17


「うおっ、っつ!」「ひでぇ!!」

「やめろ榊!」「何でなんだ?」


人化けを解いた榊が

なんと、ゴオオ... と オレらに黒炎はきやがった!


「後ろに向くが良い!」


三つ尾を広げた榊が キリッとした眼でオレらに言い、羽織っていたモッズコートの前の 右側を広げて、ゾイが見えないように隠すミカエルは

「ごめん、ファシエル」と、謝っちまった。


ブロンドに戻ったゾイの頭の先が見えて、オレらは くるっと反転した。

ルカは そのまましゃがみ込む。


「いえ... 」と 困っているゾイに

「俺、先に聞くって言ったのに」って言った。

そういう問題だったか...


「お前等さ」と、ミカエルが言いかけるので

「見てねぇし!」「全然!」と 背中向けたままで答える。


「いや、ミカエル。おまえが気をつけろよ」


朋樹が言うと、ミカエルは

「うん、そうだな。これからは聞いてからにする」と 真面目に答えた。


キスすること自体を聞く気は ねぇっぽいよな。

キスしてもいいか? じゃなくて、“今” していいか? って 聞くのか...

それで ゾイは、頷けるんだろうか?


けど ミカエルは、誰の額でもキスして傷や心を癒したりするもんな。

オレとルカは、ハティ刻印あるから鼻だけどさ。

沙耶ちゃんの鼻血を止めた時も、ボティスが

“天使のキスだ” って言ってたしな。


頭を撫でる程度のことかもしれんよな... と オレが 悩んでいると

「少し散歩して来たら?」と、ジェイドが ミカエル言う。優しい顔で笑ってるぜ。


ミカエルは「うん。ファシエル、行く?」と

すげぇ機嫌良い声で聞いて、頷かれたらしく

「じゃあ行って来る!」と 土の階段を昇って行った。


「真っ直ぐにある... 」と、また人化けした榊が

輝く眼で ボティスのところに言って

「可愛らしくあったのじゃ... 」と 報告し

「そうか」と 頭をぽんぽんされている。


「ミカエル、すっかりだな」と アコが言い、

シェムハザが「あんな顔は初めて見る」と笑う。

ハティも何か満足気だ。


「さて... 」と、ハティが 男に向き直る。


「名前は?」


シェムハザが また聞くと、男はゆっくりと首を横に振った。“わからない” ってことか?


