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「靄が晴れていた... 」


模様が彫られた牛の頭蓋は、月夜見の常夜の靄が無くなり、白く戻っていた。


「いつだ? 奈落からモレクの身体を出しても

頭蓋は ずっと闇色だったのに」


「炎によって白蔓の拘束が燃え落ちた時か?」


「いや。ルカが 炎を風の精で巻いた時に、もう吹き飛ばされた。それより前だ」


「鎖を解いた時じゃないのか?」

「それしか考えられないが... 」


「単純に、靄の封が解けた時だった とも考えられる」と、月夜見が言う。

つまり、奈落からモレクの身体を出したことや

鎖を解いたことは関係なかった... とも 考えられると いうことだ。


「これって、モレクの残りの魂が、身体に戻ったっていうことだよな?」


ルカが、聞きたくないけど という顔で聞く。


「そういうことになるな」


ボティスが答えて、ピアスを弾く。

ハティやシェムハザは無言だ。


「でも、鎖を解かなければ

魂は身体に戻らなかったのか?」


朋樹が 疑問だって風に言うと

「いや違う。元々身体と魂は 一体だろ?

アバドンが、魂と幽体だけを地上に出した。

鎖があろうがなかろうが、封が解ければ 魂は身体に戻れる」と、ミカエルが答えた。


「今までは モレクが、牢獄の身体に戻ることを

選ばなかっただけだ」


じゃあ、身体を出したのが間違えだったのか? と

もう考えても仕方のないことも よぎるけど

「最初から この予定だっただろ?」と

ミカエルが言う。


一瞬、“ほら見ろ” と 責める気かと思ったが

「予定通り、大半の魂はベルゼブブが吸収した。

残りも今まで逃がさずに封じておけた。

だから、魂の残りが 身体に戻ったことも 目の前で確認が出来た。

“残りはどこにある? 戻ったのか?” と、余計な混乱を起こさずに済んだ」と

全体を “間違っていない” と、フォローした。


「少なくとも、モレクからアバドンに 人間の魂が渡ることはなくなった」


そうだ。キュべレの目覚めのための魂が モレクから奈落に回されることはない。

奈落から身体が解放されたことで、アバドンに対する弱味が無くなったからだ。

ひとつは阻止 出来た。


「何故 アバドンが、人間の魂を?」と

ベルゼが聞く。


「あいつは、黙示録のために恩寵を剥奪されてないだけで、堕ちかけてるからな。

昔から蝗害で取った人間の魂を、天にすべては送らずに 掠めて飲んでる。

味をしめやがったんだろ。

罪人管理のために、力が要ることも確かだ。

多少のことをしても、とがめられない」


「天の恥だけどな」と、ミカエルが付け加えると

ベルゼは納得したようだが

皇帝は まだ、ミカエルを じっと見ていた。


「身体を取り戻しても、モレクは今 弱っている。

好機だ。魂の修復のために、予定された儀式には姿を現すはずだ。ここで仕留める。前を向け」


ミカエルは オレらだけでなく、皇帝やベルゼにも

「生贄を火に通させるな」と言い渡した。

上に立つヤツ、って感じだ。

オレらだけでなく、ボティスやハティまで気持ちを切り換えれたようだ。


「バラキエル、守護天使等に命を出せ。

儀式参加予定者に 改心を囁かせ続けさせろ。

必ず立ち止まる者はいる。諦めるな。

お前等も 各軍に、他の儀式の情報を集めさせろ。

ベルゼブブ、疫病は無し」


ハティたちにまで指示を出したミカエルを見て

皇帝は面白くなさそうだったが

「お前、父を何か とか言ってなかったか?」と

ミカエルに聞かれると

「そうだ。俺は 父を超える」と 口元を緩ませた。




********




あれから、皇帝とベルゼ、ハティ、月夜見は

それぞれ地界や幽世へ戻り、ミカエルは天へ。

オレらも 一の山を降りた。


ジェイドの家で、シェムハザに飯を取り寄せしてもらって食ってると、窓に碧い眼の露が張り付く。


『人数 多いと狭いな。お前等、いつも床だし』


ミカエル、戻って来るの早いよな...


