28


あれから、ユースケくんの母親は すぐに気が付いたけど、病院で診察を受けるように勧めて

ユースケくんたちは、教会を後にした。


教会を出る時に、背中に向かって

露ミカエルが 加護を与える。

これでもう、印を付けられることはないし

他悪魔からも護られる。


オレらは、大量の繭が出た時の対策のために

またキャンプ場に戻ることになってるけど

教会から 一度、ジェイドの家に戻って

少し休憩してから 戻ることにした。


ウスバアゲハになった人が 教会の芝生に倒れたことを、シェムハザが ジェイドと朋樹に話して

さっき、ユースケくんの母親が言った

黙示録の3章2節について 話し合う。


シェムハザは「少し落ち着こう」って

城から コーヒーとチョコを取り寄せてくれた。

晩飯 まだなんだけどー。


「あれが、印の者を変異させる暗号だということだろう」


『繭にする ってことか?』


ミカエルは、チョコは大して好きじゃないらしく

別に エッグタルトを取り寄せてもらって

泰河に もたせて噛り、隣からは オレがスプーンで

コーヒーを掬って差し出す。


「そう考えられる。

体内のウイルスに、言葉で指令を出しているようだな」


チョコを指に取って

「何かが傍にきた という感覚は なかった。

離れているのに、指令が出せるのか?」と

ジェイドが聞くと


『術だろ? 遠隔でも同調させられるやつ。

天の啓示や幻視も その部類』と

ミカエルが、シェムハザに確認するように言って

『タルト、もう 一個』って、前足で泰河を指す。


「そう。距離は関係なく、想念を伝える。

相手との結び付きが必要となるが

クライシは、宿主の人間にではなく

自分が撒いているウイルスに指令を出しているからな。簡単に作用させられるようだ」


久々に 高級チョコ食いながら

「けど、“目を覚ませ” ってさぁ... 」って

独り言みたいに言うと

「ああ。ふざけてるね、どこまでも。

僕は もう、気にしないけど」って

ジェイドが鼻で笑った。


目を覚ませ、って言葉は

聖書の他の箇所とか、手紙の内容にも出てくる。


でも、“死にかけている残り者たちを強めよ。

わたしは、あなたの行いが、わたしの神の前に

完全な者とは認めない”... と 続くのは、黙示録だ。


信仰を失った状態、忘れた状態...

死んでいるような状態から、目を覚ませってことなんだろうし

同じような生き方をしてしまってる他の人たちを

支えて、目を覚まさせろ ってことだと思う。

今のままじゃ、神に仕えている、委ねている、

教えに沿って生きていると認めない、って。


神は、もちろん聖父。

でも さっきの場合は、クライシの言う神。

アバドンやキュべレのことだ って思う。


「神、って言っちまえば、何でも神になるからな。でも 悪魔にもなる。

天側からしたら、他神話の神は悪魔だし

オレら人間側からしたら、人間に都合が悪けりゃ

邪神や悪神だしよ。

立場から見るだけ の問題なんだよな」


朋樹が言うと

『それは、人間同士だって そうだろ?

