15


フロントロビーから、直接 レストラン階に上がって、やっぱりビュッフェスタイルのとこに入る。


シーズンオフで客は少なかろうと、ホテルって 気ぃ抜かねーし、見た目も綺麗で美味そうなのが並んでた。


テーブルで、別料金のワインとか 料理の皿取りながら「何でもいい」「適当に つまみ」って言う

シェムハザとボティスの皿を、先に泰河と運んで

自分のを選びに行く。


ミカエルと榊は 一緒に見て回ってて

「あれ何だよ?」「むっ、これは?」って

ジェイドと朋樹に説明させて、皿に取らせてた。

ミカエルは 梅干しは避けるけど、二人共 腹が いける限り、一通り試すらしい。


「野菜もとらないと、シェムハザに叱られるよ」とか言われて、サラダも盛られて しゅんとしてやがった。榊も自分で選ぶのは、魚と肉ばっかり。


テーブルで食いながらも、リラの契約主の話になるけど

なんか、ここに来て すぐの時よりは 気持ちがラクになってた。


わからなかったり、見えないことばかりだと

だだ不安になったりとかする。

知らなかったことを知ったせいもあるし

多少、口に出して 話したせいもあると思う。

榊も さっきよりかは、明るい表情だ。


罪でなくても、言葉にして内から出すってことは

良いことなのかもだよな。


それに。 向き合おうと思う。

リラがしたことや、契約した何かと。

せっかく出会えたんだし

天で リラの魂は存続してるんだしよ。

目覚めて、楽園で明るく過ごして欲しい。


「夏とは また、メニュウが違うのう」


オレらが 食後のコーヒーの間も、榊とミカエルは

いそいそと料理が並ぶテーブルへ行き

両手の皿にケーキやプリン、デザート全種 持って来た。

ミカエル曰く「半分こ作戦」らしい。

女の子同士かよ。榊は楽しそうだ。


「ちぃと くどいのう... 」


榊が食ったケーキを ミカエルも食べて

「うん、甘過ぎるな。パス」と

オレらに残りが回される。キャラメルとチョコ。

ちょっと蝗キャラメル思い出しちまったんだぜ。


「むっ、これは... 」

「美味い。後でまた取ろう。次!」

そういうのは 二人で完食する。


「しかしさ、なんで “海” なんだろうな?」


榊たちに回されたハーブのケーキ食いながら

朋樹が ぼんやりと言う。

泰河が「それ、美味い?」って聞いたら

「あんまり」って答えた。

うん、見た目から甘くないっぽいしなー。


「海が住処すみか... と 考えるのが、自然じゃないか?」


ジェイドは ドーナツみたいな揚げ菓子。

割と腹 溜まってるし、苦戦してるよーに見える。


「けどさ、海の中から、陸にいるリラちゃん騙すのって大変なんじゃねぇの?」


生クリームと小豆餡が挟まれた半月型のパンケーキみたいなやつ食いながら 泰河が言うけど、オレも そうだよなって思う。


海の妖物系とかって、たまたま海で行き逢っちまって、その場でやられちまうことが多い気がする。

“泳いでたら 足 引っ張られた” とか

“船 沈められた” とかさぁ。

個人に目星つけて狙う、とかじゃなくて

その場で会ったヤツやる って感じする。


「海から上がれるヤツなら?」


朋樹が言うけど、海から上がってきたとしても

リラが “いかなくちゃ” って思うくらい洗脳するには、時間が掛かるんじゃねーのかな?って思うし

なんか無理がある気がする。


それを言ってみると、朋樹は

「そうなんだよな... なら、海に導いたヤツは

契約主と別 ってことになるよな... 」と

ハーブケーキをコーヒーで飲み込んだ。


海に導いた って、自死に導いた ってことだろう。

