祭壇トフェトを見てくる」と言ったベルゼに

ボティスが アコを呼んで、案内させることにして

ハティも付き合うことになった。


「ボティス。約束を忘れてないか?」


ジェイドを片手にした皇帝が聞いている。

“地上でワインとチェス” か...


「そうだな」


ボティスは、今 済ませておくことにしたらしく

向かいに回ると「シキ使い」と

朋樹が空いたソファーに呼ばれた。


「泰河、ルカ」と、シェムハザに呼ばれて

召喚部屋を出る。


「お前達は まだ、皇帝と長く同じ部屋にいない方がいい。引き続きカフェやバーで、何か噂がないが聞いて来るといい」


「あ、うん。ちょっと 胸やばかったし」

「まあ そうだな。シェムハザは?」


「俺は、皇帝の傍にいなければならん。

何かあったら、ゾイを喚べ。

ボティスは上手く負けるだろうが、それでも時間を掛けねば、“ワザと負けたな?” と ヘソを曲げ出すからな。

ボティスもジェイドも 皇帝に掛かりっきりだ。

今は ミカエルを召喚 出来んが、後で話を... 」


『なんだよ? 俺は後回しかよ』


声の方、足元に視線を向けると、いつの間にか 二つ尾の三毛猫がいて、ムスっとした顔でオレらを見上げている。碧い眼。


「ミカエル... 」


『教会の家にいなかったな』


「いや、ミカエル。俺等にも立場はある。

皇帝だけでなく、ベルゼも噛んでるからな。

じゃあ、お前達。ミカエルにケーキを」


シェムハザは、マネークリップに挟んだ

日本のさつをルカに渡して きびすを返し

召喚部屋へ戻って行った。


『で? なんで俺が後回しなんだよ?』


ムスっとしたままの露ミカエルを抱き上げる。

ちょっと笑っちまいながら

「マジで ごめん、ミカエル」

「オレらだけじゃ喚べねぇしさ」って 機嫌取って

「何食う?」って聞くと

『カスタードとフルーツのタルトにする』とか

女の子みたいなこと言った。


バラでも動けるように、バスとバイクで来ていたので、ルカがバイクを出して

露ミカエル抱っこして、後ろに乗ることにする。


「オープンカフェになるよな?」

「シェムハザ風だと “テラス”」


外は暗いけど、遅い時間じゃないし

店はまだ全然 開いてる時間だ。


『待て!』と、ミカエルが肩から乗り出した。


「えっ、何?!」

「あぶないだろ、ミカエル! 立つなよ!」


『あれ食いたい!』


クレープか...


「もう... いいけどさぁ」と、ルカがバイクを停め

ヘルメット掛けて

店から 写真入りのメニューを借りて来た。


『初めて食べる。どれが美味い?』


「チョコ 好きじゃなかったよな?」

「じゃあ、アイスとフルーツのにしたら?」


『アイス?』


あっ、アイス食ったことねぇんだ!


「プリンは食ったことあるのに!」

「ケーキもあるのに、なんで?」


第二天ラキアにない』


「マジか! じゃあ、アイスのにしようぜ!」

「オレ、リンゴアイスのやつにする」


ルカが注文に入って、申し訳程度に設置されている外のテーブルに着く。

前に、シュリともクレープ食ったとこだ。


『さっき、狐に会ったぜ? 榊』


「うん? なんで?」


『露が 狐のサトに居たんだ』


そうか。露、招きの講師してるし

榊と仲良いもんな。


『サクラザケ飲んで、ちょっと話して来たけど

やっぱり、銀狐の心配してたな。

“兄のようなものであるユエ” って』


そうだよな。

浅黄は榊のことを “七つから知っておる” って

言ってたし、兄妹みたいなもんだもんな...


