4 猫


「おかしいわね、何だったのかしら... 」


駐車場から車を出し、大通りに出ると

人の頭は 人であった。


儂等は... まさか、この言葉を使うことになろうとは思わなんだが

“狐に摘ままれた” かの如き気分となり、ぽかんとしたまま教会へ戻った。


教会では ミサが行われておるようで、途中で扉を開ける訳にもいかぬ。

ボティスや朋樹もミサに出席しておるので、読み聞かせの時間となるまで、ジェイド宅で待つ。

帰りに買うた珈琲などを、ヒスイと 二人で飲んでおるところよ。


「まったくに、聞いたこともない事例であるからのう...

検討もつかぬが、後程、朋樹等にも聞いてみるかの」


話しておると、玄関が開き

アコに連れられた玄翁と浅黄が入って来た。


「おお、榊」

「ふむ」


ヒスイを見たアコが「美人だ」と言うたが

「ならぬ。ジェイドの妹で、朋樹の恋人である故」と 紹介すると、成る程という顔になり

「俺はアコ。ボティスの軍の副官」と 握手した。


玄翁と浅黄は、ヒスイと面識がある故

「久しくある」「よう参られた」

「今年もサンタになってくれるのね?」と

それぞれに挨拶をし、これも握手をした。


「むっ、アコ

五山の山犬の悪魔は どうなったであろうか?」


「ああ、ボティスが胸のクロスのミカエルの加護を見せたら、逃げて行った」


ふむ。早き解決であるの。


アコにワインなどを出して貰いながら、ヒスイと共に、先程の話をしてみたが

「猫頭... ?」と、三人共 困惑しておる。


「ふむ。八割れや三毛、キジに白き長毛など

どのような猫頭も おったように思う」


「我等の類の仕業に思えるがのう... 」

「しかし、榊に分からぬことがあろうか?」

「初めて聞いた。面白いな」


玄翁にも分からぬであれば、何であるのか

分かりようもなかろうのう...


