51


最初に蝗に入られた人が、ふらつきながら祭壇に向かおうとするのを、呪で 足に木の根を巻いて

月夜見キミサマが止める。


また他の人が立ち上がった。

月夜見が木の根で止めるが キリがない。

次に立ち上がる二人にも、月夜見が眼を向け

呪をかける。


朋樹が白い鳥の式鬼を飛ばし、モレクの肌を切るが、それもすぐに修復されていく。


「ルカ、泰河! 印は?!」


苛立って聞く朋樹に「触れねーんだよ!」と

ルカも焦りで苛立ちながら返した。


ルカは、裸で 祭壇に向かおうとした人に近寄り

胸に なぞるべき印を見つけたが、筆でも触れられないようだ。


「泰河!」


ジェイドの声に祭壇を向くと、裸の女が 一人

祭壇とモレク像の間に向かっていた。

片眼から黄色い花を咲かせている。


「森から出て来た」と、アコが祭壇の向こう側へ向かい、モレク像の腹の火の前に立った。


「止まれ」と命ずるが、女は止まらずに 祭壇の向こうに立ち、シェムハザが調べている祭壇の男の子に手を伸ばしている。


ジェイドが影の手を伸ばそうとしたが、モレク像の炎の灯りで祭壇の影が落ちて ジェイドの影は遮られ、祭壇の先へは伸びない。


祭壇へ走ろうとすると「邪魔だ」と 肩に手を置かれた。黒いローブの腕。べリアルだ。


「ミカエル。あれは、異教徒だ。

印の付かない魂となる。いずれ私の物となるが

今、契約をする」


べリアルは、祭壇の向こうに立つ 女のことを言っている。

ヨハネの黙示録に記された、“最後の審判” で

額に印のない人の魂は、すべてべリアルが手にする。

ミカエルは、白い翼と赤いトーガの背を向けたままだ。


「女が 贄を手に取るぞ!

