35


「リラが櫛を生めば、試練は成った ということになるのか?」


ボティスが聞くと、碧蛇シュガール

「罪もあがなわれたということ」と 頷いた。


それなら、女神マリの身体も戻って

リラの家系の罪も消える。リラの姪の七歳の子の

髪や眼の色も 元に戻るはずだ。


「リラは、榊とルカの愛を受けた。

リラが目覚めれば... と いうことか」と

シェムハザが、海霧の海に眼を向ける。


「けど、レヴィアタンが

リラちゃんの目覚めを妨害してるんだろ?」


スクリーンを持ったまま、朋樹が苛立たし気に言うと

「“罪を買った” のなら、その罪の血の者に呪詛掛けが出来るからな。

髪や眼の色を変えるのも 呪詛によるものだろう」と、ボティスが ピアスをはじいた。


「汚ぇよな。リラちゃんが目覚めたら試練が遂げられて、契約が終わるから ってさ」


「ずっと そうしてきてるだろ?

次の犠牲予定の七歳ななつの子どもが成長し

次の世代の者を またブロンドに染めたら

ダビの代わりの悪魔を調達して

リラは眠らせたまま、同じことを繰り返すつもりなんだろ。契約は切れていないからな」


「ならば、呪詛を解いてしまえば

リラとやらは 目覚め、契約これは終わるということなのだな?」


ボティスが「そうだ」と 頷き

「試練内容を困難なものとしたり、こうして呪詛で邪魔をしているとしても、契約は絶対だ。

試練を遂げれば、櫛は生まれる。

贖罪が成れば、碧蛇シュガールとの契約は満了する。

悪魔は、契約した人間の願いは 必ず叶える。

そうでなければ、契約に魂を縛る拘束力も無いからだ」と 説明した。


「成る程。だが呪詛は 契約内容に無かろう?

