12


ルカが オレの車に乗って行ったので、オレは ジェイドのバスを使う。

リョウジを助手席に乗せ、ボティスと榊は後ろだ。


ボティスが見えないおかげで、リョウジの緊張は 多少マシだが、まだ口は開けていない。


「リョウジよ」


オレとリョウジの間から、榊が ヒョコっと顔を出して来ると

「はい!」と、前を向いたまま返事しているが

伸び気味だった背筋が 余計に伸びた。


「儂は榊と申す。共に後ろに座っておるのは

ボティスと申す者よ」


「あっ、はい、よろしくお願いします!

ぼ... ボティスさんて、ソロモンの72柱の方の中にも、同じ お名前の方いらっしゃいますよね... 」


「本人だからな」


ふん と、鼻を鳴らしたボティスが口を挟むと

冗談で返してくれた と思ったようで

「あはは」と、精一杯の愛想笑いをした。


「生首は気になろうが、案じずに良い。

この者等が 必ず事態を収束させる故。

お前は普段通りに学び、友と遊び、日々を謳歌するが良い」


リョウジが そろそろと榊の方に顔を向けると

榊が にこりと笑った。

「はい。ありがとうございます」と

リョウジも ちょっと笑っている。


「テーブルに、座ってらっしゃるんですね」


そうだよな。L字ソファーの向かいには、折り畳める小さいテーブルがある。

榊は、その上に正座してるような 位置と高さだ。

ソファーに座る ボティスの目の前。

リョウジの緊張具合を見て、榊なりに 配慮したのかもしれんけど。


「アカリに連絡してみろ」


「ああ?」


車内ミラーで後ろを見ても 榊しか見えねぇし。


「... 土曜だし、仕事と思うぜ」


「まだ時間が早いだろ?

最初のステージの時間は 20時だ」


そうなんだよな...  今はまだ 16時前だ。


「オレ、運転中だしな」と 言ってみると

榊が「スマホンを」と 手を出した。


「あっ、おれ、連絡 出来ますよ!

メッセージ入れてみましょうか?」


リョウジ...  いらん気を...


「“泰河や榊といる。飯だ” と 誘ってみろ」と言うボティスに「はい!」と答えて、スマホでメッセージを入れ始めた。


いや、連絡はしようとは思ってたけどさ。

落ち着いてからにしようかと思ってたんだよな。

まぁ それだと、いつになるか分かんねぇけど。


「初めて泰河くんたちに会った日の 次の日に

“昨日はありがとうございました” って入れたけど

それからは 入れてないですよ」


何か オレに気を使ってるな...

リョウジは以前、オレにも同じように、お礼のメッセージを入れてきていた。

「そうか」と答えるけど、ちょっと顔が笑う。


「別に、普通に連絡すりゃいいじゃねぇか。

女の子の相談とかさ」


「いや、いいです! 大丈夫です!」


照れてるぜ。まだ かわいいよな。


「むっ、女子おなごの相談などであれば、儂も乗ることは出来るが... 」


「えっ...  いえ、大丈夫です...

でも、ありがとうございます」


だいぶ ボティスにビビってるようだ。


「あっ、朱里アカリさんから返信きましたよ!

“やったー! 音合わせしてるから、お店に来れる?”... だそうです。音合わせ?」


「ああ、ジャズバーで コントラバス弾く仕事してるからな」


「ええっ! かっこいいですね!」


「ふむ。格好良くあるが、よく気の付く 心根こころねの優しき女子おなごよ」


話している間に、ジャズバーに着いて シュリに連絡すると、裏の従業員用ドアから外まで迎えに出て来た。


シュリは店のステージの時、いつもドレスを着て演奏する。

時間が早いので まだ着替えていないが、髪は邪魔にならないようにアップにしている。


「きゃあ、榊ちゃん久しぶりぃ! 怖い彼さんも!

リョウジくん、もう夜遊びしてないー?

泰河くん、おかえり! こないだありがとう!」


元気だよな。榊と手を繋ぎ、満面の笑みだ。


「主任が、“お店に入ってもらって” だって」


「いいのか?」と 確認すると、ボティスは店の常連でもあり、奏者としてシュリも紹介している。

どうやら店に “寄付” もしたらしい。

知らねぇとこで いろいろやってるよな。


店内に入ると、にこやかに挨拶する店の主任に

奥にある大きめのテーブルに通された。

何度か来たけど、いつもこの席だ。

ボティス専用テーブルっぽい。


奏者や従業員のほとんどは、バックルームにいるようだが、主任以外には 二人ウエイターがいて

まだ開店時間じゃねぇのに、申し訳ない気分になった。

ガランとしたホールを見渡して、実はこんなに広いんだな とか、普通のことを思う。


「大人の店ですね... 」と、キョロキョロするリョウジに「おう。オレも まだ慣れねぇ」と 答えると

リョウジは オレを見て笑った。


「適当に。子供向けも」と ボティスが言うと、シャンパンと、リョウジにはアルコールフリーのカクテル、魚介のカルパッチョやら生ハムやらトマトとチーズやらの 前菜の盛り合わせが並ぶ。


