髑髏 7


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「あれで終わりだということはないだろう」


相談所の座敷で、れーしんぐスーツを着込んだ

シェムハザが、長き小麦の緩きウエイブの髪を

指を鳴らし、下の位置で纏めながら言うておる。


「守護精霊や霊は そのままだが

今日は、ドクロを河川敷に閉じ込める」


珈琲を飲み干すと「アコ。山神の結界だ」と

パアプルスーツのアコを伴い、意気揚々と座敷を出た。


今朝は泰河等と別れ、一度 相談所で朝食を取り

ルカ宅で仮眠とシャワーを済ませ

当然の如きに黒きスーツを着用したボティスと

外で食事を取り、また相談所に参ったものだが

何やら、はろうぃんという異国の盆のような

イベントの週であった故、人里には面妖な仮装の人等が溢れており、れーしんぐスーツなど

何も目立たぬであった。


「さて。今日はドクロを

何とか落とすつもりだが... 」


耳輪を弾いてボティスが言うが

特に案は浮かばなんだ。


「契約とやらの話は出来ぬであろう?

何か弱味を突き、従わせるとこになろうのう」


「眼か... 」


ボティスは、そのように言うたまま

何か考え込んでおったが

泰河から浅黄に連絡が入り、そろそろ河川敷の

カフェに向かうとのこと。

迎えに寄る故、外に出て居れとのことであった。



「おっ、榊ぃ。今日も かわいいじゃん」

「アリスじゃないか」


「ふむ... 」


またレイジがワンピースを持って参った。

水の色の、裾がふわりと広がるものに

何故か白き ふりふりとしたエプロンを付けられるところであったが

「俺は好まん」と ボティスが言うと

レイジが呪を唱え、襟口から胸に掛け

U字に 中に白きシャツを着ている具合になって

ボタンが並び、古風なドレスのようになる。

スカアトの裾には、トランプの絵柄模様が付いた。


「コドモみてぇだな、おまえ」と

泰河が笑い、儂の頭に手を乗せた後

バイクのルカの後ろに乗る。 む...


「オレ、好きだけどな。似合ってるぜ」と

朋樹が言うて、バスの運転席に乗った。


だがバスに乗り、河川敷に向かい出したところで

アコが出現し「五山の麓に出た」と言う。

髑髏の形で出たようじゃ。


「何故だ?」

「結界に迷い込んだ人間がいたんだ。酔っ払い。

シェムハザが眠らせて、結界内に連れて行った」


ふむ。時として、里にも迷い込む者がおる。

そのような時は、もてなした後に幻惑を掛け

麓に返しておるものだが。


「河川敷に誘導した方がいい。

山を登りかけてる」


そういった訳で、五山へ向かう。


登らずとも髑髏が見えたが

髑髏は ガシャリガシャリと山道を登っており

中腹ほどにおった。大神様等の縄張り近くじゃ。


付近まで登ると、通行止めとなっておる

旧道のトンネルの岩石は消えており

白銀の大神様が、髑髏を見上げ

鼻先に深き皺を寄せ、唸り声を上げられておった。


「まずい。史月は

ドクロを 砕いちまう恐れがある」


髑髏の心配をしておるのう...


だが、髑髏のあまりの大きさに

攻めあぐねておられる。


ボティスがバスを降り

「史月、こっちに任せろ」と 言うと

「ボティスじゃねぇか。オマエ等も」と

今、儂等に気付かれた様子であった。


「コイツは、あの夜行の念だろ?