ならば、このローブの主として魂を刈る!」


答えないミカエルに怒鳴り、べリアルは 一度 消え

祭壇の向こう側、女の背後に立った。


「ボティス! 助力を!」


ボティスが天使の助力円を出し

「助力、サリエル。魂の権限」と言うと、助力円の上に大鎌が顕現した。

ローブの腕を伸ばしたべリアルの手に掴まれる。


「ミカエル」と、ボティスが呼ぶと

「権限の行使を許可する」と、背を向けたまま

ミカエルが言った。


「べリアル」と、朋樹が式鬼札を飛ばし

炎の蝶たちが飛び立つと、大鎌の刃に蝶が取り巻いた。


べリアルが何かの呪文を唱えると、祭壇に手を伸ばした女のうなじから 白い炎のようなものが立ち上る。


「月に向かえ」


べリアルが 鎌で白い炎を項から絶つと、女は モレク像の前に立っているアコに もたれるように倒れ、白い炎は天に昇り、薄れて消えた。


広場に座った裸の人が また立ち上がる。


月夜見が止め、朋樹が式鬼で攻撃を続けているが

傷や火傷は すぐに修復されていく。


「お前を突いて、跳ね返る身代わりは何人だ?」


苛立ったボティスが、ナイフを上げて言うが

「やめろ、バラキエル。身代わりを殺すだけになる」と、ミカエルが止める。


「なんで 修復されるんだ?」


朋樹も苛立ち、白い鳥の式鬼を頭蓋の額に当てたが、頭蓋には傷は入らなかった。


「... 琉地?」


ルカの声に向くと、アンバーを頭に乗せた琉地が

アンバーをルカの手に降ろし、白い煙となって

ルカの目の前にいる 赤い百合の人の中へ入っていく。百合の花芯から入っていくように見えた。

琉地が入っても、ルカに跳ね返りのような作用は見られない。


ルカの手にいるアンバーは、きらきらとした糸を持っている。

アンバーが包まれた繭の、虹色の糸だ。


糸の先は、百合の花芯に繋がっている。

琉地が咥えて入ったようだ。


赤百合の人が 頭や肩を ガタガタ震わせ、煙となった琉地が花芯から出てくると、アンバーが糸を引く。


糸の先には、黒蝗が付いていた。


「おまえら... 」「すげぇな!」


糸から取った黒蝗を、食おうかと迷ったようだが

よれよれ飛んで、ジェイドに渡しに行くと

「出したのか?!」と 抱き締められ

「あとで お祝いをしよう! この人も頼む」と

誉められて、アンバーは得意顔だ。

黒蝗は、ジェイドの手から「うん、えらいぞ!」と、祭壇越しに アコが取って踏み潰した。


「おまえも えらいじゃん」と、ルカに両手で わしわし撫でられて、ニカッと笑った琉地は オレにも撫でられ、軽く飛び付いてきた。

受け止めると 腕の中で煙となって流れ、アンバーの手の先の糸と共に、ジェイドが影を掴んでいる人の 花芯に入って行った。


月夜見の木の根に捕まっている人から蝗を出せば

身代わりの繋ぎは解消される。

もう、跳ね返りは起こらないが

問題は、モレクの傷が修復されるということだ。


「さて。じきだな、モレク」


ボティスの隣で、朋樹が炎の鳥の式鬼を飛ばし

また頭蓋の額に追突させる。


「頭蓋のせいでは?」と、モレクの背後から

ずっと観察していたベルゼが言った。


「だが、頭蓋を外せば また身体から魂が抜け

頭蓋と消えるだろう」


ハティが言うと

「このまま頭蓋を破壊 出来れば... 」と、ベルゼは

月夜見を見た。


また森から、口に青い花を咲かせた裸の男が

祭壇に近付いて来る。


べリアルが「贄は?」と シェムハザに聞くが

「祭壇から離れない。術式が違う」と、首を横に振った。


琉地とアンバーは、まだ他の赤百合の人に入っている。

祭壇に辿り着いた男は、贄の子に手を伸ばさずに

アコとべリアルの間の、モレク像の腹に入った。


「何... ?」


アコが手を伸ばすが、抵抗に合って掴めない。

べリアルが呪文を唱えるが、火に通されたからか

白い炎の魂は出てこない。


口に青い花を咲かせた男は、炎の中に膝を抱え

ぶすぶすと焼け溶け始める。


ダメだ 何も 出来ない。


月夜見が白い蔓を伸ばし、男を引っ張り出す。

もう、助からないように見える。

でも シェムハザは、自分の青い魂の 一部を飲ませようとする。


「シェミー。無駄なことは やめろ」


皇帝が 男を破裂させた。


「子にかからわず、贄にしようということか?」


ミカエルが声を震わせる。

モレクに触れることが出来ないのが 心底悔しいのか、怒りで ビリビリと空気を鳴らした。


「榊」


月夜見が喚ぶと、界の扉が顕れ、結い上げた髪に六本の簪を差し、緋色の着物に金の帯を前に締めた 番人姿の榊が扉を開けた。

月夜見に透明の糸を渡され、一度 消える。


再び扉が開かれると、薙刀を持った浅黄が扉から出て、モレクの前に立った。


「頭蓋を割れ。外さずに、このままだ」


榊は祭壇の方に歩き、シェムハザの隣に立つと

生贄の子に手を伸ばそうとし、弾かれて

シェムハザやジェイドに事情を聞いている。


贄子にえごを取り上げていただくかのう」


榊は、月夜見の傍へ行って 背伸びをし、小声で何かを言うと、また戻って来て シェムハザに

「これを遺骨に」と、祭壇の向こうで べリアルに魂を刈られて倒れた 片眼に黄色い花を咲かせた女を差した。


シェムハザが青い炎で焼き、遺骨にすると

落ちた花と頭蓋と下顎を持って、祭壇の端に置いた。


いつの間にか、皇帝が近くにいたので

オレとルカも榊の近くに行く。


「これらは、欲望の花である と?」


榊が聞くと、皇帝は 榊のくちびるを見つめながら

「そうだ」と微笑む。

シェムハザが榊の肩に手を置いた。


「祭壇に集められようか?」


「簡単なことだ。シェミー」


集めるのはシェムハザらしく、指を鳴らす。

人の眼や口、身体に咲いた花は 祭壇に溢れた。


榊は、赤い百合の花びらの 一枚を千切り、頭蓋の口に挟み込むと、合掌し

