イシュの肋骨 5


「この部屋を使ってちょうだい。弟の部屋なの。

衣類も少しあるけど、必要なものは 明日 買いに行きましょう」


沙耶夏の暮らすマンション。

寝室は 二つあって、食事を作るキッチンと

それを食べるためのダイニング。

寛ぐためのリビング。


弟もいるって言うけど、普段は 一人みたい。

一人じゃ広いなぁって思う。

第二天ラキアの私の部屋は 一つで、テーブルとソファー、天衣とサンダルの棚しかなかった。


写真が飾られてる。男の人が二人。


「弟と、亡くなった主人よ。

お店は 元々、主人がやっていたの。

弟は遠くで仕事してるわ。また彼女が出来たらしくて、ちっとも帰って来ないのよ」


「ご主人は、亡くなったの?」


驚いて聞くと「そう」って頷いて

ソファーの私の隣に座った。


「呪詛によるものだったわ。

私は生まれつき、霊視が出来るのだけど

こんなこと、本当にあるなんて... 」


話を止めようと思ったけれど、止められずに

沙耶夏が話すままに聞く。


「だけど、しあわせだった」


沙耶夏は、穏やかな顔を 私に向けた。


「朔也も ちっとも帰って来ないけど、あの子達がいるし。

ボティスさんも 早く戻って来るといいわ。

今は、ここに あなたもいる」


「だけど、私... 」


「一緒に暮らしましょう。お店も手伝って欲しいわ。ますます忙しくなるわね」


「どうして?」と 聞くと

「一緒にテレビが観たいからよ」と笑う。


「あなたとは、きっと気が合う。

お互い、そういう人がいるって いいと思わない?

私たち、独りじゃないわ」


頷くと、また沙耶夏は微笑った。




********




「うーん、下着と靴下と...

朋樹くんが、紙袋を たくさん置いて行ったけど

そうだわ、部屋着を買いましょう」


沙耶夏と、手を繋いで街を歩く。


地上は、自動車やバイク、自転車が

ひっきりなしに通る。


お店の種類も本当に豊富。

雑貨屋なんかを見た時は、何の必要性があるんだろうと不思議だったけど

「かわいいからよ。かっこいいものもあるけど」って、沙耶夏が説明してくれた。


こうして手を繋いで歩くと、マリエルのことを

思い出す。


「どうかした?」って聞かれて、話してみると

「お友だちだったのね?」と、気遣う顔をする。


そっか マリエルは、私の友だったんだ。

今さら気付くなんて。


ショーウインドウには、ゾイと手を繋ぐ 沙耶夏が映る。


「外側から見たら、恋人みたいに見えるわね。

あなたは女性なのに」


そうかもしれない。

そういえば、手を繋いで歩く男女を見かける。


「私、小さい頃から 霊視力のせいで

あまり人に近寄れなかったの。

だけど高校の時は、仲良い女の子同士で

くっついて歩いたり、はしゃいだりすることに

憧れたりしてたわ」


沙耶夏が 私を見上げる。


「今、それが出来てる。大好きよ、ゾイ」


「うん」


嬉しい。沙耶夏は かわいい。

護りたいって思う。

マリエルにも、伝えられたら良かったのに。


「でも、私が こうしていたら

沙耶夏に恋人が出来ないよ」


「あなたは?」


「えっ? 私?」


「そうよ。恋人は いなかったの?

もしかして彼がいるなら

離ればなれで、寂しいんじゃないか と思って... 」


「恋人って、その、恋っていうもののこと?」


当然のように「そうよ」って沙耶夏が頷く。


「下級天使には、そういう感情ってないの。

素敵だと思う人はいたけど、その人が同性でも

同じように思ったと思う」


「まあ、そうなの?!

あなたは とっても きれいだし

きっと恋人もいるんじゃないかって... 」


沙耶夏は はたっと立ち止まって

「“そういう感情が、ない” ?」って、私に聞いた。


「そう。使命遵守の邪魔になるし

生殖しないから、必要がない」


「ボティスさんは?

