3 猫


大型の書店へ参ると、贈り物とする書物を選んだものであるが、儂は歌集を手に取った。


凡そ 七百五十年頃 編纂されたといわれる万葉集や

平安頃の古今和歌集、鎌倉頃の新古今和歌集など

そのように有名にあり、素晴らしき歌集も考えはしたが、ボティスへの贈り物として選んだのは、明治頃から昭和にかけての歌人が詠んだものよ。


古きものは、古文や古語の知識を有しておらねば楽しめぬ ということもあるが

明治頃の詩人歌人等が詠んだものは、現代に近き語を用いており、また心情の表し方がストレイトであるという印象を受け、程好い情緒も感じる。


初めて知らぬものに触れる際、“解らぬ” であっては、ただつまらぬ。

欄外にて言葉の解説などがされておるものであろうと、よっぽどの興味を持って読む者か 学びたい者でなければ、解説なども読まぬであろう。

さらりと読め、その意味も何かしら すう と掴めるようなものが良い と思うた故。


ヒスイも手に取ったものであるが

「私には、現代と書かれている歌集より、現在の詩人や歌人が書いている歌の方が よりわかりやすいわ。漢字はまだ勉強中だし」と、今の歌人らの作品集を選んでおったので、儂も自分用に ひとつ それを選んだ。

里にはない書物であった故。


そのように、贈り物とする書物は するりと決まり

ヒスイと共に、他の書物も幾らか手に取るなどし

“仕掛け絵本” とあるが、童だけではなく 大人なども楽しめるようなものなどを開いて喜んだ。

ふむ、アンバーに良い。ひとつ選ぶ。


書店を出ると

「本に掛けるリボンを選ばなくちゃ」と申すので

次は それを選びに、雑貨屋などへ向かう。


「朋樹に贈り物はしたのであろうか?」


儂が聞いてみると、自らがデザインして作った

革の靴を贈ったようじゃ。


「朋樹は、指輪をくれたわ。“今年の” って。

サイズは中指の物よ。

毎年 渡すから、コレクションしろと言うの。

それと、テーマパークのチケットよ」


「む! 神社仏閣ではなく?」


「そうなの。それも考えたようだし、また朋樹の実家にもお邪魔するのだけど、“神社は混むからな” って」


「ふむ」


「それで、どうせ同じように混むなら... って

観光主体じゃなくて、遊び主体に考えたようよ。

そうだわ、あなたは また琴を弾くの?」


「いや、来年は分からぬ。

今年は 琴の奏者が熱を出したとのことで 呼ばれたものである故。参拝には詣るがの」


雑貨屋には、店頭近くに 包装紙やリボンなどのコーナーがあり、きらきらとしたイルミネェションに負けぬほど それらも輝いておった。


「派手であるのう... 」


「赤や緑、ゴールドやシルバーが多いわね。

藍とシルバーの組み合わせも」


しかし、くりすますとは そういったイメェジが

あるもののようであり、こうした きらびやかな包装やリボンで飾ることで、明るき気分に繋がるものでもあろう。

アンバーには、赤の包装紙にきんのリボンを選ぶ。


しかし、ボティスに渡すには

どうも明る過ぎる気がした。イメェジにない。


「あなたの好きな組み合わせにしたら?」


そのように勧められ、また迷うたものだが

儂は 此度の催しの贈り物の包みには遠いであろう

抹茶の色の包装紙に、紫と 銀の薄きリボンを選んで合わせた。


「素敵! この国らしい感じがするわ」


異国人であるヒスイから見ると、渋き色であろうそれも、なかなかに ろまんちっくな色合いに見えるようじゃ。

「私も何かに使うわ」と、同じものを選んだ。


「どこかで休憩をして教会に戻ると、ちょうどいい時間かもね。

最初に ミサをすると言っていたわ。

教会の前でのガーデンパーティは、もう始まっているかもしれないわね」


ふむ。ジェイドの教会での催しは、主に子供等のための催しとなっておる。


救い主ジェズの生誕を祝う日であるため

各教会では、厳かにミサなどを行うようであるが

『冬休みに入っているし、子供たちが楽しい方が

いいじゃないか。僕は読書を広めたいし』という

ジェイドの案で、昼間の間は教会の前にて

この国に合わせ 揚げ鶏やサンドイッチなどを食す。


夕方は教会にて、ミサと ジェズの生誕を祝う言葉を述べ、ボランティアの大人たちによる読み聞かせの時間を取り、その後は くりすますらしいケーキを食し、サンタが参り、プレゼントが渡されるようじゃ。


