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「そこで 次に、ルカが出した印の 色の違いについてだ。これもまだ、どうも はっきりしない」


印の色は、白と灰色だ。


さっき 田口という霊が斬った身体の方... ミリタリージャケットの人の身体からは、灰色蝗が出て、背中の十字の色は 白。


けど、その身体に繋がっていた 濃紺スーツの人の頭部の印は灰色。

後頭部に丸と、うなじから首の根元までに縦の線。

この うなじの縦線は、身体の方の背中の十字の縦線に繋がると思われる。


まだ誰とも繋がらず、機能も 一時停止している ミリタリージャケットの人の頭部... ブラウンと紺に染めた髪の頭の後頭部やうなじの印と、濃紺スーツの人の背中の十字も灰色。


印の色が白なのは、灰色蝗が出た身体だけだ。


「この身体のみ 印の色が白だということは、単純に考えれば、体内に溶け入っていた蝗が出たからだろう、となる。

念のために 血液検査をしてみたが、検出された遺伝子は 本人のもののみであり、他の人間の遺伝子や 蝗の遺伝子などは検出されなかった」


そして、機能は停止していても

生きてる ってことなんだよな...


「蝗が出た身体が 白なのは分かるけど、まだ蝗が孵るどころか、胸骨に卵も入っていない身体の印が灰色なのは何でなんだ?」


朋樹がパイモンに聞いている。


「そう。そこが問題なんだ。

こちらの身体... 研究室に保管していた濃紺のスーツを着ていた身体の中には、卵もなく、蝗の遺伝子も 他人の遺伝子も検出されない。

このことから 印の色の違いは、卵や蝗だけに関わるものではない と考えられる」


「頭部は? ブラウンと紺の髪色の人には、まだ大脳辺縁系に卵があるんだろうけど、濃紺スーツの人の頭部にも 胸骨で孵った成虫が産んだ卵があるから... ということか?」


ジェイドが聞くと、それには

「卵の有無もあるかもしれないが、頭皮の下に 骨髄を蓄えた膜があるから... という 可能性もある。 さっき タグチに斬られた 濃紺スーツの頭部の器官は、元に戻っていない。

舌から大脳辺縁系に続く 産卵器官もあり、頭皮と頭蓋骨の間の骨髄を蓄える膜もある。

これがあるということは、舌の吸血機能も失われていない ということだろう」と 答えた。


田口に斬られても、頭部は戻らなかったということだ。身体の方の蝗だけが出されたようだ。


「海で、灰色蝗に吸血された者の身体は?」と

ハティが聞く。


「研究室にあるが... 印を出してみるか?」


パイモンが答えると、ニルマが身体を取りに地界に戻った。

シェムハザが 三台目の解剖台を取り寄せる。


海で 蝗に吸血された人の頭部は まだ見つかっていないようだ。

この人は、見張りについていたボティスの配下の手首を噛んで吸血して逃げ、その後 首が抜けた。


ニルマが戻り、身体を解剖台に寝かせると、シェムハザが指を鳴らして衣類を脱がせている。


ルカが印を探しているが、身体の前面や手足には何もなく、やっぱり背中に 肩甲骨を繋ぐ横の線と

首の付け根から腰までの縦の線だ。色は灰色。


「灰色か...  蝗に吸血されようと、人の首に吸血されようと、筆で出る色や模様は同じだな。

どうにも気になる」


パイモンが眉をしかめていると、レスタが

「でも この身体の中にも、蝗の成虫や卵の痕跡もないのよ」と、透過スクリーンで断面や胸骨をかざして見た。


「っていうかさぁ、色は白でも、印が出る ってこと自体、何かは あるんだぜ?

何もなきゃ、なぞるもん出ねーしさぁ」


「あっ、そうだよな!

筆で 憑依の印 出すこと多いしさ。

検査ケンサしたり出来ねぇ何かなんじゃねぇの?

蝗も、虫の形で体内にいたんじゃねぇんだろ?