暗くて うっとうしぃんだ。

うちのヤツ等が、念に引かれることがある」


ふむ。犬等は儂等より 人に近しくある故

情により、そのようなこともあろうのう。


トンネルから、コツコツとヒイルの音が響く。


「まったく、うっとうしいったらないわ!」


朱緒様じゃ。


「おおっ?!」「朱緒!」「おっ、いいな」

突然に皆 色めき立った。


朱緒様は、ピタリとした長袖の物を召しておられるが、大変に丈が短く

またピタリとした白のパンツの上にへそが見える。


砂色のベルトには、銃などを携帯するための

ホルダアが付いており

膝下までの砂色のブーツを履いておられる。


豊かな胸の上に、黒きウエイブのしっとりとした髪。腹部は しっかりと引き締まっており

また腰なども洗練された色香があり

途方もなく長く締まった脚が続く。

異国人の如き美しき顔の 秋空のような碧の眼を

髑髏から 此方こちらへ向けられる。


「パドメだ」「戦闘服の時のな」

「いいよな史月ぃ」「あれ、奥さんだもんな」


「だろ? 人里でステーキを食ったが

朱緒は 注目のマトだったからな」と

大神様は得意顔に在られる。


「そう、アミダラ。俺がプレゼントした。

ハロウィンだから」と、アコが言うと

「なかなかだ」と ボティスが言うた。


「ありがと。でも、それ

早く何とかしてくれない?」


腕を組まれた朱緒様が申されると

「おう!」「任せろ」と

ルカと泰河が、方向を変えたバイクに跨がり

ジインズの衣嚢ポッケから 邪避けの桃の木守りを

ポイと棄てた。


髑髏の頭蓋が下を向き、一つ眼がバイクに止まる。


「腰骨って 夢あるよなぁ」

「わかる。掴むための骨だよな」

などと 言いながら

「よし、行くぜー!」と

バイクで山道を下り出した。


髑髏がそれに続くと、大神様や朱緒様に挨拶し

儂等もバスに乗り込む。


「先に河川敷にいるぞ」と アコが消え

儂等も、バイクと髑髏を追う。


「戦闘服のパドメはいいよなぁ」

「映画でもカッコいいけど、こうして見ると

圧倒されるね」


桃太や浅黄は「益々 お強く見える」

「うむ。朱緒様は実際に お強い。

史月様が山を降りられる時、お一人でも

山の守護をされる故」と いった感じであったが


同じ女子おなごであっても、こうも違うものかと

儂は 知らぬ間に、自らの胸の上に

手を重ね置いておった。


ハ と、視線に気付くと

隣からボティスが見ており

そ と手を膝に降ろすと、ケラケラと笑う。


何やら大変に恥ずかしくなり

ふいと 窓に眼を向けた。


ルカと泰河は、山道を順調に下り

髑髏もガシャリガシャリと、一定の速度で

それに続く。


麓に着き、河川敷までの真っ直ぐな道を進む。

信号などもあるが、人や車は通らぬので

赤信号の折りも突っ切っておった。


「おっ?」

「今、歩幅が拡がらなかったか?」


むっ!


