15


すっかり意気消沈したミカエルが

「生きている。あいつ自身は気にしてないだろ?」と

ボティスに慰められ、翼に目眩めくらましをかけると

「加護を与えに行こう」と

シェムハザに連れられて、教会を出た。


オレらも教会を出ると バスに乗って、五山の洞窟教会へ向かう。


この辺りには、コインパーキングがない。

けど、近くにあるコンビニの駐車場は広大だ。

駐車場の隅にバスを停めると、サンドイッチやら唐揚げやら何やら買って 腹に入れる。

朋樹とジェイドが「腹減った」って うるせぇしさ。


ゴミを捨てると、榊がバスに神隠しを掛け、五山の地下入口に向かった。

山の麓からガードレールを越えて 森に入り、20分程 歩いたところだ。


シェムハザが洞窟教会の真上に穴を開けた時に、噴き出させた土砂で 半円形に入口を囲い、壁面に沿って下に降りる階段も造ってくれている。


黒蟲... 蔵石クライシ魔人まびとだった時の件で、クライシと共謀していたのが、矢上という 紅蟲使いだったが、仲間の魔人たちを恐怖支配して 駒として使おうとしていた。

その時に 支配を逃れようとした魔人たちが潜伏していたのが、この洞窟教会だ。


魔人は 人間と悪魔の混血だから、祓魔儀式エクソシズムが効く。

潜伏していた魔人たちは、教会である ここに潜伏すると身体に負担が掛かってしまうが、そうしてでも支配から逃れようとしていた。


ここに潜伏していたのは 15人だったが、その魔人たちは悪魔の血だけを取り除かれて、人間となり、今は人間社会で暮らしている。


この件が終わった後、真上に開けた入口は元通りに塞ぐ予定だったが 、“亡くなった仲間のために祈りたい” と言う魔人もいるようで、そのままにしておいた。


半分は悪魔だった魔人たちは、特に何かに信仰がある訳じゃない。

でも 半分は人間で、地上で暮らしていた。

祈る という気持ちを持っている。


オレも無信心部類だから、何に祈るかは 正直どうでもいいんだよな。

いや そりゃ、こういう状態だから、神も悪魔も いるのはもう充分 分かってるけど、信仰心が薄い。

それでも何かに感謝したりもするし、誰かの安全を祈ったり、大切だったヤツを思ったり。

そういうことはする。


これって 結構、多いんじゃねぇかな?って思う。

祈る相手が、何かの神だったり 先祖だったりの違いがあるだけで、オレみたいに何かわからなかったり... って、人それぞれだろうけどさ。

本当に独りじゃねぇのかもな。


まあ、また話が 微かにズレてきたな。

とにかくさ、そういう風に魔人たちが静かに祈る場所 ってことだ。


普段、この入口が感得 出来るのは、オレらと霊獣たち、ここに潜伏していた魔人たちだ。

何か事故や事件に繋がる場所になっても困るし、シェムハザが術で人避けをしている。


「階段、暗いよな」と、入口を覗き込んだ 朋樹が言うと、榊が 先導用に狐火を出した。


「オレ、初めて入るぜ」「ふむ、儂もよ」と

朋樹と榊は 少し楽しそうだ。

オレは、ルカやボティスと入ったことがあるし

ジェイドとルカは、十字架の件の時に教会墓地近くから入っている。


ゆらゆらと赤オレンジの灯りが照らす下を降りると、真っ暗な中に立っている男の背中が 二人分 見えた。ハティとアコだ。


「無事に馬が たどり着いたようだな」


ハティが振り向いて言う。

漆黒の下の赤い肌の顔は 満足気だ。

髑髏馬になったことは、まだ言えねぇな...


