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「雪だ」


「おっ、本当だ」


さっき起きて、まっ昼間の風呂だ。

貸し別荘の庭風呂。


あの後、広場には シェムハザが天空の霊を降ろし、場を浄化した。


儀式に参加した裸の人たちは、それで 一度 落ち着きを取り戻し『着衣を』と、ハティに勧められて

そそくさと衣類を身に着ける。


朋樹が気枯れ式鬼を打ち、ジェイドが

『悩まれた時は教会へ』と 添え

『暗い内に眠るがいい』と、べリアルが参加者を

ホテルやバンガローへ戻るように促した。


白い焔の模様の手で、祭壇で儀式をしたローブの人たちの赤い百合の花の人の花片に触れ

花を消すと、ひどく動揺し始めた。

蝗に憑かれていても、自分たちがしていることは

わかっていたらしかった。

小さな子を、火に通そうとしたことも。


朋樹が 気枯れ式鬼を打とうとすると

『生き直せ。穢れは己で薄めよ』と、月夜見キミサマが止めた。


生贄に連れて来られた子は、まだ榊が抱いていたが、ずっと眠ったままだった。


『まだ 二つ三つであろうのう...

眠りの術が掛けられておるが、今すぐ 起こすこともあるまい。父母は心配しておろうか?』


『それは魔人まびとの子だ』


魔人は、悪魔と人間の混血だ。

シェムハザの城で暮らす 葉月や葵、菜々も魔人だ。クライシも魔人だった。

ボティスは、魔人を見れば分かる。


シェムハザはもう『子が増えた』と言っていたが

ボティスが『どこから連れて来た?』と

まだ動揺し、震えているローブの人たちに聞くと

益々震えて泣き出し、黒蝗に導かれ

『拐った』などと言う。


『“これは人間じゃない” と...

夕方、森で遊んでいるところを... 』


天使や悪魔ならいいが... と いう、皇帝の言葉がよぎった。


魔人は、人間よりずっと長く生きる。

そのせいもあるが、戸籍もなく、子供たちは学校へ通っていないケースも多い。


人間でなくても、何もなにも 罪はない。

ただ 愛されるべきだ。


浅黄が、薙刀の柄でローブの人たちを 一度ずつ払い打った。

『すみません、すみません』と繰り返し

ローブの人たちが泣く。


『親許に帰すのが良かろう』

『心配しておろうからのう』


シェムハザが どの山の森だったかを聞き、アコが男の子を抱いて、両親を探しに行った。


ボティスが自分の軍を喚び

『監督しろ』と命じて、ローブの人たちには

遺骨を埋葬し、テントや焚き火缶などの 広場の片付けをするように言う。


ついでに、オレらが使った森の中のテントも回収しておくよう 軍のヤツに言うと、何か揉めているミカエルや皇帝のところへ向かった。


『ミカエル。ここは地上だ』

『とっくに分かってる って言ってるだろ?』


ミカエルは皇帝に剣を向けているが、皇帝は多少 高揚しているように見える。


ボティスが べリアルやベルゼに説明を求めると

“地上勢力” として動く場合、どちらがボスか... という小競り合いらしかった。


『あっ、もう手は組むんだ!』


ルカが言うと

『組む訳ないだろ? 悪魔も悪魔、ど悪魔だぜ?』

『ミカエルが俺に下るだけの話だ』と、どちらも譲らない。


『けど、また協力し合うことはある って前提の話だよな』

『こういう場合、ボスはボティスじゃないのか?』


朋樹とジェイドが ぼそぼそ話していると

『そう。私のボスはボティスだ』と、べリアルが二人に言う。

『使役契約を結んでいるからな』


『“地上” だから。私も それが妥当だと思う』


ベルゼも言うと、ルカが

『けどさぁ、泰河の血のこと考えたら、泰河がボスってことー?』とか言い出した。


それには、誰も何も答えず

『いいか? 俺とやりたきゃ そう言えよ?

