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「ああ、ウイルスの話だったもんな」って

泰河が言うし。うん、確か そうだったよなー。


「まず、ウイルスは

様々な点で、一般的な生物と大きく異なる」


そっから入るのかよ...


「基本的には、蛋白質と核酸からなる粒子で

細胞を持たないものだ。

大部分の生物は、細胞内部に DNAと RNA... リボ核酸の両方の核酸が存在し、情報はDNAからRNAへ

そして蛋白質が作られ、蛋白質からDNAに情報が流れるということはない。

この基本的な 一方通行の流れを セントラルドグマという。... これについては、後でまた話すが。

ウイルス粒子内には、基本的には DNAとRNA

どちらか片方だけしかなく、それ単独では増殖できず、他生物の細胞に寄生したときのみ 増殖できる」


自分だけじゃ増殖できない ってことか。

何かの中でしか増えられねーらしい。


「ウイルスは、エネルギー代謝を行っておらず

代謝は、宿主細胞に完全に依存する。

唯一 できることは、他の生物の遺伝子の中に

ウイルス自身の遺伝子を入れる事だ。

厳密には、自らを入れる能力も持っておらず

ただ 細胞が、正常な物質と判別できず ウイルスタンパクを増産し、病気になる。

これらの違いから、ウイルスは生物学上

生物とは見なされないことが多い」


DNAがない とか、DNAしかない とか

もう基本が違うもんな。

個人的には、“寄生する” ってとこだけ見たら

枠が違う生物 っていう気はするけどさぁ。

増殖のために寄生するんだろーし。


「さっき話に出したセントラルドグマについてだが、遺伝子のDNA情報は、まずRNAに

そして蛋白質に変換される ということ... これの

重要なところは、情報の流れは 一方的であり

蛋白質自体が RNAやDNAを合成したりは出来ないことを 示しているのだが

ある種のウイルスが、生物学的情報を RNAからDNAに変換できることが発見され

この セントラルドグマは書き換えられた」


えっ? じゃあ、変換 出来るタイプの

RNAのウイルスが、細胞内に入った場合...


「“レトロウイルス” というものは 聞いたことがあるか?」って、ボティスが言うけど

もちろん、オレらには聞いてねーし。


「RNAウィルスの 一種であろう?」って 桃太が答えて、榊とか浅黄が、ほう... って感心してやがる。


「おまえ、わかんの?」って

チョコケーキ食ってる アコに聞いたら

「一般知識じゃないのか?」って 返ってきた。

見掛けによらねーのな...


「自らのゲノムを、RNA逆転写酵素 と呼ばれる 酵素によって DNAに逆転写し

宿主のDNAゲノムの中に組み込むことが出来る。

このことを発見したことで、それまでのセントラルドグマが崩れ、遺伝情報は必ずしも DNAからRNA、蛋白質... という順にだけ流れるわけではなく、状況によっては順序が変わり得ることが明らかになった。

レトロウィルスによって、遺伝情報は RNAからDNAへと 逆方向に流れることもあり得る ということだ」


桃太、すげー...

シェムハザとボティスも頷いてるし

朋樹もジェイドも感心した顔してやがる。


「例えば、猿より もっと前の人間の祖先

ネズミが “卵”を産んでいた時代から... 」


「はあ?!」「タマゴっ?!」


つい泰河と言ったら、シェムハザが

コーヒーの お代わり取り寄せてくれた。


「う、うむ」って、眼鏡 くいって やった桃太が

気を取り直して、話を続ける。


「胎盤を持った “哺乳類” に進化したのも、ネズミの時代... これは、恐竜がいた時期の時代だが

レトロウイルスが蔓延し、その遺伝子が ネズミに取り込まれ、哺乳類が 腹の中で子供を育てる機能... 胎盤が宿ったそうだ」


「あっ!!

レトロウイルスが進化を促した ってこと?!」


「良し。お前にしたら上出来だ」


うるせーし!


「ワイン」って言われて、泰河が注ぐと

また ボティスが話し出した。


「遺伝子は通常であれば、同一の生物種の間で受け継がれていく という話を ハティがしてただろ?

“遺伝子の垂直伝播”、親から子どもへの移動だ。

しかし “遺伝子の水平伝播” の多くの例が

発見された」


なんだよそれ。

垂直なら 上から下、親から子だよな?

水平? 横?