彼やハティさんのお友だちには、人間の女性と結婚した方もいる って聞いたわ」


「上級天使は、造りが別なのかも。

彼等と人間は、造りが近い気がする。

私たちは、役割を果たすための者だから... 」


「いいえ、自分の心を見つめれなかっただけよ。

あなたは、“考えては いけない” って言ってたし。

きっといつか、誰かに恋すると思うわ」


沙耶夏は、私の腕に ぎゅっと抱き付いて

「楽しみね!」って 明るく微笑ってる。

また マリエルを思い出した。




********




『ゾイ。ファシエルとして話す。

海では悪かった。

だがまあ お前も、悪魔ゾイを雇った。

相子あいこだ。忘れろ。俺も忘れる』


「わかった」


カジノの召喚円内に、バラキエルが降りてる。

ボティス。朋樹たちが 彼の天使名を見つけた。


緩く巻いた天衣の胸には、黒いクロスが見える。

耳に並んだピアスも そのまま。

つまり、ボティスのまま。少し楽しい気分になる。天で、こんな天使は 見たことがなかった。


バラキエルは、私が生まれた時

もう堕天していた。

だから、天使バラキエルには 初めて会う。

人間のボティスと 先に会っていなかったら

やっぱり緊張してただろうと思う。


話は、聞いたことがあったし

第三天シェハキムで文書でも読んだことがある。


彼は、天にいる頃から

なんていうか、その... “適当” で、困った人 で

何度も “堕天した” って噂が立つような天使だったみたい。


でも、人をひきいることにけた人で

地上の守護天使たちの首領だった。

地上にいる天使たちは、それだけ堕天の誘惑に

晒される。


だけど彼が上にいると、その誘惑は薄まる。

堕天すると、彼の元で仕事が出来なくなるから。


彼が堕天した時は

“地上にいりゃ、俺に会えるだろ?” って

後を追いたがった守護天使たちを抑えた。


“付いてなど来てみろ。お前等は悪魔にならん。

人間に転生する。もう言葉を交わすことも無くなる。絶対に堕ちるな” と、言い放って行った。


実際に、守護天使たちは

悪魔まで堕ちない。彼等は “父の眼” だから。


人間を 間近に見守るということは

時に、身を砕く程の痛みとなる。


苦悩する人の傍にいても、手を出してはならない。助けてはならないから。

与えられた試練を乗り越えなければ、魂は成熟しない。


ただ見守る という、父の 一端を担う天使達だから

禁を犯して 手を差し伸べても、場合によっては

目を瞑られるし、堕天しても 人間に転生する。


彼は、守護天使達が報告に来ると

“どうした?” と、報告外の話を聞いて

守護天使達を ねぎらい、“良し。しばらくサボれ” と

楽園に押し込んだりしていたみたい。


でも しばらくすると、皆 自分から楽園を出て

地上の仕事に戻って行く。

人間を見守る という使命感もあるし

また バラキエルが聞いてくれる、って 安心感で。


ミカエルが “あいつがいい” って言ってた天使は

きっと この人だ。喜んでるだろうな。


私に、“儂は魔の者... 狐であるが、お前は儂と

友になろうか? 天の御使みつかいなのであろう?” って

聞いた榊が 胸に浮かぶ。


“もちろん” って答えると

“ふむ” って笑った。とても可愛かった。


ボティスは榊に、“必ず帰る。約束する。”って

約束してる。彼は、信じられる人。


守護天使たちや ミカエルは、残念だろうけど

早くもっと、榊が喜ぶ顔が見たい。

彼の帰りを 一緒に待とう。


沙耶夏や榊を想うと、実在のない温度を感じる。

胸の中に 温かいものが拡がり融けた。


地上は、天よりもずっと 小さな星。

だけど、その世界は こんなにも広い。









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