解いても 契約には影響せぬということだな」と

月夜見キミサマは 海に視線をやって、何か考えている。


「消えてしまったリラが、戻って来たのかと... 」


碧蛇は、オレの胸を見て言った。

最初は、ゾイが持つ遺骨に引かれて来たらしい。


海上には、あの 海に降りた天使... ザドキエルがいたから、ゾイをリラだと思ったようだ。

きっと 櫛を渡しに来た と。


「そこに リラがいる。リラの魂が宿っているのは

天使が持つ遺骨じゃなく、君の胸だ」


オレは 息をついて、かろうじて頷いただけで

やっぱり 何も言えなかった。

胸を詰まらせてばかりいる。


シェムハザが オレの背に手を添えて

泰河が 砂浜の方に向いた。

もうさぁ... なんで また、おまえが泣くんだよ。


「そっか。海から消えたリラちゃんが どうなったか、まったく知らなかったんだもんな」


朋樹が碧蛇に、簡単に 預言者の話をすると

「... リラは、天でも使命を課された と?」と

碧蛇は、つらそうに眉をしかめたけど

「そうだね。だけど それで、ルカに会えた」と

ジェイドが穏やかに言った。


「リラを、愛している?」


碧蛇が オレに聞く。

頷くと、鼻の奥がツンとして、涙が零れた。


リラが恋しかった。以前より ずっと。

どうしようもない


「戦おう」と、碧蛇は海に振り返り

海霧の中に眼を光らせる レヴィアタンの額を

雷で射った。


「レヴィアタンは、雷などでは... 」


シェムハザが言うと、碧蛇は「知ってる」と答え

「けれど 戦う。リラもマリも取り戻す」と

海へ向かって行く。


「邪魔するなって言っただろ!?」と

片腕にゾイを抱いたミカエルは怒鳴っているけど

「良し」と、ボティスが海に向かい


「レヴィアタンの呪詛は、天の呪詛だ。

俺には解けん。力づくになるが」と

シェムハザが指を鳴らすと、空を覆う青い光の人型が 矢になって、レヴィアタンが海中から上げた尾を撃った。


「ダメージはないが、退けることは出来るな」


シェムハザも向かい出すのに

「サポートになるかどうかも分からないけど」

「行こうぜ」と、オレらも付いて行く。


白い海霧の中、十字の砂地を歩き

潮が引いた海の壁の高さが 背丈くらいになった時

後ろにいた月夜見キミサマが「スサ」と 呼んだ。


コオ... っという、空気を裂くような音が近づき

背後で ドッ と濡れた砂が、音を受け止める。


振り向くと もちろん、トゲトゲした毛先の黒髪に

はだけ気味の御神衣。耳に翡翠のピアス。

幾重もの細い翡翠の数珠を 首から回し掛けた

須佐之男命すさのおのみことがいた。


「ツキ。大蛇オロチか?」


スサさんは、レヴィアタンに眼をやって

前の方にいる 碧蛇シュガールにも視線を向けた。


「向こうだけだ」と

月夜見キミサマが レヴィアタンを指差す。


「あれは殺れぬであろう?」


またレヴィアタンに眼を向けた スサさんが言う。


スサさんは、根の国... この国の海を治めているということもあって、レヴィアタンのことも知っているようだ。


「異国の天の “父” なる者の所有物だ。

“大いなるつるぎ” とやらで、その父とやらの手によらねば、始末は出来ん」


「詳しいっすね」と、朋樹が言うと

大昔に余所の海で挑んだことがあるらしかった。


「海中には、魔の者が多い。

多少の揉め事は、わざわざ俺の出るところではない。だが 大きな揉め事や、あまりの者が入り込んだ場合は、俺が収めることになる。

異国の魔が根国に入った折り、それを斬ろうと追い、あれに会った。あれの領海は広いからな」


で、スサさんは 異国の魔を追う内に、自分が余所の領海に入ってしまっていた。

追っていた魔は、ころっと スサさんに謝罪し

レヴィアタンの説明をすると

“逃げろ” と言い残して、逃げて行ったようだ。


「その時、あれの領海を侵したのは俺であったため、大人しく退しりぞいた。

二度程 羽々斬はばきりで斬り付けだが、無傷であった」


領海 侵しても 斬り付けはするんだ。


「ミカエルの剣は?」と、泰河が言うと

「あれは、大いなる剣じゃあない」と

レヴィアタンを見上げながら、ボティスが答える。


「大いなる剣は、普段は第七天アラボトにある。

父と聖子、ミカエルは扱えるが

大戦の時のみにしか 持ち出されることはない」


レヴィアタンは、鼻から熱の蒸気を上げ

口の鎖を外すために、尾でザドキエルを打とうと 暴れ狂っている。


鎖を掴むザドキエルの盾になっているハティが

錬金した真四角の岩石を当てて応戦しているけど

さっきと状況は変わっていない。


「あっ、シュガール!」


碧蛇は また雷を打つと、レヴィアタンの身体がある海へ 泳ぎ入って行った。


「リラを目覚めさせろ って言ってるだろ!

罪は確定した!

目覚めさせなきゃ、今このまま奈落に送るぜ?

逃すことはしないからな!」


ミカエルが天のことで 呪のようなやつを唱え

海霧の空中に、一面に文字で模様が彫られた 巨大な石のゲートを出した。奈落の扉だ。


「扉に突っ込んじまえば、お前は 自力で出ることは出来ない。信徒の魂を飲んだ って罪状だ」


けど、レヴィアタンを奈落送りにすれば、リラが目覚めることはないし、奈落のぬしのアバドンの手に落とすことになる。

ミカエルも それは分かってる。ハッタリだ。


大蛇あれが、呪詛により 女を苦しめておるというのだ。

仕留められぬであっても、呪詛を解させたい」


月夜見が言うと

大蛇オロチは他神ではあるが、国の領海を侵している」と、レヴィアタンを見上げた スサさんが

ニヤッと笑った。“やりてぇ” ってツラだ。


ボティスが、少し先の十字路の真ん中に天使助力円を敷き

「ハティ」と 呼んで、ザドキエルごと砂地に降ろさせる。


「ジェイド、鎖を引け」と、ジェイドにも 大いなる鎖を掴ませると、十字に割れた海の右奥の角に、鎖に巻かれたレヴィアタンの顎が出て来た。


「ミカエル、神の光」


ボティスが言うと、助力円から 光のラインが真横に伸びる。

ラインから薄い光の壁が立ち上がり、レヴィアタンの顎に それが到達すると、レヴィアタンは顎を蹴り上げられたように 顔をけ反らせ、喉の中を赤く燃やした。

身体の外側には傷は付いてないけど、多少 中を焼かれたっぽい。


「おお... 」「すげぇ... 」


「普通なら、光に斬首されるがな」と

ボティスが鼻を鳴らす。光はやいばのようだ。


「バラキエル!鎖が解けるだろ!」


レヴィアタンが顔を仰け反らせた分、鎖は締まらずに解けたらしい。下から見えねーんだよな...

