろうけど、何でもすぐ慣れる。


「今の話に出ているクラブの場合、テーブルでグラスに酒を作り、会話の相手をし、また店をビジネスの話や接待等に利用する折に話をスムーズに良好な方向へ進めるためにいる女性等が居る店とは 別の場所だ。

ショーなどをやるナイトクラブとも また違う」


「むっ、何故 女子おなごがおると、すむうず になろうか?」


「人間の男は、美しい女性等にもてなしを受けると

気も緩み、自己の器を大きく見せたい という見栄も働く。

よって 饗される側は、饗し側の要求に応じやすくなる」


けど、シェムハザは あまり利用しないらしい。

姉ちゃんらより、シェムハザの方が眼を引くもんな。


「ここでいうクラブは 大まかに言えば、ディスクジョッキーが 曲と曲を繋いだものを流すか 自作の曲を流し、客はそれを楽しみながら酒を飲む。

ダンスなどを楽しむが... 」


ルカやジェイドは無言だ。

ルカは留学経験あるもんな...

海外だと、バースデーとかも盛大なパーティーをしたりする。

中高生の子のパーティーになると、ダンスパーティーの場合が多いようで、ダンスは日本より ずっと身近なものだ。文化の違いという感じもする。

クラブも普通に遊びに行く場所のひとつだしな。


大規模な野外フェスも多い。

日本でも、よく夏にやる音楽フェスのダンス版。

最近は日本でも海外の有名なDJを呼んで大型のフェスもやっているようだが、少し前まで 海外の情報掲示板サイトには、“日本がフェスとか言うな” とか書かれてもいて、オレは日本人として何かしょんぼりした。

なので、センスがいいDJがやっても、海外に比べると まだ いまいち盛り上がりに欠けちまうとこがあるのかもしれんよな。


「まあ、飲んで楽しむ社交場ということだ。

食事と酒ではなく、音楽プレイと酒だ」と、シェムハザも説明は締めくくった。


「朱里のジャズバーのように?」と 榊が聞くと、ボティスが

「こないだのライブハウスとやらと そう変わらんだろ」と、マドレーヌを食った。

ボティスも オペラとかジャズが好きだもんな...


「シェムハザは行くのか?」と 朋樹が不思議そうに聞くと

「バースデーパーティーなどは城で催すが、年頃の娘がいる。視察には幾つか」ということだ。

「クラブなどで遊びたければ、俺は ついて行く」

らしいが、いくらシェムハザであっても

兄ちゃんつきで遊ぶのって どうなんだろうな...


「ふうん。俺も行ってみる」

「ふむ、儂も」


そういうことになったが、空になったコーヒーカップを ガーデンテーブルに置くと

「泰河」と、椅子を立ったパイモンに呼ばれる。

そうだ。後頭部の丸印に触れるんだったな。


ステンレス製の解剖台に近付き、右腕に白い焔の模様を浮き出させた。


「骨髄が流れ出る恐れがある」と 言うパイモンは

明るい笑顔で、ブラウンと紺に髪を染めた人の頭部を手に取ると、ニルマが受け取る。

ハティが、上にした手のひらに ガラス製のトレイを出した。

ニルマが頭部を支え持ち、頭部の下には レスタが

ガラスのトレイを宛てがう。


「じゃあ、触るぜ」


ミカエルやボティスたちも見学する中、髪に透ける灰色の丸の印に触ると、しゅう という音がして 印が消失する。


「あっ... 」「うわ、キツいな... 」


頭部の口が開き、でろりと長い舌が出た。

舌の先から、赤く とろりとした半液体みたいのが流れ出て、ガラストレイに溜まっていく。


「うん、赤色髄だろう。調べて冷却しておく」


なんで保存するんだよ... パイモンは楽しそうだ。


舌の先が ギュッと尖ると、パイモンが反応して

上に向けた人差し指を動かし、解剖台の隣に据えたサイドテーブルから試験管を取り寄せている。


殺傷する気になったような舌の先に 試験管を被せると、先から赤い液体が出てきた。血液に見える。

細い舌の先が少し縮んで また伸びると、泡のようなものが出てきた。


「うわ... 」「次は何だよ?」


卵鞘らんしょうだ。カマキリなども、このスポンジのようなものに包んで 土の中に卵を産む。

卵を水から守り、しばらくすると固くなる。

自然の状態であれば 越冬して卵から生まれ、幾度か脱皮を繰り返し、成虫になる」


「卵は幾つ入っているかしら?」

「30か40じゃないのか?」


レスタとニルマからも笑顔が見える。

「卵が取り出せるなんて」

「やはり 産卵器官も兼ねていたんだな」と 嬉しそうだ。吸血蝗なのにさ。


産卵が済むと 長く尖った舌は縮んでいき、普通の形になって 顎の中に収まった。

うなじの縦線も白に変わる。


シェムハザが持つ透過スクリーンで 頭部を見て、パイモンが ラテックスの手袋を付けて、頭皮や舌の触診をしている。


「推測通りだったな。

骨髄採取の膜も失い、大脳辺縁系の卵もない」


頭部の吸血産卵器官も失い、人の頭部に戻った。

“用済” ということだろう。


「泰河の手で、人に戻せる ということだ」

「だが 元通りに、首と頭は付くのか?」


「それに身体に産卵されている場合、孵った蝗はどう出すんだ? 印は ねぇぜ」

「十字しかねぇもんな... 」


「とにかく、濃紺スーツの方の頭部も元に戻そう」と パイモンが言うと、ニルマが頭部を持ち変え、ハティがレスタに新しいガラストレイを渡した。


印を消すと、骨髄と卵が出て、うなじの縦線の色が白く変わる。


「とりあえず卵と赤色髄、及び 断面を調べる。

ハーゲンティ、シェムハザ、手伝ってくれ」


パイモンは必要な器具を 笑顔でニルマに伝え出し

もうオレらの方は見ていない。

「変態だよな、あいつ」と 言うミカエルの言葉も聞こえてねぇし。


「何か見つけたら呼べ」と シェムハザに言われて

オレらは洞窟教会を出ることにした。








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