36


「ザドキエル! ふざけんなよ!」


「お前が いきなり突いたからだろう!」


ザドキエルがすぐに飛び、シェムハザも様子を見に 空へ向かう。


鎖はまだ 口に巻き付いてはいるけど、解けるのは時間の問題っぽかった。

片眼を潰されたレヴィアタンが怒り狂って、海水温度は また上昇した。

ボコボコと湯立ちの音がする。

ハティも海底を冷却し続けてる。


「悪魔や異教神などであれば、鎖は解けることはない。

レヴィアタンは 神の獣であり、厳密にいえば 悪魔ではないからな」


「そうなんだろうけどさぁ... 」

「悪魔に数えられてるよな、大悪魔サタンにさ」

「悪魔でいいだろ もう」


ようやく ミカエルが鎖の端を剣の手で掴み、ザドキエルに渡そうとすると、大きく首を回したレヴィアタンが 尾も振り回した。

シェムハザが 尾を天空霊で撃ち、ミカエルが ザドキエルを蹴り飛ばして尾を避けさせ、自分も 一気に その場から離れたけど、ヤバい... 鎖が外れた。


「うお... 」「嘘だろ?!」

「ジェイド、守護精霊を移動しろ!

レヴィアタンの四方を囲め!」


レヴィアタンが燃える喉から火炎を吹きながら

首を前後に反転させた。

海霧の中に描かれた炎の弧が、ミカエルとシェムハザの間を抜ける。


また鎖を投げて、レヴィアタンの口を拘束した ミカエルが、海面から上がったザドキエルに

「守護に付け!」と 怒鳴り

ザドキエルは、オレらの前に降りた。

レヴィアタンの周囲には 守護精霊が降り、オレらや外海から 海を区切る。


「あな美しや 天降りの月」


出た...  羊雲や天空霊を透過した月光が

レヴィアタンの骨板を射った。


「おお?!」

「ちょっと欠けてね?!」


御神衣かんみその袖の中に腕を組んだ月夜見キミサマは 得意顔だ。いや、美しいけどさぁ...

「流石だ、月夜見」って ハティが誉めてるけど

ボティスは 敢えて振り向かねーし

オレらも「すごいっすね!」しか 言えなかった。


「だが、続けては射てん。

アマテラスが月に光を貯めねば」


姉弟技なんだ。

けど、連続で言われなくて良かったぜー。


スクリーンの中では、スサさんがまた跳んで

骨板の付け根を狙う。


「あの剣、よく折れないね」


鎖 離しちまって何もすることないジェイドも スクリーンを覗く。

まあ、オレらも何もしてないけどー。


「オロチの身からでた物だからな」


レヴィアタンの鎖を握るミカエルが 前に出て

囮になる間に、スサさんは執拗に骨板に向かう。


「朋樹。式鬼札を」


月夜見が右手を真横に伸ばして、三ツ又の矛を握った。砂地を突くと、闇靄が滲み出して来る。


「えっ。これ、オレらもヤバいんじゃないすか?」

常夜とこよるの靄ですよね?」


闇色の靄は、生者や死者の念らしい。

簡単に人に染み入り、囚われると 念を増幅する。


「ミカエルとやらの加護があろう?」


月夜見キミサマが 朋樹の背に手を置くと、滲み出した靄は、朋樹の足に纏わりついた。

墨のような細い煙となって 身体を取り巻きながら、式鬼札を持つ指まで昇る。


人差し指と中指に挟んだ式鬼札が闇色に染まると

「息にて打て」と、月夜見キミサマが命じた。


朋樹が 式鬼札を息で飛ばすと、式鬼札は ゆらりと吹き上がっていき、レヴィアタンを越え、上空で 黒い炎の鳥になる。

方向を変え 急降下すると、骨板の付け根近くの鱗を割った。


「おお!!」「すげぇじゃん!!」


「榊の黒炎にて染めても成ろう。

または、お前自身が靄を使えるようになればな。

影を操るようになったであろう?」


「影って、何か関係あるんすか?」


「裏の自身だ。

例えば、月影というものは 月光により出来た影のことでもあるが、月の光そのもののこともいう。

人間ひとと同じに、光であり影だ。

現身うつしみ影身かげみ、どちらも使えるのであれば

現世うつしよに無きものも掴めようよ。

更なる精進が望まれるが」


「僕にも出来ます?」と ジェイドが聞くと

「怨や憎念であるからな」と、月夜見は頷いた。


ザバッという でかい水音がして、高熱の海水が降って来るのを、ザドキエルが術で払い、ハティが息で吹き返す。


ボティスが 海の壁に手を差し込み、ラテン語か何かの呪文を唱えると、ザドキエルとハティが返した海水が レヴィアタンが熱する海の壁の中で、大きな透明のリング状の形を造り出した。


