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バスで沙耶ちゃんの店に行くと、まだ店は忙しい時間帯だったが、ゾイが恐ろしく捌けるヤツで

オレが洗い物して、朋樹がサイフォンやるだけで

手伝いは終わった。


「すぐに食事にするわね」と、沙耶ちゃんが

おでんに炊き込みご飯、手羽グリル、小松菜のナムルや、温野菜サラダを出してくれた。

露には、ゾイが買ってきた刺身と茹でたぶり


「おでんはゾイが作ったの。あさりのお出汁だしよ」


「うん、美味いぜ!」「かなり!」と

オレとルカは、テーブルで ついそわそわする。

ミカエル、早く帰って来ねぇかな...


飯 食いながら、朋樹とジェイドが 明日から山に入る話を、サイフォンをセットする 沙耶ちゃんとゾイにしていると

「ミソスープ」と、ミカエルが ふて腐れ気味に

入って来た。よし。早いお帰りだ。


「あら?」と、沙耶ちゃんもゾイも

ミカエルの背中に眼を向ける。


「あるぜ。見えないだけ。ミソスープ!」と

沙耶ちゃんに「土産」と 紙袋を渡した。

簡単すぎる説明をし、ムスっとしたまま テーブルのボティスの隣に座る。


「どうした?」と、ボティスが聞くと

買い物を終え、シェムハザの城に遊びに行ってみると、天使避けで入れなかったらしかった。


「城で遊ぼうと思って、買い物は早く済ませたんだぜ?」


アコが “ミカエルを入れてくれ” と 頼みに行くと

シェムハザが出て来て

“まだ城の悪魔には、お前の説明していない。

お前以外の天使が来襲したら どうする?

今日は帰れ” と

高級チョコを持たされて 帰らされたようだ。

さっきの紙袋が それらしい。


「買ったものは?」と、ボティスが聞くと

「アコが貸し別荘に運んだ。

俺、チョコあんまり好きじゃない」と

まだ全然 不機嫌だ。


「こんばんは」って、照れながら飯 運んで来た

ゾイにも「うん」しか言わねぇ。


「シェムハザは、地上で家族や友を護らねばならん。今まで築いてきた諸々もある。

普段、他の天使が来たら困るだろ?