田口って霊が、形にして出しただけでさ」


ルカとオレが言うと

「タグチに斬られて 蝗が出る前から、元々 十字の模様の色は 白だった... ってことはないのかよ?」と ミカエルが言い出して、全員ハッとなった後、ぐったりとした。


もしそうなら、蝗が出たことと印の色には関係が無くなる。考え直しだ。

いや オレ、そんなに考えてないから いいけどさ。


「何らかの呪術じゃあないのか?」


「だいたい、首と胴体を離しても 生きてるんだしな。もう 蝗が出た身体もだ。普通じゃない」


ボティスやシェムハザが言ったことに、多少 気を取り直したパイモンやハティも同意する。


「けど、頭ん中に蝗の卵がある ってこととか、胸骨の中で孵る ってことは確かなんだよなー。

じゃあさぁ、呪術って、首と胴体を分けて、頭に違う器官を造る術 ってことー?」


「でももし 術だとして、それが解けたら

首と胴体は また繋がるのか?

今のままだと、解けた途端に亡くなるだろう?」


「繋がったら、身体付き吸血鬼の人だろ?

頭部と吸血舌の器官は 戻ってねぇんだしさ」


「濃紺スーツの人と ミリタリージャケットの人は、分離した頭と身体が ここに 一揃えずつ揃っても、何の反応もねぇんだよな。

“分離させる呪詛” なら、分離させたもの同士を こうして揃えれば、何か反応があっても良さそうだけど、何のきざしもねぇし。

自分の頭と身体じゃ ダメなのか?

さっき泰河も言ってたけど、すげ替わらずに残ってた身体は、マジで 何のための仮死なんだよ?」


オレらが好き勝手に話していると、朋樹が言った言葉に、ハティが反応した。


「何らかの “制約” とも考えられる」


「制約?」


朋樹が聞き返すと

「ここは、教会だ」と ハティが答えた。


「人間に害を及ぼす魔術であれば、その行使は限定される」


そうか...  悪魔憑きを教会でジェイドが祓う時、

憑かれた人にも 負担が掛かってくる。

呼吸が荒くなって、心拍数も増え、ひどく震えて汗をかく。

そう影響させるくらい、悪魔は 教会を恐れる。

教会は、しゅへの導きの “神の家” だ。

上級悪魔であっても、自衛のための防護円が精々せいぜいだが、ハティとかシェムハザが こんな感じだから

悪魔が教会でどうなるかなんか、すっかり失念してたぜ。


悪魔と人間の混血の魔人であっても 半分は人間なのに、教会にいるのは身体に負担が掛かるようだったし、紅蟲を使っていた矢上は、この洞窟教会の中では他の魔人たちに掛けていた 紅咒の呪詛を作用させられなかった。


あれ... ?


あの時は、田口という役人の霊が 魔人たちから悪魔の血を抜いてて、魔人たちは 人間になって、仮死状態で倒れてた。


ルカが額に “紅咒” という文字を出して、その文字に 模様の手でオレが触れると、人間になった魔人は、矢上の呪詛も解けて仮死から覚めた。


悪魔の血が出されたから って、矢上の呪詛が解けた訳じゃねぇんだよな。


今の灰色蝗の これも、分けて考えるなら

田口という霊は、魔人から悪魔の血を抜いたように、さっき、身体から孵った成虫の蝗を出した。


首と胴体が分かれて、頭部の器官を変容させ

首を すげ替えさせる呪詛

... 矢上の紅蟲の呪詛なら “紅咒” の文字が、

頭部の丸の印やうなじの縦線、背中の十字だ。


これが、灰色蝗を使っている吸血鬼が行使している呪詛や術としたら、制約のない教会の外なら作用出来る ということになる。

つまり、この頭部と身体を外に出せば、吸血鬼が 好きな時に呪詛や術を発動させられる。

首が動き出して、すげ替わるかもだよな。


今 考えたことを話してみると

「それなら、地界のパイモンの研究室は?

ここと同じように、頭も身体も停止してたんだろう?」と、ジェイドが聞く。


「頭部のみは、呪詛や術避けをするケースに保管していた。吸血首だからな」と

パイモンが ブロンドの長い髪を、術で 後ろに 一つに纏めながら答えた。


「抜けた首は すぐに動くのに、首が離れた身体が そのまま正座していたのは?」


朋樹が、気になり過ぎたのか 多少イラつきながら聞くと、ハティが

「身体は “利用出来るよう” 放置されていたのだとしたら?」と よく分からないことを言った。


「利用? パニックを起こすためか?」


ボティスが眉間にシワを寄せる。


「または、身体も “装置” ということも 考えられるが... 」と めずらしくハティが ため息をついた。


「誰かが見つけて触れたら、何かが発動する... ということか?」と、シェムハザが聞くと

「発動は分からんが」と ハティが頷いた。


「ただ、それならば

印の色の違いの 推測が立つ」


そうなのか。サッパリだぜ。


「推測の内容」と ミカエルが言うと

ハティが「白の印の者は、“用済ようずみ” だ」と

話し始めた。


「背中の十字の色が白の者は 体内で卵を孵し、その成虫が体内から抜けた。

肩や足首の骨も折れた。もう利用価値は無い」


身体は 孵卵場所で、灰色蝗が また産卵する... ってことだろうか?