水で出来たパイプリング って感じだ。

リングは、海底からレヴィアタンの頭上まで縦に置かれている。


「何だよ、これ?」


「見ての通り パイプリングだ。内は中空になっている。

リングの内壁と外壁は、ザドキエルの天の術と

ハティの息が 反発し合って出来ている。

外側からザドキエルの術が包み、内側からハティの息が出ようと反発している... ということだ。

それを 球体ではなく、リング状に造った」


ふうん... としか 言えねーし。

泰河も「へー... 」っつってる。


ボティスが「シェムハザ」と 呼ぶと

スクリーンのミカエルの隣にシェムハザが浮いた。 っていっても

ミカエルは今、レヴィアタンの鎖を持って

オレらがいる 砂地の十字路付近の近くにいるから

海の壁の角に、翼とトーガが見え隠れしている感じだ。


シェムハザは「アンモニアだな?」と 術を唱え

パイプに液体を入れた。

アンモニア って言ってるから アンモニアなんだろうけどさぁ。


「発電?」「温度差の?」


朋樹とジェイドに頷いたボティスが、また呪文を唱えると、水のパイプリングの中を アンモニアが回り出す。

アンモニアは沸点が低く、パイプの中で

熱い海上側では蒸気になって、ハティが冷却した海底側では 液体に戻る。

水も 一緒に入っているようで、ぐるぐると回り

電気が発生し出た。


ミカエルが、剣の先をリングに付けて

作られた電気を 剣に蓄電させる。


「ミカエル、感電もしないんだ... 」

「雷が避けるからな」


どういうことなんだよ...


