2 猫


ヒスイと手を繋ぎ、イルミネェションの人里の大通りを歩く。


「見て、あのカフェの名前。“LUCA” よ。

あのお店を、駐車場の目印にするわ。

向かいから曲がればいい ってことね」


「ふむ。覚えやすくある」


様々な色の電飾にて、通りは大変にきらびやかであった。

昼でもこのようであるので、夜は尚更であろうのう。


「宗教は 神道と仏教なのに、街ごと飾ったりするのね。お祝いをしているのではなさそうだけど。

不思議だわ」


「ふむ。便乗し、騒ぎたくある故。

しかし楽しくある」


「そうね。楽しければ構わないのかもしれないわ。考えてみると、違う信仰を持っているのに

この日だけは、ジェズの日になる国だ ってことよね。

ジェズも嬉しいかもしれない。大人も子供も笑っているから」


「ふむ」と、ヒスイを見上げると

藍のラインを引いた白銀の瞼の眼を儂に向け

桜の色の艶めくくちびるで微笑んだ。美しくある。


このように ふたり、街を歩いておるのは

くりすますの贈り物を探すためであり、朋樹の車を借りて出た。


車の鍵などを借りる際、教会に寄ると

ジェイドは儂に『やあ』と笑うて言い

久々に会うたであろうヒスイには

『父さんや母さんは元気なのか?』と、いささか素っ気ない気がせぬでもなかったが

『変わりないわ』と答えたヒスイは普通であった。


従兄弟であるルカの方は『よう!ヒスイー!』と

歓迎しており、泰河も 『おう、久しぶり!』と

笑顔にあり、ヒスイもそのように返しておった。


「ジェイドとは、いつもあのようであろうか?」と 聞いてみると、ヒスイは きょとんとし

「そうよ。顔を見ると、昨日だって会った気分だから、ハグし合ったりなんてことはないわ。

私たちは、丁寧な日本語を教わったから

こうして話す時、ジェイドは より穏やかに見えるかもしれないけど、私には素地で接するから

素っ気なく見えるのかもね」といったことであるらしい。


ふむ。浅黄であっても、儂と他では 僅かに接し方の差異がある故。

兄弟姉妹とは、そういったものなのであろう。


「ボティスは、何が喜ぶのかしらね?」


それよ...


先日、桃太が里に現れ

“給与” なる封筒を、儂と浅黄に手渡した。


桃太は 人里にて、“ヨロズ相談所” なるものを構えており、儂や浅黄、露さんも所員じゃ。

依頼人は妖しの類であるため、報酬などは思い思いのものである。

相談所から受ける報酬も、浅黄は元より人里の金にしておったが、儂はアジの一夜干し、露さんは刺身を選んでおった。


人里にて物を購入する際であっても、儂等は

の葉などを 一時的にさつに変えることが出来る。


そのようであるので、人里の金銭は要らぬであったが、浅黄は

『うむ。歳若き者は化かしの修行も兼ね、それで良いかろうが、俺等が いつまでもそうであってものう... 』と 言うた。

そうして、貰うた報酬の半分程は 里に納め

半分を自分の小遣いとしておるようであった。


また 酒造所や陶芸など、人里の文化を取り入れるために 人化けをし、修行に出る者等も 報酬を里に納めており、里には いつも幾らかの蓄えがある。


ともかく そのようであり、桃太には、儂も浅黄も

『相談所の報酬は、もう受けておるではないか』と申すと

別個べっこにであるが、蒼玉そうぎょく殿や酒呑しゅてん殿が参られた』と 説明を始めた。


『大変に遅くなりましたが、良いクジを入手いたしました』と、蒼玉が ぺらりと人里の籤を置いて行き

『この 一年の 相談解決の褒美じゃ』と

酒呑が、小葛籠こつづらいっぱいの小判を置いていった。


蒼玉は、町に流れる菫青川の守護の神であり、蛇神である。

蛇神は、自然神であると共に金の運を引き寄せると神としても崇められておる。

ぺらりとした 一枚は、程々に高額の当選をしたようじゃ。


酒呑もまた、父は あのヤマタノオロチであり

鬼であるが、蛇の大神の血を引いておる。

更に 鬼里御殿には、ひなた なる座敷童が共に暮らしており、金銭などは自然と引き寄せられる。

山の散歩などをしておる際、洞窟などで あっさりと、黄金や小判などの隠し財宝を見つけたのだという。


『相談所の運営費にも充てて行くが

今年の給与として、毎回の報酬とは別のものだ』


儂と浅黄の手に、厚き封筒を押し付けた桃太は

『露さんにも渡しに行く』と、ふぐりにて飛び去った。


はて相談所の運営費とは?... とよぎったものではあるが、まあ良い。何か諸々であろう。


儂も浅黄も 里に半分程を納め、残りは小遣いとなったものであるが、特に使いようもなく...

