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ハティは、テーブルのコーヒーに手を付けず

それで? という眼を朋樹に向けている。

朋樹が喉を鳴らした。


これさ、朋樹が “ゾイと付き合いたい” とか言ってる訳じゃないんだよな... ?

何か よくわからん状況だが、オレらも緊張して

押し黙る。ハティが怖ぇ。


「ワイン」と、ボティスに言われて

「おう!」と ルカがカウンターに取りに行った。


グラスをハティの前に置いて、ルカが注ぐと

「あの、ハティ... 」と、さっきの話をジェイドがする。

ハティは、ゾイの姿が戻ってしまうことは知っていたようだ。


赤ワインのグラスを手に、黙って話を聞いていた

ハティは「ミカエルが “俺が護る” と... 」と 言ったところで、漆黒の眼をジェイドに向けた。

ジェイドが言葉を止める。


「ミカエルは、“恋がしてみたい” と」


ボティスがコーヒーを飲みながら言うと

「どちらが先だ?」と、ハティが 静かな声で

謎の質問をする。いちいち怖ぇ。


「先に、沙耶夏の店で会っている」


あっ!

“恋してみたい” が 先か、ゾイに会ったのが 先か... って 質問か!


「ほう」


ハティは、カウンターのミカエルに眼を向けた。


カウンターにカプセルトイのフィギュアを並べ

シェムハザが、取り寄せたマンガ本を手に

「これは主役だ。大型バイクに乗っている」と

フィギュアとマンガ登場人物の説明をしている。話って そういうやつか。


「相手としては、申し分はなく思えるが... 」


おおおっ!! ハティが認めたぜ!!


けど、“ミカエル” だもんな...

ミカエルでダメなら、誰ならいいんだよ? って

なるしさ。そりゃそうだよな。


「おまえ、そんなに簡単にいいのかよ?!

ゾイのこと 娘みてーに思ってんだろ?!」


食ってかかったのは、朋樹じゃなくて ルカだ。


「ルカ、落ち着けよ」

「そうだ ルカ。おまえは誰の味方なんだ?」


オレとジェイドで宥めると

「ん? そうだよな」と なんとなく落ち着いたが

まだ「んん?」と考えてやがる。


「ミカエルは、根が誠実だ」


よし、いいな。ルカも考えるのは やめたようだ。


「けどな。ミカエルは、あいつを “同じ天使” だって言うけど、特別な何かはないだろ?」


朋樹がコーヒーを半分くらい ぐいっと飲む。

自分がゾイを、妹みたいに想い出してることは

認めたみてぇだな。

なのに、放ったらかしてたことも。


「あいつが護られて喜んでも、下手な期待は... 」


「ミカエルは、めかしているようだが」


ハティがカウンターに眼をやって言う。

翼で隠れているけど、天衣じゃないことにも気付いていたようだ。


「そうだ。まだ自分で何も気付いちゃいないが

何かを意識し出してはいる」


ボティスが ふん と、鼻を鳴らして言うと

朋樹も振り向いて ミカエルを見た。


くせっ毛ブロンドのボーダーニットを着た天使は

シェムハザが また取り寄せた大型バイクのフィギュアを片手に持って、片手に露を抱き

「カッコいいな。マンガも面白いけど、映画も観たい」と、フィギュアを観察している。


「見守ってみる、と いうのは?」


ハティが 朋樹に提案した。


朋樹が ハティに顔を向け直すと

「それから、朋樹。

お前も 我の娘に対する態度を改めることだ」と

深紅の肌の指で テーブルのグラスを取った。

娘 って言ったぜ、おい...


