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「おっ! ミカエル!!」

「似合うな、かわいいじゃないか」


「うん、まあまあだろ?」


召喚部屋にエデンのゲートを開いて 朋樹とジェイドに褒められたミカエルは、手に持ったブーツを玄関に置きに行き、モッズコートをバーカウンターの椅子に掛けると

「なんか食うものあるのか?」と、ソファーに座る。モッズコートに翼の穴はない。


「もう昼だな。朋樹とジェイドには、遅い昼を取らせたが... 」と、シェムハザも ミカエルの向かいに座り「ディル」と、ブイヤベースやラクレット、キッシュやサラダ、クロワッサンの皿を並べ

取り皿やカラトリーをオレらに配らせると

「子供のように見えるが、似合っている。

俺など いつも作業着だ」と 両腕を広げた。


「作業着?」


カウンターからワインを持って来た 朋樹が聞くと

「そうだ。シャツにデニムパンツ。

昼間は向こうで、農場にも出たりするからな。

スーツは商談の時のみ。好みのものを身に着けるのは、家族で出掛ける時くらいだ」と、ジェイドからグラスを受け取った。

いつもシンプルなシャツとジーパン、ジョッキーブーツだけど、作業着だったのかよ...


「もうオレ怖いよ 泰河!」と ルカが震えるが

オレも衝撃を受けた。匂いや輝きだけじゃない。

キマり過ぎてて気付かんかったぜ...

底知れん何かがある。


「オレ、気付いてなかったけど

まだシェムハザのこと 見くびってたみたいだな」

「シェムハザは、服で着飾っているんじゃなくて

服で美を隠しているんだ」と

朋樹やジェイドも また認識を改めたようだ。


「そうなんだよ、こいつ。

天にいた頃から 観賞会が行われてたからな」


ミカエルがワイン飲みながら言うと

「止せ、ミカエル。遠い昔のことだ」と

長い睫毛を臥せる。当然 瞼までが美しい。


「俺、護衛で近くにいたんだぜ。

天使でも惑っちまうから」


ミカエルが護衛って、豪華な観賞会だよな。

今、目の前にいるけどさ。


「こうやって、こいつ見るの 久しぶりだけど

なんか 堕ちてからの方が完成されたよな。

どっか生々しい感じがいいのかもな」


ミカエルが、ジェイドにキッシュ取り分けてもらいながら、改めてシェムハザを じっと観察している。


「男に “美しい” って 思ったことないもんな」

「慣れてきたのに、見る度に思うところが

また恐ろしいね」


そうなんだよな。朋樹もジェイドも男前だけど

基礎が違う。


「よくさぁ、皇帝に連れていかれないよなー」

「あっ、それ思う! シェムハザだぜ?

しかし、観賞会って... 」


話してる間に、ボティスが入ってきた。

また『タクシーで行く』って、露を腹に入れてたけど、よく乗れたよな。


「観賞会の話か?」と笑って、オレの隣に座る。

「シェムハザが半裸で座っているだけで、大勢の天使が 感動で泣いたからな」


おお、怖ぇ...


シェムハザは、“止せ” という眼でボティスを見て

「だが お前達は、俺の容姿に惑わずにいる。

俺は、それが気に入っているんだ」と

輝いてワインを飲む。いや、惑ってるぜ。

ビビる気持ちの方が 若干 勝ってるだけだよな。


オレらは、シェムハザに何も返せなかったが

気を取り直し「そうだ、皇帝がさ... 」と

さっき話していたことを 言ってみると

「皇帝は よくシェムハザの魂を飲んでるからな。

“シェミーは俺の中にいる” と納得している」と

皿に取り分けたブイヤベースをスプーンで掬う。


「程度は軽いが、肉体精神共に 自分勝手なマゾヒストでもある。

気に入った者のみから与えられる苦痛を楽しむ。

実際には誰も苦痛は与えていないが

自分の好きに なっていないことを楽しんでいる」


皇帝...  でも そんな感じだ。


「そうなんだよな。刺したのは失敗だった」と

クロワッサン食いながらミカエルが言うのを聞くと、やっぱり わかんねぇ ってなった。

ラクレットを摘まむフォークが停止させたまま

ルカも無言だ。


「あれは、キスに反応した俺の負けなんだよな」


恋したことねぇくせに、意外と大人だ。


「だが、反応しなければ燃えるからな。

“父から お前を奪う”と」

「追うと受け入れるが... 」


どうしようもねぇじゃねぇか。


「ジェイドが正解だ。向き合った」


サラダをミカエルの取り皿に盛りながら

シェムハザが微笑む。


「そうだ。それが出来た人間は 今までいないからな。皇帝は お前を信頼した。

離さんだろうが、派手に口説かれることはない」


地味にならあるのか...

