16


ハティは 三秒くらい髑髏馬を見た後、ミカエルに漆黒の眼を向けた。

真顔だ。感情が読めん...


「手に乗せた」


ミカエルが言う。


「乗せたかったから」


「それで?」と ハティが聞くと、耐えられなくなったルカが

「うん! 燃えだしちまってさぁ。

シェムハザが魂飲ませたら、羽の中身とたてがみと尾が復活したんだぜ!

かわいくね? 全然 飛べるし!」と 明るく言った。


ハティに近づいたジェイドが

「... ミカエルは泣いたんだ」と 耳打ちする。

「で、ちゃんと馬に謝った」と 朋樹も小声で援護すると、ハティは ふ と笑った。


ゾイに渡そうとしていたが、まだ改良せねば。

娘の手のひらの上で 燃えるところだった。

先にお前が触れたことに、礼を言う」


ハティが言うと、ミカエルは顔を上げた。


「良かったな。

手の上で馬が燃えていたら、ゾイは悲しんだだろう」

「だから大丈夫だと言っただろう?

ずっと気にしていたからな」


ボティスとシェムハザが言うと、ニッコリしたが

「でも、そいつは... 」と、馬を気にしている。


「かわいいじゃないか! 俺、欲しい!」と アコが言うのに「待てよ」と 口を出すと、髑髏馬は ハティの手のひらから 羽に ぶら下がって、多少 上下しながら、ミカエルと榊のところに飛んで行った。


ミカエルが手を出すのを躊躇すると、榊が手を出し、髑髏馬を乗せている。


髑髏馬は、カシャ と降りた後、榊の手のひらに立ち上がり、骨の顔をミカエルに向け 首を傾げた。


「お前が気に入ったようだ」


ミカエルの ブロンド睫毛の碧眼が “かわいい” と言いながら

「でも、俺は触れないんだ」と 馬に言う。

隣で榊が涙ぐんだ。


「レスタ」


ハティが誰かを喚ぶと、ハティの隣に パンツスーツの女が立った。


「うおお... 」「すっげー 美人じゃね?」


レスタと喚ばれた女は 恐ろしく整っていた。

優しげな顔付きなのに、知的な美女 って感じだ。


アップにしたブロンドの髪に、ミカエルのようなブロンドの眉と睫毛。眼の色はルビー色。

腕組みした腕の上に、三つ開けたシャツのボタンの中から、完璧なラインであろう胸元が覗く。

抜けるように白い肌だ。


「彼女、耳の形が... 」と、ジェイドが言う。

耳に眼を向けると、先が長く尖っていた。


「ハゲニト。どうしたの?

手乗り熊なら、まだ... 」と 言っていたレスタは

「ボティス! シェムハザ!」と、二人に気付き

どちらにもハグしている。


「うん? だったら、ここは地上ね。

あら? 天使がいるわ。“ミカエル”」


レスタは、ミカエルと榊に近付いて行く。


榊は緊張していたが、ボティスが

「レスタ、そいつは俺の女だ。狐」と紹介すると

レスタは榊に「はじめまして」と 挨拶し

「かわいい」と、頬にキスをした。


「あのさ、ハティ」「あの びじん、誰?」


オレらが聞くと、シェムハザが

「ハティの配下だ」とか言う。


「ぎゃあ、おまえ!」「配下?」

「マジかよ... 」「意外だ」


「レスタは、エルフだ。あの種族は皆 美しい」


「んん?」「うん... 」


シェムハザが言ってもな...