『また留守にすることだけ、楽園配属の奴等と

ラミーとアリエルに言ってきた。

楽園は、引き続きアリエルが みといてくれる。

聖子にもモレクの身体のことは話しておいた』


で、ボティスが寝室 使って

ジェイドは、オレらと客間なんだけど

ボティスと寝室で寝た 露ミカエルは

朝、だらだらと寝ていたオレ等を起こしに来て

飯 食ったら、ジェイドと教会に出る。


ボティスは、教会の 一番後ろの長椅子に ふんぞり返って足を組んで座り、守護天使の報告を聞く。

悪魔の時も ああやって座ってたな。


「二人相談に来る。参加予定者だ」


助祭の本山くんと、ジェイドが 相談に乗り

オレとルカは お茶係。


相談に来る人たちは、守護天使たちの導きによって 教会に来た。

朋樹は、カトリック信徒でない人が教会に入ることや、相談することを躊躇する時に、ジェイドの代わりに相談に乗る。


相談に来た人たちは、誰も 生贄のことは知らなかった。公にされない会合 ということで、乱交系という予測はついていたようだ。


相談中は、露ミカエルが うろうろして相談者の膝に乗ったり、前の長椅子から見つめたりする。

ただそれだけなのに、さすがは “ミカエル” で

相談に来た人たちは、儀式参加のキャンセルを決めた。


「守護天使たちの説得さぁ、急に効き出したよなー」


ルカが言うのに頷いていると

『急にじゃないぜ』と、露ミカエルが言う。


『今まで諦めずに説得を続けたからだ。

こころも言葉も、ゆっくりと沁みていく』


「悪魔等の脅しもな。“行けば破滅する”」


露ミカエルの言葉を ボティスが台無しにした気もしたが、結果として心を動かしているので

「珈琲」と言われて、素直に淹れに行く。


「迷っているが、相談に向かえない者もいる」


教会から遠い場合や、仕事を抜けられない人たちだ。

この場合は、ゾイやシェムハザが その場まで行き、直接 話し掛ける。

会社の廊下やエレベーターに、突然 出現して。


それで話すのか?... と、心配だったが

ゾイは天使だし、よく考えてみりゃ シェムハザを無視することなんか 誰にも出来ねぇよな。

言葉を失っても、話は聞くようだ。


『正しい方向ではありません。

ご自身で わかっていらっしゃるから、迷われているのでしょう?