同じように思ったのか、朋樹が その辺りを聞くと

「それは無くならん」ようだ。


「でも、皇帝には本気じゃないとダメなんだよな。向き合ったフリじゃ」と、朋樹が勝手に ため息をついて

「オレらは、まだ全然 遊ばれるんだろうな」と

サラダのミニトマト食った。


最近 朋樹って、ちょっと変わった気がする。

緩くなった。他人ひとに対して。

もっとかたくなに遠ざけてた。誰のこともさ。


「そりゃあそうだろ。俺の堕天の時の話を聞いたが、ナイフの上に ロザリオだ。

その上、ファウストとして 教会で父を裏切った。

寝るよりずっと親密に理解わかり合っているからな」


オレ、泣いてるだけだったけとな。

肩貸すだけでも 必死だったぜ。


「そうだね。信仰がなければ堕ちていた。

これからも気を抜くと危険だ」


ジェイドは、言葉の割に 温かい顔して

キッシュをフォークで切っている。

関係の築き方 って、いろいろあるよな。


狐の件で オレが死にかけた時、朋樹は傍にいた。

海では、ルカの血やボティスの血を見た。

こうやって飯食ったり、コーヒー飲んでる時もさ

たぶん、この先も ずっと

こいつらと 一緒にいるんだろう っていう

確信めいたものがある。自然と。


「なあ。オレ、ミカエル好きなんだけどさ」


朋樹が唐突に言う。


生野菜はトマト以外 苦手らしく、皿に盛られた サラダの葉っぱ系共に眉をしかめていた ミカエルは

「なんだよ急に。ルシフェルの話してたからって

気ぃ使うなよ」と 拗ねて返した。

マズいな。“俺 天使なのに” が発動しそうだ。


「いや、気なんか使ってねぇぜ。

生憎あいにく いまいち気は利かねぇからな」


わかってるじゃねぇか。

ジェイドも そういうツラで朋樹を見る。


「じゃあ 何だよ?」


ミカエルは、やっと半分になった皿のベビーリーフやブロッコリースプラウトに 憎たらしい という眼を向け直した。


「ゾイのこと、何のつもりなんだよ?

昨日、翼で巻いてただろ?

“かわいい” とか言ってなかったか?」


おおっ?! 朋樹、なんでケンカ腰なんだ?!


「ん? いいだろ 別に。あいつ、ああいう時は

俺なら 見ても大丈夫らしいぜ? 同じ天使だから」


ミカエル、ちょっと得意気だ...


ルカと眼を合わせる。今、何が起こってんだ?

なんで朋樹が出て来るんだよ?


「良くねぇから聞いてるんだろ?

ゾイは、ただ使命を聞く下級天使だったんだ。

皇帝にも言ったが、からかうのは止せよ」


「俺は、からかったりしてないぜ?

お前、あいつとシキ契約だか何かを結んで、あいつを配下にしてんだろ?

それなら なんで護らないんだよ?」


「護る?」


「当たり前だろ? 俺は自分の配下くらい護るぜ。

バラキエルはアコや地軍、今は守護天使たちを、

シェムハザだってディルや城の奴等を護るだろ?

配下じゃなくても、お前等だって、こいつ等やハーゲンティに護られてる。

あいつには護らせるだけで、なんで困った時に

護ろうとしないんだ?

お前、何かカンチガイしてんじゃないか?」


つい オレも、ミカエルから眼を背けた。

オレは ゾイのことを、“朋樹の式鬼” として見てた。

普段は沙耶ちゃんといるし、大して気にしてもなかった。ルカも自分の膝に視線を落とす。


「... 困ってることは、知らなかったんだ」


朋樹は、最初の勢いを無くして

それだけ答えた。


ゾイが危ない時は “退け” とは言う。

でも、護るってアタマはなかったと思う。

自分より強いし、男だ。


最近は、最初よりは いい関係になってきてはいたけど、ゾイの気持ちを考えるほど 関わってない。

朋樹だけでなく、オレらもゾイに甘えすぎてた。


「とにかく、理由は よくわからないらしいけど

あいつは、あんまりイシュが近付き過ぎると

一時的に 天使の姿に戻っちまうんだ。

それを人に見られたくない。だから隠した」


ジェイドが ボティスの方に眼をやったが

ボティスは何も言わず、状況を見守っている。


「だから、それなら

これからは ミカエルも離れりゃいいだろ?

