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「分かってるな、お前等」


バスの後部座席。

L字シートに座って脚を組むボティスが、かどに狐姿で収まる榊と 隣でマシュマロ食うミカエルに挟まれて、オレらに釘を刺す。


「おう」「任せとけって」


榊とミカエルの おりだ。

榊はボティスがいるとして、心配はない。

持ち帰れないことは 重々 分かる。近寄りもしないだろう。問題は、ミカエルだ。


『ミカエルは、女の子に誘われそうだよな』


何気なく言った朋樹の言葉に、ボティスが ピクっと眉を動かした。

オレらも コンビニの袋からマシュマロ取り出すミカエルを見てみたが、これは もしかして、かわいいと言える男子なんじゃないか?... と思えた。


ブロンドの くせっ毛は柔らかく、同じ色の眉と睫毛。明るい碧眼。

高過ぎず整った鼻に、血色のいい整った くちびる。形は男なのに、見て柔らかいと分かる頬。

そして 困ったことに、笑顔が抜群だった。

男でも思うくらいだ。

普段は シェムハザで、そんなに気になってなかったぜ。


『気配を隠そうが、天使は余計に人を寄せる。

万が一、ミカエルが人間と何かあったら だ... 』


ミカエルが 何かするんじゃねぇんだよな。

迫られた場合 ってことだ。


『人間の娘に手を出した ってなるってこと?』

『えっ? 堕天?』


『まぁ、キスくらいであれば それはない。

尊敬の意と見なすことが出来る。

その先の事実があろうと、揉み消されはするが

しばらく天に謹慎だろう。更に... 』


ゾイが傷つく...  いかんな、それは。


榊にマシュマロの袋を差し出しながら

ミカエルは『イシャーに何かされるって何だよ。

俺はパイモンじゃないぜ?』と まだ口を滑らせて

鼻で笑っていたが、くるは くるんだぜ...

男が困っても、セキュリティは動かねぇしさ。

ミカエルは 人間に冷たく出来ねぇしな。


『女性を遠ざけたらいいんだろう?』

『おう。オレらが離れなきゃ大丈夫だろ』


ジェイドと朋樹が前座席から言うと、ボティスは

『お前等がいると、束で寄って来るだろ』と ため息をついた。そして

『三日前も来ていた者を探して、ギリシャ鼻の男のことをさぐれ』と 指令も出していた。


ギリシャ鼻で、右眉の上の端にホクロがある男。

リョウジの友達や ユースケくんたちも見て、竜胆ちゃんが見た時は 身体付きになっていた。

海の町に まだ小さい娘がいる人だ。


『人が多く集まる場所で、吸血対象を探している恐れもある。

もしくは、竜胆に灰色蝗が付いていたか だ』


ルカが『あっ、そうか... 』と、真顔になったが

オレらも黙っちまった。

ミカエルの加護が付く前だったから、蝗が付ける。蝗が誘導した恐れもある ってことだ。


『強引に吸血されたり、連れ去られなくて良かったよな... 』と、オレが言うと

『ジェイドのロザリオを持っていたからだろう』と いうことらしい。


『なんで、蝗は 人を選ぶんだろうな?』


朋樹が誰とも無しに聞くと、ボティスが

『吸血鬼かキュベレに都合がいい赤色髄の収集か

広範囲に産卵器の身体を置くためかもな』と 鼻を鳴らし

『今、どのくらいの人が 首になったり すげ替わっているんだろう?』と言うジェイドの言葉を聞いて、また疲れが出た。


灰色蝗に吸血されるより 人に吸血される方が、首が抜けるのに時間かからないんだよな...

そして、昨日行った街にも身体付きの女吸血鬼がいることも分かってる。

その人も見つかってないし、海の首も見つかっていない。


とりあえず、クラブの近く... とはいっても、結構 距離ある駐車場にバスを停め、クラブまで歩く。

主にオレとルカが ミカエルと 一緒にいながら、情報収集することになった。


クラブ前の掲示板で料金表示を見ると、当日料金も提示してあったので、特別にチケットが必要なイベントではないようだった。


ドア入ってすぐのカウンターで、年齢を証明するものを見せるが、22時くらいまでは未成年も入れるイベントもある。

あまりに未成年過ぎる見た目の場合は、セキュリティが声を掛けて店から出すが、そうでなければ

そのまま居ても咎められない場合が多い。

ここ、緩い方だしさ。

竜胆ちゃんは このパターンだったんだろう。


「IDカード?」


やばい。ミカエルや榊は考えてなかったぜ...