「真っ暗な中で... 」と、ジェイドが言い

また榊が幾つも狐火を出して、宙に浮かせた。


ドーム状に掘られた天井に 狐火が揺れる。


「あ、そっか。人間は、暗いと見えないもんな」


アコが狐火を見上げて言った。

天使や悪魔は、暗闇も視力に影響しないんだよな。


洞窟教会には、腰掛けるために置かれた大きな石が幾つもあって、平らになっている壁面には 十字架とメダイが貼られてある。


「すごいな、何か...  信仰を守ってきたんだな」


十字架のメダイの前で、ジェイドが祈り

朋樹が眼を閉じ、榊は両手を合わせた。


オレが以前、ここに来た時は、何人もの魔人が倒れていた。

紅蟲の矢上が殺られた場所でもある。


矢上を殺ったのは、侍みたいな髷の霊だ。

突然 顕れて、矢上の首を落として消えた。

魔人たちの悪魔の血を抜いたのも、この霊だと思われる。


「首の男を連れてきたのか?」


ボティスが聞くと、ハティが背後を示した。

黒い鎖に巻かれた男が、土の上に座っている。


顔は、あの濃紺スーツの男だ。

特徴... といっても、目立った特徴はねぇんだよな。一度見てるから、あの人だって分かるだけで。

真っ直ぐ気味の普通の眉に、二重の瞼。

眼は、でかくも小さくもない。

黒髪で リーマンヘアだ。ぼんやりしている。


首から下は、ロングのミリタリージャケットに

ストリートブランドの黒シャツ、黒のカラージーンズ、黒のスエードブーツ。

身体の主は オレらと変わらないくらいか、もっと若かったのかもしれない。


「あれから、首のまま街を浮遊し、何かを探していた」


「ハティと ずっと追って観察してたら、探してたのは、灰色蝗だったんだ。

今日の午前中に それを見つけた」


とは言っても、灰色蝗は うじゃうじゃ貼り付いていた訳ではなくて、背中に 一匹だけ付いていたらしい。目印のように。


背中に灰色蝗が付いた人は、住宅街を歩いていたが、自分からマンションとマンションの隙間に入って行き、細い隙間に挟まるように正座をした。


「灰色蝗が誘導していた」


クライシ教に勧誘したり、モレクの儀式をさせた

黒蝗のように、灰色蝗も囁いたり憑いたり出来るようだ。


「で、正座をした男から、まだ首だけたった この男が吸血した。舌で」


「舌?」と、聞き返すと、アコは「そう」と 頷き

鎖を巻いた男に「舌を出せ。吸血のカタチで」と

眼を合わせて めいじた。


アコの命は、何故か通る。

人間や悪魔だけでなく、下手すると中級天使くらいまでは いけるらしい。

でも術ではなく特技だ と本人は言う。


口を開いた男が舌を出すと、赤く濡れた舌が伸びていく。


「えぇっ?!」「うおお... 」


なんかグロいぜ...

舌は 20センチくらい伸びて、先はチューブのように細長くなり、更に 先端がキリのように尖った。

突き刺して 吸血するってことか...


アコが「しまえ」と言うと

男は舌の形を戻して、口に仕舞った。


「動脈から吸血した後、首が舌を外すと、正座の男は暫く動かなかった。

首は 男の周囲を浮遊していたが、首の男と同じように正座した男の首は ひとりでに千切れ抜けた」って ことだ。


「吸血される前に、正座したのか?」

「そうだ。抜ける時に座ったのではない」


なんでだ? 吸血されるために正座したのか?


「この人も」と、朋樹が濃紺スーツを着ていた首... 頭部の方を示して

「蝗に吸血されたんじゃなくて、他の首にやられたかも... ってことなのか?」と 聞くと

「その可能性もあるだろうが、比較対象がない」と、ハティが両手を軽く広げている。


「海で蝗に吸血された者の首が確保されれば 検査をし、比較が出来るが。

蝗に吸血された者は、今のところ首のみで “逃げただけ” だ。

地界にある身体からは、何も出なかった。

逃げる際、見張りの悪魔の手を噛んで吸血しているが、舌で吸血したのではない。

他の者から吸血しているのかどうかも まだ分からん」


そうなんだよな...