レスタを見て エルフの雰囲気はわかったが、エルフの男がシェムハザと並んでも、やっぱりシェムハザだろうと思うぜ。


「配下ってさぁ、おまえの軍じゃねーよな?」


ルカが聞くと、ボティスが

「レスタは、ハティの城の 生物域の責任者だ。

パイモンの研究室にも よく手伝いに行く」とのことだ。


「エルフは、地上棲みの者が多い。

地界は毒気が強いからな。

霊獣等のように、里のような地域がある。

レスタは昔、人間に捕まりそうになり、ハティに助けられた。

傍にいたい と、自ら地界に訪ねて来た」


「おおっ?!」「恋人なのか?」


「いや。ハティは助手としてみている。

レスタも尊敬の念で傍にいる」


「清いな... 」「おまえ、かっこいいな」


朋樹もルカも感心して、オレも うんうん頷くが

ハティは、何がだ? って眼だ。


「毒気っていうのは、大丈夫なのか?」


心配そうに ジェイドが聞くと

「レスタには、皇帝が血を与えた。

地界の毒は何も効かなくなる」と

分かるような 分からないような回答だったが

まぁ、大丈夫だということだろう。


レスタは「エルフか?」と聞くミカエルにも

「そうよ」と 手を差し出して握手し

「あなたは “ミカエル” ね? 知ってるわ」と

花が開くように 微笑んでいる。


榊の手の上から 蝶馬を預かり、ルビー色の眼で見つめていると、ミカエルが

「俺が触ったからなんだ」と またしょんぼりした。


「翼の羽根を 一枚ちょうだい」


レスタが言うと、ミカエルは 目眩めくらましした翼から、内側の柔らかい羽根を取って 渡した。


レスタは、髑髏馬と羽根を 一緒に両手に包み、くちびるに両手の親指部分を当てると、呪文を唱えながら 息を吹き入れ出した。


くちびるを離すと、レスタの手の中に炎が上がり

白い手の内側から煙が上がる。

肉が焦げたような匂いが漂い、榊もミカエルも

「何をしておるのじゃ?」「おい、やめろよ」と

焦って心配している。


オレらもレスタの方に行きかけると

「大丈夫よ」と、レスタが手を開いた。


黒く焼け焦げた手のひらの上には、ミカエルの翼のように真珠色に輝く手乗りの蝶馬がいた。

薄羽の黒かった縁取りと揚羽模様も 白に変わっている。


「花びらを食べるわ。可愛いがってあげて」と

レスタが そっと、ミカエルの手に乗せた。

蝶馬は何ともないようで、ふわりと飛ぶと、ミカエルの鼻先に横面をぴたりと付けている。


ミカエルは、ぱぁっと笑顔になったが

すぐに「お前の手は?」と気にし、レスタは

「すぐに治るわ」と 答えていたが、シェムハザが 自分の魂を飲ませた。


レスタは、シェムハザと こっちに近付いて来ると

「アコ」と、アコにもハグをする。


「レスタ。相変わらず綺麗だ」


「この間も そう言ってくれたわ。

私の順は、いつくるの?」


アコ...

たぶん、レスタは冗談で言ってるけどさ...


行きかねねぇよな... と 思っていたら

「ハティは “お互いが良ければ” って言うけど

俺はまだ取っておきたいんだ」と、肩を竦めた。


「へぇ... 」「上手いな」と 感心していると

楽しそうにアコに笑ったレスタの眼が

オレらの方に向き、軽く緊張する。


「ハゲニト、“地上の息子たち” ?」


レスタが聞くと、ハティは軽く首を傾げた。

照れているように見えて、オレらも照れる。

何なんだよ、これは。


「全員、俺の女だ」


おう、よし。なかなかだ ボティス。

少し照れが緩んだ。


「ジェイドは俺が育てている」


シェムハザは主張か...


レスタは、オレらにも「タイガ」「ルカ」と ひとりひとりの眼を見て握手してくれて

「ハゲニトをよろしくね」と、気まで使う。


「彼の身体が、さっき パイモンのところに来た

頭部の身体ね」


レスタは 黒い鎖を巻いた男に近付き、しゃがんで観察し出した。

やばい。ちょっと忘れてたぜ...

