37


「また 召喚とはな」


「いや、ルシファー、今回は... 」


シェムハザの言い訳が始まらない内に、皇帝は

「ザドキエル」と嬉しそうに微笑んで 召喚円を出ると

「預言者など降ろしていたそうじゃないか」と

何故がオレの肩を抱いて、ザドキエルに近寄り

頬に触れて、手から煙を上げた。


「やあ、ルシフェル。久しぶりだね」


ザドキエルは、皇帝にも普通だ。

オレは軽く震えてんだぜ。


「海が割れている ということは、ミカエルがいるな?」

「散歩中なんだ。ルシフェル、手が焦げるよ」


ザドキエルに笑顔で言われ、皇帝は

「相変わらず真面目だな」と つまらなそうに

ザドキエルの頬の手を離した。

今度は、シュガールに 眼を止めてる。


「どこの神だ? この国じゃないな?」


「バスクだ。“シュガール”」


もう キリねーし... と思ったらしい ボティスが答えてる。


「シュガール。聞いたことはある。

藍の髪が美しい。蛇じゃないか... 」


けど皇帝は、なんか機嫌良くなってきた。


「俺は ルシファーだ」と、オレを連れたまま

シュガールに近づき、胸に手を当てると

そのまま手を滑らせて上げ、右耳の下を手のひらに包んだ。


「どうだ? 城に遊びに来ないか?」


うわ、もうナンパかよ...


「ルシファー」


腕を組んだボティスが声を掛けて、シェムハザが 皇帝の背に手を添える。

よく分かってない風な シュガールに

「すまない」と断ると、オレごと皇帝を誘導していく。


「キミ。アサギ。これは?」


「スサ。俺の弟神だ。国の海を統べる」


「甕星か?」と、少し驚いて聞くスサさんに

「ガグツチの友だ」と 月夜見キミサマが頷く。

スサさんと握手してる皇帝に、ハティが

「レヴィアタンだ、皇帝ルシファー」と、ゆっくり言った。

うん。気付いてて知らん顔してたんだよな

やっぱり。


皇帝は、オレの肩を抱いたまま 眉間にシワを寄せて ハティを振り向き

「挨拶くらいさせたらどうだ?」と、眠気を誘う声で抗議してる。


「僕にはないのか?」


ジェイドが聞くと、皇帝は 一度 前に向き直って

嬉しそうに ニコ ってなった。恋人かよ。

そりゃ 月夜見キミサマも真顔で見てるしさぁ。


「妬いたのか?」と、まだオレ連れたまま

機嫌良く ジェイドのとこへ行く。

いや そろそろ、オレ 離して良くね?

泰河も朋樹も「皇帝」「また会えて... 」って

いい笑顔になってやがるし。


「妬いたのは もちろん。僕を無視したからね。

召喚の願いは、“契約破棄” だ。

レヴィアタンと シュガールが揉めてるから、収めて欲しい。

その後、シェムハザが立てたテントで カードゲームをしないか? 僕は割と強い。

これは、“スキヤキと赤い竜” の話とは 別で」


おお、上手くなったな ジェイド!

皇帝は「テントか」って、また笑顔になると

「聖ルカ」と オレに回した手の指で くちびるを撫で始めた。なんでだよ?!


「ふ ふいぃ... 」


うおお... 目眩するし... ふるふる震えるんだぜ マジで倒れそうなんだけど...

耳元に くちびるが近付く。皇帝の黒い髪が すぐ眼の前に見えたりとかして あ... 眼の前が白く...