「ケーキとは、先程の パネトーネであろうか?」


「違うわ。ブッシュ ド ノエルのようよ。

フランスのケーキなの。

ジェイドは、“この時期に日本でも よく見るから” と言っていたけど、私も このケーキは好きよ」


それは、ロールケーキを薪に見立てて作ったものであるという。チョコの味のようじゃ。

儂も 見たことがあるように思うた。


「きな粉がかかったものが食べたいわ」と言うので、ボティスと入ったことのある和食の店へ行き

二人して きな粉アイスと抹茶などを食す。


「今、本を包んでおいたほうが、渡す時に焦らなくていいわね」と 申すことに、ふむ と頷き

テーブルで贈り物を包み、リボンを結んだ。


珈琲なども飲んで戻ろう ということになり

贈り物の書物を、また丁寧に袋にしまっておると

向かいで ヒスイが ニコリと笑う。


「きっと喜ぶわ。あなた、一生懸命だったもの」


儂は照れたものであるが、贈り物というものは

このように、贈る側にも 喜びが与えられるものなのであろうと、また嬉しく思うた。


外へ出て、車を停めた駐車場へ向かう際は

夜が降りるまえの 夕の色にあった。


贈り物を片手に、ヒスイと手を繋ぎ歩く。


このところ、儂には こうした 互いに異種である友が増えたのであるが、同じ女子と出掛け 話しなどをするということは大変に楽しくある。


里では、榊様 などと呼ばれる故

互いに 今 一歩 打ち解けることが出来ずにおるが

相談所では、葉桜と茶などで話しをし、沙耶夏の店に行き、珈琲などを飲む。

天使であるゾイにも聞いてみると、魔の者である儂と 友になれると言うたのじゃ。

シュリにも 時に電話などをし、定期的に ボティスと演奏を聞きに参っておる。

シュリが好きな、棒付きの飴を持って。


つい再び、ヒスイを見上げると

「どうしたの?」と 聞かれ

「お前と友となれて、嬉しくある」と 申すと

ヒスイは「うん。私も」と、儂を きゅと抱いた。


ふふ と、ぬくい気分となり 歩く。


「あら? 確か ここを曲がったわよね?」


「む?」


ヒスイが指差した辻は、見慣れぬ辻であった。


「... 違うように 思えるがのう」


「だけどほら、見て」


ヒスイは、逆の方向である

向かいの道を挟んだカフェなどを指した。


「“LUCA” って お店があるわ。

あれを目印にしようと思ってたから、間違ってないと思うのよ」


ふむ...  確かに そのようじゃ。


儂等は、この大通り沿いの店で 買い物も休憩もした。

書店や雑貨屋、和食の店なども この通り沿いにあり、ただ折り返して戻って来たのだ。

迷いようもないのである故、違うように思うたことが 思い違いやもしれぬ。


見慣れぬイルミネェションの明かりで、違うように思うたこともあろう。

何が違い、見慣れぬ と印象を持ったのかも

よう わからぬしの。


結界などなかろうかと疑うてみたが、どうやら張られてはおらぬようじゃ。


今 一度、ヒスイと顔を見合わせたものであるが

二人して辻を曲がり歩く。


「うん、やっぱり合ってるわね。

この 三台も並んだ自動販売機の前も通ったし

次を左に曲がれば、駐車場だわ」


「自動販売機など覚えておったとは」


「他より安い値段だったから、目に止まったの。

全種類 100円だったもの。ペットボトルのものもよ」


ふむ。時折見かけるものであるの。

また辻に ぶつかり、左に曲がる。


「えっ?」「むっ!」


次の辻を左に曲がると、先程の大通りであった。

しかも、同じカフェが向かいにあるということは

入った辻から出たということであろう。


「どうして... ?」


儂等は、辻を 二度しか曲がっておらぬ。

また振り返るなどもしておらぬ故、戻りようはないはずじゃ。


「ふむ... 」


儂に感得 出来ぬ術などであろうか?