さっき首と切り離された身体は、成虫の蝗も取り除かれて、その役割も失った。


「灰色の印の頭部には まだ卵があり、吸血や産卵、骨髄採取の器官もある。

まだ “使える” ものだ。

それと同様に、灰色の十字の身体は “まだ” 孵卵場所としても 利用されていない」


ハティの説明を聞いて、パイモンが

「待て」と、眉をしかめた。


「孵卵器として置いておいた恐れがある、と

いうことか? 蝗の成虫を撒くために?」


「今の時点での推測だが。

広く拡げるには、一つの首に 一体を吸血産卵させるより、成虫を撒いた方が早い。

成虫の蝗に背中から吸血産卵されるか、首が すげ替わり、身体も持つ者に吸血産卵された場合、被害者の首が抜けると 身体が残ることとなるが、それを他の抜け首が利用すると拡大効率は悪くなる」


吸血産卵された人が、自分の身体で卵を孵したりすると、成虫が産んだ卵を また次の人に吸血産卵させても、一人ずつにしか拡がっていかない。

残っている身体に他の抜け首が着くと、首も身体も増えない。


抜けた首を 蝗で誘導して 奪う身体を指定し、抜け首を増やしていく。

これは、骨髄の赤色髄を 大量に採取させるためでもあるかもしれない。数がいる。


「首に使われない身体は、成虫の孵卵場所にし

新たな灰色蝗の成虫も撒く」


さっき、田口という霊が斬って出して、拾った灰色蝗の死骸は 30匹程度だった。

人間 一人の体内で孵える蝗の数は、その程度なのかもしれんよな。

海で、背中に貼り付いて吸血していた蝗の数より

ずっと少ない。


安全な場所... 人間の胸骨の底で孵る、ということを踏まえても、限定的過ぎる気がする。

まぁ、他の場所でも孵るのかもしれねぇけど、灰色蝗の繁殖は 難しいのかもな。

そうでなければ 黒蝗のように、そこらじゅうに わらわらいても おかしくないしさ。


「首が抜けた身体が 正座で放置されていたのは、先の海の町の路地と、この街の住宅街の 一軒の家のリビング、六山の外の街の路地だ。

この 三体の身体については、全て回収したが

蝗が広範囲に拡がるように、あちこちに置かれていた... とも 考えられる」


「成虫を撒くためとは限らんが、何らかに利用するためだろう。身体の印は灰色だ」と

ハティは まとめたが、皆ゲンナリする。


「首無しの身体探しもすることになるな。

生体反応がなく、室内に正座 など、探すのは より困難となるが... 」

「今、どれだけ 首がすげ替った者がいるのか... 」


ボティスとシェムハザが疲れた顔で話していると

朋樹が余計なことに気づいた。


「... 最初の海の人、蝗に吸血されてから 首が抜けるまで、何日か掛かったよな?

濃紺スーツの人は、朝、身体付きの女に吸血されて、昼下がりには首が抜けた」


「首抜けが早くなってるってこと?!」と ルカが言うと、ジェイドが

「リョウジくんの友達や、ユースケくんたちが浮遊首を見てから、竜胆は 翌 明け方に身体付きになった首の人に 声を掛けられた」と、全体を無言にした。


「首が すげ替った者は、普通に歩き回っている。

なんとか、見分けられれば... 」


パイモンが言うと、レスタとニルマが 研究室から

器具も持ってきて、灰色蝗の死骸や 被害者から

体液や組織を調べ出したが

「じゃあ、探すものは決まったな」と

アコや榊を誘って 狐火で遊び出していた ミカエルが「シェムハザ、珈琲!」と 言う。元気だ。


「そうだな」と、パイモンが レスタとニルマの手を止めさせ、一度休憩することにした。

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