猫 榊 (ヨロズ相談所)

1 猫


「ぷれぜぴお?」

「うん、そう。プレゼピオよ」


師走も末。

くりすますという、異国神の生誕の日であり

儂は、教会の裏にあるジェイド宅にて、ヒスイと話しなどをしておる。


ヒスイとは、ジェイドの双子の妹であり

朋樹と恋仲にある女子おなごよ。


顎の辺りまでの、毛先を しゅと下ろした 白金の頭髪や 澄んだ薄き茶の眼の色などは、まったくに ジェイドと同じ色にあるが、額や眼、頬の形、また肩などは 骨格より まったくに女子のものであり

容貌は穏やかなものであるジェイドと比べ、ヒスイは幾分、くうる な印象を受ける。


だがそれも、口を開くまでの印象にあり

“こつこつと物を作るのが好き” という質のわかる

優しく 柔らかき心根の者よ。


“昨日着いたんだ” と、浮かれ顔にあった朋樹が

手を引いて、ジェイド宅へ連れて参った。


儂は、ボティスと共に ジェイド宅のリビングにおり、テレビなどを観て 寛いでおったところよ。


今宵は、教会にて催しなどをすると申しており

ジェイドは 勿論、ルカや泰河も忙しく仕度をしておる。


昨年も同様の催しは会されたものであるが

儂はまだ、伴天連であるジェイドや教会に慣れておらず、『サンタになってくれ』 と言うてきた

泰河や朋樹の頼みを 無下にも断り

代わりに、玄翁と浅黄が サンタとやらになった。


その後、里でもサンタとなり

ボオドゲエムや人形などが、里の仔狐達にも贈られ、黒く丸き眼を、皆 きらきらと輝かせ喜んだ。


ふむ...  なかなかに良い と 思いはしたものの、自ら断った催しに乗れず、儂は ちぃと後悔などしておった。

此度も 玄翁と浅黄が化けや幻惑にて、サンタになるという。


くりすますが近付いた折り、里に遊びに参っておったボティスに

じきに、くりすます なるものであるのう』 と

言うてみると、ボティスは ちぃと笑い

『欲しい物があるのか?』と、聞いてきた。


『む...  そうではない...

教会にて、催しなどをすると... 』と

実のところ 気になっておった といったことを

打ち明けると

『参加すりゃいいだろ?』と ますますに笑うた。


昼頃、迎えに参ったボティスに連れられて参ったものだが、儂は 異国の祭りの次第はわからぬこともあり、ボティスは 仕度の手伝いなど何もせぬ。

そのようである故、仕度の際には邪魔になるのであろう。


ジェイド等に、仕度に慌ただしき間は寛いでおるが良いという意味合いのことを言われて 追い払われ、ちらと 教会のツリィなどを見上げて

教会の裏にあるジェイド宅にて、寛いでおった。


『ボティス。五山で揉め事だ』


ボティスが、使いを頼んでおった アコが

両手に珈琲のカップを持ち、片腕に紙袋を提げて

報じに参った。


カップの ひとつを儂に渡すと

『パネトーネを買って来たぞ』と、紙袋を飯台テーブルに置き、『少し貰う』と、手のカップから 一口 飲んで ボティスに渡す。


『五山? 史月の山か?』


珈琲を飲みながら ボティスが聞くと

『そう。山犬の悪魔が出た』などと言う。


『最近 イタリアで祓われて、流れて来たらしい。

で、史月達の息子に惚れた。

婿に出すか、自分を山に受け入れて崇めろ って

言ってる。

史月は女に強く出れないし、朱緒が怒ってる。

俺も宥めたけど、聞かないんだ』


なんだそれは... といった顔で

ボティスは、ゴオルドの眼を細めたものだが

『伴天連を連れて来るように頼まれたけど、ジェイドに話しても 何かバタバタしてて

“忙しいからルチーニ神父に頼んでみてくれ” って』と、肩を竦める。


ボティスは、小さき息をつくと、飯台に置かれておった泰河の車の鍵を取り

『すぐ戻る。お前は待っておけ』と、アコと出た。


ふむ。五山は御犬様の山であり、また異国の山犬などが来ておるならば 儂は腰を砕くやもしれぬ。

大人しく待っておるべきであろう... と

一人 珈琲などを飲んでおると、玄関が開き

爽やか とも言える顔で、朋樹が参った。


『おっ、榊。来てたのか』


手を引かれておったのが、ヒスイじゃ。


『むっ!』

『あっ、狐の女性ね?!』


儂は、よう話したことはないが、ヒスイと面識があった。

この正月に、朋樹の実家にて会うておった故。


朋樹がまた、簡単に紹介をし

『コーヒー 淹れて来るから』と、台所へ消える。


ヒスイは、ニコリと笑い

『また会えて嬉しいわ』と、儂の隣に座った。


『ふむ。儂は、お前に失礼をしたが

朋樹を好ましく思うておる訳ではなく... 』


『知ってるわ。私を応援してくれたのね?

