今日も、フリルタイのシャツに ベルベッドのベストとジャケット。

黒に黒刺繍。ブリーチズにブーツ。

黒いウェーブに碧眼。あの辺だけ中世。

なんか、部屋で見ると 上等感すげぇ。 

当然のように土足だ。


オレ、この人 ちょっとニガテなんだよな。

胸 ひりひりしだすしさ。


「ボティス、ジェイド」


両脇を固めろ と 二人が呼ばれ、両隣に座ると

ハティとシェムハザに

「お前達は、ベルゼの隣に」と言って

「ベルゼ」と喚んでいる。


「ルシファー」


白手袋に黒ブチ眼鏡、ワインの眼をしたベルゼが

顕れた。顎ラインのウェーブの黒髪。

手には つやつやした木のステッキを持ってる。


ワインのジャケットとベスト。グレーの膝下ブリーチズ。チョコレートブラウンのブーツ。

ワインのでかいリボンタイ。

ブーツと同じ色のボーラーハット。

皇帝と そう変わらん格好してるのに

今日もマッド・ハッター... アリスの帽子屋みたいに見える。


「ベルゼ。向かいに座ってくれないか?」


皇帝が言うと、向かいのソファーに

「シェミー! お前は地上にいるから なかなか会えない!」と、シェムハザを引っ張っていって座り

ステッキを シェムハザに預け

「ハゲニト」と、空いた逆隣をパンパン叩く。


「シキ使い」と、皇帝が まだ空いているL字の 一人掛け部分を指した。

朋樹が座ると、二本のワインのコルクを シェムハザが弾いて開け、ジェイドと朋樹が受け取り、皇帝やベルゼから注ぐ。


まだ ほけーっと立ってたオレとルカに

「あの椅子を持ってきて、近くに座れ」と

振り向いたベルゼが言った。


「あ」「はい」


この人って、“ベルゼブブ” なんだよな?

蝿の王、とか 名前は聞いたことあるし

皇帝やミカエル、べリアルと同じくらい有名だ。


ハティも振り向いて、トレイを錬金すると

サイドテーブルみたいになった。

いつも やってくれりゃあいいのにさ。


残りのワインごと瓶もらって

「じゃあ、ルカ」「おお、悪ぃ」とか言って

注ぎあって飲む。

シェムハザが料理の皿 一枚 回してくれた。


ジェイドの肩に回した皇帝の手からは 相変わらず煙が上がるが、特に誰も気にしていない。


「それで?」


穴が開く。絶対。という意気で

ジェイドの横顔を見つめながら 皇帝が聞く。

素知らぬ顔を保てているジェイドを、朋樹が 尊敬の眼差しで見てた。


「モレクの祭壇トフェトしつらえられたと」


隣で起こっていることなんか 眼にも入れずに

ボティスが言うと

「大っぴらに?」と ベルゼが聞いた。


「山中ではあるようだが、そのようだ」


「俺であっても、地下や森深くで ひっそりと儀式は為されるものだが... 」


やっぱり、悪魔崇拝ってやってるんだな...


「日本でもやってるんすか?」って 聞いてみると

「ごく小規模のサバトだろう」と 返ってきた。


「サバト?」

「魔女の夜宴だ」


人気ひとけのない荒れ地や森の中、洞窟などで

まず松明たいまつを灯し、悪魔に崇拝を捧げ

次に 初めて来たヤツの入会式。

人間の子供の血肉が用意 出来なければ

犬や猫、蛙料理を食べ、ロンドでダンスをする。

松明の火を消して『交われ』という声で 全員が近くにいるヤツと性別問わず乱交...

説明を聞くだけで、うわぁ... ってなる。


「サバトであれば、悪魔サタンとして バフォメットが降りる」


黒く でかい牡山羊の悪魔で、三本角。

真ん中の角は光っているか、火が灯っている。

逆立った髪で、眼だけギラついているが

顔つきは重々しく、声は恐ろしげで抑揚がない。


19世紀の魔術師、エリファス・レヴィが

“メンデスのバフォメット” という題で描いた絵に

額に五芒星、胸に乳房を付けて両性具有にする という、近代のオカルト要素を足したらしいが

それを聞いて、なんとなく絵は見たことがある気がした。


「バフォメットは、五本の指の長さが全部同じで、鉤爪だ。

ロバみたいな尾があるが、尾の下にも顔がある。

魔女たちは儀礼として、この顔にキスをする」


そんな...  “ケツにキスしな” みたいな...

悪魔崇拝ってキツいよな...


「何のために それをやるんだ?」と

朋樹が普通に聞くと

「悪魔と親密になって呪力を借りるためだけど

人間が夜宴をやりたいんだろう?」と、逆に返されてる。やりたいからやってる ってことか...


「今日、長くね?」と、ルカが 皇帝を見ながら言うのに頷く。

皇帝はまだ、ジェイドから眼を離さない。

オレ、あんな迫り方 初めて見るぜ。

いや もしかすると、見たいだけ か?