海で背中に びっしり蝗が付いていた人も首になっちまったし

舌で吸血する この人も、灰色蝗に誘導された。

どちらも灰色蝗を使う吸血鬼が絡んでるのは間違いねぇんだけど、海の人の首が捕まらない限りは、この濃紺スーツの人が 蝗に吸血されたのか、首に吸血されたのかは ハッキリしない。


海の蝗の人の首も 舌で吸血してるとか、首から下が違う身体になってれば、蝗に吸血されても 首に吸血されても どちらも結果は同じく、吸血首になる... ってことには なるけどさ。


「抜けた首は、自分の身体から体液を啜ると浮遊を始めたが、捕まえてパイモンに渡した」


それなら、新しく首になった人の頭部と 濃紺スーツの人の身体が地界にある ってことだ。


「身体は、生体反応が 一時停止という状態で死体と見なせば 地界に入れるのは分かるが、首も入れたのか?」


軽く眉をひそめて ボティスが聞く。

ボティスは 人間になってから、地界に立ち入れなくなった。

首は、生きて動いている。

人間なら、地界に入れないはずだ。


「だが、入れた。パイモンの研究室だ。

地界に入ると、身体と同様に 機能は停止したが。

悪魔になったということだろう」


「いや、けどさ... 」と、オレは焦った。

どうにか 否定したい。

教会にいる時に見た、スマホの写真の女の子が頭に浮かぶ。車でパンを食べているところが。


半分は 分かってる。前にジェイドが言ったように

人間は、首だけで浮遊して 吸血しない。

でも じゃあ、あの子は もう父ちゃんに 会えねぇのか?


「何とかさ、戻せねぇのか?

この人だって、被害者じゃねぇか」


「あっ、そうだよな!

クライシの蝶症だって治せたじゃん!」


ルカは そう言って、天の筆を手に取ると、鎖に巻かれた人を見に行っている。


頭は濃紺スーツの人、身体は別の人だ。

一人じゃなくて、二人なんだよな。

こう言うと、失礼なことに なるかもしれないけど

一人として呼ぶ時は、分かりやすく頭部の方に合わせて、濃紺スーツの人 って呼ぶことにする。


「ルカ、まだ下手なことはするなよ」


朋樹が注意を促し、ハティも頷く。


「戻すって、元の身体に ってことだろ?

もし、何か 筆でなぞる印があって

泰河が触れても、ここに身体はぇんだしよ」


「あっ、そっか」


「悪魔祓いもしない方がいいだろうね。

彼に どう影響するか分からないし」


「なあ、ちょっとさ... 」


濃紺スーツの人には意識もあるし、黙って話を聞いているように見えた。

竜胆ちゃんは、クラブで声をかけられた って言ってたしさ。

この人も他の人から吸血したけど、目の前で こんな話するのは どうかと思う。


「何か話はしたのか?」


ボティスが、ハティやアコに聞くと

「先程までは、もっと ぼんやりとしていた。

少し回復してきたようだが」

「首も繋がったばかりだしな」と、肩を竦めた。

男が話せるようになったら質問するつもりで オレらを呼んだらしい。


「でもさっき、アコのめいを聞いたよな?」


朋樹が言うと

「俺のめいは、俺が相手の視界に入ればいける。

相手が寝てなきゃいい」ってことだ。


ジェイドが 男の近くにいるアコやルカの方へ行き

「話は出来そうですか?」と 男に聞いた。


男は、ぼんやりした視線をジェイドに移したが

口は動かそうとしない。

たぶん、自分に何か言われてるってことは分かってるんだよな。

話せるようになるまでは、もう少しかかりそうだ。


オーロラのような何かが揺らめいて、シェムハザになった。


「ミカエルは?」と 聞くと、背後を指差した。

しょんぼりしながら階段を降りて来て、大人しくしていた榊の頭に片手を乗せた。


「手など?」と 榊が聞くと、頷いて 手を繋いでみている。


「加護は与えてきた。ハティには話したのか?」


「あー... 」「いや、まだ... 」


「何の話だ?」と 聞くハティに、ボティスが

「ハティ、悪気はなかった」と 断り

「馬を喚んでみてくれ」と ため息をついた。


赤い手を広げたハティが

息のような、短く小さな音の口笛を鳴らすと

薄羽に ぶら下がるような馬髑髏が、四肢を揺らし

カシャ... と、赤い手のひらに降りた。



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