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「何故 出てきた?」

「お前が子供を脅すからだ。

城の子供たちとは違うんだぞ?」


露ミカエルがボティスの膝に乗って、“早く聞けよ” と、鼻を ちゃっ とやると、ボティスは露ミカエルを 榊に渡し、シェムハザが ボティスの前の長椅子に座った。


「まず、リョウジ。お前の話から聞こう」と、いつも通りに輝いている。

現れたばかりのシェムハザが、何故 名前を知っているのか... とかは、もうサマツなことだよな。

眩しいんだからさ。


「へ?... はい、あの 人の 生首です。

友達が見たらしいんですけど... 」


仁成くんとユースケくんが、パッと顔を見合せた。こっちも首みたいだな。


「その友は、いつ どこで見た?」


「三日前に “塾の帰りに... ” って 話してました。

そいつが通ってる塾は、学校から近いです。

男の人の首だったみたいなんですけど

“自転車で裏道に入ったら、一戸建ての家のブロック塀から出て来て、どんどん上に上がっていった” って 言ってました」


おっ、リョウジは落ち着きを取り戻したようだ。

榊の手から降りた露ミカエルが、リョウジの膝に乗ってるしな。


でも、“三日前” か...

三日前だと、まだオレらは海だ。

この辺りに 灰色蝗がいたか、他の首がいた ってことか?


「どの家か、地図を見たら分かるか?」


「聞いてみます」


リョウジが ジーパンのケツポケットからスマホを取り出して、メッセージを打ち出すと、シェムハザが「では、お前たちは?」と、仁成くんとユースケくんに聞いている。


「生首です!」「飛んでました!」


やっぱりか...


「ぼくらも 三日前に見ました!」

「先輩の先輩 のイベントで、クラブに行った時に... 」


「クラブぅ?」


ルカが 片方の眉を上げて聞いた。


「中学生が生意気じゃね?」


ルカが言うと、二人は “へへ” って感じだ。

リョウジが焦ったようなツラになった。

けど、仁成くんやユースケくんは 背は 170ないくらいで、まだ全然 子供に見える。


「入れたのか?」と、疑問に思って聞いてみると

「あ... いえ、イベントチケットは 先輩に

“買ってくれ” って頼まれて買ったんですけど... 」

「入る勇気がなくて... 」

クラブ入口にも近付ず、遠巻きに見ていたようだ。 リョウジが “なんだ” と ホッとしている。


「それで、22時過ぎくらいだったんですけど」

「ビルの隙間から何か出て来て... 」


“生首... ?” と、呆気に取られ

スマホで写真を撮ることも忘れていたようだ。


「顔は見えた?」


朋樹が聞くと

「顔つきまでは、よく見えなかったです」

「でも多分、男の人だと思います。

髪が短かったし、顔の形が男の人でした」と答えている。


「... 三日前って、地下のクラブ?

駅の東口から近い方?」


遠慮がちに口を開いたのは、榊と腕を組んで立つ竜胆ちゃんだ。


「うわっ、何 おまえ」


榊の逆隣から、ルカが見下ろして言うと

「えー、神谷先輩のお友達のイベントだったから

マユとミサキと行ったんだけど」と

“何か?” って眼で見返している。


ブラウンの長い髪に、整った目鼻立ち。

猫顔美女の竜胆ちゃんは

黒いロングのニットカーディガンに タイトなダメージジーンズ、ヒールのショートブーツ。

どこかヒスイっぽい格好だ。

リョウジや ユースケくんたちより、全然 大人に見える。高校 三年生だもんな。

クラブやショットに入っても、ドアで止められることはないだろう。


「東口に近い方って、一階がショットのビルだろ? ショップの通りと歓楽街の間くらいだよな?

カジノから そう離れてねぇぜ」


今みたいに仕事が忙しくない時期に、ちょこちょこ行ったことがあるとこだ。

朋樹も厳しいツラになって言う。

竜胆ちゃんくらいの歳から こういうとこに行き出すのは、別に普通と思うけどな...