朋樹って、言葉にも気ぃ使うよーになったよなぁ。ちょっと前なら “自殺させられた時” とか言っただろうし。自分で気付いてねーかもだけど。


空になったコーヒーカップ置いて

「オレさぁ、リラに

リラ自身のことを何も聞いてなかったんだよな」って、誰にともなしに言う。


出身地とか 家族構成とかも、好きなものとか

そういうことも。

ちょこちょこ会っても、“店は どうだった?” とか

仕事前に買い物したとか、飯に行ったこととか

お互い その日の話くらいしかしてない。


まだ ボティスが天にいて、そっちに意識がいってた っていうのもあるし

勝手に、その先にも時間はあると思ってた。

落ち着いてから、自分のことも ゆっくり話して

リラのことも ゆっくり聞けばいいか... って。

もっと何か聞いておけば良かった。


「いや、状況が状況だったしさ」


泰河が オレをフォローするように言うと

「もし聞いても、リラちゃんが覚えていたかは定かじゃないだろう?

生まれた日も忘れてしまってたんだし」と

ジェイドも言うし。


「たぶん、預言者に必要のない リラちゃん本人の情報は、秘されてたんじゃないか?

今 思うことだけど、オレもリラちゃんを視ようと思わなかったんだよな。

“天にいる天使には見えない” って分かった時。

沙耶ちゃんのとこにも連れて行かなかったしな」


コーヒーのお代わりをオーダーしながら 朋樹が言うけど、それは、そういえばそうだよな。

誰も 霊視って方向に動かなかった。


「ああ、そりゃそうだろ。

天の使命があれば、天から保護されるからな。

その辺りは、ザドキエルが完璧にしてたはずだ」


榊から、半分になった杏仁豆腐を受け取りながら

ミカエルが言った。一応、話 聞いてたんだ。


「地上の住まいも困らないように用意されるけど

お前もう、リラの家とか覚えてないだろ?」


「あっ... !」


聞かれて 愕然とする。


部屋に上がったこともあるし、店の行き帰りも何度か送り迎えしてんのに、部屋がどこにあったのかが思い出せない。どんな部屋だったかも。


リラが預言者と分かって... 灰になってからも

部屋に行ってみよう だとか、考えなかった。


「リラちゃん自身のことを思い出したのは

エデンのゲートで、天使になったリラちゃんを見たからなのか?」


ジェイドが聞くと、ミカエルは杏仁豆腐 食って

「普通なら、記憶は完全に消去される。

ザドキエルがやってるんだしな。

思い出せたのは、泰河の影響だって思うぜ?

エデンまで追って入ったくらいだ。

それしか考えられない」と 説明にならないような

説明をして「俺も珈琲!」って 威張って言った。


「泰河の影響? 血の?」


朋樹が聞くと、ミカエルは

「そう。獣の血の力もあるだろうけど、泰河の想いが強かったってことだ。

“忘れて欲しくない” って思っただろ?」と

泰河に ブロンド睫毛の碧眼を向ける。


泰河は、なんか照れ臭そうに

「おう」と 顎ヒゲに中指の背をやって

「だって、リラちゃんはいたんだし、実際にあったことじゃねぇか」って

テーブルに届いたコーヒーの湯気を吹いた。


「エデンのそのに辿り着いて、リラに会えてるからな。想いの力っていうのは、お前等が考えるより

ずっと強いんだぜ?

界を越えて、それが届くくらいだ。

お前等に 泰河の想いが共鳴したんだろうな」


ジェイドと朋樹が、感心したように泰河を見て

榊は「ふむ」と 嬉しそうな顔になった。


泰河自身は「オレ、変な血 混じってるから忘れなかっただけだしな」って、ジェイドが苦戦してる 揚げ菓子口に入れたけど、リラを思い出せたことは、オレも本当に 泰河に感謝してる。