ミカエルは完全に忘れて、榊と蝶馬と遊んでるけどさ。


「頭を上げさせてちょうだい。首を見るわ」と レスタがアコに頼むと、アコが男に命じる。

男は、顎をらせた。


「肌の色や質感は違うのに、継ぎ目がないわ」と

指で鎖骨の上に触れ

「血管もきれいに繋がってる。パイモンが早く診たいでしょうね。血液や遺伝子を調べたいわ」と

採血用の器具を出して、もう採血し出した。


「彼は まだ、研究室に送らないの?」と言う

レスタに「質問が済み次第」と ハティが答える。


「じゃあ、私は戻っているわ。

パイモンと これを調べているわね」と また礼を言う ミカエルや榊にも手を振り、オレらにも手を振って、レスタは消えた。


「彼はまだ話せないのか?」と、シェムハザとボティスが男に近付く。

「おい、俺に向いてみろ」と、ボティスが言うと

男は 眼球をボティスに向けてから、顔も向けた。


「何を言っているかは、もう理解 出来ている」

「しかし、まだ答えられんだろう?」


「名前は?」と シェムハザが聞くと、男はシェムハザに視線を移して、考えているように見えた。


「だが、じきだろう」

「ずいぶんハッキリしてきたしな」


「朋樹は視れないのか?」と ジェイドが聞くと

とっくに視てみたようだが

「意識が混濁してるんだよな。はっきりすりゃ視れるけど、この状態だと まだ無理だ」と 残念そうだ。


「なあ、あいつって、まだミソスープの店?」


ミカエルは、男については

「まだ喋れないんだろ?」で、ゾイに馬を見せたいらしい。

榊も「どうであろう?」と 聞いてくる。


「ああ、もう占いの時間じゃねぇかな?」


いつの間にか もう 21時だ。

今日は、帰りに沙耶ちゃんの店に寄れそうにねぇし、今 喚んでやった方がいいかもだよな。


ハティたちの方を振り返ってみると

“構わん” って感じで頷いた。


「喚ぶか?」と、朋樹が聞くと

「うん、俺が喚んでみる」と ミカエルが言う。


おっ? と オレらが眼を合わせていると

「だって、このことは仕事じゃないだろ?

仕事じゃない時は、俺が喚ぶ」と 説明した。

一応 今、仕事中なんじゃねぇかな?

ミカエルは遊んでるけどさ。


「俺、仕事で あいつの手、借りないしな」


ミカエルは そもそも誰の手も借りねぇけど、今まで自分でゾイを喚ばなかったのは、それか...


「ふむ。では喚ぶが良い」と、榊の眼が輝く。


「ファシエル」と ミカエルが喚ぶと、5秒くらい経ってから ゾイが顕れた。

ムッとしかけていたミカエルは 笑顔になり、榊が するするとオレらの方に寄って来る。


「こんばんは... 」


見た目は、恥じらう異国男子だ。

鎖骨までの黒髪の頭を少し傾げ、両手の指を前で軽く組んでいる。

なにも知らなきゃ おねぇの人だと思うことだろう。


オレらも「よう、ゾイ」「お疲れ」とか言っておく。ゾイは「うん」って俯いたままだ。


悪魔ゾイが 細くて中性感あって良かったよな。

ボティスとかハティみたいなヤツだったら かなりキツかったところだ。

いくら中身が女の子でも、応援 出来た自信がない。


「あの、灰色蝗の方のことですか?」


「いや。仕事じゃないぜ。

店は終わったのか? 喚んで大丈夫だったか?」


おお? 気が使えるんだな、ミカエル。

仕事じゃないからか?


「はい。今は、沙耶夏の占いの時間ですけど

片付けと閉店作業は済ませたので... 」


「うん、そうか。じゃあさ、こいつ 見ろよ」


ミカエルが 両手に乗せた蝶馬を差し出すと、ゾイは やっと少し顔を上げて、ミカエルの手の上の 蝶馬を見た。


「わぁ... 」


ふわっ と、ゾイの顔が喜ぶと

榊がオレの腕をつねった。痛てぇけど分かるぜ。


「ハティ が」


あっ。ミカエル、“ハティ” つったぜ!

ルカと眼が合う。朋樹とジェイドも 小声で

「聞いたか?」「聞こえた」って、言い合ってやがる。

ゾイもつい ミカエルの顔を見たが、今度はミカエルが 蝶馬に視線を向けていた。


「俺にくれたんだ。

最初は悪魔の馬だから、俺の手で焼けて骨になったんだけど、レスタっていうハティの配下が治してくれて」


ゾイがハティの方を見ると、ハティは ボティスたちと話しながら ちょっと笑った。


「本当は、お前にあげようと思ってた って。

だから 俺が働く時は、お前がみてて欲しいんだ」


ミカエルがゾイに蝶馬を渡すと、蝶馬は羽ばたいて ゾイの鼻に横面を付ける。

「はい」と、蝶馬を手に乗せたゾイを見て

ミカエルは つい、ゾイの額にキスをした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る