ゾイの兄貴化してから、他人ひとの妹にまで うるさくなってきたみてぇだ。


「VIPテーブルとかあるとこじゃね?

たまにプロも来るとこだろ?

おまえ それ、神谷が “行け” って言ったのかよ?」


ルカは さすがシスコンだ。マトが彼氏に移動する。

神谷っていうのが、竜胆ちゃんの彼氏で 大学生。

遠距離で頑張っているらしい。


「違うし。イベントやった方の先輩が ミサキと仲良いから、チケットもらったの。

主催イベントは初 だって聞いたから

“人 入ってないと寂しいよね” ってなって... 」


知らんヤツだし どうでもいいけど、あのクラブでイベントやれるなら 相当だ。

「ジャンルは?」と 聞いてみると

「プログレッシブハウスと思う。琴とか三味線の音も入ってて 面白かったよ」と答えた。

へぇ、和楽器音か... ちょっと面白そうだな。


「これからは 一言、僕に言って行くようにね」


ジェイドが言うと、竜胆ちゃんは

「うん」と 素直に頷いた。


「リン、おまえは 首 見たのかよ?」


得意げな顔をするジェイドに、うぜぇ って眼でこたえたルカが 竜胆ちゃんに聞くと

「ううんー。帰ったの明け方だったし」と

答えを返し

「なんだと おまえ... 」「やり過ぎだろ?」と

また朋樹まで うるさくなる。

けど そうか、首の話だったな。


「朋樹くんに怒られるのは、なんかいいね」


あは って感じの竜胆ちゃんに

「違うだろ... 」と 朋樹が ため息をつき

ルカが「ああん?!」と 余計にうるさくなった。

二人とも面倒くせぇな。


「向こうでやれ」と ボティスに言われて

ルカは竜胆ちゃんを連れて、榊ごと 朗読台の前に移動していった。リョウジは しょんぼりだ。


「男の首は、そのクラブから

どちらの方向へ飛んで行った?」


シェムハザが聞くと、仁成くんがスマホを出して

地図アプリを開き

「ここがクラブで、このビルの隙間から出てきて、浮き上がりながら こっちの方に消えて行きました。駅と逆の方向です 」と、指で差して説明している。

露ミカエルが リョウジの膝を降りると、シェムハザの膝に乗って スマホを覗く。


朗読台の方を気にして、でも見れないリョウジのスマホが鳴り

「あ、地図きました。この家みたいです」と

添付された画像を開いて、シェムハザに渡した。


住宅街の地図を スクリーンショットで撮り、手書きが出来るタイプの加工アプリで 一戸建ての家を 一軒 丸で囲み

“こっちに飛んでった” というメッセージと、方向を示す矢印が 書いてあった。


住所を見ると、この家が建つ住宅街も 駅の東口から近いが、この地図で見ると 街の ほぼ中央を横断する線路の向こう側だ。

繁華街やクラブは手前側。


「時間は?」と シェムハザが聞くと

「塾が終わってから よく会うんですけど、だいたい 22時頃に終わります」と いうことだ。


同じ日で、同じくらいの時間帯だ。

住宅街の方から 線路を越えて、繁華街の方に

首が移動した... って 考えられるよな。


シェムハザが、ユースケくんたちに

「首の顔に 何か特徴はあったか?

年齢は幾つくらいだ?」と 聞き

「すごく若くは なかった気が... 」

「顔は、痩せてる人に見えたけど...