人里に出る際、がま口に ちぃとだけ詰めて置いたものを、一応 無意味に所持しておる程度よ。


しかし 贈り物などをするならば、木の葉の金より 労働報酬で支払う方が真っ当な気がした故、がま口を開く時が来た という次第であるのじゃ。


「彼は、どんな人なの? 何に興味があるのかしら?」


「ふむ。衣服などには気を使う。

この辺りでも買い物などはするが、軍副官のアコなる者が、いたりあ や ふらんすへ買い物に出向いたりなどする。

儂も、かぷり島 で作られておるという、香る軟膏を貰うた」


「カプリは 高級リゾートの島よ。

ペプシだって高いわ。

彼は、“ボティス” だものね... 大抵の物は何も珍しくないでしょうね」


「だが、ジェイドやルカ等と変わらぬ格好をしておる」


「かえって新鮮なんだと思うわ」


ふむ...  ボティスの城のレイジなる者に少しばかり世話を焼かれた時のことを思い出し、何とはなしに 解った気はした。


「他には どう?」


「音楽ならばジャズ、演劇はオペラなるもの。

また映画や書物を好み、悪魔である時は 世界中の美術館などを巡った と。

“人間の手で造るもののみに現れる良さがある”

などと言うておった」


「世界中の美術館... 次元が違うのね。

だけど、何かが欠けて 足りない方が好きなようね。すき間の美のようなもの」


ヒスイは、好ましい感覚といったように笑うたが

儂には ようわからなんだ。


「補う必要のない完璧なものより、どこかに欠けがあるものに惹かれるのではないのかしら?

神よりヒトね。

その欠けを含めて “完璧” なのね」


「解るような解らぬようなものであるのう」


「うん。私の私見だし、いいのよ。

贈り物は、本がいいかもしれないわ。

あなたの好きなお話がいいかもね」


ふむ。儂も それが無難に思えた。


衣類などは よう分からぬ。

男物となれば、余計じゃ。


ヒスイは、黒きピタリとした毛糸ニットシャツに、長き脚を包むのは、腿を横に細く横切るダメェジの入ったジィンズ。

濃灰のヒィルのブーツを合わせ

脹ら脛近くまである、黒いカァディガンを羽織っており、赤きバッグを持っておった。


それが何とも格好よくサマになっておるのだが

そのようにあるヒスイであっても

「どっちにしたって、身に付けるものは

本当に選ぶのが難しいわ」などと言う程じゃ。

ヒスイは、朋樹に衣類などを贈ったことはないのだと言う。

自分が手掛ける革のバッグなどであれば、贈ることはあるようじゃ。


「朋樹は、自分を熟知してるのよ。

ハイブランドのシャツを選ぶにしても、もちろん 名前で選んでるんじゃないの。

外見だけでなく、中身の雰囲気に合っていて

身体のラインとのすき間も絶妙だわ。

しっくりとくる 彼の選び方が好きなの」


「ふむ... 朋樹は洒落ておるからのう。

洋装は 形の種類も多くあり、儂は よう分からぬである故、柚葉やボティスに貰うた服を着ておるのだが... 」


「ユズハ?」


幽世におる柚葉の説明をし、デザイナァであると教えると

「素敵!専属のデザイナーなのね!

あなたを思って作るのだから、似合うはずだわ」と、ニコリとする。


「今日のワンピースもなの?

16歳の子がデザインしたにしたら、随分 大人びたセンスのように思えるわ。

ベルベットで膝丈なのに、甘い感じがしないし。

クラシカルで あなたに似合っているけど」


「む... これは、ボティスからよ」


「それなら彼の好みなのね? 品を感じるわ」


ぬっ! 品であると?

何か、注意をしておかねばならぬ気がしたが 上手くは言えぬ。

見た目上であれば、品がないとも言えぬ故。


だが、ボティスは尋問などの際、上品とは言えぬ言葉を並べ、蔑み笑う。

相手の気を逆立てることに長けておるのじゃ。

雰囲気的には、鋭きものに それが合わさったような空気があり、寄り難くある者であろう。


ヒスイが ボティスを初めて見る際のことが

ちぃと気に懸かる。

もしや、シェムハザなどのように想像したりなどしておったらば...


「あなたは、和服の人だものね。

こうして洋服を貰うことがあっても、着物を貰ったことはないんじゃないかしら?」


「む? ふむ... 」


言われてみれば、着物などは 一度もないのう。


「よく知らないものだからだと思うわ。

あなたから見た “洋装” と同じね。  

前に、着物姿のあなたを見た時、本当に素敵だと思った。お姫様みたいだったわ。

あなたは着物であれば、相手に似合う物を選んであげられるはずよ」


「ふむ... 」


ヒスイは、相手の良きところを見つけることが

得意のようであり

何か ちぃと、自らに自信のつくような

こそばゆくも 嬉しくある心持ちとなって

またヒスイを見上げた。


儂に向いて微笑んだヒスイは、やはり優しくあり

美しくあった。





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