首を振る動作で 質問には答えられそうなので、オレらも男の近くへ行き

「意識がハッキリしてきたなら」と 朋樹が霊視を始める。


「... 舌で、首から吸血されてるな。

でも、相手は首だけじゃない。身体もある」


「確かか?」と ボティスが確認すると、朋樹は頷き「女だ」と 言った。


「女?」


「視る限りでは。けどな、この 身体の人は」と 鎖に巻かれた ミリタリージャケットを着た身体の方を指差して言うと「この人に吸血された時」と、今度は頭の方を指差し

「首が抜けるまで、一緒に居たんだよな?」と

ハティとアコに聞く。


そうなんだよな。

濃紺スーツの人... この頭部の人の首が抜ける時は オレらが見ていて、近くに他の首は居なかった。

首が抜けた後の身体は、他の首に取られていない。パイモンが地界に持って行った。


「教会に来た子たちが見た首の身体も そのまま家にあった」と シェムハザが言う。

あのスマホ写真の女の子の父ちゃん、ギリシャ鼻で 右眉の眉尻にホクロがあるの人の首だ。

この人も、身体付きのヤツに吸血されたってことになる。


「リョウジ達が見た、ギリシャ鼻の首の人は

もう、誰かの身体に すげ替わってるんだよな。

竜胆ちゃんが声を掛けられてるしさ」


その身体を取られた首は、まだうろうろしているか、下手するともう誰かの身体と すげ替わっているかもしれない。


「それなら、首が すげ替わった後も吸血する ということか?」


そう言ったジェイドに、ルカが

「えっ... じゃあさぁ、この濃紺スーツの人と ギリシャ鼻の人は、すでに 首がすげ替わった人に吸血された ってこと?」と、うわ って顔して聞く。


「身体付きの奴が、すでに すげ替わっているのかは、首と身体を見なければ分からんだろう。

今のところ、肌の色や質感の差異で判断するしかないからな」


シェムハザが言うと、朋樹が もう 一度 視はじめる。


「吸血されてる時に、相手の女にも身体があるのは分かるけど、すげ替わったかどうかは分からねぇんだよな。

女も 服を着てるし、首元が視えない。

鎖骨の上の辺りから、舌の先を頸動脈に射し入れてる。... しかし、血液が抜けていく感覚って ゾクゾクするよな。吸血される音もキツい。

寒くなってきた」


朋樹の霊視の方法は、追体験なんだよな。

被害者側の霊視をする時は、気絶することもあるので、近くに寄っておく。

沙耶ちゃんなら感覚には影響ないけど、この人を視させる訳にはいかんしな...

危険が及ぶ恐れがあるし、ショックも受けさせそうだ。


「視えるのは、至近距離で 舌伸ばしてる女の顔と... アスファルトの、地面。

朝 だな。 通勤途中、かも... しれない。

一方通行の 道路に 見える。ビルの壁面に 設置された...  自動 販売機の、影 だ... 」


オレはもう、震えてぐらついてきた朋樹の身体を支えていたが、朋樹は 朦朧とし、突然

「ぐっ うっ... 」と 首を押さえて、ぐるっと身体をひねり、気を失った。


「朋樹!」「大丈夫なのか?!」


支えながら横にさせていると、ルカやジェイドが心配して近くにしゃがむ。


「ああ、今回キツかったみたいだな」


被害者の霊の霊視をする時は、恐怖は残ってても

霊本人が、もう痛みは 覚えていない場合も多い。

憎悪に塗り変えらている。

だから、ここまでなることって そんなにしょっちゅうは ねぇもんな。


起こすか... と 頬を叩こうとすると、シェムハザが朋樹の額に触れて 短い呪を唱え、朋樹が瞼を開いた。


「おう、悪ぃ。気絶したな、やっぱ」


いつも、起きるとケロッとしている。

気絶しちまえば、霊視中の追体験のショックは 夢を見た時のように薄れるらしい。

意識が途切れることで、感覚がリセットされるのかもしれない。


オレの腕から 起きて立ち上がり、土埃のついたコートやジーパンを手で叩いて払いながら

「吸われてるのは、血液だけじゃねぇぜ」と 眉をしかめている。


「尖った舌が、皮膚と筋肉の間を縫い入って 胸骨に挿し込まれた。骨髄も吸われてる」


さっき唸ったのは、それか... ? ゾッとする。

胸骨は、鎖骨や肋骨が繋がっている 胸の前部分... 中心部分にある骨だ。

二本の鎖骨の間から鳩尾みぞおちまでの 縦にある骨。


「大丈夫か?」と、またシェムハザが聞く。

「おう」と 答えているが、ボティスも

「今後は控えろ。視えるヤツを喚びゃあいい」と心配して注意している。


「よくこれまで、正気を保てていたものだ。

信仰心による 朋樹自身の精神性の高さもあるが、月夜見に感謝すると良い」


ハティが言うので、オレが「月夜見キミサマ?」と聞いてみると

「朋樹には、あれの加護がある」と 答えた。


「朋樹は、他人であれば祓詞で伊弉諾尊いざなぎのみことの神力により禊ぐようだが、自身は禊げん。そうだな?」


ハティ、もうだいぶ この国のこととか、日本神にも詳しいよな。朋樹が頷くと

「霊視により お前を侵食する穢れは、常夜とこよるぬしとして 月夜見が引き受けている」と話し

それは、天使アリエルの堕天の時に教会で分かったことのようだった。


われが、ルカや泰河に 印を付けたように

お前には、何らかの加護が与えられていた。

教会に月夜見が降りた際、それが月夜見のものだと知った」


「ほう...