あなたの恋人は、悪魔のボティスで

天使バラキエルだった人だって聞いたわ』


儂が頬を染めると、ヒスイはまた ニコリとし

コンビニなどの袋から、珈琲ゼリィを出して

一つを儂に渡す。


珈琲を淹れた朋樹は、『手伝ってくれ!』と

ジェイドに呼ばれ、教会へ向こうたが

珈琲ゼリィを食す間に、儂はヒスイと すっかり打ち解けた。


『ちょっと待ってて』と、ヒスイは玄関先に行き

大きな木箱に、取手が付いた物を提げて来て

飯台に置き、パカリと開くと、素晴らしき世界が拡がった。


「プレゼピオよ」


それは、雪の景色の小さき異国の町であった。


小さき幾つかの家と木々。

だいだいがかった屋根々々や木々に雪が積もり

開かれた馬小屋には、馬と驢馬ろば

座っておる女子おなごと、藁の上に赤子。

一人の男と三人の男が感激の表情で見守っておるというものよ。


「これはね、今日の日のことよ。

この赤ちゃんが、しゅの ジェズ。

女性が聖母マリア。

この男の人が、そのご主人の聖ヨセフ。

この三人の男の人は、東方の三博士」


「ふむ! ジェイドに聞いたことがある!」


生殖行為もなく懐妊した清き乙女のマリアから

ジェズなるものは生まれた、と。


実際の日付はわからぬのであるが、およそのところ

12月8日に懐妊、12月25日に生誕した。

受胎を報せたのは、ガブリエルなる天使であったという。


東方の三博士というものは、占星の学者等であり

一際 輝いた星に導かれ、ジェズが生まれたことを知り、ジェズに礼拝に参った。

この日、1月6日。

“主が お生まれになった” と明らかにしたことから

“主の公現日” と言われており

いたりあの くりすますの祝いは、この日まで続くもののようじゃ。


「そうよ。12月8日にツリーを飾って、1月6日に仕舞うの。

子供たちは、25日と6日にプレゼントが貰えるわ。大人も贈り合うのだけどね」


また くりすますは、この国でいう正月のように

一日 飲み食べをして祝うものという。


「家族でお祝いするのが普通よ。主に感謝を込めて。外にいる人なんて、ほとんどいないわ。

それから、ツリーだけでなく

この プレゼピオという模型も飾るの。

家庭でも飾るけど、教会や街にも飾られるわ」


今、飯台に置かれておる ぷれぜぴお は

ヒスイが作ったものという。


「場所は、べツレへムというところよ。

模型は馬小屋になっているけど、実際にジェズが生まれたのは、馬小屋か洞窟かわからないんですって。

昨年 ここに来た時には、プレゼピオが教会に置いてなかったから、今年から置いてもらうの。

ジェイドが少し 寂しいんじゃないかと思って」


「ふむ。大変に可愛らしくある。

喜ぶであろうのう」


遠き日の小さき異国の町は、しあわせが訪れた という空気が漂っており、見ておると 胸に温もりが生まれてくるものであった。


藁の上の健やかなる赤子も、母マリアも

父ヨセフや 三博士も、皆 穏やかなる表情であり

布で細かく作られた衣類や、馬小屋の内部

家々や木々にいたるまで、すべてが優しくある。

作り手のヒスイの心が移ったものであろう。


そのようなことを申してみると

「まあ! ありがとう、嬉しいわ」と

また笑うて 珈琲を飲む。


「この紙袋は なぁに?

ソファーに下ろしてもいいのかしら?」


「どうであろう? “ぱねとーね” と申しておった」


「ああ、パネトーネなのね!」


ヒスイは、紙袋から紙箱を出した。

実のところ、儂の鼻は、甘き匂いを察知しており

菓子であろうとの推測があったのであるが

これは、くりすますに食されることが多いケェキであるようじゃ。


「ドライフルーツを混ぜ込んで、焼いてあるのよ。ナッツも入ったものもあるわ」


そう言うて、ケェキを持って台所へ行くと

切ったものを 一切れずつ乗せた皿を持って

一皿を ふぉーくと共に、儂の前に置いた。


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