朋樹が手に持ったスクリーンで確認する。


「ジェイド、鎖に命じろ」


ジェイドが戸惑いながら「巻け」と言うと

鎖は また解けた分が、レヴィアタンの顎に巻き付いた。

ザドキエルがジェイドを振り返ると

「ミカエルの加護を受けた聖職者だからな。

投げることや捕らえることは出来ないが」と

ボティスが簡単に説明した。


レヴィアタンが暴れる度に落ちる高温の湯飛沫を

ハティが息で錬金して吹き返すけど、これ以上は近くに寄れそうにない。


「アマテラス、つるぎを! 大蛇オロチに領海を侵された!」


スサさんが天を仰いで言うと、今回はあっさりと手に剣が握られた。

天空の霊たちが覆う空の上に、羊雲が覆い出す。


冷たい煌めきを持つ、蛇行する蛇のような両刃の刀身。天叢雲剣あめのむらくものつるぎだ。

スサさんが、ヤマタノオロチを退治した際

オロチの尾から出てきた剣らしい。


湯飛沫と共に見えたレヴィアタンの尾を指を鳴らしたシェムハザが、天空霊の矢で打ち返し、ミカエルに「助けが行く」と言うと

「邪魔になるなよ!」って返って来た。

うん。相手は ほとんど恐竜だし、オレらじゃ邪魔なだけだもんなー。


またニヤッと笑ったスサさんが、膝を折ると

足に力を入れて高く跳び上がった。


「おっ」


朋樹が持つスクリーンを見ると

スサさんは、レヴィアタンの背後の海面に立っている。


「カッコいいな」「まだ何もしてないけどさ」


「ミカエル、やけに素直に助っ人が入るのを了承したよな」と 朋樹が言うと、ボティスが

「片腕がゾイで塞がってるからな」と 鼻を鳴らし

「降ろせば、“イシャーのゾイ” を自分以外が見る可能性がある」と、シェムハザが しょうがないヤツだ って顔で笑って、またレヴィアタンの海の上を見上げた。


海中がカッと光る。


「えっ?! なにっ?!」

「碧蛇だ。海中にも雷を出せるようだな」


「海中? 発電してるのか?」


朋樹が ボティスに聞くと

「海底で自然発電された電気を呼んでるんだろ」ってなって、シェムハザが

「海での発電方法には、波や潮汐、海水の温度差や、真水と塩水の塩分濃度を利用したものがあり... 」って 説明し出した。ヤバい。


「ザックリでいいんだぜ、シェムハザ!」

「そう、オレら自分で調べるから 軽くで頼むぜ。

わかりやすく!」


「そうか」って、残念そうなシェムハザが

「海底にも、高熱水を噴出する熱水噴出孔があるが... 地上であれば、温泉などだな。

これが、海底の電気を流す岩石と接触することで

電流が生じる。

太陽光が届かん深海では、光合成や化学物質等に代わるエネルギーであり、深海生物起源の... 」と、説明を 続かせかける。


「うん! その電気で雷 ってことか!」

「海底発生だな! シュガールすげー!!」


「... まあ、そうだ。

これを為せるのは、海の自然神だからだろう」


よし、講義終了!


「話は早い。冷却する」と、ハティが レヴィアタンの高熱の海に手を差し入れ、周囲を冷却し出した。

凍った海水は、レヴィアタンの発する熱で ぐ様 溶けていくけど、海底温度は下がっていく。

海底のレヴィアタンの周囲には、ハティが投げ付けて破壊した岩石が転がっている。


「おっ」


スクリーンに眼を向けた朋樹が 声を出した。


スサさんが海面を跳び、レヴィアタンの後頭部... 首の骨板の根本に斬り付けたところだった。


「これ、骨板 取ろうとしてんの... ?」


オレが ボティスたちに聞くと

「そのようだな。レヴィアタンは “二重鎧” だ。

強固な鱗の下には、また強固な鱗がある。

骨板の下ならば 鱗はなく、そのまま脊椎だ」と

ボティスが答えた。けど、無謀な気はする。

レヴィアタンの骨板は、何ともねーし。


それでもスサさんは、また海面から叢雲を構え

骨板を目掛けて跳んで 斬り付ける。

海面に着地すると、また繰り返し跳んだ。


鼻先に立っているミカエルを振り払おうと

レヴィアタンが首を振る。


「いい加減にしろ って言ってるだろ?!」


トーガを掛けたゾイを片腕に抱いたまま、ミカエルは 上空に跳び、右手の剣を逆手に返すと

レヴィアタンの頭部... 瞼の上に着地しながら 白黄に光る眼を刺し貫く。


「あっ」


首を大きく回したレヴィアタンから ミカエルが跳び、スサさんは離れた海面に着地したけど

ザドキエルとジェイドの手から 鎖が外れ飛んだ。

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