『でも、落ち着いてた。“信じておるユエ” って。

俺も約束してきた。連れて帰ること。

それで榊は、サトの狐たちに “大丈夫じゃ”

“必ず戻るユエ” って、声も掛けてたぜ。

インプのアンバーが来たから、任せて出て来た』


「うん、そうか」


良かった。榊は大丈夫そうだ。

アンバーは、ジェイドが最近 榊に預けてる。

榊が寂しくないようになんだろうけど。


『バラキエルは? 大丈夫なのか?』


「見た感じはな。心配だろうけどさ」


オレ自身が落ち着いて来たから

やっと、ちゃんと見えてきたけど

ボティスは、こういう時こそ冷静になって

確実に浅黄を取り戻す って感じだ。


露ミカエルは、テーブルの上で頷いて

『大丈夫そうだな。で、何かあったのか?』と

聞く。


ちょうどルカが、先にコーヒー持って来たし

「もうクレープも出来るぜ」って言うから

ルカとクレープが戻ってから

「モレクの祭壇トフェトが出来たらしい」って

オレらに わかるだけの話をした。


祭壇トフェト?」


「そ。浅黄からモレク出して

奈落から モレクの身体を引っ張り出す... って

言っててさぁ」


ルカは、ミカエルの分のクレープを立てれるように コーンのアイスにも使うようなスタンドを借りてきてて、そこに立てた苺他ベリー系のクレープから アイスをミカエルに食わせると、露ミカエルは『冷やっとする! 溶けた』って 眼を丸くした。

おもしれぇ。


しばらく夢中になってたから、食わせながら

また説明を続ける。


「でさ、モレクの魂の 一部が 身体に戻ると

生贄の魂で また修復出来る って聞いたんだけど

皇帝が “やる” って聞かないんだ」


アイス部分を食い終わって、前足でクレープ掴んで噛りながら

『そうか。身体を奈落から取り戻せば、アバドンに従わなくていいもんな。

うん、モレクは生贄の魂を自分に使うだろうな』

と、冷静に答えた。


「けど、そうなるとさぁ

アバドン... キュべレに、魂は渡さないことになるけど」と、もう食い終わったルカが、コーヒーカップを片手に言っている。


「その後、モレクを何とか出来た とするじゃん。

それも結局、サンダルフォンの思惑通りになるんだよなぁ... 」


地上掌握、異教の神の根絶か。


確かにそうだ。

しかも モレクは、紀元前から何千年かけても消えなかった強大な神だ。


主だという神... 聖父も、何度も “信仰するな” と

名指しで言ってきたのに、信仰は続いた。

王と呼ばれる人が、自分の “初子ういご” を捧げてまで。


『でも、モレクを野放しにしとくことも出来ないぜ? あいつは元々 天候が操れる。

ヨセフやイスラエル... ヤコブが、エジプトに移り住んで、モーセの時に カナンに帰っただろ?』


「えっ、創世記の最後の方と、出エジプト記くらいの話?」と、ルカが確認すると

ミカエルは『地上の本ならな』と 頷いて

前足でクレープを差し、オレに包み紙を破かせた。


『飢饉に耐えられない って心配して、カナンを出ちまったんだ。本当なら 耐えられたんだぜ?

オレが、イスラエルの祖父のアブラハムに 天の種子を分けてやったから』


「あっ、なんか聞いたことあるぜ それ!」と

ルカが コーヒーをスプーンに取ってやっている。


『でも、撒かなかったんだ。

アブラハムは子供たちに残そうとしたみたいだな。

ヨセフが飢饉を危惧して、エジプトに イスラエル達を呼ぶのを、父は許容したんだ。

ヨセフが、父親のイスラエルだけでなく、自分を売った兄弟たちも受け入れたから』


神が、カナンを出るのをひき止めた って話はないもんな。


『モーセの代になって、父は後悔した。

カナンで バアルが崇拝され始めたからな。

いや、元々カナンには バアルもいたんだぜ?