「まぁ、無事に戻ってきておるしの」

「そう害のない幻惑であったようではある」


ふむ。腑には落ちぬが、今 考えても仕方あるまいの。


ミサが終わったようであり、朋樹が顔を出した。

「おっ、ちゃんと帰って来たな」と

儂等に言うと、玄翁や浅黄とも挨拶をする。


「今から読み聞かせなんだよな。

オレらは ケーキ取りに行くから、榊とヒスイは、本読み頼めるか?」と言うので、ヒスイと共に 教会へ移動した。


裏の通用口から教会へ入ると、ボティスが気付き

儂等の方へ向かって来る。


「彼なの?」と聞くヒスイに頷くと

「雰囲気あるわね、すごく素敵!」と言うたので

頬が熱くなり、また鼻が高くあった。


「ジェイドの妹か? 朋樹の?」


「ふむ」と、儂が頷くと

「ボティスだ。ジェイドに似てるな」と言うて

握手した。


「お前等は、あの辺りで絵本だ」と 長椅子の 一角を指され、そちらへ行く。


「ボティスも 読み聞かせなんてするのかしら?」

「どうであろう?」


ボティスは、何故かは分からぬのであるが

里では仔狐等にも人気があり

ボールを投げてやったり、ボオドゲエムを教えるなどする。


動向を伺うてみると、教会の後ろの方の床に胡座をかき、近寄った子等 二人を膝に乗せると

別におる中学生頃の男児に絵本を読ませ

「さあ、見てみろ。これが 空に伸びた蔓だ。

雲の先まで伸びたようだな」などと

絵本の絵を指で示し、子等と笑顔でおった。


儂とヒスイの近くには、七つ八つ程の女児等が集まった。

ヒスイが地の文を読み、儂が人化けの要領で

声色を変え、幾人もの声で会話文を読んでみると

最初は驚いた顔をしておったが、大変に喜び

幾冊も読んで、互いに楽しんだ。


「そろそろ、ケーキの時間だね」と、ジェイドが言うと、子等は喜んで前の方の長椅子に座り

ボランティアの大人等も、その後ろの方に座る。


小さきブッシュドノエルなるケーキとジュース

珈琲などが配られ、のんびりと食すこととなった。


ジェイドが アンバーを呼ぶ。

ケーキに顔を俯せるアンバーが、一頻り食して落ち着いた際、ヒスイに顔を拭かれるアンバーに

仕掛け絵本などを渡すと

「キッ」と 琥珀の眼を丸くした。


「榊、ありがとう!」と、喜ぶジェイドと包みを開け、リボンを首に巻いてもらい、仕掛け絵本を開いて また眼を丸くする。

一度 読んで貰うても、鉤爪の小さき手で何度も本を開く故、儂も大変に嬉しくあった。


時間の頃は、19時頃であり

「遅き時間ではなかろうか?」と

まだ幼き子等を目に止めながら言うてみると

「ボランティアの方たちの お子さんもいるようだけど、ここに来てる小学生くらいの子たちは、お家の方も お仕事で帰宅が遅くなるようよ」と

ヒスイが言う。


「クリスマスだものね。楽しく待ちたいと思うの。あちこちに貼った広告や、教会のホームページを見て参加してくれたみたいだわ」ということのようで、親等は 教会に迎えに来るとのことじゃ。


長椅子の 一角に集まった儂等は、ボティスを始め

ジェイドや朋樹、泰河とルカに、先程の猫頭の話をしてみると、最初は散々に笑われてしもうた。


「むう! 何がおかしくあるのであろう?」

「そうよ、皆 頭だけが猫だったのよ?

スフィンクスまでいたわ!」


儂とヒスイが 真面目に訴えると

「電話で 猫 って言ってたのって、それか?」と

朋樹が また笑う。


「犬じゃなきゃあ、大丈夫だろ?」

「そう!いいじゃん、猫ならさぁ」

「それ見たいよな」「明日 行ってみようか?」


このような感想であった。


「むうう」「もういいわ」と 言うておる内に

鈴の音が聞こえ出し、教会の両開きの扉が開いた。


「ホー ホー ホー! メリー クリスマース!」


むっ! 異国人のような発音じゃ!

どうやら玄翁は、スマホンにて 予習をしたもののようじゃ。


トナカイ 二頭が牽く黄白のソリが入場して参ると

教会には歓声が上がった。

朗読台の向こうに こそりとしゃがんでおる浅黄も

幻惑を加えておる。

トナカイは 浅黄によるものであるようじゃ。

赤い座席の付いた、彫り模様のある美しきソリは玄翁であるが、サンタ姿も また見事である。


儂も ちぃと雰囲気を盛り上げるかと、教会内に

静かなる雪の結晶を浮かせ、青白に煌めかせた。

子等は 玄翁サンタに夢中であるが、大人等が見上げ、感嘆のため息などをつく。


「この 一年は、どうだったかな?