「ごめんね、来てもらっちゃって。

でも嬉しいしぃ! ありがとう!」


ボティスの隣に榊が座り、リョウジ、シュリ。

で、オレだ。

リョウジは 榊とシュリの間で緊張しているが、気持ち 照れと喜びを抑えたツラをしている。


「食べなよ、リョウジくん。

あたしたちもステージの前にいただいてるけど

いつも美味しいよ? ハム 好き?」


「あっ、ありがとうございます!」


リョウジの取り皿に、シュリが どんどん載せ

「学校 楽しいー?」と 幾つか質問をし

榊も「お前は 書などは読もうか?」と 話に入ると

少し緊張が解けてきたようだ。


ボンゴレビアンコや、茸や野菜のフリット、アクアパッツァやらが 運ばれてくる頃には

「“里” って、榊さんが住んでる場所なんですか?」と、自分からも話せるようになってきた。


「狐の隠れ里だ。こいつは狐だからな」


フリットにレモン塩をかけながら ボティスが言うと、リョウジは「キツネ?」と、榊を見て

「狐に似てるから... ?」と、どう答えていいか わからない様子だったが、ボティスが構わず

「ヨワイは 三百。尾は 三本だ」と 続ける。


「そんなぁ... 」と 笑いかけたリョウジは、ふと真顔になって「本当に、ですか?」と、榊とボティスを見た。

繭に包まれたことや、黒蝗や生首を 思い出したらしい。


「ふむ」

「ボスは月夜見ツキヨミだ」


「え... それ、日本神話の人ですよね?

じゃあ、ボティスさんは... 」


「本人だと言ってるだろ」


リョウジがオレに眼を向けるので

「おう」と頷く。

「序列 17番、爵位は 長官であり伯爵。軍は 60だ」


リョウジは「え? ええ?!」と 軽いパニックを

起こしているが、榊が 三つ尾と狐耳を出して見せると「すげぇ!!」と 食い付いた。


「里って、この辺りの山なんですか?!

ボティスさんって、大蛇なんですよね?!」


好きらしいな。テーブル乗り出して

「握手してほしいんですけど!」と、手のひらを自分のジーパンの膝に ごしごし擦り付け出した。

しばらく放っておくか。


「榊ちゃん、狐って 本当だったんだー」


シュリは 多少、眼を丸くしたものの

「クリーム色って かわいー」と 耳に触れている。


「そうだ、海に行って来たんだよね?」と

シュリがオレの方に向く。... あっ!


「そう! リラちゃんの地元に行って来た。

その、なんだ... 自殺を選らんじまったのも、親戚の小さい子を 護りたかったって理由だったんだ。預言者になった時のことも分かった」


そういや、何も話してなかったんだった。

焦って結果だけ並べちまって、シュリは眼を見開くと、ぼんやりして、オレが 一気に言っちまった 言葉を聞いたが

「“護りたかったから” って... ?」と、眼が潤んでいく。


「リラちゃんの祖先が犯しちまった罪があってさ。

それで リラちゃんの家系は 何代にも渡って長く、別の悪魔に “罪を償え” って、騙されててな... 」


こうやって話しててもさ、分かりづらいよな。


「これが、“リラちゃん” な」


オレは、中指に付けていたシルバーの指輪を外して、“リラ” に見立てた。

ボティスにもツノの指輪を借りると

「これが “シュガール”。碧蛇だ」と

見立てていく。


財布を出すと「レヴィアタン。海の竜。こいつが騙した悪いヤツだ。」と 見立て、他の人物も 車の鍵やグラスで見立てる。


「まず、フランスとスペインに跨がる バスクって場所で、リラちゃんの祖先の男が 大地の女神マリを刺しちまって... 」と、見立てたも物を手に取って動かしながら説明をする。

紙とペンがあれば、書いた方が早いんだけどな。


「リラちゃんのばあちゃんは、日本に嫁いだんだ。オレらが行った海の町だ。

けど、自分の娘を護りたくてさ

じいちゃんと 一緒に、車で海に突っ込んじまう。

リラちゃんの父ちゃんは、奥さんとフランスへ越した。パン作りの修行をしに。

リラちゃんは、向こうで生まれたんだよ... 」


家族で日本に戻ったリラを護るために、叔母さんが 亡くなり、リラも親戚の子を護りたくて同じ道を選んじまったことを話すと、シュリは テーブルにあった 紙ナフキンを取り、指で目頭に当てた。


「それで、海底で リラにも試練が与えられた。

その間に 海の中で、ルカを見たんだ。

昨年の夏のことだ」


試練は成った。

海の境で、榊とも出会えたからだ。

でも レヴィアタンが認めず、揉めている間に、ザドキエルが海から拐った。


「それで、またリンは 地上に... ?」


鼻を すすり始めたシュリに頷いて、リラに見立てた指輪を シュリの前に置き

「あの店の面接で、おまえと出会ったんだよな?」と 聞く。


「うん」


シュリは指輪に指で触れて、新しい紙ナフキンを取り、目頭に当てている。


「オレら、何も出来なかったんだけどさ。

ルカが リラちゃんのかたちの精霊を抱きしめたら、マリの櫛が生まれたんだ。

ルカと骨を交換した 心臓の上のとこから」


「うん... 」


「シュガールはマリを連れて、嵐を起こしながら

バスクへ戻って行ってさ。

レヴィアタンとの契約も切れたぜ。

リラちゃんの親戚の子は、髪と眼の色が戻った。

それでさ、いつかオレらも リラちゃんと話が出来るかもしれねぇんだぜ?

地上に喚んだら光の形に見えるんだけど、あの エデンの門に リラちゃんが立ってくれたら、天使になったリラちゃんの姿だ」


ドルチェに ズコットや焼きメレンゲ。エスプレッソ。シュリとリョウジには ラテが出された。


シュリは涙を拭きながら、一口サイズのメレンゲを ひとつ口に入れ、少し落ち着いて息をつくと

「よかった。リンのこと、本当に ありがとう」と

眼だけでなく、鼻まで赤くして にこっと笑った。





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