悪魔が 地上のどこにでもいるようにな。

バアルは、“自分を崇拝して 生贄を捧げれば飢えることがないようにしてやる” って、残ったカナンの人達に言ったんだ。

実際、バアルの信仰が盛んになってから飢饉は収束した』


「ミカエルが渡した天の種子を撒いておけば

その飢饉も凌げた ってこと?」


『そうなんだよ。

そうしたら、イスラエルたちはカナンを出なかったし、バアルは あれほど崇拝されなかった。

モーセの代で、ヨセフの子孫のイスラエル人が

エジプトからカナンに戻っても、その先の子孫たちも、バアルに惑わされなかったはずなんだ』


クレープを食い終わって、口元の毛繕いをする

露ミカエルに

「けどさ... 」って、気になってたことを聞いてみる。


「その、ミカエルたちの父も

アブラハムに、“息子を生贄に出せ” って 言ったことあるよな?」


オレが言っているのは、アダムとエバや

ノアから もっと下った子孫


アブラム、という名だったけど

神から選ばれて “アブラハム” という名前になった

人類初の預言者といわれている人に、神が

“自分の子を焼いて捧げろ” と言った話だ。


捧げろと言われた子は、“イサク” で

アブラハムと妻のサラが年老いてから生まれて

とてもかわいがられている息子だった。

イサクは、イスラエル... ヤコブの父にあたる。


『ああ、それ よく聞かれるぜ。

父は、アブラハムの心を試したんだ』


この話は 創世記に書かれてるけど

生贄の話より先に、神は

“あなたの子孫はイサクによって伝えられる”って

約束をする。

なのに、そのイサクを “生贄に出せ” って言うんだよな。


『... “次の朝早く、 アブラハムは ろばに鞍を置き、 献げ物に用いる薪を割り、 二人の若者と息子イサクを連れ、 神の命じられた所に向かって行った”... だろ?』


「それ」と、オレは頷いたけど

ルカは黙ってる。


『父が命じたモリヤの山を上ってる時

イサクは、献げ物の子羊がないことに戸惑うけど

アブラハムは、あまり話をしなかった。

“わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊は

きっと神が備えてくださる” とだけ答えて。

その時はもう、イサクは

“捧げ物は自分だ” って気付いてた』


“父さん” “息子よ”


『イサクは、全く抵抗せずに

捧げ物の台に横たわって、アブラハムにゆだねた。

すぐに、ザドキエルが降りて

“よく わかりました” って、アブラハムを止めた。

父は、アブラハムの心だけでなく、イサクの心も信じたからな』


「だからさ、その “試す” っていうのが

なんか、納得いかねぇんだよ。

なんで試されなきゃいけなかったんだよ?」


『まず、アダムとエバが禁を犯しただろ?

でも父は、人間に自由意思を与えてる。

愛しているから 試すんだよ。

もう 一度 信じたいから。

どこかでは、失敗かも と 悲観してたからな。

すぐ堕落するし、悪魔も崇拝するし』


失 敗? 人間を造ったことが?


なんか ドキっとして聞けなかった。

そういや ノアの時代に、神は 洪水で世界を 一掃してる。堕落したソドムとゴモラも...


『でも父は、人であるアブラハムやイサクを

また信じたんだ。

そして、イサクを捧げさせなかったことで

バアルのように “人を生贄に要求する者は神ではなく悪魔だ” とも 示したんだよ』


「そうか... 」


なんとなく納得はした。

実際に、捧げさせてはないしな。


『アブラハムやイサク、その先の子孫を通して

生き方を教えようともしてるだろ?

モーセに十戒を授けたり、選民思考が過熱しちまったから、聖子を降ろしてみたり。聖霊を遣わせてみたりさ。父は結構 介入するからな』


普段は見守るスタンスでも、ずっと黙ってはおけないタイプっぽいよな。

心配でたまらねぇんだろうけど。


『それで、モレクのことに 話を戻すけど』


あっ、そうだ。モレクの話だった。


『放っては おけないぜ?

天候を操るって言っただろ?

大雨と日照りで、作物どころか、家畜のエサもなくなるし、病気にさせて飢饉を起こせるからな。

そうしたら、カナンの 二の舞になる。

飢饉が収束しても、更なる欲で崇拝されるし』


ミカエルの話を聞いても、さっきのアブラハムとイサクの話くらいから 何か腑に落ちてないって顔のルカが口を開く。


「けど、そのモレクをさぁ

オレらがやる ってことになってるんだけどー」


『お前達が?

確かに 俺も悪魔も、直接には モレクの身体には触れない。

お前達なら何か出来るかも... ってとこはあるけど

誰が言った?』


「もちろん」

「皇帝」


『あいつ... 』


露ミカエルは 二つ尾でテーブルを打った。





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