不必要に近づいたら刺すからな』

『まさかと思うが、誘っているのか?』と

ミカエルがカッカするだけで、話は平行線のまま流れた。


『とにかく、ベルゼ、キミ。べリアル。

ハゲニト、ボティス。お前達も良くやった。

俺はひとつ、父を超えた。

望みがあれば、何でも言え』


皇帝は、ジェイドを片手に すこぶる上機嫌だ。

“お前達” に含まれたミカエルは

左手に秤も出したが、オレとルカで止める。


『このまま酒宴といきたいところだが

召喚でもなく城を空けると、リリーがうるさい。

地界は今、リリーに任せて来ているからな』


月夜見と握手し、ボティスをハグすると

『神話の話がまだだ』と

ジェイドの頬に触れて約束を確かめ

『近い内に必ず』と 聞くと、髪にキスをし

ベルゼやべリアルと地界へ戻った。


ハティが、モレク像と祭壇に息を吹き 灰にすると

花だけが灰の上に残る。欲と天女の花。


榊と浅黄は、また月夜見が 里へ連れて戻り

『玄翁に此度の話をする』と言うので

任せることにした。


界の扉を出した榊に『戻ったら里へ行く』と

ボティスが言うと『ふむ』と笑う。

琉地とアンバーも、榊たちと扉へ入ったが

ミカエルが『ミソスープ 飲みたい』とか言って

オレとルカは、やっぱり優しい顔になった。


貸し別荘に戻ると、シェムハザとアコも戻って来て、飯を取り寄せてくれながら

『両親は泣いて喜んでいた』と、男の子が無事に帰ったことを話してくれた。


男の子は、拐われてすぐに眠らされたようだが

拐われた記憶も シェムハザが消してきたらしい。


『不要だからな。

また、子供が教育を受けられるよう、役所に戸籍を誤魔化し入れる術も 手解きした。

データなど簡単な術で済む。

魔人たちも地上で暮らすならば、社会に適応していくよう、生き方を改革していかねばならん』


“パパ” は違うよな...


『“子供” で、ちょっと思い出したんだけどさ

べリアル、あの子のこと護ろうとしてなかったか?』


オレが聞いたのは、べリアルが祭壇で 人の魂を刈った時のことだ。

生贄を出さないように... というより、あの子を護りたかったんじゃないか? という感じがしたからだ。


ただ、べリアルが っていうのが不思議な気がした。

法律に詳しいが、誰より淫ら。

イエスを訴え、ソドムとゴモラを堕落させた。

儀式も べリアルが来た途端にアレだし、あの人、いろいろ怖ぇしな。


『べリアルは 子供好きだ』


『そう。本人は “唆し甲斐がない” から “身体が成長するまで待つ” などと言うが、子供にちょっかいを出す悪魔は、自ら処刑する』


意外だ...  けど、怖いとかヤバイだけの印象じゃなくなった。


『崇拝の過熱前に、なんとかモレクが片付いて良かったけど、結局 サンダルフォンの思惑通りなんだよな』


朋樹が ライスコロッケにフォーク刺しながら

気に入らん って感じで言う。


『仕方無いだろう。

だがまた、キュべレの目覚めも遠退いた』


ワイン片手にハティが答えると

『お前等は なんか不満げだけど、モレクを滅したっていうのは すごいことなんだぜ?』と

ミカエルもライスコロッケ食いながら言った。


『天にも報告するけど、まずは聖子に話す。

お前等が絡んでるしな』


聖父は、オレに混ざっている獣のことも知らないんだよな...

