14


「ルカ。おまえ今、何か読んだだろ?」


朋樹は、少し緊張したような声で言った。

めずらしいよな って思いながら

「おう... 」って 頷くと

「それが視えた」って言う。


視ようとした訳じゃないっぽい。

視えちまった感じらしい。


「リラか?」と 聞くボティスに頷いた 朋樹は

「おまえが見えた」と、オレに言った。


「ルカが? どういうことだよ?」


ミカエルが聞く。オレは言葉が出ない。


「ここから見上げたら、水着とシャツのおまえが 海の中にいて、海の上には 太陽がある。

ボートの底も見えた」


「昼間のボートの時だ」と、ジェイドが言う。

「あの時 ルカは、泰河と乗っていたボートから海に飛び込んで、僕らが乗っていたボートに泳いで来た」


そうか...  ボティスと入れ換わろうとして

一度 海に入った。


その時に、ここから リラが見上げてて

オレを見た ってこと... ?


じゃあ、あの気持ちは...


「リラちゃんは、その時に... ?」


泰河の 声が掠れた。


砂が付いた 空いた片手で、口元を覆うと胸が震える。

痛くて、いとおしい


泰河の眼が赤くなって潤むの見て

もう、またかよ おまえが泣くなよ ヒゲなのによー... とか 思ってたら

ミカエルが近くに来て

オレの周りは、片翼に包まれた。


真珠のような色の 柔らかい羽根が、滲んだ視界いっぱいになると、背後、脇の下から 両腕が出てきて身体に回る。

翼が開かれて、そのまま海の壁の上に出た。


「先に戻っとくからな」と、すぐ後ろから ミカエルの声がする。

は? と 横を向くと、すぐ間近に くせっ毛のブロンドと同じ色の睫毛や碧眼があった。


これ...  オレは ミカエルに

後ろから抱き上げられて 運ばれてるっぽい。


明るさに気付くと、さっき真上に見た目印の狐火があって、眼下には 十字に割れた海の真ん中から

ボティスと榊、ジェイドと泰河、朋樹が こっちを見上げてる。


「うわっ、オレ カッコ悪くね?」って言ったら

声は下に聞こえてるらしく

「そうだなー!」「ダセェぜー!」とか

言ってきやがるしさぁっ!


「でも、歩きたくないだろ?」って 羽ばたきながら、ミカエルが言う。


「海底には、もう何もなかった。

契約主は別の方法で探す。

こうして割らなくても、天使や悪魔なら海中も探せるしな。

今は戻って 飯にする」


ミカエルが大きく羽ばたいて、更に上空に昇ると

星と 青白い天空の霊たちが見えた。


「リラ、海の中で お前に恋したみたいだな」


ミカエルは、すぐ隣から オレの眼を見て

「よかったな」と 微笑む。

何かが溶け緩んで、涙を拭く羽目になった。




********




召喚円に立つザドキエルと 一緒にワインを飲んでいたシェムハザから、オレらも スープ取り寄せてもらって飲みながら、ミカエルが さっきの話をした。


黙って聞いていた シェムハザが

「あの夏の満月の夜、榊は猛り狂い、死んでしまうところだった」と ぽつりと言った。


「なんで?! ... 人魚が、泡になったから?」


驚いて聞くと

「そのようだな。ボティスも天に取られ

目の前で、友となったものが 泡に消えては... 」と

痛々しげに 瞼を臥せた。


榊は 狐の姿で、身体中から煙を噴き上げていたらしい。

シェムハザが 自分の魂を飲ませたようだ。

その時は、朋樹もいたらしいけど

オレらは 朋樹から、何も聞いてなかった。


「ボティスに、その話は?」と聞くと、シェムハザは首を横に振る。

うん、そうだよな...

知らなくていいけど、榊は つらかっただろうな...


話してる間に、ボティスたちも戻って来た。


榊が、ザドキエルの近くまで来て

「聞きたいことがあるのだが... 」と 見上げると

『何でも』と、ザドキエルが微笑む。


「海中にてリラを見つけた折りのことよ。

リラは、一糸 纏わぬであったであろうか... ?」と

半分 答えを聞きたくないような、怖々とした感じで聞くと

ザドキエルは『いや』と 不思議そうに榊を見て

『白いサマードレスを着ていた』と 答えた。


『そうだ... 彼女が亡くなったのは 寒い時期のはずなのに、考えると妙だね。

その時に着ていたものじゃないかもしれないが』


ザドキエルは首を傾げたけど、榊は顔を両手で覆い、肩を震わせた。

ボティスが、榊の肩に手を置くのを見ながら

榊が話していたことを思い出した。


その白いサマードレスは、海に来る前に

オレが榊に選んだやつだ。

榊は、裸でいた人魚に それを渡したらしい。


人魚は、リラだ。


元々 繋がれていたから、海の中からオレを見たんだろうけど、泡になった後も消えて無くならずに

また海中に繋がれてしまった ってことだろう。


「榊」


オレが呼ぶと「ふむ... 」と 涙を拭いて

「人魚が儂に話したことは、お前のことよ」と

また泣きながら笑った。


確か、手を 繋ぎたがってたんだよな


預言者となって降りたリラは、自分の誕生日すら覚えてなかった。


だから、その時は

人魚の時のことも、海に繋がれてたことも

覚えていなかっただろうと思う。

ハティも “何らかの記憶を喪失している” って

言ってたし。


けどいつも、手を繋ぎたがってた。


ダメだ。また瞼 熱い。


オレ、なんで もっとちゃんと...