サイドを刈り上げたショートヘアでした」と

あまり手掛かりにはならない情報が返ってくる。

まぁ、間近に見た訳じゃないだろうけどさ。


ボティスが「イゲル、入口から」と 喚ぶと、黒スーツ、ツーブロックの黒髪をアップバングにしたイゲルが 教会の入口から入って来た。

耳の下からシャツの中に、トライバルのタトゥが続く。遊んでる兄ちゃんにしか見えねぇ。


「ええー... 」

「外に いらっしゃったんですか?」と、リョウジたちは驚いているが

「うん。教会の裏にいたけど、ちょうど ここに

戻ってこようとしてたとこだったんだよ」と イゲルが 誤魔化してみている。


「こういうヘアスタイルか?」と、シェムハザが聞くと

「こんなにカッコ良くないです」

「ただ こざっぱりした感じです」と

二人とも首を横に振る。


「首が出ていた。三日前だ」と ボティスが言い、

リョウジと仁成くんから スマホを預かったシェムハザが、住宅街の家とクラブが載った地図を イゲルに見せた。


「家の方を見てくる」と イゲルが言うと

「俺も行こう」と、シェムハザが

露ミカエルをジェイドに渡して 長椅子を立つ。


「すぐに戻るが、出来うる限り思い出したことを

話しておいてほしい」


リョウジたちに言って スマホを返し、シェムハザとイゲルが教会を出た。


「お前の友と、お前等が見た首が 同じものなのか どうかだな」


ボティスが眼を向けると、それだけでまた 三人共縮こまる。


「泰河、左手は? この子たちが見た首を

正確に思い出せれば、オレが霊視で視れる」


朋樹に言われて「おっ、そうだな」と

左手首に、長く 白い焔の模様を浮き出させると

「ユースケくん、手ぇ出して」と、出させて握り

「じゃ、こっち見て」と 眼を合わせた。


手を離すと「あ... 」と 思い出したようで

ユースケくんを、朋樹が霊視で視ている。


「... 30代前半くらいかな?

眉は太いけど、眼が細い。ギリシャ鼻だな。

くちびるは薄い。黒髪。洒落っ気はない。

右眉の上、眉尻の方に 目立つホクロがある」


ギリシャ鼻か...  横から見た時、額から眉の下が窪まず、そのまま高くなっていく。

ギリシャ鼻って、オレは あんまり見たことがないぜ。ギリシャ彫刻みたいな鼻だ。

ついでに ローマ鼻は、横から見ると、眉の下の辺りが 一度 窪んでから高くなっていく。

ホリが深い って言われるような鼻筋の形だ。


仁成くんに思い出してもらっても、同じ顔だった。見違えとかではなく、実際に首を見ている。


リョウジが友達に メッセージを入れて確認すると、鼻の形や目立つホクロが 一致した。

どちらも、同じ首を見たようだ。


ルカと 兄妹ケンカ寸前の言い合いを続け、巻き添えになっていた榊を連れて、ツンツンした顔で戻って来た竜胆ちゃんが

「今のって、生首の人の話?」と 聞いて

「喉渇いたから、もらうね」と

置きっぱなしだった ジンジャエールを開けて飲む。誰のかは 分からないが、リョウジがすかさず

「はい!」と 答えた。


一口 飲んだジンジャエールを「寄越せコラ」と

ルカに取られて、イラっとした顔で睨む竜胆ちゃんに、ジェイドが

「竜胆、何か気になった?」と 聞くと

「ん?」と、普通の眼をジェイドに向けている。


「朝方 クラブ出る時に、ドアの近くに ギリシャ鼻の人がいたから 気になっただけ。

その人にも、右の眉尻の上にホクロがあったから

偶然にしたら すごいかも... って 思って」


「店で行き会うただけの者を覚えておったとはのう... 」


隣から榊が見上げて言うと、竜胆ちゃんは

「まあ、ほら。ね?」と、曖昧に笑っている。

声かけられたみたいだな。

朋樹が 竜胆ちゃんに眼を向けた。


「ナンパされたんか コラ。

おまえさぁ、“イケる” って軽く見られたんだぜ?

そんな場所に朝まで居りゃあ 当たり前なんだよ!

腹立つぜ、バーカ!」


「マジで うるさくない? 別に乗ってないし。

ニイが そうやって、女の人を引っ掛けてるのは

今 よく分かったけど」


「あ? 今、オレの話は してねーだろ?

おまえが... 」


「いや、待てよ」


朋樹がルカを止める。また兄貴として参戦すんのか? と 思ったら、顔を強張らせていて

「そいつ、首の男だ」と 言った。


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