21
洞窟教会に戻っても、ミカエルは ご機嫌だった。
「ゾイは?」と 聞いたジェイドに
「馬と 一緒に、沙耶夏の家に戻った」と 答えて
「分かったことって何だよ? 説明しろよ」と
パイモンに言う。
パイモンが 冷めた眼を向けると、ミカエルは
「俺、もう お前のこと、女男 って呼ばないぜ?」と 言い
「分かればいい」と、パイモンも少し笑った。
「まず、ルカが推測した “卵” についてだ。
実際に、胸骨の底に孵卵後の殻があった。
骨髄腔... 骨の内部の 骨髄が入っているところだ。
底 と表現したが、
パイモンは 人差し指で、自分の鳩尾を指した。
「吸血された際に、卵を挿入されるようだな。
卵を産むのは 成虫の蝗だが、人から人に卵が渡る場合も 最初は分かりやすく “産み付ける” と表現する。
途中から表現が “入れられる” となっても気にしないでくれ。
では 始めよう。
産み付けられた卵は まず、脳の内部に入り込む」
うわ、出た... 講義だぜ...
オレもルカも、そういうツラになっていたらしく
パイモンは、少し笑って
「あまり余分な解説を入れると、余計に分かりづらくなるし、また必要もない。簡単にいく」と
断って、説明を続けた。
「卵が入り込む場所だが、大脳だ。
よって、後頭部の下の位置にある小脳などは省いて説明する。
大脳を大まかに分けると、三層になっている。
榊、その和菓子を貸してくれ」
パイモンは、榊が食おうとしていた苺大福を手のひらに載せた。
「この和菓子が大脳とする。
まず外側に “
この和菓子でいえば、一番外側を
ここは 前後に走る溝によって、左右の半球に分かれ、更に前頭葉や側頭葉、頭頂葉、後頭葉と部分が分かれるが、それも今は無関係だ。
とにかく、この餅が 大脳皮質だな」
とりあえず、大脳の 一番外側のことだな。
「これの中、黒い
大脳の真ん中の層。卵は、ここに入り込む。
まだ推測だが、吸血する時に伸ばす舌には産卵器官もあって、頸動脈からの吸血後、舌が 骨髄を吸い取るために胸骨へ向かう時に 産卵をし、被害者の首の中で産卵された卵は、延髄などに沿って登り、
“吸血された時に産み付けられた卵が、脳まで登る” と考えてくれたらいい」
「変形した舌自体が、吸血する虫みたいなもの ってこと?」
ルカが聞くと
「うん。そう考えてくれてもいい。
伸びる舌は、吸血器官と産卵器官を併せ持った器官になる... と 推測しているんだ」と 答えた。
「この黒い餡、真ん中の層の
更に中にあるのが、
この和菓子でいえば、中心の苺の部分だな。
この苺から、中脳や
脳から繋がっている脊髄は、背骨... 脊椎の中を通っていて、脳から脊髄までを 中枢神経という。
これが枝分かれし、身体の隅々にまで広がった部分は、末梢神経だ」
パイモンは 苺大福の下から指を下に伸ばし、架空の線を描くと、それを前後左右に何本もに枝分かれさせるように指を動かした。
背骨の中の神経が身体中に分かれて 巡っている、
ということだ。
「外界や体内などの様々な情報は、この末梢神経から 中枢神経に伝わり、逆に 中枢神経から末梢神経に指令を伝達する。
“こういう状態だ” と、末梢神経から情報が届くと
中枢神経が “じゃあ こうしよう” と指令を出す。
例えば、縄跳びの縄が 跳ぶべき位置に来たら跳び
空腹になれば 食事を取る。
また脳が “こうしたい” ということを、末梢神経に伝え、身体を動かす。
抱き締めたいと思って、腕を伸ばし 胸に抱く。
これを、“
行動に関するものだ。
そして 神経の指令には、大別して もうひとつ
選んで行う行動でなく、意識外のものもある。
心臓を動かすといったような体内器官を動かす指令や、呼吸するなどの 生命維持。
また 体温の調節などに関するものだ。
これは “自律神経” という」
神経は、情報の伝達と
身体の機能の調節器官 ってことだな。
「吸血された際に、大脳辺縁系に登った卵により
卵が “
大脳辺縁系は、食欲や性欲、種の保存の本能や、