蓄電これの間に、骨板を抜いた方が良かろうな」


オレらには、計画はサッパリ分からないけど

ハティたちや月夜見キミサマは、同じことを考えてるらしかった。


榊と月夜見キミサマが呼ぶと、砂浜で 一度 閉じた幽世の扉が、月夜見キミサマの背後に開いた。


「この大蛇の背後、上空に扉を開け。

浅黄はおるな?」


頷いた榊が 右手を肩の位置に上げ、扉を閉じた。


スクリーンの中、レヴィアタンの後方に扉が開き

入口に薙刀を持った 黒袴姿の浅黄が立つ。


「朋樹、式鬼札を」と、また闇靄で染めた式鬼鳥を 息で打たせると、黒い炎の式鬼鳥が レヴィアタンの後頭近くの鱗を割る。


海面から跳んだスサさんの叢雲の波刃が 骨板の付け根の上部に斬り入った。

レヴィアタンが首を振り暴れるのを、ミカエルが片手の鎖で堪え、ザドキエルが応援に向かう。


海中から尾が出た時に、幽世の扉から浅黄が跳び

頭部へ向かう尾に飛び移ると

今度は、骨板と付け根の間に 斬り刺さったままの

叢雲の柄を握るスサさんの方に飛び込んで行く。


着地と同時に、両手に縦にした薙刀の先で

骨板と付け根の間の波刃を突くと、波刃が 骨板を身から斬り飛ばした。


シェムハザが天空霊の矢で尾を打つ。

「よし! ザドキエル、今度は離すなよ!」と

ミカエルが、ザドキエルに鎖を任せ

水のパイプリングから剣を離すと、リングはそのまま 海水の中に溶け消えた。


バチバチと音を鳴らし、白い雷光を纏った剣を持って、暴れ狂うレヴィアタンの後部にミカエルが回り、スサさんと浅黄が砂地に飛び降りると

榊が 一度 扉を閉じる。


ハティが「シュガール」と呼び

月夜見に渡された三ツ又の矛を、ずっと沖の方へ投げた。


矛が見えなくなる程遠くで、海に突き落ちると

足に地響きが届いてきた。

海底に碧い尾を着け、ぐうっと伸び上がり

海上に腰から上を出した碧蛇が、片腕を上に伸ばす。


ミカエルが、ゾイが首に掛けたリラの遺骨のペンダントを、首から外させた。


矛が落ちた方向から、海底を光が走ってくる。

ハティは 海底に矛を突き刺し、熱水噴出をさせたようだ。

噴出で発生した電気を 碧蛇が呼ぶ。


走って来た白い光が、碧蛇に到達すると

碧蛇は 尾の先から光に染まり、輝いていく。


「放て」


ミカエルが言うと、ゾイがペンダントを手放し

レヴィアタンの外れた骨板の身の脊椎に落ちた。


碧蛇の伸ばした片手の指先から、雷がカッと昇り

ミカエルの帯電する剣にぶつかると

剣から 竜の形の長い雷光になって、遺骨のペンダントに落ちる。

レヴィアタンは体内を赤く燃やして、海底を揺らしながら崩れ落ちた。


ゾイを抱いたミカエルと、鎖を持つザドキエル、

シェムハザが砂地に立ったけど

オレらは ぼんやりと、顎を上にして倒れている

レヴィアタンを見てた。


「... 殺っ たのか?」と、泰河が聞くと

「いや。痛手は負っているが、気を失っているだけだ」と、ハティが答えた。タフ過ぎるだろ...


スサさんと浅黄に、ハティが お礼言ってるのに気づいて、オレらも 我に返ると

「ありがとう!」「かっこよかったぜ!」って

お礼を言う。


ミカエルが拗ね出さない内に... って思ったら

ミカエルはゾイに「大丈夫だったか?」とか聞いてるとこだったから、ザドキエルやシェムハザの方に向いといた。


海中から 碧蛇が出て来て

「ルカ」と、オレに握った手を差し出した。


「シュガールも お疲れ」「無事で良かった」って

挨拶しながら「ん?」って、手を出してみると

手のひらに乗せられたのは、表面がへこんだ ゴールドのペンダントヘッドだ。リラの遺骨の。


「えっ? 壊れなかったのかよ?」


驚いて言うと「それは天の素材だからね」と

少し疲れ気味のザドキエルが、鎖を持ったまま言った。


「すげぇな... 」

「けどさ... 」


リラが目覚めたという報告もなければ

“子供の髪の色が変わったら 戻ってくる” と言った

アコも戻って来ない。


「リラが目覚めないことには... 」

「大人しくはさせた。術は どうすれば解ける?」


「とりあえず、逃がさないように巻くぜ?」と

ミカエルが、レヴィアタンが動けないように 鎖を丸めた身体にも巻くと、片腕を伸ばした月夜見キミサマの手に 三ツ又の矛が戻り、矛で鎖の端を砂地に差して固定する。


「けどさ、壊れなくて良かったよな」


オレの手ひらの上の へこんだペンダントヘッドに

泰河が指で触れると、ペンダントヘッドが割れて

白い骨の欠片が見えた。


「なんで?! オレ、何も... 」


焦る泰河を「いや、わかってるし!」って 宥めていると

「リラちゃんが出たかったんじゃないか?」と

ジェイドが言って、朋樹なのに

「試練も使命も果たしたんだしな」と 優しい顔で笑った。なんか ビビるし。


「やむを得ん。召喚円を」


ハティが言うと、シェムハザが小瓶に息を吹いて

召喚円を出し、ボティスが 軽いため息をついた。


「また呼ぶのかよ?!」


ミカエルが ブロンドの眉をしかめてる。

うん。皇帝の召喚円だし。っていうか、ミカエル

ゾイ隠したまま、まだ腰に手ぇ回してるし。

離す気ないっぽい... って思ったら、つい 顔がふやけるんだぜ。


「離れていろ。また興奮する」


ボティスが言うと、ミカエルは ゾイに

「ルシフェルが来る」って言って

左奥の海に連れて入って行く。


「ルシファー」と、ボティスが呼ぶと

胸までのウェーブの黒髪に、男性美の眉の下

長く黒い睫毛に碧眼。ア ビ アラ フランセーズ。

中世の盛装姿の皇帝が、召喚円に立った。






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