ミカエルも男じゃねぇかよ」


また何か “納得がいかん” ってツラになって

朋樹が言うと

「俺は、“同じ天使だから” って言ってんだろ?

あいつも、俺ならいい って言ったんだし。

お前、あいつがイシャーだから、俺に “隠すな” って言いたいのか?」と

真顔で聞き返した。


「あ?! オレは そんなこと... 」


朋樹は驚いた声を出したが、次第に表情から

自信を無くしていく。


「言っとくけどな、俺は、斬首には理由がいるけど、誰かを護るのに 理由は要らないんだぜ?

そういう存在モノだからな」


「わかってる。ミカエルは天使だ。

守護が仕事だってことは」


「なら何が問題で、護らないお前が 護る俺に文句言ってんだよ?

だいたい お前、守護の根本から分かってるのか?

身体だけ危険から遠ざけても仕方ないんだぜ?

護るのは心ごとだ」


ミカエルが言うと、何故か 朋樹はカッとした。


「それが腹立つんだよ!

そこがいい加減だ って言ってんだろ?!」


分かんねぇ!

分かんねぇけど「おい朋樹... 」と 止めてると

ルカが閃いたような顔しやがった。


「だから、何がだよ?」


ミカエルが 皿にフォークを置いた。

ボティスもシェムハザも ワイン飲んでやがる。


「ミカエル。

朋樹は ゾイを、兄弟のように思っているんだ」


ジェイドが言うと、朋樹が ほけっとした顔を

ジェイドに向けた。


「え?」


朋樹、自分で 気付いてねぇ。

いやオレも気付いてなかったけどさ。

そう言われたら、ゾイに対する朋樹の態度は

兄弟の透樹くんとか、弟の晄樹に接する感じに似てる。気にかけちゃいるのに、素っ気ない。


「うん、そ! 朋樹 おまえ、ゾイを妹みたいに 想ってきてるだろ?

妬きやがったんだ。わかるぜー!

他の男に護られるとか 腹立つよなぁ。

けどさぁ、気持ちが伴ってないと余計に腹立つんだ。だってゾイは... おぐっ」


それ以上 言うな。腹に肘だ。

ルカは ハッとして「あぶね!悪ぃ」と 眼を丸くしてやがる。解りゃあいい。


つまり朋樹は、“好きじゃないくせに あんな護り方すんな” って 思ったってことか...

オレ、妹いねぇから いまいちわからんけど

兄貴としても 他の男に妬いたようだ。


「兄弟姉妹のように思ってんなら、余計いいだろ? 護り手が増えたってことだぜ?

ルシフェルからも護れるのは俺くらいなんだぜ。

こいつ等は 誤魔化して遠ざけるだけだからな」 


ミカエルは サッパリわかってない。

さすが恋知らずだ。恋って要素は全部 抜けてる。


しかも皇帝が傍に来たってさ

ゾイは、ファシエルの姿には戻らねぇんだよな。

ミカエルだから戻っちまうんだ。... ってことは

ミカエルは、自分ミカエルからゾイを護るってことか...

何とも言えん。


「そうだな、ミカエル。だが人間というものは、

複雑な思考や感情を 持ち合わせているものだ」


シェムハザが指を鳴らすと、ほとんど空になっていた テーブルの食器類が消え

新たに「ディル」と、コーヒーやクッキーを取り寄せてくれた。


「糖蜜パイを」と 手のひらにパイの皿も取り寄せ

「カウンターで少し話さないか?

紅茶を淹れてやろう」と、ミカエルを誘って連れていく。


「さて。そろそろ奈落のことについても話さんとならんが、朋樹」


ボティスがクッキーを 一枚 指に取り

「ゾイについて、ミカエルが許可を得る相手は

お前じゃあないだろ?

まぁ、まだ許可まではいかんが」と

ハティを喚んだ。


ハティがソファーの傍に立ったので

オレとルカが立って、ハティに座ってもらう。


「朋樹が、ゾイの守護が ミカエルでは納得いかんようだ」


ボティスが軽く説明すると、ハティは朋樹に

漆黒の髪の下の眼を向け「聞こうか」と 言った。

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