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「は? 朋樹、それ どういうことだよ?」

「そんなに似てるのか?」


「似てる じゃない。同じ に視えるんだよ」


「泰河」と ボティスに呼ばれ、念のために 竜胆ちゃんと 左手で握手をして眼を合わせる。

ルカと比べると、竜胆ちゃんは 虹彩の色も薄く

“ハーフ” って顔立ちだ。イタリア寄り。

けど、ひとを見る時の まっすぐな眼差しは ルカと似てた。


しっかりと男を思い出した竜胆ちゃんを 朋樹が視て

「黒いコートに黒シャツ着てるな。

首から上と、鎖骨から下の肌の色が違う」と

ゾッとするようなことを言う。


「首が すげ替わった、と いうことか?」

「だったら、その首から下の 男の首は... ?」


オレらが話していると、竜胆ちゃんが

「ね、その “生首” って何なの?」と 聞いた。


「ずっと 怖い話してるけど、都市伝説の調査とかじゃないんだよね?

この子たち、実際に見た ってことなんでしょ?」


この子 と言われて、ユースケくんたちは

えぇ...  と 不服気味だ。


「“この子たち” って

おまえも まだ “この子” だろ」


竜胆ちゃんは、そろそろルカは無視するようだ。

でも、そんなことは しょっちゅうらしく

何も気にしていないルカは

「けど 仁成くん、背ぇ伸びたよなぁ。

最初に会った時、リンくらいしかなかったのになぁ」と、軽いフォローを入れてやっている。


「生首というのは、被害者の人間の首だ」


ボティスが言うと、竜胆ちゃんも リョウジたちも

「え?」と、ぽかんとした。


「お前等、見たんだろ? “男の首”。

そのままだ。身体から抜けた。

リョウジだったか?

お前の友が見た時、その家の塀の向こうで 身体から首が抜けた と、推測している。

名前もあり、家族や仕事もある 普通の人間だ。

実際に、首が千切れ抜けるところを見たからな」


そう説明されても、理解が追い付かないようだ。


「... 人間? ヒトってことですか?」

「オバケとか、妖怪の首じゃないんですか?」


「そうだ と言っているだろ。

他の者を 吸血するとも考えられる。

原因は 灰色の蝗だ。

貼り付かれて吸血されると、首が千切れ抜ける。教会ここで 主の加護が与えられることにより

お前等には、灰色蝗が付くことは無いが

首には 吸血される恐れがある。

見つけても近寄るなよ。すぐに連絡しろ」


「もし、吸血されたら... 」と 聞きかけた 仁成くんが

「お前の首が抜ける」と ボティスに答えられ、絶句している。


「おれたちが見たのは、蝗か 他の首の

被害者になった人 ってことなんですか?」


「そうだ」


ユースケくんと仁成くんが 動揺し、オレらを見回した後、竜胆ちゃんやリョウジに 眼を止めた。


「... クライシ様って、知ってる?」と、思い切ったように リョウジが二人に聞き

「知ってます」と、ユースケくんが答えた。


「あ... そういう... 」


ユースケくんや仁成くんも、やっとピンときたようだ。

ユースケくんは家族や親戚が クライシのウイルスに感染し、リョウジは繭に包まれた。


「これは、羽が生えるんじゃなくて

首が抜けて、血を吸う ってことなんですね?」

轆轤首ろくろくびとか、飛頭蛮ひとうばんみたいなやつだって思ってて... 」


そりゃ そうかもな。

飛んでる生首見たら、“生首!” ってだけしか思わないよな。

オレだって、何も知らないで目撃したら “普通の人間の首” とは考えねぇと思うしさ。

“轆轤首だ!” とか、“首だけの霊” って捉える。


轆轤首は、抜け首とも呼ばれる。

昼間は普通の人だが、夜になると首が抜けてしまう病気で、完全に身体と分離する場合と、細い紐のようなもので身体と繋がっている場合がある。首が伸びているように描かれるアレだ。

寝ている間に魂が身体から抜けるという 幽体離脱と、多少 似た印象がある。


飛頭蛮というのは 中国に伝わるもので、耳を翼のように使って、首だけで飛ぶ。


他にも 東南アジアの方には、女の首の下に内蔵がついたペナンガランや、病人の血を吸うというチョンチョンってやつがいるようだが、轆轤首だけでなく 飛頭蛮の名前も出るなら、二人共 好きなんだろうな。妖怪系。

逆に 首が離れた身体の方が動くヤツなら、デュラハンっていう クールな首無し騎士が...


「蝶々の繭の時は、ウイルス性の病気だったんですよね? この 生首は... 」

「もし首が抜けても、治るんですか?