獣の血だけが どうこうじゃない 気がするんだよな。

獣を受け入れるだけの何かが、泰河にあったんじゃないかと思う。こうして 一緒にいると。


「だが、ここから先に進むことを考えると

生前のリラの情報というものも 何かの手掛かりにはなるだろう」


ワイン飲みながら ボティスと話していたシェムハザが言って

「お前が構わんのであれぱ、配下に調べさせる」と、ボティスが オレに確認した。


「うん。じゃあ、分かるだけ」って 答えると

ボティスはアコを呼んで、調べるように命じた。




********




榊をジェイドに任せると、そのまま大風呂に寄って「露天に入る」って言って聞かねー ミカエルに

寒さに強いらしいシェムハザが付き合った。


「おまえ、悪魔の時も 寒いのニガテだったよな」って ボティスに言ってみたら

「蛇の悪魔だったからな」ってことらしい。

ふうん、それも関係するんだ。


「人間の今の方が、寒さに対しちゃマシなくらいだ。

サリエルは 俺に気を使ったのか、特別に最も 父から呪われた者にした って訳だ」


ヘラヘラして言ってやがるけど

サリエルは たぶん、ボティスが羨ましかったんだろうな。


ボティスは面倒見もいい。けど、何もしなくても

勝手に惹かれて 人が寄って来る。

天にいる間から、皇帝のお気に入りだったし

ミカエルだって ボティスが好きだ。


いつも独りでいたサリエルは

ボティスを見るのも つらかったかもだよな。


風呂 上がって、部屋に入る。

ベッドが六台なのは 夏の時と変わらないけど

二台ずつ 半端な壁の仕切りに分かれていて

テーブル部分が広く、ドリンク用キッチン付きだった。


「だんだんグレード上がるよなぁ... 」


わー... って思いながら 言うと

「フロントで部屋 取る時、シェムハザが

“一番広い部屋を” って 言ったからな」って朋樹が説明する。うん、なるほど。

シェムハザ、城暮らしだもんなー。

狭いのには慣れて来てるけど、落ち着かないっぽい。


浴室近くでは 狐姿の榊が、バスタオルで ジェイドに わしわし拭かれてた。

「夏よりも広き浴室であった」ようだ。

「狐だ!」って ミカエルが喜ぶ。


「バルコニーにも風呂があるぜ?」


目敏めざとく見つけやがったけど

「朝にしろ。味噌汁 飲むんだろ?」って ボティスに言われて

「そうだ、ミソスープ!」と、狐榊を連れて 大人しく壁際のソファーに座った。

榊を間にして ボティスも座る。


うーん...

ソファーは、三人掛けが 二つ向かい合ってて

一人掛けが 一つ。

一人掛けにシェムハザが座ったし

オレと泰河はあぶれるんだろうな...

部屋の奥のベッドに座る。

朋樹とジェイドは ソファーに座りやがるし。


「ボティス」


アコだ。泰河も隣のベッドに座った。


「まだ調べさせてるけど、一応 これ」と

皮紙 一枚と、写真らしきものを渡してる。


「自宅は、ここから少し離れてる。

そっちにもビーチがあったけど、松が植えられてて、こっちのビーチより小さめだ。風流だった」


「むっ!」と、榊が反応した。


「夏に来た際、最初に寄った浜ではなかろうか?

リラに初めて会うた際、松と潮の匂いがした故」


「そうだ、カフェで言ってたね」


そういや、榊は そんなようなこと言ってた。

“最初の海の匂いがする” って。

オレも嗅ごうとしたら、嫌がられたんだよなー。


「何の話?」って聞く 泰河に説明してたら

ボティスが持ってる写真を見た シェムハザが

「どういうことだ?」って言うから

すげぇ気になるし。


写真は そのままミカエルに渡る。

アコが ボティスに渡すのは分かるけど

次って 普通、オレじゃね?


でも待ってても、回ってくるのは後になりそーだし、泰河と 一緒に見に行く。


「え... ?」「こっち?」


写真のリラは、ブロンドでグリーンの眼だった。




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