お前と繋がっていることが、天に知れるのも良くない」


ボティスの話を聞きながら、餅巾着の餅に 多少 興味を示し、味つきライスとミソスープのおかげで

落ち着いてはきた。


「しかし、あいつ。俺をけれるのかよ?」


「シェムハザは術にけてるからな。守護は完璧だ。少し散歩でもしてきたらどうだ?」と

ボティスが促してみると

「お前は行かないのかよ?」と、またムッとして返した。

ボティスは、言うだけ言って「寒いからな」と

行く気はない。

「何か甘いものある?」と ジェイドが聞くが

運悪く、今日は全部 出てしまったらしい。


「困ったわね。今から占いのお客さんが来るから

すぐには何も用意が出来ないし... 」


「近くに、パフェとか置いてる店あるだろ」


朋樹が言うけど、その店は 車なら近いんだよな。

歩くと片道20分くらい。寒いと結構 距離がある。


「ああ、あるわね。まだ開いてるはずよ。

ゾイ、案内して差し上げて」


出来る...  さりげないぜ。

ルカが “おおっ?!” っと、眼を輝かせた。

こういう時、沙耶ちゃんは すげぇヤリ手だ。

そこそこに付き合いは長いが、新発見したぜ。


「じゃあ、それ食う」って椅子を立つミカエルに

ボティスが マネークリップごと渡して

「支払いを学んで来い」と、店から出した。


占いの座席を区切るパーテーションを出すやら

片付けの洗い物して コーヒーを飲むが、皆で そわそわとすることになった。


占い客が来ている間も、ドリンクを出すと

テーブルでマンガ本を読んでるボティス以外は

カウンターの内外に固まり

「デートじゃん」

「ゾイ、天使に戻ってねぇかな?」

「パフェを食べるくらいなら、大丈夫じゃないのか?」と、ひそひそ話し合う。


「朋樹。おまえ、まだ妬いてるのか?」


パフェの店を教えた割に、口数 少ない朋樹に

ジェイドが聞くと

「おまえは いつから知ってたんだよ?」と

妬く矛先がジェイドに向き出した。


ジェイドは無言だ。言う気はなく見える。


「けどさ、おまえが妬くとこって初めて見たぜ」


ゴマカシ切れんだろうなって思いながらも言ってみると

「おう。オレも自分で、何か よくわかってなくてな」と、黒く揃った睫毛を臥せた。


「正直な、ルカが妹の男に妬くのを 気持ち悪ぃ とさえ思ってたからな」


「なんだと 朋樹」


「いや、でも今は わかるぜ。

すげぇ男でも、何か文句つけたい。

認めたくねぇんだよな。

あいつは “ミカエル” だけど、恋愛経験はねぇし

泣かされることも あるかもしれねぇだろ?」


すっかり 妹を持つ兄貴になってるよな。


「僕は、妹と同じ歳だから また違うけど

それでも、泣かしたらえぐろうとは思うからね」


ニッと笑うジェイドに、朋樹は

「お...  おう」と 何とか笑ってみせた。

怖ぇ兄貴だ。朋樹、度胸あるよな。


占い客も帰って、閉店作業が終わっても

オレらは落ち着かず、三杯目のコーヒーを飲み

「また淹れるー?」と、ルカが聞く。

「お前等、飲み過ぎだろ」と ボティスに呆れられた時に、ミカエルとゾイが戻ってきた。


「おかえりぃっ!」「パフェ美味かった?」

「大丈夫だったのか?」 ... で、朋樹は無言だ。


ゾイは、オレ... いや もう ミカエルのモッズコートを羽織ってた。


ゾイは「あ... コート、ありがとうございます」と

赤い顔して ミカエルに返すと

「沙耶夏、ただいま」と キッチンへ入って行った。


「戻ったのか?」と聞く ボティスの向かいに

受け取ったコートを置きながら

「パフェ食って、帰り道に つまずいたのを支えたら

イシャーに戻った」と 説明してるけど、マジか...

そんなんでも戻っちまうとは...


「かわいくね? ゾイ、きゅん てしたってこ... 」

「おまえ... 」と 眼を見ると、ルカが黙る。


で? と、ゴールドの眼で促すボティスに

「近くには誰もいなかったけど、頭からコート掛けて、汁粉 飲ませたらイシュに戻った」と

また説明して「第二天ラキアに行って来る」と

店の中にエデンのゲート開いて、行っちまった。


何かを判定するような眼で、ミカエルの背中を見ていた朋樹に

「大丈夫。乗り越えられるしさぁ」と

ルカが兄貴ヅラして肩を叩く。


ゾイと沙耶ちゃんが、カウンターに出て来ると

カウンターの中にいた朋樹とルカが移動する。


「楽しかった?」と、優しい声で聞くジェイドに

「うん... 」と ゾイが照れて答えると、朋樹は面白くないってツラになって、雑誌を開き出した。

聞きたくは ねぇんだな...

沙耶ちゃんは「ふふ」と、可憐な笑顔で

土産のチョコの包みを剥いている。


「タルト持って来たぜ?」と、ミカエルが

篭いっぱいのラキアのパイやタルトを持って戻って来た。

さっきの格好のままだが、背中には翼付きだ。


「食えよ。約束しただろ? サヤカ、お前も」と

カウンターに置いて、オレらにも勧め

糖蜜パイ食いながら、ボティスにぶどうのタルト渡して、テーブルに着いた。


ミカエルに礼言って、それぞれパイやタルト取りながら「一度 天に戻ると、本当に翼も戻るんだな」と言うと 「うん、そうだな」と

さほど残念でもなさそうに ミカエルが答える。


ゾイが コーヒーを渡しに行くと

「地上じゃ、やっぱり翼は必要だよな」と笑う。

オレとルカまで照れる間に

朋樹が、軽く やられたようなツラになった。




********




朝、また露ミカエルに起こされると、バスで移動して貸し別荘だ。今は まだ昼。


「しかしさぁ、昼間は風がなきゃマシだけど

夜とか寒ぃのに、本当に儀式とかすんのかな?」


「どうだろうね。ただ、バンガローは... 」


いっぱいなんだよな...


