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その、“入った男らしきもの” っていうのは

クライシだろうと思う。


これ、勧誘するヤツが 勧誘相手を決めて

その相手の前に座ったら、クライシが 一瞬 憑依して、ウイルスに感染させてる ってこと... ?


もし そうだったら、相手を決めて感染させることが出来るよな。


勧誘するヤツは、セミナーの時に 壇上にいたヤツら なんだろうか?


「セミナーに出た他の人たちの中にも、怖くなってしまった人たちがいるみたいなんですけど

“印をつけてもらわないと 白い蝶になって死ぬ” っていう風に不安みたいで、あの団体の人たちが 繭にしてる とは考えないみたいなんです」


うん、まぁそうは考えねーかもだよな...

ユースケくんや、ミカエルを見た親戚の人たちが

気付けただけ って気がするし。


「よくクライシに騙されなかったよなぁ。

あれだけネットで、大人も騒いでるのに。

すごいと思うぜ」

「そうだよな。しかも、変なもん見えるタイプなのにさ」


辺りは もう夕暮れだ。早いよな。


オレと泰河の間で、ユースケくんは 夕焼けを映した顔で

「だって、あれじゃ キメラじゃないですか。

合成しただけ って気がするんです。

神様の仕業だとしても、あんな風に設計しないって思うから... 」って 少し照れた。


ユースケくんて、こないだ教会で勉強してる時

高校の参考書 開いてたもんなぁ。

勉強も出来るんだろうけど、賢いんだろうなー。


ふと 前を向いた泰河が、急に

「あ...  ユースケくん。ちょっと教会に戻っといて」と、ユースケくんの前を塞ぐように立った。


「え... ?」って 戸惑ってるけど、外壁の外門から伸びる 長い影を見て、オレも立ち上がる。

「すぐ戻るから」と ユースケくんを

教会の方に向かせると、扉を開けて 押し入れ

シェムハザを呼んだ。


扉を締めると、すぐ隣に シェムハザが立った。


「ウスバアゲハの... 」


門から入って来たのは、セミナーで

ウスバアゲハになった人だ。


黒い揚羽の編み模様の 透けた背の羽は、あちこちが破れ裂け、ぼろぼろになって ぶら下がっている。


両腕を上げ 前に伸ばし、ぐらりと揺れ

石畳から外れて 右に片寄って 二歩進み

またフラつくように揺れると 左側に 一歩進む。


身体のバランスが取れないようで

蛇行するように 歩を進め、また右に片寄った時に

そのまま芝生の上に、横に倒れた。


シェムハザが 近付こうと歩き出したのに気付いて

オレと泰河も、倒れている その人に近付く。


しゃがんだ シェムハザが、頸動脈に触れ

「生きていない」と 言うと

何故か、やっぱり と 思った。

きっと 泰河も、同じように思ったと思う。


長い影を伸ばして、歩いて来る姿を見た時も

なんとなく わかってた。もう助からない って。


立ったままの、オレと泰河の前に

シェムハザも 立ち上がった。


風が吹くと、透けた羽が千切れて

かさりと 背を離れる。


「文字は どうする?」と、聞いてはみる。

たぶん、出る文字は アルファだけど

出したってもう、意味はない。


「いや、もう... 」と、シェムハザも答えた。


ハティを喚び「遺体が出た」とだけ言うと

ハティは「検査する」と、遺体をかかえて消える。


芝生の葉先に引っ掛かっている、破れた紙屑のような 透けた羽を、シェムハザが青い炎で消し

教会の中へ戻った。



教会では、ジェイドや朋樹と、ユースケくんの ご両親や親戚の人たちが、クライシのとこに勧誘された時のことや、脱退したいけど、どうしたら出来るのか ってことを 話し合っていて、

ユースケくんの膝に、露ミカエルがいる。


ユースケくんの うなじには、小さな白いクロスが見えた。ミカエルの加護だ。


長椅子に座って、振り向いたユースケくんに笑って片手を挙げると、ユースケくんも 安心したように 小さく笑った。


「なんで、教会に来たんだろうな?」


「助けを」求めに... までが 口に出せなかった。

今になって、砂を噛むような気分になる。


シェムハザに もらった水 飲んでたら

「... 死体が、さ。歩いてきた って 思った」って

泰河が言う。


オレも、同じように思った って意味で頷いたら

「アルファでもオメガでも、結局は同じ ってことなのか? それなら、分ける意味なんかないよな」って、怒ったような呆れたような声で続けた。


「けど それだとさぁ、クライシのとこに

入信するヤツがいなくなるよな?」


「そうだよな... じゃあ、何か

アクシデントが起こったってことか?」


黙って話を聞いていたシェムハザが

『羽が傷ついたからだろう』って 言った。


「そんなことで... ?」


あの人は、クライシと次世界を 信じたのに

そんなことで、簡単に死なせるのかよ?


『“何故 傷付くか” を 考えてみろ。

何に当たれば傷付くかをだ』


人型だし、身体が でかいんだよな...

その分、薄羽もバカでかい。

でも普通に 広い場所を翔んでる時は、そんなに支障はないと思う。障害物が無ければ。

障害物がある場所で、風に煽られたら ってことか?


「... ビルとかの建物と、街灯とか

場所によれば 電柱とか?」


『事故を防ぐために、どう考える?』


風は吹くから、どうしようもない。

建物や電柱を無くす... ?


「いや、まさかだろ」って、泰河が言うし

オレも、それは あり得ねー って思う。

文明 捨てる訳はないんじゃね?って。


『状況が進み... 簡単に考えて

半分程は蚕となって消え、残りはウスバアゲハになっていくとしたら どうだ?