「飯にしようぜ」


ミカエルがオレの肩に腕を掛けて

「じゃあな、ザドキエル。また喚ぶから

お前は 天で サンダルフォンとリラを見とけよ」と

えらそーに言う。


全然 慣れているらしい ザドキエルは

『わかった。契約主のことで何か分かったら

また報せて欲しい。出来ることは何でもする。

サンダルフォンの眼がない時であれば、喚べば いつでも降りる』と

オレらやシェムハザにも、視線を回して答えた。


「シェムハザと仲悪くないんだな。悪魔なのに」


朋樹が言うと、ザドキエルは言いづらそうに

『私は、君たちを たまに見ていたしね。

シェムハザは、聖悪魔としても有名だ』と 言って

ボティスに向くと

『ハーゲンティにも よろしく伝えてほしい』と

召喚円から消えて、天に戻った。


「“聖悪魔”... 」


ジェイドが 軽く眉ねを寄せる。


「シェムハザは よく、自分の魂を他人ひとに分け与えるだろ?

天でも “見習うべき精神” って言われてるんだぜ。

まぁ、天使は魂 分けれないから、癒しに於いて

ってことだけどな」


ミカエルが 普通に言った。

悪魔が見本なぁ...  天は、それでいいのかよ。


「あと 美も」


えぇ...  美 って シェムハザのかよ?

内面的なものだけじゃねぇんだろうし、外見 見習え って言われても 困るよなー。


いつの間にか 気分が落ち着いたオレの肩から

ミカエルが腕を外して

ボティスと榊の方へ行くと、前に立つ。

「飯にするぜ? ミソスープあるとこ」って

ボティスの腕ごと、背の翼で榊を包んだ。


「味噌汁は、後でゾイに持って来て貰えばいいだろ」


「うん、そうだな。じゃあ どこで食うんだよ?

バラキエル、今 露いないから

俺の翼 隠せよ?」


「そうだ、腹 減って来たよな」

「テントで食うんじゃないのか?」

「シェムハザの取り寄せ?」


泰河たちも聞くと、ミカエルが

「どっかの店で食う!」って 言い張って

「寝る時はテントじゃあない。ホテル取って来い」と、ボティスが オレらに言った。


「じゃあ、ホテルから行くかー」って

オレと泰河が歩き出したら、シェムハザが

「待て。着替えてから行け」とか言う。


「えっ、制服だろ?」「冬の野外だ」


朋樹やジェイドが言うと、シェムハザは

「山の中や、こうした人のいない場なら良い。

だが、客観的に見てみろ」って 肩を軽く竦める。


黒い集団に、赤いコロポックルが 一人。


「怪しいね」「犯罪集団っぽいよな」

「ああ、強盗団っぽい。襲撃タイプ」

「見たてきに、それ やりそー」


「着替えろ」と、シェムハザが指を鳴らし

自分も シャツとジーンズに、ロングコート っていう ラフな格好になった。ストールが似合う。

もうワザワザ要らねーかもだけど、当然 輝いてやがるんだぜー。


テントで、最初の服に着替えると

「明日も着るが、回収してクリーニングしておく」と、黒ツナギは シェムハザが城に送った。

エデンに戻って着替えて来た ミカエルは

「俺のも」って、ツナギをシェムハザに渡してる。


ボティスが ミカエルの翼を隠して、全員 テントを出ると

「こう寒くあっては、人など来ぬであろうが... 」って 言いながら、榊が

「まぁ 一応 隠すかの」テントに神隠しを掛けた。


朋樹たちが ホテルの部屋を取ってる間に

オレとジェイドが バスの移動をする。


「ホテル、夏 泊まったとこー?」

「海から近いし、そうだろうね。

今は お客さんも少なくて ガラガラだろうから

大部屋も取りやすいだろうし」


ふうん。夏は、ベランダの風呂も楽しかったけど

今やったら凍えるんだろうなー。

露天と思えばいいんだろーけど、別にそこまでしねーし。

けど、オレは この時まだ

ミカエル付き ってことを考慮してなかった。


バスをコインパーキングから、ホテルの駐車場に移動させてる時に、ジェイドが

「大丈夫なのか?」って、運転しながら聞く。


「おう」


ま、そりゃあ 胸が震えたりとか

そんなんだけど。

嫌とか ヒドイ気分とかとは違う。


痛むけど、嬉しくもあった。

ただ 嬉しい、とかじゃなくて

しあわせだった っていう 気持ちに近い。

それを、その時に知っておきたかったけど。


下手くそに そういうことを話すと

「おまえと榊がいたから、リラちゃんは

海の中でも 小さなしあわせがあって、独りじゃなかったんだよ」とか言う。


リラにとって、榊の存在は そうだと思う。


「いや、オレはさぁ。何も知らなくて... 」


「それでも だということだ。

その時は、一方的なものだったとしても

何もないのとは違う。あの海の底に居ても

リラちゃんは、誰かを想う ってことが出来たんだ。真の孤独じゃなかった」


ホテルの駐車場にバスを入れながら

「榊とミカエルがいるし、ビュッフェが 一番 無難かもしれないね」って言う ジェイドに頷く。


こいつさぁ、たまに こうなりやがるんだよな


今日 一日で、何度こうなったか分からねーけど

また何も言えなくなって、バス降りて歩いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る