キャンプ場の管理室、受付の建物にいるビトウくんにも聞いてみたけど、今月に入ってからの予約らしい。儀式参加者だ。


「近くのホテルに勤めてる人にも会って、宿泊客の話になったんだけど、ホテルも お客さんが多いみたいだよ」と、ビトウくんが言っていた。


『守護天使と、地界の軍の奴等は?』

「囁き続けている」


けど、参加する意志はあるから、こんな山ん中まで来た ってことだよな?

モレクを釣るために、儀式自体ぶち壊す訳にも

いかねぇしな...


「生贄の有無は?」


ジェイドが聞くが、まだ確認は取れていないようだ。


「儀式参加者のリストが上がったが

リスト中には、子供はいない」


ボティスが、三枚の紙をテーブルに置く。

参加者を調べていた 軍のヤツから受け取ったようだ。


リストには、名前と住所、性別と年齢、職業や、会社での役職などが載っていて、ホテルかバンガローかの宿泊先も載っていた。


ざっと見てみたけど、地位のあるヤツを集めていることもあって 中高年が多く、若くても30代前半だ。

キャンセルした人の名前には、青色で印が付いていて、政治家になりたいおっさんや カジノのオーナーの名前もあった。


「住所が広範囲だ」

「付近の四つの都道府県に股がってるな」


「このさぁ、キャンセル以外の人で、印ある人って 何?」


ルカが手に取った紙には、名前に赤い印が付いた人が 何人かいた。


「最初に人を、この儀式に誘い始めた奴等だ。

黒蝗クロイナゴに憑かれた奴等」


誰が誰に誘われたかを辿っていって、誰にも誘われていないのに、人を勧誘し出した人たち ってことだ。

クライシの時で言えば、あの おばさんや グレースーツの人みたいな立場だろう。


「ボティス」と、リビングテーブルの隣に

アコが立つ。


「儀式は開始時間が早い。9時からだ。

祭壇トフェトに異教神避けはない。

もう、焚き火缶や地面に敷くブルーシートが準備されてる」


儀式参加者のホテルやバンガローには、儀式のキャンセルを囁かせる守護天使や悪魔の他に、ボティスの軍のヤツ等が見張りに ついているようだ。


「それと、エジプトとイギリス、アメリカ北部でも、新しい祭壇トフェトが見つかった」


「えっ、海外も?」と、口を出すと

「本当なら、“モレクの儀式が日本で” ってとこの方が 驚くとこだろ。

過去 日本でも、人柱とかの人の生贄崇拝はあっても、他国の神に向けたものじゃなかったからな」と 朋樹に言われたが

もう海外でも崇拝が始まったり、再熱したりしているのに驚いた。


「黒蝗が渡ったってこと?」

「憑かれた人が、崇拝を勧めたんじゃないか?

仕事相手が国内だけとは限らないから」


人から人に情報が渡った ってことか。


『生贄を火に通させるなよ』と、露ミカエルが

厳しい顔になる。


ただ、その後の言葉に 違和感を感じた。

『例え、屠られてたとしても』


殺られちまっても 火には通すな、ってことか?

そういう風に聞こえたけど...


ボティスは「軍の者を 一時的に人に憑かせて

祭壇トフェトを破壊させろ。生贄は拐え」と

アコに命を出したが

「モレクを日本こっちに集中させる」というのが真意らしい。


「あのさ、生贄って

赤ちゃんとか小さい子なんだよな?」


なんとなく確認すると、ボティスと露ミカエルが

オレの方を向いた。

生贄は、生きたまま焼かれることもあるけど

祭壇で殺されてから、モレク像の両手に供えられ

火に通すこともある。


「祭壇に置かれる前に、救うんだろ?」


ジェイドや朋樹も、ボティスや露ミカエルの返事を待つように 二人を見る。


「勿論」

『火を通れば、モレクに魂を渡すことになるからな』


やっぱり 何か違う。

オレの望む答え とに、小さな差異がある。


モレクに魂を渡せないことも もちろんだ。

また力を付けてしまう。あちらこちらで大規模に崇拝が甦る恐れがある。わかってる。


けど、オレが聞いたのは そこじゃなくて、生贄にされてしまう子がいるとしたら、その子の命のことだ。

死なせたくない。理不尽過ぎる。

“命を救うのが第一” だって 聞きたかった。


息子のイサクを生贄に と試された、アブラハムの話が頭を過る。


隣で ルカが

「主も生贄を取るもんな。イエスとかさぁ。

“小羊” だろ?」と、露ミカエルに言った。




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