人間は、自分達のためになら 何でもする』


生きるためなら、ってことだよな。

確かに そうだ。いつでも我が物顔してる。


『建造物が無く、自然物の世界を想像してみろ。

海があり、山がある。

大地を流れる川。草原と花。木々には果実。

動物たちとの新しい共存... 』


突然、星絵を思い出した。泰河と視線が合う。


それは、エデンだ



「ルカ、泰河」


朋樹に呼ばれて、長椅子を立って通路を歩く。


「こちらは、氷咲と申します。こちらは梶谷です」と ジェイドに紹介されて、会釈して

握手してたら


「彼等は、バチカンで教育を受けた祓魔師...

エクソシストなのですが、通常の儀式とは違い、

身に巣食う悪魔の病を癒すことが出来るのです」

とか、めちゃくちゃな説明し出しやがった。


「では、氷咲神父。

彼等が押された、まやかしの烙印を探してください」


「んんっ?... おう、はい」


神父って... オレ、ジーパンなんだけどー。

ユースケくんが ハラハラしてるし。


けど まず「失礼します」って 断って、親戚の人の額から見る。旦那さんの方。


オメガだ。蚕にされるやつ。

グレースーツに “脱退したい” って 話したからか?


天の筆で、文字を浮かせると

親戚の人とか ご両親には見えないようだけど

ユースケくんが「あっ... 」って、声を出した。


「セミナーの後、レストランで、スーツの司会の方に お会いされた時、引き止められること以外に

何か 言われませんでしたか?」


朋樹が聞くと、親戚の人たちは 顔を青くして

喉を鳴らした。言葉に出せないみたいだ。


ユースケくんの父親が、代わりに

「言われました。“のろわれますよ” と... 」と

答えた。


文字が、アルファになるか オメガになるか は

やっぱり、この暗号の言葉で決まるみたいだ。


「梶谷神父」って 呼ばれて、泰河が 額のオメガに指を置くと、ジュッと音を立てて消えた。


文字が消えた 親戚の人、旦那さんの方は、何かが無くなったのが わかったみたいで、顔付きを変えると「是非、妻も お願いします!」って

眼を赤くして潤ませてる。


奥さんの方の文字も、やっぱりオメガだ。

浮いた文字を 泰河が消す。

奥さんの方は、鼻から下を両手で覆って 泣き出してしまった。


後は、ユースケくんの ご両親だ。


でも オレが、ご両親に向き直ると

「いえ、私たちは... 」

「入信していませんので」と、断ろうとしていたけど、ユースケくんが

「みてもらって。安心したいから」って 勧めた。


それなら... という感じになったから

「失礼します」と、額をみる。


アルファとオメガ、両方がある。

αω、と 並んで。

印は まだ決まってない、ってことなんだろうな...


親戚の人が蚕になったら、恐れて入信する って

考えたみたいだ。入信しなきゃ オメガ。

キュべレの目覚めのための魂になる。


もし、アルファのウスバアゲハの人が 地上に溢れて、いつか エデンになったとしても

それまでに 蚕になってしまったり、ウスバアゲハでも 地上がエデン化するまでに犠牲になる人の魂で、キュべレは目覚めるんじゃないかと思う。


アルファでもオメガでも、どっちにしろ キュべレは目覚めて、他神も他信仰も排除されて、地上はサンダルフォンの思惑通り、そのまま天の 一部となる。


泰河が文字を消すと、ユースケくんの父親は

信じられない という風な顔をした。

母親の方の文字を出す。 ... アルファだけだ。


なんで? と、泰河と眼を合わせる。


「どこかで 誰かに、何か 言われましたか?

レストランの後から、今 この教会に着くまでの間です」と、朋樹が聞くと

ユースケくんの母親は 戸惑いながら考えてて

父親や親戚の人たちが、何事かと焦り出す。


「大切なことです。思い出してみてください」


ジェイドが言うと

「... ああ、こちらではなく

うちの教区の教会に、祈りに行ったんです。

普段は行かないのに、申し訳ないんですけど

何か 不安になったので」と、思い出したようだ。


「神父様に お祈りしていただいて

教会を出た後に、女性の方とすれ違って

“光あれ” と...

教会の方かと思ったんですが... 」


アルファにする暗号は、“光あれ” か。

旧約聖書の言葉だ。ナメてやがる。


すれ違ったヤツの特徴を聞くと

30~40代くらいで「失礼なことを言いますが」と

断って、化粧慣れしていない感じがした と。

あの 闇おばさんだ。


魔女が、クライシが印を付けた人に 暗号を言えば

アルファかオメガ、どちらかに決まる。

セミナーで壇上にいたヤツは、全員 魔女だって おそれが高い。


後は、どうやって繭にしてるか だ。

一度に 30人くらいの人が 繭になったけど

周りに魔女は いなかった。


『... “目を覚ませ”』


は... ? 男の声だ。


何だ? いきなり...


ユースケくんの母親が、しゃっくりをし始めた。

しゃっくりの合間に 言葉を話す。

眼を遠くに向け、朗読するような調子で


「... “死にかけている 残り者たちを 強めよ。

わたしは、あなたの行いが、わたしの 神の前に

完全な者とは 認めない”... 」


黙示録だ。3章2節。


ごほっと咳き込むと、口から白い糸を大量に出した。長椅子に膝を抱える。


「泰河!」


ジェイドに呼ばれて、すぐに泰河が額の文字に

指を触れた。


アルファの文字が音を立てて消えると

糸の放出も止まった。

露ミカエルが、口から溢れ出した糸に触れる。


糸は 口から離れると、長椅子の下に落ち

しゅうしゅうと音を立てて 溶け消えた。











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