ボティスは偽造運転免許があるんだよな...


「さっき、僕が預かったじゃないか」


ジェイドが、ケツポケットから パスケースを出して渡した。

ミカエルの運転免許だ。ミカエル・ルチーニ。

ボティスと兄弟設定ってことか? 無理あるよな。

榊が ニマっとしているということは、木の葉に術を掛けたようだ。やるじゃねぇか。

榊は、雨宮 榊だ。朋樹ん家の子 設定らしい。


続いてボディチェックを受けて、オレはジーパンの背中側に うっかりピストルを差していたが、全く気にされなかった。

「人間にも見えるし触れるけど、すり抜ける。

天の道具箱だからな」と ミカエルが言うが、よく分からん。通れたから まあいいか。


人数分料金を払い、ドリンクチケットを受け取って、フロアに入る。結構 人がいた。


「暗くて眩しい」と ミカエルが眉をしかめるが

榊はライブハウスやショーパブ経験があるので

「ふむ」と、割と余裕だ。

今やってるのは ダブステップで、音に合わせて 照明は色を変え、幾本もの光線がフロアを走ったり ストロボになったりだ。うるさい光。

奥のVIPテーブル近くの低いステージでは ダンサーが踊り、フロアも割と盛り上がっている。


ロッカーに上着を入れると、バーカウンターで チケットをドリンクに換える。


「何を飲む?」「むっ、お前と同じものを」


めずらしくボティスも自分で来たが、キョロキョロする榊が うろうろしださないように、一通り歩かせておいてみるようだ。


ボティスはウォッカにしていたが、ルカはビールだ。オレらも。

外は まだ寒いけど、店ん中は暑いんだよな。

来る予定じゃなかったから、そんな薄着でもねぇし。

チケットを渡して、ライム差した瓶ビールを受け取る。

「俺も それにする」と、ミカエルもビールにした。最近のは飲んだことがないらしかった。


ドリンク受け取っていた時点で、ボティスが もう周囲から注目を浴び出した。

で、歩くと 人が割れる。

ボティスやシェムハザは 見られるだけで、声を掛けられることは そうそうない。


「座るか」と 榊の肩を抱いて、ホールが見渡せる角の方へ行った。

普通の休憩スペースで、一面の壁に沿って作り付けの細いソファーがあり、幾つもの丸テーブルと折り畳める細身の丸椅子が並ぶ。


榊の幻惑で VIPテーブルに座るのかと思ったが

それじゃ、見える範囲が狭くなるもんな。

ボティスが座ろうとした場所から、先に座ってた人たちが立った。あれは榊の幻惑だな...