儂は、道迷わせをする狐や狸の術などには嵌まることはない。

そのような術を掛けられでもすれば、匂いから掛けた者が誰であるかも分かる程よ。


また 人が掛けたものであっても、術の感触は分かるものじゃ。

空狐となり、神使となってからというもの

人の術なども 宝珠が察知する故。


ならばこれは、神に類するものの仕業ではなかろうか?


だがともかく、また向かいには “LUCA” というカフェがあり、曲がるべき辻も存在するのじゃ。


「榊... 」と、ヒスイが儂に寄り

身をていして庇うかのように 前に出た。


「むっ?!」


信じられぬ... と、すれ違うた者を

今 一度 見直す。


頭が猫のそれであった。


「ヒスイ! 下がるが良い!」


辺りを見回してみると、なんと全ての者が

猫頭ではないか!


「ダメよ! 猫なのよ?!

あなた、怖がるって聞いたわ!」


「儂が苦手であるのは犬じゃ!

だが、怖くなどあるものか!」


つい虚勢なども張ったものであるが、これが犬頭であったら と思うと、ぶるりと身が震えた。


儂の前におる ヒスイは、小さく震えておるが

「すごい、スフィンクスまでいるわ... 」と

ちぃと感激のような言葉も呟いた。


猫頭たちは、身体は人間のものであり、歩いておる者の他にも、カフェで寛ぐ者や、買い物した紙袋を提げて 店から出て来る者、イルミネェションを見上げる者など様々であったが、頭が人であれば、普段と変わらぬ往来の様子であろう。


すぐ傍を過ぎる猫頭たちは、儂等を何も気にしておらぬ。


「のう、ヒスイ... 」

「ダメよ! 危険かもしれないわ」


儂は、脚に力を込めると

高く跳び、ヒスイの前に着地した。


「きゃっ」と言うておったが

「そうだわ、あなたって狐なのよね!」と

何か嬉しそうに言うた。


「ふむ... 」


儂は、猫頭たちを観察したものであるが

やはり人と違うのは頭部のみで、妖しなどの気配もせなんだ。


「ねぇ、教会は どうなのかしら?」


「む? 教会は とは?」


「つまり、朋樹やジェイドも 猫になっているのかしら?」


何?!


「いや、そのようなことはなかろう... 」


「でも、可能性はあるわ。

だとしたら、何色かしら?」


ヒスイは、赤きバッグからスマホンを取り出し

ビデオ通話にて、朋樹に掛けた。


呼び出しが終わると、どきりとしたが

通話に出た朋樹は、ただの朋樹であった。


『もうミサだぜ。ボティスも帰って来てる

早く戻ってこいよ』


「ええ、そうね。だけど これを見て欲しいの」


ヒスイが画面を大通りに向け、猫頭等を映して見せるが、朋樹は

『何? 電飾?』と、不思議そうに言うた。


「あなた、何を言っているの?

もちろん違うわ。猫よ」


あまりな呆けのように感じたのか、ヒスイは ちぃと冷めた声で答えたが

『何だよ? 野良猫でもいるのか?

でも その辺りの猫たちは、食事宅があるから

心配するなよ』と、また普通に答えた。


「人等よ。見えておらぬのであろうか?」と

儂も確認してみたが、朋樹は

『人が見えない訳ないだろ。今日は多そうだな。

遅くなると、道路も もっと渋滞するぜ』と 言う。


「... わかったわ。でも、戻れなかったら

また連絡するわね」


ヒスイが通話を終え、儂等は ちぃと考え

途方に暮れ掛けたものであるが、再び辻を曲がってみよう ということになった。


「これで戻れなかったら、ゾイを喚ぶわ」


「ふむ。儂も それが良いように思う。

アコでも良いの」


だが、三台 並んだ自動販売機の前を抜け

辻を左に曲がると、今度は 駐車場に着いた。

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