... うん、君は 掛け算を覚えたようだね。

大きな数字になると大変なのに、よく頑張った」


玄翁は、子等に菓子のブーツと本を渡す際

“どうだったかな?” と問う。

すると子等は、“かけざん ぜんぶ” など

頑張ったことを 無意識の内に

くちびるの動きで、玄翁に伝えてしまうのじゃ。


すべての子に贈り物の菓子と本が行き渡ると

「主も君たちを喜んでおられる。

また来年 会えることを楽しみにしているよ」と

トナカイと共に、サンタを乗せたソリも退場する。


外へ出ると、トナカイは 十二に増えており

ふわりと空へ浮き 走り出した。

青白き雪の結晶などにも、それを追わせる。


サンタを追って外へ出た子等から 再び大きな歓声が上がり、煌めく青白き光と共にそれが空の彼方へ消えると、笑顔のうちに くりすますの催しは、終了となった。




********




師走というものは、まったくに 瞬く間にあり

もう大晦日じゃ。


くりすますの催しの際は、ボランティアの者たちと 打ち上げなどをした後、皆で 沙耶夏の店へ参った。


店は閉店の札を出していたが、この日の営業は

くりすますディナーなどの特別メニュウであったらしく『かえって楽だったわ』と言い

テーブルやカウンターに、温野菜のサラダや

白身魚の ふりっと、スモークサァモンなどが饗され、特別に炭酸の葡萄酒なども出された。


玄翁や浅黄も共に参り、パーティをしたものだが

カウンターにて、ちぃと緊張を見せながら

珈琲などを飲む玄翁が 印象的にあった。ふむ。


里でも教会での催しをするというので

深夜頃より、泰河やルカも共に里へ参った。


玄翁の屋敷にて、贈り物を皆で包む。

ボティスは何もせなんであったが

すべて包み終わった後に、二人で散歩に出掛け

儂は、贈り物の本を手渡した。


『俺にか?』


頷く。今、手渡したであろうに。


『包みの色が美しい』


『ふむ... 』


気に入ったもののようで、暫しリボンと包みを見ており、儂は嬉しくあった。


リボンを解き、歌集を出すと

『短歌というものだな?』と、ページを繰る。

ひとつ ふたつ、眼で追い読むと

『... “人の子の 恋をもとむる唇に 毒ある蜜をわれぬらむ願い”』と、与謝野晶子の歌をことにする。


『意味は?』と聞かれ、儂は ちぃと口ごもった。


これは、ふわふわと夢見がちな恋を望む者に向き

蜜の如き甘き毒を教えてやりたくある... というような意味であり、恋とは甘きだけでないものを と 言うておるような歌じゃ。


儂は、この蜜毒みつどくというものに、一種 禁忌的な魅力を感じておったものだが、今このように それを口にすると、甘く恐ろしき得体の知れぬものが 身悶えの如き震えとなって、身の奥に息づく。


恋とは?... と、それこそ 春霞の朧な月や 膨らみ開く花の如きに、ふわふわとした温きものを 思い描いておった。


清姫の いだかれるさま

身より、コオルタアルのような泥を滲み出した

御息所みやすどころの美しき化身。

ボティスをまとわりいだいた カーリの甘き匂い。


だが、引き返しようもなく、自ら 身をうずめゆく。

このように、甘き蜜毒に痺れようとは...


『解説を求めるのは、少しずつにした方が良さそうだな』


ボティスは、抹茶の色の包みに

『一緒に入れておけ』と

歌集と共に、紫と 薄き生地の銀のリボンを

儂に仕舞わせ、立ち上がり 手を差し出した。


里は夕暮れにあり、境を出た 楠の広場... 人里は

明けの近き時間であっても、まだ夜の色にあった。


背に鴉色の翼を広げると、儂を抱いて羽ばたき

空へ向かう。


ボティスが、解らぬことで呪を唱えると

光が 周囲に降り

儂等は、揺らめく その中におった。


真白きものであったそれは、夜の色に溶け入り

藍より水の色に。翡翠の如きの色を経て、黄や赤に近付いていき、緩く 煙の如きに 周囲を広く取り巻きながら、ゆるりゆるりと 色が移りゆく。


『... オーロラと いうものであろうか?』


『いや。氷霧を降ろした。

星明かりを反射させている』


氷霧とは、水蒸気などが昇り、凍った際の細かな氷の結晶であるようじゃ。

霧のように見える故、氷霧であると。


『このように美しきものであったとは... 』


揺らめき、色に煌めく煙の如き氷霧に見惚れ

うっとりと 吐息をつく。


『気に入ったか?』と 問う声に頷き

『魔の術であろうか?』と 問うと

ボティスは 色煙から、儂にゴオルドの眼を向けた。


『さぁな。今はヒトだ』


分からず、眼に伺うと『作った』と言う。


『術を 編み出したということであろうか?』


『そうだ。お前に。クリスマスだろ?』


... なんということであろうか。


甘き ため息を落とし、礼を申すこともならず

いだく腕の内の 広き胸に 頬をつける。


このように、またも蜜毒は

この身に滲みてゆくものにあろう。




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