フロアもバーカウンターも見える位置だ。


「後で 榊の幻惑で、店員等から話を聞く」


「あっ、そうか。店員とかなら、三日前も入ってたヤツもいるだろうしな」


けどまだ 榊がキョロキョロしてるし、落ち着くまでは 周囲の観察も兼ねて待つみてぇだな。


「オレら、バーカウンター近くで話 聞くから

おまえら フロア行けよ」


朋樹は楽する予定らしい。

飲み物 取りに来る時の方が、全然 話しかけやすいしさ。


「フロアって、声かけられる状態じゃねーじゃん。テーブル行こうぜ」


ルカも楽したいようだが、オレも賛成だ。

こういうやつこそ、アコ向きの仕事だよな。

後でボティスに喚んでもらうか。


「いや、声かけるんじゃなくて、頭部の印を探せ ってことだ」


ジェイドが言いながら、笑顔を向けて 片手を上げている。

笑顔の方向には、二人でいる女の子たちが ジェイドの方を見ながら、嬉しそうな顔をしてた。

“いい男 発見” って感じだ。

もう寄って来ようとしてるしさ。


「そう。行って来い。話は聞いとくからよ」


ビール持って 朋樹も笑顔を作り、自分を見てる子たちの方へ歩いていく。そう楽でもねぇよな。

さくさく情報収集する気か。


「んー、じゃあ行くかぁ... おぉう?!」

「あ! ミカエル... 」


振り返ると、ミカエルはもう 女の子 二人に

“かわいい!” という眼で見上げられながら話しかけられていた。油断も隙もねぇし。

女の子って、タバで来るよな。

いや、ひとりで来ても ビビるけどさ。


「どこから来たんですか?」

「にほんじんだぜ?」


ベアトップとキャミソール、スキニーの女の子たちに「あはは」「うそぉ」って 笑われて

にこっと笑い返しやがった。おお、せって...


「何歳なんですか?」

「にじゅうなな」


オレらに合わせるようだ。


「ミカエルさぁ、フロアに... 」と ルカが言うと

ミカエルは「三日前もここに来た?」と 女の子たちに聞いた。


お? と、ルカと眼を合わせる。

ごく軽い霊視が出来るようだ。天使だもんな。


「うん、来てたー」

「おにいさん、いなかったよね?」


おにいさん って呼ぶってことは、この子たちは

ちょっと下くらいか。シュリくらいかな?


「来てたけど、用事が出来て すぐ出たんだ。

その時に 見かけた気がしたから」


「えっ、本当?!」「覚えてたのー?」


嬉しそうだ。けどこれ、ミカエルじゃなければ

気持ち悪がられる発言かもしれんよな。

しかし、上手いな ミカエル...  意外だ。


「それで、本当はここでも 知り合いと会う予定もあったんだけど、そいつが約束の時間には来なかったんだ。

22時くらい。俺、23時には ここを出て。

眼が細くて地味な奴なんだけど、右眉の上に目立つホクロがある。見なかった?」


22時くらいなら、ユースケくんたちが ここの外で首を見た時間だ。


「地味な人... ?」「いくつくらいの人?」


「32」


えっ? 男の歳は聞いてないよな?

ミカエルも適当に言ったようで、スマホの写真を思い出したのか

「もう少し上に見えるかもしれないけど」と 言い足した。


「ううーん... 」「いたかなぁ?」


この子たち、ミカエルに声掛けて来たんだもんな。目立つヤツしか眼に入れないタイプだろう。

思い出さない ってことは、声も掛けられてない。


「じゃあ、もし思い出したら教えて。またね」と

また笑顔になって、オレらに「行こうぜ」と言うと、フロアの方に向かう。


女の子たちは「えーっ?」「ちょっと... 」と ガッカリしているが、オレらも手を振って フロアへ向かった。


「上手いじゃん、ミカエル!」

「おお、意外だぜ!」


「うん。さっきジェイドが 話し出してたから、くちびるの動き読んで真似してみた。

でかい声じゃないと、聞こえないな」


うん。なんか安心したぜ。

「ビール、ちょっとニガい」って 言ってるしさ。

ルカも ホッとしたようなツラだ。


「じゃ、オレちょっと 印探しするからさぁ... 」


ルカは 周囲を見回し出したが、バーカウンターのとこより照明すげぇし、人も動いて見づらそうで かなり苦労している。


けど、印探しは ルカしか出来ねぇんだよな。

オレは、もしや ギリシャ鼻の男はいないか と そっちを探すことにした。

ミカエルは 三日前も来たヤツ探し。


「ダンサーにはゼロ。テーブル席もゼロ。

これさぁ、少し離れた方が見やすいし、把握 出来そうなんだけどー... 」


話しているルカに、人が当たる。

「すいません」「いや、こっちも」ってなるが

これは もう仕方ねぇんだよな。

オレら、フロアで ぼーっと立ってるんだしさ。


「もう少し 端に寄ろうぜ」と 移動しようとしていると、突然 腕を掴まれて

「おう?」と 振り向く。女の子だ。

「はぁろぉーう」と ふやけた笑顔。酔ってんな。


ルカにも「こんばんはー!」って来て

「きゃあ、碧い眼の子!」って 笑い声と共に

ミカエルに飛び込むように 女の子が抱き付いた。













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