本能的な感情... 恐れや怒りなどの 動物的な行動を
司る。
卵が孵るため、“安全な場所に移動する” んだ。
それが、他の身体の “胸骨の骨髄腔” という訳だ」
パイモンは、また自分の鳩尾を指した。
「孵るため?」
「そう。首と身体が離れるのは、“増殖のため” だと考えられる。
首に身体が付いたままだと、その身体で完結してしまう。拡がらないんだ。
卵が孵る場所を “必要な状況にする”」
そう説明すると、手のひらの上の苺大福を 一度 自分の顔の真ん前に持ってきて
「吸血され 卵が産み付けられると、首が身体から抜ける」と、自分から離した。
「このままだと、卵が孵る場所がない。
抜けた首が適合する身体は、目印に 他の灰色蝗が付いて知らせる」と、手の上の苺大福を ニルマの顔の隣に持っていき
「首は、身体を見つけると まず吸血し、自分に産み着けられた卵を分け入れ、胸骨から 骨髄も吸い出す。
その身体の首が抜けると、胸骨に残った骨髄を吸い出させる。
その後、自分の首を据え」と、ニルマの顔の真ん前に 苺大福を移動させ
「大脳辺縁系から延髄や脊髄に沿って降りる卵が
末梢神経や血管を渡り、胸骨の骨髄腔の奥に降りる」と、指で ニルマの首から胸に降り、鳩尾で指を止めた。
「榊、ありがとう」と 苺大福を返すと、榊は気にせず「ふむ」と 笑い、その大福を食っている。
「ここで、卵が孵ると、蝗は “情報” として体内に溶け込む。
首のみ、身体のみ であれば、蝗の遺伝子は出ない。本人の遺伝子だけだ。
首と結合した身体の血液から 二人分の遺伝子以外に蝗の遺伝子も出るのは、孵った蝗が血流に乗り、頭部にも身体にも巡るからだ。
卵の状態では これは起こらない。
ここから また新たに人を吸血して、体内で蝗が産卵した卵を 相手に挿入する」
蝗の遺伝子情報は、孵ってから混ざる... ってことか。卵だと、遺伝子情報は人体に混ざらない。
身体を手に入れた首は、新たに 一人の形になって
また誰かを首だけにする。
少しずつ拡がってはいくけど、これでいくと身体が余るんじゃないか... ?
首が すげ替わって、一人の人になった 身体付きのヤツにやられた場合、身体が その場に残る。
吸血したヤツには、もう 身体があるからだ。
身体を抜けた首の方は、次の身体に すげ替わりに行くけど...
まぁ、後で聞いてみることにして、パイモンの説明の続きを聞く。
「さて、身体から離れた首には
大脳辺縁系... 苺大福の餡部分に、卵がある。
卵は、孵卵場所の身体を探させるために
首... 頭部の方を変容させる。
舌を伸ばさせると 舌先を鋭利なものにし、内側に管を造る。
そして この舌の中の管は、大脳辺縁系と頭蓋と頭皮の間に造られた 新たな膜に繋がっている」
「いや、ちょっと」「よく分かんねぇ」
ルカとオレが言うと パイモンは、ミリタリージャケットの人の首... ブラウンと紺に染めた、身体から抜けた後に まだ誰の身体にも すげ替わってない頭部を両手に持って、差し出した。
「頭皮を触ってみてくれ」
「え?」「あ、うん... 」
指で頭皮に触れると、頭蓋骨との間に 薄くだが、たぷ っとした感触があった。
「頭蓋骨を 薄く、ゼリー状のものが覆っているのが 分かるか?」
「おう」「なんかあるな」
「これを、透過スクリーンで見ると... 」と 言うと
シェムハザがスクリーンを 頭部の上に翳す。
頭皮の中の頭蓋骨の上を、薄く不透明な赤い膜が覆っていた。
後頭部から額の髪の生え際まで、頭皮の中の頭蓋骨に 赤い半円の帽子を被っているように見える。
ボールの空気を抜いて、潰したものを想像した。
潰れたボールの中を 赤いとろりとした液体が満たしている。
この赤い液体は、抜け首になってから胸骨から吸い取った 自分の骨髄らしい。
「次は、少し調節してもらって、舌の奥を見てみよう」
パイモンが言うと、シェムハザがスクリーンを
軽く揺すった。
頭部の顎部分に収まっている 舌の中には、細い管が通っているのが見えた。