これまで通りの歩みを続けるのです』


『遊びで掴んだコネなど、大して使えん。

ビジネス上で確実な繋ぎを付ける方が、どれだけ先に繋がるか... 』


天使と悪魔ってさ、普通なら 善と悪に揺らすよな。

けど今回の場合、どっちも同じ方向に導き 脅す。

元々 参加を迷ってりゃ、キャンセルを選ぶだろう。


夕方まで教会にいて、相談に来ても

“もう少し考えます” と言う人もいたけど、キャンセルすると決めた人は 5人いた。

ゾイとシェムハザの方を合わせると8人。


『よくやった。迷いながら儀式の場に行く奴もいる。儀式の場でも、諦めずに続ける』


山頂での儀式は 明後日だ。

オレらも明日は、また祭壇トフェトの山へ移動する。


「衣類は こちらで準備する」と シェムハザが言い

「また買って来てやる」と、アコも言う。

服を選ぶのが楽しいらしい。

何の仕度もせず、着のみ着のままで移動 出来るのは ありがたい。冬は特に。嵩張るしさ。


『俺のも用意しろよ』


ジェイドの肩に乗った露ミカエルが、片方の前足で指すと

「一緒に行く? イタリア」と アコが誘った。


「露は、悪魔や天使のような移動は出来んぜ」

「天使って、地上で姿を消すと、まったく見えなくなるだろう?」


朋樹や ジェイドが言うと

「翼が見えなきゃいいんだろ?」と アコが答え

ボティスとシェムハザが マズい ってツラになる。


アコは、何も気付かず

「エデンから降りて来てみろよ」と

ミカエルを誘い、露の眼が新緑色になると

ボティスと シェムハザに

「アコ、いかんぞ」

「まさか術を教える気じゃ... 」と 責められている。


「ダメなのか? なんで?」


「しょっちゅう本体でいることになるだろ?」

「翼が見えなかろうと、あいつはミカエルだぞ?

人目を引きすぎる。皇帝でも 弁えているのに... 」


玄関のドアが開いて、翼 背負ったミカエルが入って来た。

教会の裏、ルカのバイクとミント撒いたスペースに、エデンを開いたらしい。


「それで、どうするんだよ?」


「うん? よし、行くか」


「行ける訳ないだろ? 背中 見ろよ」


ミカエルは ブロンドの睫毛をしかめて、明るい碧眼をシェムハザに向けた。


「お前等が人間の娘をめとってから、地上じゃ 翼を隠せなくなったんだぜ?」


「そうだな、悪いとは思っているが... 」


「バラキエル。お前もラミーも

もう堕天してたくせに、天使名で参加しただろ?

娶りもせずに、遊ぶだけ遊びやがって」


「何世紀前の話だ? 紀元前だろ。もう忘れろ」


「もういい。このまま行く。

俺を見た人間の記憶は、後でザドキエルに... 」


「わかった。せ」と

ボティスがミカエルの片翼に手のひらを付け

ラテン語らしい呪文を唱えた。


「おお!」「すげぇ!」


翼が薄れて見えなくなっていく。


「何だよ? 何が変わったんだ?」


ミカエルは 相変わらずムッとしているが

「翼ないぜ」と ルカが言い、ジェイドが鏡を渡すと「あっ!」と、眼を見開いた。


「でも あるぜ?」


ミカエルが 翼を動かしたようで、風が動いた。


「隠したんじゃあない。目眩めくらましだ。

見えないように誤魔化している。

言っておくが、天では禁術だ。お前には使えん。

一度 天に戻れば解ける」


「お前、なんで今まで黙ってたんだよ?!」


「禁術だ って言ってるだろ?

地上や地界でも、俺しか使えん」


ボティス、ついでみたいに嘘つきやがった。


「禁術でも、行使するのが お前なら問題ない。

今、人間だし」


「だが、お前は目を引く」


シェムハザが言ってもなぁ...

オレらは、似たようなツラになったが

「天や異教の神からもだ」ってことだ。


「あっ、それダメじゃね?」

「オシノビだもんな」

「しかも、遊んでてバレるのもな... 」

「バレたら降りにくくなるんじゃないか?」


オレらが 口々に言うと

「気配くらい消せるぜ?」と、またムッとする。


「天使は消えきれないんだよ。

天は誤魔化せても、人間にはな」


「天を誤魔化せれば問題ないだろ?

行くぞ、アコ!」と

ミカエルがアコの腕を掴んで、一緒に消えた。


「えー、マジで良くはないんじゃねーの?

地上で目立つのはさぁ」


ルカが言うと、シェムハザが

「翼を目眩ましした時に、俺が ミカエルの気配が目立たんようにはした」と、ため息をついた。


「じゃあ、いいんじゃねぇか?」

「カフェに連れて行ってみたいね」

「ケーキ多いとこな」


「お前等、史月が 二人に増えたら どう思う?

朱緒がいない史月だ」


ああ、あの意気で遊ぶのか...


「とりあえず、俺は 一度 城に帰る。

明日 直接、貸し別荘に行くからな」


シェムハザが消えると、ボティスもソファーを立ち「飯だ。沙耶夏の店」と 露を抱いて玄関に向かった。




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