戦争なら、例え疑問があっても自国が正義。

悪魔同士にも それはあるし、今は見ての通り

また 天にも起こってる問題だけどな』って

ミカエルが、生チョコ食ってみて

『柔らかすぎる』って 文句言う。

なんで食ったんだよ、もう。


争いって、天ですら 起こるんだもんなー。

それで、皇帝たちは堕ちたんだし。

無くならねーのかもな。


何かの利益のためだとか、全体の進歩のために

争いも必要だとか、そんな理由は わかんねーし

正直、ただ イヤなんだけど

多数だから って訳じゃなく、少数でいたって

ケンカにはなったりするもんな。

“競う”ってこともするし。


今まで、戦争とか そういうのって

どこか他人事だった。知らないことだし

いつも遠くで起こってたしさぁ。


けど。それは こんな風に、いつ自分に起こっても

おかしくないことだったんだよな。

同じ星の中で、同じ種族同士でやってんだし。


そうして、お互いに

“自分たちが正しい” と信じる。思い込んででも。


「シェムハザ!」


アコだ。こっちが どうした? って 聞く前に

「人間が、あちこちに集まってる」って言った。


「どういうことだ?」


「公園とか、河川敷とかに。

バラバラに大人数で集まってる って感じだ。

軍の奴等から報告が入ったんだ。

そいつら、“クライシ様” って 言い出してるらしい。今 ボティスも こっちに向かって来てる」


「様子を見て来よう」って シェムハザが消えて

『俺も見てくる。移動するなら 露 連れて行けよ?』って、ミカエルも露子から抜けて行っちまった。


「集まってる ってさ、警察とか動くんじゃねーの?」


「何か始め出したり、近隣から苦情が出ればな」


「とりあえず、すぐ動けるように

バスを 教会前に動かしておこうか」


「にゃー」


うん、出とくか。


バス、教会前に回して

「けどさぁ、ボティスは どうやってキャンプ場から来んのかな?」って 話してたら、背後... 四山に登る道から、猛スピードで泰河の車が降りて来て

「おいっ!」って 泰河が焦る。

運転してるのは、ボティスの配下のヤツだ。


肩にアンバー乗せて、後部座席から降りた ボティスが「駐車場に回しておけ」って 命令して

車は また、すげー速度でバックしてった。


「よう」って、朋樹から露子を抱き取って

「集まってる場所の把握と観察。のちに報告」って

アコに言って、バスの後部に乗り込んでる。


で、「河川敷」って言うし

オレらも「うん」「おう」って バタバタ乗り込んで、バスを出した。


「おまえさ、車に傷とか... 」って 泰河が聞くと

「今 運転していた奴は、カーレース観戦が趣味だ」とか、意味不明の説明で終わっちまった。


「あれ? 泰河の車の鍵は?」って、運転しながら

ジェイドが聞くと

「バンガローのテーブルにあった」って言ってるけど、なんか嘘っぽい。


でも、カフェ近くで「珈琲」って言い出すし

「河川敷のカフェでいいじゃん」とか

「さっき、教会でな... 」とか、ウスバアゲハの人のことと、アルファと変異の暗号の言葉の話になって、泰河の車の鍵の話は流れた。

いつもの感じだぜ。


話しながら 河川敷のカフェに着くと

駐車場に車 入れて、中にコーヒー 買いに行く。

持ち切れねーし、泰河も 一緒。


このカフェは よく利用するから

たまにオレのバイクも停めさせてもらったりするし、飯時に悪いかな... って 思いながらも

「バス 停めさせて欲しいんだけどー」って

店の子に言ってみたら

「うん、全然いいよ」って言ってくれた。


コーヒー淹れながら

「なんか、やたら人が河川敷に降りて行ってて

今も集まってるでしょ? ちょっと不安だったし」って、店の子同士で頷いてる。

知ってるヤツ、この場合だと オレが来たからか

多少 安心したように見えた。


「うん、人が集まってる間は 外に出ないようにね。

なんかさぁ、魚系のつまみとかある?

猫に あげたいんだけどー」


「じゃあ、味付けしないで

サーモンをボイルしてくるよ」


「おっ、ありがとう」って

クッキーも 一枚、アンバーに選んで

コーヒー代と 一緒に払いながら言ったら

「氷咲くんて、お化け退治が仕事だったよね?」って 聞かれた。

泰河が「オバケ退治... 」って 笑ってやがる。

おまえもだろ。


「ネットで話題になってる動画 知ってる?

クライシ様の... 」


「あ、うん。観たよ」


「あれ、おかしいよね?

いや もちろん CGとかなんだろうけど。

河川敷に集まった人たちが、クライシ様とか、印とか言っててさ。

それで氷咲くんたちが来たから、なんかあるのかな?... って 思ってね」


下手に隠しても、注意喚起 出来ねーよな...


「うーん、あるかないか調査ちゅー」

「あ、けど、大丈夫なんで。

とにかく まだ外に出ないでください」って

コーヒーと サーモンのパック受け取って出た。


ボティスたちは、バス降りて

道挟んだ河川敷の なだらかな芝生の坂に座って

下の方に集団でいる人たちを見てる。


コーヒー配って、オレらも胡座かく。

アンバーにクッキー、露子はサーモン。


「もうちょっと近付いた方が良くね?」って

言ったら「軍の者が紛れている」ってことだ。


二人の男が 集団と向き合って立って、集団は

クライシ様、クライシ様 って 呼ぶ声でざわめいてる。

「お静かに されてください!

クライシ様は、必ずいらっしゃいます!」と

一人が言った。


「必ず、いらっしゃる?」


アコ、あっちこっちに 人が集まってるって

言ってよな?

赤ちゃん連れた人が回ってくんのかな?


「おい... 」って、朋樹が

コーヒーのカップから口を離して言う。

「今、もう一人の男に 何か入ったぜ」


急に集団が静かになって、皆 地面に座り出すと

何かが入ったっていう、さっきは喋ってなかった方の男が喋り出した。


「... 印が欲しいものは、私に祈れ」


歓声で沸き出すけど、これ...


ボティスがピアスをはじいて

「もちろん、クライシサマだろ」と 立とうとした朋樹に、地面に向けた人差し指で 座れ と示す。


「じゃあ、憑依は やっぱり、赤ちゃんにだけじゃない ってことかよ?」


「そりゃ、勧誘してた奴にも憑依したのなら

移動しやがるんだろ。

一ヵ所に纏めずに、バラバラの場所で感染させられる」


「どうするんだよ、そんな... 」


オレと泰河だけじゃ追い付かない。

けど、筆で 印 出さねーと、感染してるかどうかも わからないから、ミカエルも加護を与えられない。


「ちょっと... 」


クライシが憑依した男が、ふうっと長い息を吐くと、白い糸のようなものが 次々に口から出て

集団の耳に入って行く。


「糸が入って行く者と 入らない者がいる。

入らない者は、すでに感染している ということだろう」


誰にも入らなかった糸は、地面に落ちる前に 薄れて消えていった。


「空気中に長くいられないようだな。

まぁ、まだ よくはわからんが」と

ボティスは コーヒーを飲んでる。


「輝かしい次世界が訪れる。

印の顕現のために、再び私の元に集え」


また大きな歓声が沸く。

男からは、クライシが抜けたようだけど

誰も気づいていない。


「後は、アコの報告を待つ」と

ボティスが立ち上がり

「飯だ」と、カフェに向かって歩き出した。


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