初中後善そちゅうこうせん文義巧妙ぶんぎこうみょう純一円満清浄潔白しゅんにちえんまんせいせけっぱく... 」と

理趣経を読み始めた。


祭壇の榊の前から、広場の中央を振り向くと

薙刀を片手にした浅黄が、モレクと向き合っている。


「... 妙適清浄句是菩薩位びょうてきせいせいくしほさい... 」


「アサギ」と、くぐもった声で モレクが浅黄の名を呼んだのを聞いて、カッと頭に血が昇った。


一歩 前に出たボティスを、ミカエルが止める。


「... 愛縛清浄句是菩薩位あいはくせいせいくしほさい... 」


榊が読む理趣経の十七清浄句じゅうしちしょうじょうくが続く。


「... 一切自在主清浄句是菩薩位せいしさいしゅせいせいくしほさい... 」


突然、浅黄が高く跳び、両手で逆手に持った薙刀で、モレクの額を貫いた。


薙刀の刃の下で、模様が彫られた牛の頭蓋が 音を立て、ヒビが入った。

頭蓋は、額から砕けて地面に落ちた。


琉地とアンバーは、ほとんどの身代わりの人から蝗を抜いていたが、まだ抜けていない人にも 跳ね返りは起こっていない。


「アサギ」と 呼んだモレクの額から、浅黄は薙刀を抜き、一礼をすると、月夜見の背後に下がった。


「... 荘厳清浄句是菩薩位そうげんせいせいくしほさい... 」


仕事を済ませた琉地とアンバーが、両手いっぱいの蝗を持って来ると、アコが受け取って纏めて焚き火缶に入れ、また誉められている。


ボティスが「良し」と、また モレクの顎の下にナイフを突き付けると、ミカエルが鎖を引く。

そのままナイフは、モレクの顎の下を突いた。


「二度も 気安く呼びやがって」と

ボティスが 突いたナイフをねじる。


ミカエルやハティには触れられないようだが

「このまま身体を破壊すれば、残りの魂も身体から出る」と、ベルゼが言い

「お前は すごい!」と 浅黄を誉めている。


「... 身楽清浄句是菩薩位しんらくせいせいくしほさい... 」


「泰河」と ルカに呼ばれ、祭壇に向き直ると

小さな子と頭蓋の回りの花が揺れ出していた。

もうすぐ 十七清浄句は終わる。


突然、ドン! と 地面が揺れて

背後が 明るくなった。


「あ?」「何?」


広場の左奥の方、裸の人たちがいた 一角だ。

その辺りに座っていた人が消えていた。


「ハーゲンティ! シェムハザ! 防護円を敷け!」


ミカエルが背に輝く虹色の翼を広げた。

月夜見の前に鎖の先を投げると、剣を抜きながら 地を蹴り、空に上がる。


「異教徒 殲滅のめいだ!」


「異教徒って、ここにいる裸の人たちか?」

「なんで? 崇拝の過熱は まだ... 」


「さっきの光の柱は、サンダルフォンだ」と

べリアルが言い、シェムハザと皇帝の前に立ち

防護円を敷く。


空中に 白く強い光の珠が弾け、天の門が開いた。

天使たちが門から溢れ出て来る。


「サリエルの軍だ」


天使たちは、虹の翼のミカエルを見て たじろいでいる。

ここにミカエルがいることは知らなかったようだ。


「お前たちは モレクの方へ行け」


オレとルカに言いながら、べリアルは防護円を出ると、ジェイドを引っ張って 自分の隣に立たせた。


「行こうぜ」と 言うルカと、モレクの方へ走ると

月夜見が三ツ又の矛で 鎖の先を固定し、常夜とこよるの闇の靄をみ出させている。


「誰のめいで ここにいる?!」


黒いフードの下から、べリアルが天使たちに聞いた。

アーチのゲートから続く アイボリーの階段に立つ天使たちから見えるのは、べリアルの口元だけだろう。


「あなたの、めいだと... 」と 天使の 一人が答えた。

サリエルじゃない と、気付いていない。


「それは 誰が言ったことか と聞いてるんだ!」と

ミカエルが天使たちに向き合って言った。


「泰河、手伝え」


喉を突いたナイフを引き抜きながら ボティスが言うが、モレクを掴もうにも 何かに手が阻まれる。


「鎖だ」と、ハティが言い

月夜見が白蔓で、モレクを拘束し出す。


「ミカエル、鎖!」と、ルカが叫ぶと

月夜見が三ツ又の矛を抜き、ミカエルが天のことで鎖を引く。


「散々 手間 掛けさせやがって... 」


朋樹が炎の蝶を無数に出し、ルカが風で巻く。

額や首の突き傷も 焼けた肌も、修復はされていない。


「いけるぜ」

「首だけにしてやる」


白蔓に巻かれたままのモレクを、ボティスが蹴り倒した。

月夜見が また地面から白蔓を伸ばし、モレクの両腕を地面に拘束する。


白い焔の模様が浮き出してきた腕で 穴が空いたモレクの額を押さえつけると、モレクは咆哮して身をよじった。


白蔓が切れ、ルカが地で拘束したが耐えきれず、

朋樹が赤蔓を伸ばし、またモレクの腕と脚を巻く。

オレの手も 額から外れたが、また押さえ直し

ボティスが 仰向けになったモレクに 馬乗りになると、ルカと朋樹が、モレクの手首を押さえて固定した。


「... 香清浄句是菩薩位きょうせいせいくしほさい... 」


榊の 十七清浄句に重なって

「何故、あなたが... ?」と、ミカエルに問う 天使の声がする。


第七天アラボトより、聖子の命により降りている!

ここは俺が収める!」


ミカエルが、左手に秤を出して 右手につるぎを握り

「誰に命じられたか言え!」と、目の前の天使に

剣の先を向けた。


「極秘に 異教徒の魂を月に運ぶよう サリエルから伝言を受けた と、サンダルフォンが... 」


天使が答えた時に、ミカエルが天のゲートを閉じた。


「... 何以故かいこ一切法自性清浄故せいほうしせいせいせいこ般若波羅密多清浄はんじゃはらびたせいせい


榊の理趣経が終わると、祭壇の頭蓋に花が集まり出し、山となって頭蓋を押し上げていく。


花が重なり伸び、頭蓋の下に人の身体のかたちとなると、それは天女になった。





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