それとも、もうダメなんですか?」


妖怪を見たんじゃなく、被害者を見た と 理解すると、だんだん不安になってきたようだ。


「今、調べているところだ。

他人ひとに話して回るなよ。パニックになる」と

ボティスが答え


「これから 主に祈ろう。必ず加護が与えられる」と、ジェイドが朗読台の方へ 二人と、もう聖体拝領は済ませたリョウジも連れて行き、ルカが竜胆ちゃんを連れて行く。榊もついて行った。


加護は すでに ミカエルが与えているが、ジェイドと 一緒に祈って、聖体拝領した方が

“教会で ちゃんと祈ったから、大丈夫” と 思えることに繋がるだろう。


シェムハザとイゲルが戻って来た。


「男の身体は、一階リビングの床に正座していた。パイモンに渡したが、やはり 腐敗はしていなかった」


「一人暮らし?」と、朋樹が聞くと

「以前は妻がいたようだが、離縁している」と

スマホを見せた。被害者の物を持って来たらしい。


シェムハザが出した画像の中の男は、小さい女の子と 一緒に写っていた。夏の写真だ。

ギリシャ鼻で 右眉の眉尻に目立つホクロがある。


「男の子供だ。離縁した妻に引き取られているが、その後も時々 会っているようだ」


シェムハザが画面を指でスライドし、他の写真にすると、笑顔の女の子だけが写っていた。

暑そうな日差しの下、半袖のワンピースを着て

アイスを食べている。


次の写真は、プラスチックの赤いスコップで

砂遊びをしている写真だった。隣に黄色いバケツ。水着を着ていて、砂場じゃなく 海だ。


「ここ、松の木の方の 海じゃないのか?」


朋樹の言葉に、画像をよく見ると

端に松の木が写っていた。スマホがボティスに渡り、露ミカエルが ボティスの肩に乗って覗く。


「そう。男の妻は、あの辺の出身だ。

子供と共に、自分の実家周辺に 越したようだな」


「でもさ、松が生えてる海なんか どこにでもあるんじゃねぇか?」


オレが聞くと、スマホ画面をスライドしていたボティスが

「最近も 娘に会いに行っている」と 画面をこっちに向けた。


紙袋を抱いた女の子だ。赤いコートにアイボリーのネックウォーマーをつけた、冬の写真。

男は しゃがんで、正面から 女の子を撮っているようだ。

袋の上部から ビニールに包まれたパンが見えていて、背後には シンプルなチョコレートブラウンの看板。ベージュの文字で “Jeanne” と ある。


「ジャンヌって、リラちゃんの ばあちゃん?」

「リラの父親が営むパン屋だ。食っただろ」


男は、娘に会いに行く時、宿泊はホテルを利用していたようだ。

画面をスライドして 別の写真にすると、駐車場らしき場所に停車した 車の助手席に座り、パンを食べている女の子の 窓の向こうに、白と 灰色がかった水色のツートンカラーのワーゲンバスが停まっていた。


「ジェイドのバスだ」

「じゃあ、オレらが海にいた時か?」


「恐らくな」


灰色蝗に貼り付かれたのは、コンビニ前で見た人だけじゃなかったのか...


「こっちで蝗に付かれた可能性はないのか?

他の首があるなら、その首に吸血されたとか」


「その可能性もあるが、灰色蝗を使っているバンパイア伯爵サマが俺等を追って 移動しているのであれぱ、この男も海で蝗に吸血された可能性が高いだろうな」


「元に戻しておく」と、スマホを受け取ったイゲルに「その男は、別の身体を手に入れた」と

ボティスが、竜胆ちゃんに聞いた話をする。


「首が、すげ替わるのか?」

「そのようだな」


でも、この男の人

この女の子の お父さんなんだよな... ?


女の子は、まだ幼稚園や保育園に通っている歳だろう。

シェムハザんとこの菜々は三歳、葵は六歳だ。

あの女の子は、菜々よりは大きくて 葵より幼く見えた。四歳か五歳か? と思う。


パイモンの話じゃ、首が抜けた人の身体は まだ生きてる。

抜けた首は、自分の何かを啜ってた。


“どうしようもなかったら”... と、話したことを

思い出す。

“人は 首だけで浮遊したり、生き血を啜らない” と言った、ジェイドの言葉も

“人が人を殺すな。俺がやる” と

ミカエルが言ったことも。


「パイモンに報告して、身体付きの この男と

別の首も捜す」


イゲルが スマホを示して、肩を竦めて言うと

「山の裏の街や、海で捜している奴等にも

そう伝えておけ」と ボティスがピアスをはじく。


イゲルが教会を出て、祈りと聖体拝領を済ませた

ジェイドたちも戻って来た。


「何か落ち着いたし、もう帰るね」と

スマホの番号メモを 榊に渡した竜胆ちゃんが言い

ルカとシェムハザが送ることになった。

ユースケくんや仁成くんも、自転車で帰ると言う。

「じゃあ、河川敷でー。飯 食おうぜ」と、ルカが二人に言うと

「はい!」「やったぁ!」と喜んでいる。


「リョウジ、おまえ ここまで、どうやって来たんだよ?」と 聞くと、バスで来たらしかった。

「送ってやろうか?」と 言ってみると

「いいんですか?!」と、リョウジも喜ぶ。


ボティスの肩から跳んだ露ミカエルが オレについて来ようとしたが

「お前は、教会に来る 蝗が見える者等に加護を与えるんだろ?」と、ボティスに止められ、ムッとした顔になり、ジェイドに跳びついて 八つ当たりしている。


長椅子を立ったボティスが 榊を呼び、オレとリョウジに「飯」と言うと、リョウジの顔が凍った。







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