ベルゼが「アサギは?」と 聞くと

皇帝の顔が くるっとボティスに向いた。


「まだ 行方がわからん」


ボティスが答えると、皇帝が傷付いた顔になる。


「心配だな。つらいだろう?」と

ジェイドの肩は離さずに、ボティスの頬に触れる。皇帝は本当につらそうだ。


「そりゃあ心配だが。浅黄本人が 一番つらいだろ。早く連れて来たいけどな」


皇帝は ついに、ジェイドの肩を離して

ボティスを包むように抱き締めた。


「取り返す。お前のように」

「わかった、大丈夫だ 皇帝ルシファー


悪い人じゃないんだよな。

本気で言ってるし、オレも嬉しくなる。


浅黄は強いし、仕事でも頼もしくて

閻魔天の修行... 棒術の師匠でもあるけど

オレらのツレだ。


時々 呼び出して、飯を食いに連れて行く。

家電が好きで、特に掃除機が好きだ。

縦型じゃなくてホースで繋がってるやつが好きで、一台 買ったけど

新製品が出ると電器屋に見学に行く。

そろそろ、車の運転を教えようと思ってた。


榊もだけどさ、素直で

すぐ『本当か?』とか『良いのか?』とか言うんだよな。

何か約束したり、プレゼントして 嬉しかったりすると、ニコニコしてさ。


祭壇トフェトの破壊に行くか」と

ベルゼが軽く言うけど

「天使や悪魔を含む異教神避けが為されている。

同じバアルだったベルゼであっても、もうモレクとは別体だ」と ハティが答えた。


「ワインを」って シェムハザに言われて

カウンターにワインを取りに行く。

急に、浅黄が 頭の上の黒耳 動かして スマホ見てるとことか思い出して、胸が ぐっと何かに掴まれた。いや。泣かねぇけど。連れ戻すから。


ワインを シェムハザに渡すと

「ミカエルには?」と、ベルゼが聞いている。


「これから話すつもりでいる」


シェムハザが答えると「うん、そうか」と

ちょっと機嫌が良くなった。

先に話したことが正解だったらしい。


「だがモレクだと、やはりミカエルにも降りてもらうことになるだろう。

奈落の身体を消滅させなければ、魂のすべては吸収 出来ない。残りは天に幽閉がいい」


えっ... って、ルカと眼を合わせた。


幽閉って、幽閉天マティだろ?

サンダルフォンじゃねぇか...


「なんとか、今ケリをつけられないのか?」と

ジェイドがワインを注ぎながら聞いてみている。


「奈落から身体を引きずり出して 消滅させれば

全部 吸収出来るかもしれないが

もし、魂の 一部でも その身体に戻れば

あいつは儀式の子供の魂で、魂も修復出来る」


「モレクの身体を 先に消滅出来れば

全部 吸収出来る、ってこと?」


ルカが聞くと、ベルゼが振り向いて

黒ぶちの奥のワインの眼を向けている。


「そう。だが、奈落から身体を釣るのに 魂が必要となる。引き合わせなければならない。

それも、“アバドンが手放せば” という条件付き。

だいたい、一体 何故、奈落からハダトが?」


ベルゼの言葉に、まだ「ボティス... 」と

ボティスを慰めていたのか、自分がつらかったのか わからんけど、なんか そういう風だった皇帝が

ハティに碧眼を向けた。


「そうだ。何故、奈落から?」


そうか、キュべレの件は知らないんだよな。

ヤバイ。オレ、そのこと忘れてたぜ...


「奈落は天の管轄であり、何とも知れず。

ルカ達が下級悪魔を追っていたところへ

突然ミカエルが降り、地上にモレクが出現した。

追っていた下級悪魔は 元はこの国の魔人だ。

その者が何らかの術で 奈落より引き出したものと推測しているが、ミカエルなら もっと何か

知っている恐れはある」


ハティは まだ、今のところは誤魔化しておく方向みてぇだな。

するっとミカエルにパスしてるしさ。


「ミカエル...  どうせ聞いたところで

あいつは “知る必要ないだろ?” と言う」

「“手違いが起きた” と言っていたな... 」


皇帝もベルゼも、ミカエルに聞く気はないようだ。そりゃ仲良くはないもんな。

ミカエルとか ボティスたちの話聞いてると

皇帝が天に乗り込まなきゃ、別に問題もなさそうなんだけどさ。


「まぁ いい。何にせよ、まず アサギから ハダトを出す。

出した時に 出来る限り吸収するが、吸収 出来ない分は 術で壺に閉じ込めて、ミカエルに引き渡すことになる」


ベルゼが言うと

「いや 天には渡さん。身体を釣る」と

皇帝が言った。


「残った魂が、身体に戻ったらどうする?」

ベルゼがグラスを口に運びながら聞くけど

「戻らんよう、お前が蝿で抑えていればいい。

俺は父を超える」って調子だ。無理ねぇか?


「万が一 戻れば、身体を破壊することになるが

異教神の私達には触れない」


「ここに触れる者等がいる」


皇帝が ボティスから巻いた腕を離し

片手をボティスの肩に置いたまま、片腕で周囲を示し、ついでにジェイドの肩を抱いた。


これ、オレらか...

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