「“リラ” か。手を開け」


「... へ?」


“リラ” で、ちょっと正気に戻ったら

間近に皇帝の碧眼があった。


おっ... て 身が引けたら

「どうした? されたいのか?」って

妖しい質問された気がするから、もう深く考えずに「んん?!」つって、笑顔で手を開く。


震えながら、ペンダントヘッド握り締めてたっぽくて、手に跡が付いてた。


「ジェイドに渡せ。祈りを」


シェムハザが粉吹いて、でかい防護円を敷く。

やっと皇帝の手を離れたし、ジェイドに ペンダントヘッドと リラの骨の欠片を渡すと、ジェイドが手のひらに載せて アヴェ マリアを始めた。


「... “アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、

主は あなたとともにおられます。

あなたは女のうちで祝福され、

ご胎内の御子イエスも祝福されています”... 」


手のひらの上の ペンダントヘッドが光ると

金の細い光になって、天に伸びた。


「... “神の母聖マリア、

わたしたち罪びとのために、

今も、死を迎える時も、お祈りください”... 」


“アーメン” と、ジェイドが結ぶと

リラの骨の欠片が 金の光を昇っていく。


「ルカ... 」


ジェイドは、オレの背後を見ていた。

振り返ると 月光で出来た影の中に、白い煙が凝っていく。精霊だ。


精霊は、リラの形になった。


ショートボブの髪。白いサマードレス。

白い精霊のリラが、オレを見上げる。


「リラ... 」


腕を伸ばして抱き締めると、リラが色づいていく。

ブロンドの髪になり、グリーンの眼になったリラは『... モン クール』と 言った。


胸に熱を感じて、腕を緩める。

胸の中だけでなく、リラからも感じる。


胸に両手を当てたリラが、胸の前に その両手を差し出すと、手のひらの上には ゴールドの半月の櫛があった。


「シュガール!」


シュガールに振り向いて呼ぶと

信じられない というように、眼に涙を溜めたシュガールが、オレの隣に進み出た。


「リラ... 」


『シュガール、わたし... 』


シュガールに櫛を渡すと、リラの髪と眼が

黒く染まって行く。


『伝えたわ。くしを、生んだの』


「リラ、ありがとう。本当に... 」


シュガールが 櫛を胸に抱く。


『ルナルド... 』


いつの間にか、背後には幽世の扉が開いて

榊が立っていた。


「リラ」


『さかきさん ね? 思い出したの』


着物の袖に口元を隠した榊が

ほろほろと涙をこぼす。


「お前を、好いておる」


榊が なんとか言うと、リラは笑って

『だいすきよ』と 答えた。


リラは、オレに向くと『ルカくん』と 呼んだ。


リラ と、もう声に出ない。

喉になんか詰まって、涙ばっか出る。


『あなたが すき』


オレ、あんなに簡単に言ってたのに

なんで 今、頷くことしか出来ねぇんだよ...


頬に触れると、キスをする。


両腕を 細い背中に回して

好きだぜ、毎日 と、息をつくように言うと

『うん』って 嬉しそうに答えて

腕の中から消えた。


その場に立ち尽くす。また どうしようもねーし。


けど 会えた。 きっと 目覚める。


「ルカ」と、ジェイドが 隣に立つ。

何も言わずに、ただ黙って。


海の壁に眼を移すと、海月が流れ泳ぐのが見えて

長く揺らめく足に見惚れた。


「さて、レヴィアタン。“神の獣”」


皇帝が防護円を出て、レヴィアタンに近付く。


「起きろ」と 言い、背に六対の翼を広げた。

黒い刺繍入りのジャケットやブリーチズが 天衣に変化していく。


ゴッと、砂地の 十字路が円上に沈み

海にも砂浜にも、遠くにも、辺り構わず雷が立て続けに落ちる。

砂浜の向こうから、鳥が 一斉に飛び立った。


大いなる鎖に口を巻かれたレヴィアタンが

ひっくり返っていた顔を戻し、潰れていない眼を

皇帝に向けた。


「どうした? ミカエルに突かれたか?

父の手厚い加護があるというのに」


皇帝が笑うと、レヴィアタンは 怯んで見えた。


「俺は最近、よく地上に出る。

シュガールと契約していたそうじゃないか?