知ったら、オレも殲滅対象かもしれねぇし。


『サンダルフォンが何人も殺った ってことも?』と、ルカが聞くと

『それは報告しても “異教徒の殲滅” になるから

咎められることはない』ようだ。

預言者エリヤだった時も、バアルの預言者と やりあってるんだもんな。


『うん、よくやった。俺からも誉めてやるし

感謝もしてる』


飯が腹にたまってきたせいもあるだろうけど、にこにこして言うミカエルを見ると、やっと 人心地ついて、あくびが出た。


それで、ざっとシャワーだけ浴びて

山仕事用ツナギから 部屋着に着替えて寝て

昼過ぎに目覚めて、また飯をもらい

庭の温泉に浸かっている。


「雪って きれいだよな。冷たいし」


青白い湯面に上がる湯気の中

ブロンドの睫毛と碧眼で空を見上げる。


「ミカエルって、落ち葉も好きだよな」

「楽園って 雪 降んの?」


オレとルカが聞くと

「たまに 一角だけ降らせてる。地上ごっこ。

落葉樹が欲しいんだよな」と、空を見上げたまま答えた。

天では、上から何かが降ることはないようだ。


「雨も好きだ。葉っぱが濡れるときれいだろ?」


サッシが開いて「そろそろ帰る」と、先に上がったボティスが言う。


「雪が降って来たんだぜ?」


ミカエルが言うと「だからだろ?」と ボティスが

答えているが、ミカエルは納得しない。


「アイス買ってきたぞ。ナッツ入り」


ボティスの後ろからアコが言うと、ミカエルは

すんなり上がった。


オレらも上がって、アコが買ってきてくれた服に着替えたが、ミカエルが変わったのは 中に着ていたニットだけだった。

紺と黒の幅広のボーダーニットから、白と黒に色が変わっただけ。


「アコと一緒に買い物に行ってたのに、他には選ばなかったのか?」


「他のは気に入ってるからいい。

上も今は、これとあれが あればいいし。

どっちも好きだから」


へぇ...


アイス食って、オレのだったモッズコートを羽織ったミカエルに「似合ってるぜ」と言うと

「うん、まあまあだろ?」と嬉しそうに笑った。


帰り際に、ビトウくんに挨拶に行くと

「また調査に来る時は、“オカ研” って言ってくれたら、優先的に別荘予約が取れるようにするよ」と言っていたが、そもそも別荘予約は少ないらしかった。カップのコーヒーを奢って手を振る。


ハティとアコが 一度 地界へ戻り

シェムハザも「また夜来る」と、城へ戻った。


ボティスが ミカエルの翼に目眩ましを掛け

バスの助手席に乗ってる間中、ミカエルは外の雪を見ていたが、麓に着く頃に雪はやみ

「マシュマロ食いたい。珈琲。やっぱり汁粉」と

うるさくなる。


沙耶ちゃんの店に着くと、占いの時間が終わり

夕方の休憩が終わる時間だった。


ミカエルは「お前等、こっちに座るなよ!」と

カウンターを独占した。

翼を目眩まししているので、ゾイが隠せない。

男をゾイに寄せない作戦らしいが、裏目に出たら... と オレとルカは そわそわする。


ムスッとした朋樹が、ミカエルの隣に座ると

ミカエルもムッとした。


「お前、今 俺が言ったこと聞いてたのかよ?」


「オレは平気なんだよ! 兄貴だから!」


最初は「おかえりなさい」と 照れていたゾイも

朋樹がカウンターに来ると「朋樹も おかえり」と

いくらか普通の状態になった気がする。

緩和役にジェイドもカウンターに座った。


グラタンと野菜のスープ、オムライスというメニューだったにも拘わらず

「ミソスープ」と言うミカエルに

「はい」と、ゾイが お椀の味噌汁を出している。


「あの、今日は私が作ったんです... 」と

ゾイが頑張ってミカエルに報告すると

朋樹も「オレも!」と もらい

「美味い」と答えるミカエルの隣で、またムスッとしたツラして飲んでいる。


「お前、なんでまだ機嫌悪いんだよ?

トーフ嫌いなのか?」


不思議そうに聞くミカエルに、ジェイドが笑う。

ちょっと放っておいても大丈夫そうだな...


「明日から虫取り」


沙耶ちゃんからコーヒーを受け取りながら

ボティスが言った。


「虫ぃ?」「え? 蝗か?」


「そうだ。灰蝗グレーイナゴが見つかっただろ?

調査のためもあるが六山の霊獣分も集める」


皆、蝗 食うのか...

まぁ霊獣たちは余裕かもしれんけどさ。


「召喚の方も忙しくなるからな」


「なんでだよ?」「予約 入ってるのか?」


「まだだ。だが入る予定だ」


オレらも コーヒー飲みながら話を聞くと

今回の儀式の参加者が召喚屋の客になる と言う。

皇帝が欲を花にして抜いたので、欲や野心が薄れ、仕事に影響する... ということらしい。


「軍の者を使って、本人や その周囲の者に

召喚屋の情報を吹き込ませている。

欲はまた そのうちに湧くが、業績が落ちるのは

すぐだからな。経営者が それじゃあ困るだろ?」


ニヤッとして、沙耶ちゃんがテーブルに置いた

チョコ生地のロールケーキにフォークを入れる。

抜け目ねぇよな...