「わかった」と、朋樹が 二度目の喉を鳴らすと

「では、そろそろ 奈落についての話を」と

やっと笑った。




********




ルカと教会まで行き、バイクから オレの車に乗り換えて来た。

今は、一の山の奈落のヒビの前だ。


あれから、まず朋樹が 月夜見キミサマを喚び

奈落のモレクの身体のことをハティたちと話し合ったが、結局 案は纏まらず、皇帝やベルゼを喚ぶことになった。


奈落のことをキミサマに相談してもな... って感じだしな。

けど、“俺の国のことを 甕星より先に” 話したのは正解だったようで、すこぶる機嫌は良かった。

この辺りが大物たちの めんどくさいとこだ。


『まだ、キュべレが奈落にあることは

皇帝やベルゼに話す訳にも... 』


『そうだ。皇帝が知れば、キュべレにも ちょっかいを出そうとするだろう。

“父の純粋なる悪” だ。敵わんことなど関係ないからな。

だが アバドンも、地界や天のどちらにも キュべレのことは隠そうとするはずだ。

“力を手にした” と考えているだろうからな』


... て ことは、オレらがキュべレのことを

ポロッと溢さなければ、皇帝にはバレない って

ことだよな。口を開かないのが 一番だな。


『さて... 』


皇帝やベルゼを喚ぶ前に、全員ミカエルに注目したが、ハティが『ゾイ』と喚んだ。


沙耶ちゃんの店は、昼下がりの占いと仕込みの時間くらいだったので『ハティ、喚んだ?』と

ゾイは すぐに顕れたが、カウンターのミカエルに気付くと、顔を赤くしている。


『喚ばないんじゃなかったのか?』と、ミカエルはムッとしていたが

ハティは『今、珈琲のためだけだ』と、ゾイをカウンターへ向かわせ、朋樹は キミサマにつくので

オレとルカがカウンターにいることになった。


カウンターに入ったゾイは

『こんにちは... 』と、ミカエルに挨拶したが

なかなか顔が見れていない。


『着替えてみたんだ。お前みたいに』


ミカエルが言うと

『似合います。素敵です』と ますます赤くなる。

女の子の照れ方なんだよな...  オレも照れるぜ。


『では、任せたぞ』と、シェムハザが ワインを持ってテーブルに向かうと、皇帝が喚ばれ、ベルゼも喚ばれた。


『ジェイド』


皇帝の声に振り向くと、ソファーで長い足を組み

相変わらず煙を上げながら ジェイドの肩を抱いていたが、『俺を話に喚ぶのは いつだ?』と 初めて見る 明るい笑顔で言っていた。


コーヒーを淹れてるゾイが、ちょっとテーブルに眼を向けると『俺がいるから大丈夫だぜ?』とか

ミカエルが言うから

『はい』って、顔を赤くするゾイだけでなく

オレらも素直に頷く。


『牛の頭蓋の面は?』

『ここにある』


長い 二本角の頭蓋は、まだ闇靄に染まったままの色だった。


『モレクの牢の場所が わかったとしても、どのようにして引っ張り出すかだ』


『奈落に侵入するしかないが... 』


『地の者が属する場所ではあるが』


『管轄は天だからな』


話し合いは難航した。

奈落に入ったことがあるのは、ミカエルと皇帝だけのようだ。皇帝は繋がれたんだけどさ。


『鎖のことがある。

ミカエルは侵入することになるな』


『牢の壁や地面に鎖が繋がっている訳ではない。

鎖に巻かれ、牢に監禁されている』


ジェイドじゃない方の手に持ったグラスを傾け

つまらなそうに 皇帝が言う。


『まったく退屈だった。

千年の内の二百年程は 奈落の者等をたぶらかして過ごしたが、その後は 解放の日まで眠っていた。

牢から出ても、奈落を出るまでは鎖に巻かれたままだった。

出る時は、鎖を解いた天使も周囲にいた者も狂わせてやったが』


怖ぇって...  何したんだよ...


オレらが “えー... ” って顔をしていると、ミカエルが、ゾイから渡されたコーヒーを飲みながら

『鎖を解いた天使は、まだラファエルの元にいる。ルシフェルにイカれちまってるから。

放っておくと、禁を犯して堕天する恐れがある』と、ため息をついた。皇帝に恋焦がれているらしい。


『それなら、牢の扉の錠を解放すれば良い ということか?』


『そういうことだ。モレクのからの身体は

牛の頭蓋に残った魂に引かれ、自ら歩いてくる。

運ぶ必要はない』


『だが、当然 邪魔は入るだろう?』


『奈落の隙間、別口から牢までを 掃除しておけばいいだろう? 牢に着くまでに それをやる』


『どうやってだろ?』と、ルカが独り言みたいに言うと、カウンターに頬杖ついたミカエルに

『全殲滅』と答えられ、またオレらは黙った。


『アバドンに気取られる ということは?』


『もちろん考えられる。

アバドンの気を反らすには?』


『奇襲が手っ取り早いが、配下が幾人も囚われることを考えると... 』


『奈落に奇襲など、天の軍が降りる。

囚われるどころか、その場で殲滅だろ』


『天の軍が降りたら、奈落も調査されるんじゃねぇの?』と、ミカエルに聞くと

『いや。目的のない調査はされない』らしい。

天って、基本的に 疑わしいだけじゃ動かねぇみたいなんだよな。

事が露見するか、何か起こるまでは “信じる” っていうスタンスだ。


それからはまたアバドンの気を反らす案を考えることになって、『召喚すれば?』

『地上が蝗害でやられても構わんのならな』と

なかなか良い案は出なかった。


途中で、ソファーを立ったベルゼが

カウンターに来て『ミカエル』と呼んだので

ルカが椅子をずれて、ミカエルの隣を空ける。


途端に緊張したゾイに、帽子を脱いで微笑み

『“ベルゼ” と呼んでいい』と、握手する。


今日もアリスの帽子屋のような ベルゼは

ミカエルに『私は、お前の友ではないが 敵でもない。だって、お前達の父を信じる人間の魂は

奪ってないから』と、無理な説明をした。


『お前、何が言いたいんだ?』


ミカエルが ベルゼに聞いている時に、皇帝もカウンターの方に興味を示したが

『ルシファー。俺を妬かせるなよ』と

ボティスに止められ、機嫌良く座り直した。


『手は組まないが、この件に於いて

お互いに “裏切らない” という協定だ』


『内容による』と、カップの残りを飲み干した

ミカエルに、ベルゼは

『罪人を連行するのは どうだ?』と 言った。


それで 計画が立ち

『次はラキアのタルト持って行くからな』と

ゾイは帰したが、今は 一の山に、皆 一緒にいる。







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