“櫛が成るまで” だろう? “贖罪” とは 笑わせる。

その言葉を使って良いのは 父だけだ」


皇帝は、天衣の腕を海の壁に差し入れた。

途端に 海水が煮え立つ。


「お前にしか出来ないと思っていたか?

悪いが俺は、大抵のことが出来る。

時間を掛ければ、お前の その鱗を 一枚 一枚 剥いでいくこともだ。

“殺してはならない”... 父に言い渡されているのは、それだけだ。

背の板も剥がされているじゃないか。

まだ天にも属する お前は、ミカエルにも焼かれ

俺に侵されることも出来る」


海中にある皇帝の指先から、墨のようなものが流れ出て、剥き出しになっているレヴィアタンの脊椎に染み込んで行く。

レヴィアタンは、鎖に巻かれたまま もがいて抗い出した。


皇帝ルシファー」と、ハティが声を掛ける。


空中に顕れた球電が、音を立てて海上を飛んでいき、十字の向こうの海に渦が巻き出した。

ゴ ゴ... と 砂地が揺れ、でかい雷が目の前に落ちる。皇帝が翼を出しているのが問題らしい。


「罪に掛けた呪いを解け。契約は絶対だ。

俺の目の前でやれ。

そうでなければ、これより千年の間

俺は お前で遊ぶことにする」


「ルシフェル」


業を煮やしたのか、ミカエルが出て来た。

トーガは外し、ゾイは海に置いて来たっぽい。


皇帝はミカエルに背を向けたまま

「今すぐ解け と言っているんだ」と

静かな声で言って、海中の手を握った。

レヴィアタンの潰れた眼から 青い液体が流れ出し

鎖の中で 悶え足掻く。


「俺の城に繋がれたいのか?」


海底に冥い穴が空いた時

ボティスの前に アコが立った。


「アコ。どうだ?」


「戻ったぞ!」


おっ! と、顔を見合わせる。

レヴィアタンが呪いを解いたらしい。


皇帝の背の翼が仕舞われ、天衣から盛装に戻ると

海中から手を抜いた皇帝は

「ミカエル」と、笑顔で振り向いた。


無言で剣を差し向けるミカエルに

「あの程度も捌けんとは」と 言って、ミカエルの眉間にシワを刻ませた。


「お前の威しが効いたのも

骨板 折って、鎖 巻いたからだろ!」


「脛当ては付いているが、トーガはどうした?」


あっ。ミカエルの眉間のシワが消えた。


「お前に関係ないだろ? さっさと帰れよ」


「いいや。俺はこれから、ジェイドとカードだ。

城にはベリアルが来て、リリトの相手をしているからな。

レヴィアタンは俺が預かってもいいが、この可愛い獣を 父が探すと困る。

お前が 外海に捨てておけ」


またミカエルがイラッとして、皇帝が微笑んだ時に、柔らかな光が シュガールの手元から出た。


シュガールの手から浮いた櫛に、日差しのような光が集まり、人の形になっていく。


砂地に着く長いブロンドの髪。

白い布をワンピースのように纏っている。

明るいグリーンの眼。

ミカエルみたいに、眉も睫毛もブロンドだ。


「... マリ」


長い髪の女神は、明るい笑顔で シュガールを見上げた。


「シュガール」


「マリ!」


シュガールは、もう 一度「マリ!」と呼び

マリを抱き上げて 空に昇った。


長く碧い尾が見えなくなるまで上がると

カッと空が光り、ゴロゴロと雷が音を立て

海上に強い風が吹く。

海に 一本の雷が落ちると、どしゃ降りの雨が降った。嵐だ。


「交わり ってやつだな」


幽世の扉を出た榊の肩を抱きながら、ボティスが空を見上げる。

嵐の空には、二本の眩しい光が十字に交わり

海上に 砂浜の空にと 喜びに駆け巡っていた。

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