沙耶ちゃんに「珈琲のお代わりは?」と聞かれて

「飲む」とカップを渡しているが

ボティスは沙耶ちゃんには素直な気がする。

さすがはボスだ。


「俺、チョコあんまり好きくない って言っただろ?!」


ロールケーキにミカエルが文句を言っている。


「じゃあ食うなよ」と、朋樹が言うと

「食うから文句 言ってるんだろ?!」と返す。


沙耶ちゃんが、コーヒーのお代わりをカップに注ぎながら

「アプリコットソースをクリームに混ぜているわ。食べてみて」と 勧めると

ミカエルは 一口 食って「あれ? 美味い... 」と

おとなしくなる。

「もうひとついかが?」「うん、食べる」と

ロールケーキも お代わりした。


ボティスも扱える沙耶ちゃんとって、ミカエルを転がすのは簡単なようだ。


店の電話が鳴り、ゾイが取る。

少し話しながらメモを取って切ると

「仕事だよ。祓いの」と、朋樹にメモを渡した。


帰ってきたとこなんだけどな...

「マジかよー」と、ルカもガッカリしているが

ボティスがピアスはじいて「済まして里に行く」と

椅子を立った。


「大学に何か出るんだってさ」

「降霊か何かしたんじゃないのか?」


ジェイドや朋樹も立つと、ミカエルも立つが

「お前は来んでもいい」と ボティスに言われている。


「なんでだよ? 俺が仕事 見てやるぜ?」


「お前は里にまで付いて来るだろ?

店を手伝ってみたらどうだ?

その後はマンガでも読め。地上の文化の 一つだ。

ゾイでも連れて ルカの家に... 」


沙耶ちゃんの眼が “まあ” と輝き、オレもルカも優しくなったが

「ダメだ! 仕事終わったら、プラモデル買ってやる!」と、朋樹が ミカエルを店から押し出した。


バスに乗っても

「なんだよ、お前! プラモデルって、作るの手伝うんだろうな?!」

「ああ、色塗りも手伝ってやるぜ!」と

言い合いしているが、まぁいい。

ゾイとデートのチャンスは また来るはずだ。


依頼の大学へ向かっている途中、大通りで

ジェイドが 歩道に寄せてバスを停めた。

寒いのに窓を開け「アカリちゃん!」と呼んでいる。


歩道を歩いていたシュリが振り返った。

紙袋を幾つか持っている。買い物したようだ。


「あっ、なんか、どこかの山で お仕事してたんだよね? 帰って来たの?」


「うん。今日、ジャズバーは?」


「お休みの日ぃ。カフェに寄って帰ろうかと思ってー」


「泰河、降りろ」と、ボティスが言い

ルカが優しい顔で「ほら」と ドアを開ける。


「いや、仕事は?」と 聞くと

「バカじゃねぇか、おまえ」と 朋樹が助手席から振り向き、ミカエルまでが「早く行けよ」と 生意気にも急かした。


仕方なく、バスを降りると

「仕事終わったら、ジェイドん家いるけど

帰って来なくてもいいんだぜ?」と

ルカが笑顔でシュリに手を振ってドアを閉め

バスは走って行った。


「よう」


「あっ、お仕事 良かったの?」


タイトなジーパンにミドルブーツ。

オレと似たようなモッズコートを着たシュリは

今日も男前女の子だ。


「いんだよ、人数いるし」と 紙袋を取って持つ。


「飯は?」

「うん、もう食べたよ。荷物ありがとう」


「寒いな」

「うん、寒いね。今日か明日、雪なんだって」


シュリは、何も降ってない空を見上げて

自分の白い息に 少し笑った。


「車ねぇし、あんまり遠く行けねぇけどさ」

「ううん、そんなの全然!」

「映画、とか 行くか?」

「きゃああ!! 本当にぃ?!」


「うるせぇよ! でかい声 出しやがって」と

頭 掴んでやると

「だって、デートみたいなんだけどー!!」と

まだ きゃあきゃあ言う。


「まぁ、そのつもりだしさ」


冬の風に ほっぺた赤くしたシュリは

頭離したオレを見上げて、眼を丸くしている。


「きゃあ! やだぁっ!!」と、また騒ぐので

「うるせぇっつってるだろ?!」と

多少 本気でヘッドロックかけてやった。






********       「祭壇」 了



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