「いかん」「危険じゃ」


泰河が振り向き、間が詰まっておることに

ぎょっとし、ルカに何か言うておる。


バイクは速度を上げたが、元より

のんびりと走るものであるらしく

矢のようにはならぬ。


朋樹が窓を開け、式鬼札を飛ばす。

助手席からハンドルを握るジェイドが

「蔓の方がいいんじゃないか?」と提案し

「そうだな」と、呪の赤蔓を伸ばした。


赤蔓は、髑髏の脚に絡み出したが

ちぃと 引っ掛かった程度であったらしく

ブチブチと切られ

髑髏は また大きく足を踏み出した。


「ヤバい!」「追い付かれる」


また髑髏が、ガシャリと大きく踏み出し

次はもう 踏み潰されるような位置じゃ。


「ルカ、曲がれよ!」と

また朋樹が蔓を伸ばすが、蔓はまだ絡まぬ。


髑髏が片足を上げた。


突然、ルカがバイクを止める。

バスも急ブレーキを掛けた。


「何じゃ?!」「危な... 」


髑髏は上げた足で、バイクを跨いだ。

ルカは、きゅ と方向を変えて 辻を曲がり

結界の向こうに退避したようじゃ。


「良し。なかなかだ」と

ボティスは言うておるが、儂等は肝を冷やした。


「あっぶねぇな、あいつ... 」

「ルカは、思い付きで やってみるからね」


髑髏は立ち止まっておる。


「どうする? オレらが囮か?」

「僕らも囮になって、脇に反れたら

その後が困らないか?」


しかし、髑髏の二つ向こうの辻より

またルカのバイクが現れ、河川敷へ走る。

回って先へ出たようじゃ。


バイクを見つけた髑髏は、またガシャリと追い出した。


どうにか河川敷に着き、草原を下りるバイクを

髑髏も追う。


「さて、ここからだな」


カフェの駐車場にバスを入れると

シェムハザとアコが立った。


「結界を張り 閉じ込める。桃太、狸に」と

シェムハザが片肩に桃太を乗せ、右の方へ飛び

「榊は俺」と、アコが背中に皮膜の翼を広げた。


狐に戻り、片腕に抱かれると

河川敷の左端に架かる鉄橋に向かう。


「広い範囲だと、ドクロ追うのに 大変だから

ここまでで区切るぞ」


「ふむ」と答え、結界を張る。

中におる者は、儂が結界を解くまでは出られぬ。


「榊、お前はアリスになったのか。かわいいな」


狐身であるのに、アコが言う。

次は、河川敷の道沿いに結界を張るために

また抱かれて移動する。


「む...  だが... 」と、ぽそりと言うと

「朱緒を見て、何か気にしたのか?」と 言うた。


「ハロウィンだ。史月を喜ばせたかった。

俺は最近 六山回るから、山神達と仲が良い。

お前には、レイジがやるって言うからさ」


「む、ふむ」


道沿いに結界を張ると

「歩いて戻ろう。おんぶしてやる」と

儂の前に、背を向け しゃがむ。


ちぃと戸惑ったものだが、長き髪の肩に前足を掛けると「立つぞ」と、儂を支え立ち上がった。


「背中に喋れよ。

俺は、女の話を聞くのが好きだ」


「むっ... 」


「お前、自分と他の女を比べてるな?」


ぬっ! このようであるのに 鋭きことよ!

侮れぬ...


「今、驚いただろ?」


ぬうう...


「背中で身体が揺れたからな」


ふむ、これは 単純な理由であったか...

ちぃと ほっとする。


「お前は、俺が見た日本の女の子の中で

一番きれいだ。かわいいし」


「のっ... 」


「俺は毎晩、違った女と寝る。

今、決まった女もいないし。

相当数の女を見てきてるけど

ボティスが なんで、お前なのかが よくわかる。

お前は、ボティスが探してた骨だ」


むっ...  わからぬ...


「色気ってものは、カタチじゃないんだぞ。

お前には、それが息づいてきてる。

単なるセクシャリティと、唯一の女との それは

まるで別物だ。女だって そうだろ?

史月は、“だからって俺の女だ” ってタイプだけど

ボティスは “触るんじゃねぇ” ってタイプなんだ」


「ふむ... 」


「お前は、ぼんやりしてるとこがあるから

心配になるんだ。

俺も護るけど、泰河等あいつらにも護られろ。

お前に触れていいのは、ボティスだけだ。

ボティスが触れるのも お前だけだ。

それは、あいつが そうしたいから」


「結局 俺が話しているぞ」と言う故

ちぃと笑う。


「愛されてる。心配するな。

でも不安になったら、ボティスに言え。

あいつは、お前が納得するまで話しをする。

お前の心が大切だから」


何故、このように 真っ直ぐであろうか?

だが 真の心で言うておるとわかる。


そのように言うと

「普通に話してるだけだろ?

回りくどくするような話でもないし

ちゃんと話せば、ちゃんと伝わる」と 答えた。


カフェの前に着くと

バイクで走り込んで来たルカ等が

桃の木守りを受け取り、やっとバイクを降り

ぺたりと座り込んでおった。


「よくやった、ピンク、イエロー」と

シェムハザが輝いておる。


「さて、これからだな」と

ボティスが、アコの背から儂を剥ぎ取り

自分の片腕に抱いた。


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