細い管は、下顎の奥から延髄の方に回っていて
二本に枝分かれしている。
一本は、延髄に沿って 脳の中に繋がっていて
一本は、後頭部から 頭蓋骨と頭皮の間に入り
広がって 膜を形成していた。
この膜は、さっきの赤い液体... 骨髄が入っている膜だ。
「脳に繋がっている一本は、大脳辺縁系に繋がっている。卵が入っていった部分だ。
目印の蝗を見つけ、次の人から吸血した時、脳に繋がっている 一本から、先に産み付けられた卵を分けて、相手に挿入する」
自分が入れられた卵を、吸血する相手に分け入れるようだ。
「そして、吸血した血液は 恐らく自分の栄養に、
その後 吸い出す骨髄は、もう一本に枝分かれした
頭皮と頭蓋骨の間の膜に蓄えられる。
自分の骨髄と、吸血した相手の骨髄だ。
この膜については、まだ推測の域の話になるが
後で説明しよう。
この後、吸血相手の首が抜けると、その身体に
自分... 抜け首を据え、一人になる。
すると、脳にある卵が 吸血した血液と共に胸骨の中に渡り落ち、卵から 蝗が孵る... という訳だ」
孵った蝗が、また体内で産卵して
吸血で 他の頭にも移って、被害者の首が抜ける。
... 以後 繰り返し。
「これの始まりって、灰色蝗が ビッシリ背中に付いてた人 ってこと?」
ルカが聞くと、パイモンは 両手で持った頭部を
ステンレス台に置きながら
「そう考えられるな」と 頷いた。
「じゃあさ、オレらが見た 首が抜けた人... この 濃紺スーツの人は、朋樹の霊視だと、身体付きの女の人に吸血されて卵を入れられてたみたいなんだけど、この濃紺スーツの人の身体は余るよな?
それは 何でなんだ?」
さっき思った疑問を聞いてみると
「そう。それなんだが、回収もされず
身体は機能が 一時停止したまま、腐敗もせずに
残っている。
これについては、まだ推測も立たない」と
軽い ため息をついた。
「ただ、頭皮と頭蓋骨の間の赤い液体の 骨髄の膜についてだが、これについては推測を立ててみた。
この、すげ替わって身体を得た首の者は... 」
パイモンは、濃紺スーツの人の頭部を指した。
ミリタリージャケットの人の身体と 一体になって
さっきまで動いてた人だ。
「骨髄は “集めないと” と、言っていたようだな?
集めるよう、指令が出ているということだろう。
灰色蝗を使っている者から。
頭蓋を覆う膜は、採取した骨髄を蓄える器官だ」
「なんで骨髄なんだ? 吸血した血は?」
オレが聞くと、パイモンは
「血液は、卵が孵った後の 蝗の栄養分と 自分の身体に必要なためだろう」と 答え
「骨髄というのは、造血組織なんだ」と
また説明が始まった。マジか...
「血液の細胞は、“
赤血球、白血球、血小板 の三種類がある。
血液は この血球と、
血球は、骨髄にある造血幹細胞が 三種類の細胞に分化して造られる。
ひとつの細胞が、あるものは白血球になったり
あるものは赤血球になったりする訳だ。
この造血幹細胞は、骨髄中で細胞分裂をして 自己複製をする。
よって、体内の血液が枯渇することはない」
骨髄は造血工場ってことらしい。
「骨髄には、赤色と黄色があるが
黄色は、
赤は
人間の骨髄では、子供の時期は 殆どが赤色髄だが、年経るごとに黄色髄が増していく。
成人では、腕や脚の 長く太い骨の骨髄は ほぼ黄色髄になり、頭蓋骨や脊椎、肋骨や胸骨、骨盤などの身体の中心にある骨の骨髄で造血している」
子供の時は、全身の骨の中で造血するんだな。
抜け首が自分や他人から吸い出すのは、胸骨の骨髄だ。大人であっても造血する赤色髄。
「なんで、その赤色髄を... ?」
うんざりしたツラで、一応 確認 といった風に
ルカが聞くと、パイモンは
「灰色蝗を使うものは、造血幹細胞を収集しているようだな。何かのために血球が必要なんだろう」と 答え
「
ステンレス台の上の頭部や身体を観察していた
ミカエルが言った。
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