キミさまは、何もお話になられぬからのう」


榊は感心しているが、ハティはまだ話し続ける。


「霊視によって、幾度 悪意にさらされ感覚死をした? 如何に強靭な精神力を持ち合わせていたとて、とても耐え続けられるものではない。

これまでは 苦しみに抗うため、心の遮断に努めていたものと思われるが、出来なくなったな?」


「いや違う。やめたんだ」


「視る視ないの話じゃあない。“殻” の話だ」


ボティスが口を挟むと、朋樹はボティスを睨んで

顔を赤らめた。

ボティスはケラケラ笑っているが、かなり希少な朋樹のツラだ。

「えー、朋樹、かわいくね?」と言うルカに

「うるせぇ!」と、炎の蝶を飛ばしている。


「ヒスイ?」と、ジェイドがハティに聞くと

ハティが頷く。


アコがさらっと「骨を見つけたからか」と言い

「受け入れ合いあったということだな。

結び合うために。

心を頑なに保つことなど 出来るものか」と

シェムハザに解説されて、オレの指は顎ヒゲだ。

朋樹はもう、黙っていることにしたらしい。


「榊が番人となった時、お前は何か禁術をやったな?」


ボティスがまだ へらへら笑いながら 朋樹に聞くが、朋樹は無視だ。


「ふむ。反魂はんごんよ」と、榊がオレを見て言った。

狐の件、藤や白尾の時か...

死にかけたオレを、朋樹が反魂で戻した。


「その時、キミサマがオナサケをかけたのは榊だけじゃあない。お前にもだ。

下手すりゃ術者がヤバイってのに、迷わずに禁を犯したな?

キミサマは、野の者や友、他者に対する愛情を お前のなかに見た訳だ。 

だが お前は、何事にも平気なフリをしてスカしてやがるからな。心配になったんだろ」


ボティスが言い、オレも

「それさ、オレも感謝してるんだぜ」と 言うと

「おまえも うるせぇぜ」と 炎の蝶で、顎ヒゲ焦がしやがった。


「月夜見は薄愛を気取る男だが、実際は愛情深い。お前が助けを求めれば、必ずそれに応じる。

お前を息子のように想い始めているからだ。

敬うがい」と ハティが言うと、朋樹はムスっとした赤い顔のままで 頷いた。


「... を 取らない と」


知らない声、鎖を巻かれた男の声だ。

みんな、一気に 眼を向ける。


「血液か?」


アコが男の正面に しゃがんで聞く。

すぐ背後にハティが立った。


口を開きかけた男に「舌は出すなよ」と アコが命じる。


「名前は?」と、シェムハザが聞くが

「分からない」と 首を横に振っている。


「血を “取らないと” と言ったな?

飲む ということか?」


「必要 だから...  集めないと

血を、入れないと」


男が舌を伸ばしかけ

「舌は出すなと言ってる」と アコが眼を見つめる。


「何を集めている?」


ボティスが聞く。血じゃないのか?


「血は、お前に必要なんだろ?

骨髄を吸われたのなら、造血作用が衰えている。

集めているのは、骨髄の方か?」


男が頷く。


「集めてどうする?

お前のボスに渡すのか?」


「分からない。だけど、集めないと... 」


血液を取り入れる とか、骨髄を集める とか、しなきゃならないことは分かるようだが

それは何故か、集めてどうするか は分からないようだ。


「血を入れなければ、どうなる?」


シェムハザが聞くと「こわい」と 答えた。

鎖に巻かれた身体が震え出し、キョロキョロとオレらを見回す。


「分からない...  こわい...

いやだ...  こわい、こわい... 」


男が突然、ビュウ っと舌を伸ばすと

アコが、上に向けた手のひらを少し上げ地面から地界の黒い鎖を出して、舌を拘束した。


めいが通らない。意識下の行為じゃない」


「どうする?」と、ボティスやハティに聞いてるけど、冷静だよな...  アコ、副官だもんな。

今は ボティスに代わって、60の軍みてるんだしさ。


「パイモンを喚ぶか?」と、シェムハザが言った時に、鎖に巻かれたまま男が立ち上がり

身体のどこかから、バキリとイヤな音を立てた。

ハティがアコを引く。


男は、鎖の間から腕を出して 舌の鎖を引き千切ると、身体に鎖を巻かれたまま 前に足を踏み出した。

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