「遺伝子が、ある生物種から

同じ環境で たまたま生きている

全く無関係の生物種に運ばれる プロセスだ」


「えっ?」

「ウイルスによって、ってことか?」


「ジャンプする遺伝子 とも呼ばれているが

北米では、一般的なオオカバマダラを含む 2種の蝶などから、蜂の遺伝子が発見された。

自然界で 遺伝子が別の生物種に飛び移った証拠であり、自然界が 遺伝子組み換え生物を創造する際の道筋 ということだ」


「蝶から蜂の って、マジか... 」

「解析して、過去に起こっていた という情報じゃなく、実際に発見されたなんて。

どこかで... もしかしたら体内で起こっていると 想定は出来ることでも、こうして聞くと、やっぱり すごいと思うね」とか

朋樹とジェイドが 軽く興奮する。

まあ、進化するかも ってことだもんなー。


「人間も その進化の過程で、この “ジャンプする遺伝子” 方式によって、バクテリアやウイルス、菌類から 145以上の外来遺伝子を獲得できた という

結論が出された」


じゃあ、もうすでに

いろいろと 取り込んできてるってことか。


「20世紀の初頭に猛威を奮った スペイン風邪だが

これは現代の科学者が ウイルスの遺伝子を解明したところ、H1N1型の鳥インフルエンザだったようだ。

このように鳥がかかるインフルエンザが、人間に感染するようになることを、ホストジャンプ と呼ぶ。

ホストジャンプが起きる理由は、ウイルスの遺伝子の急速な変異 にあるようだが、何故か ウイルスの遺伝子は、宿主に対する毒性を緩和する方向に向かう という。

これは 宿主を どんどん殺してしまっては、ウイルスも増えることが出来んからだ、という仕組みのようだな」


ウイルスは生物に見なされない って聞いてもさぁ

やっぱり、意志みたいのを感じるぜ...

本能かもだけど、本能がある時点で生き物じゃねーのかよ... ?


「ウイルスは、蛋白質の殻に包まれた 遺伝子の直線状の塊のようだ。

それに対し、細菌は細胞膜に包まれ、リング状に遺伝子が繋がった塊であり、ウイルスの 1000倍ほどの大きさがある」と、シェムハザが話す。


「ウイルスは それだけ単純な構造をしているから、その変異のスピードも 1000倍も早い。

単独では生きられないが、生物が進化するための 形態であり、種の壁を超えて 遺伝子を運び、急速な進化をもたらすことが出来る。

つまり、ウイルスが宿主と 一体化した時

新たな生命が誕生した と考えることが出来る、と

いうことだ」


「はー、なるほどー」


ウイルスで 病気になることもあれば

遺伝子の情報が書き換えられて、変異したり 進化することも あり得るってことかぁ。


「なんか ムズカシイ話だったけど、勉強になったよなぁ」

「な。ウイルスすげー」


「あのさ、植物と動物って どうなんだよ?」って

泰河が 謎の質問をする。

自分から こーいう質問するのって、めずらしいよなぁ。


「“細胞論” といい、細胞からなるのが生物 だと考えれば、同じ枠には入ろうがのう」とか

桃太が言って

「まあ、菌類やミドリムシなんかもいるからな」って、ボティスも言う。


ああ、細胞 って言われたら

ウイルスは生物じゃねーんだな... って思う。

細胞ないし。けど、別生物 って気もするしなぁ。


「ヒトと植物細胞の部分的な細胞融合に成功し、植物の染色体が ヒト細胞環境下で維持されることを解明した、という報告もあるようだ。

植物と動物は 約16億年前に、共通祖先から分岐した というからな」


シェムハザが言うと、泰河は にやっとした。

なんか、話さねーんだけど、泰河って たぶん独自の進化論とか持ってるんだろーな...

今の答えは、それに都合が良かったみてーだし。


「最初に誕生した生命って、最小の遺伝子の組み合わせから始まった と考えられているけど

最古の細胞の遺伝子数は、100~300個と推定されてるね。

ちゃんとした生命になる前に、この生命に必要な100~300個の遺伝子が、偶然に 進化して

突然、生命として出現した... って 聞いたことがあるよ」


「偶然と? そのようなことがあろうか?」と

榊が疑問視する。

疑問に思う ってことは、今 ジェイドが話してることが 理解 出来てる ってことだよな...


「そう。突き詰めて研究している者ほど、神の存在を感じるようになるようだ。

計算とデザイン性や都合の良さに、“偶然” では無理が生じる」


おっ、これ聞いたことがある!


「そりゃあ そうだろう。あの獣以外は 父が造ったのだからな。

だから、進化の中間化石は無いんだ」


シェムハザが笑ってるけど、もしかしたら そうなのかも... って、ちょっと思っちまう。

だって、最初の遺伝子セットは どうやって発生したんだよ... ?


「科学と非科学は、分けずに考えるべきかもしれないね」って ジェイドが言うと

「まあ、オレら そういう仕事だしな」って

朋樹が笑った。


うん、まぁ そーだよなぁ。

悪魔とか霊獣とかと カレー食ってるんだし。


腹も いっぱいになったし、そろそろバンガローに移動しねーのかな?って思ってたら


「で、今回の変態は、ウイルスってことか?」

とか 朋樹が言い出した。


そっか... そもそもは その話だったんだよな?

蚕とウスバアゲハにされた人は、そーいうウイルスに 感染させられた、って...


「まだ 推測だが。

RNAウイルスの酵素による逆転写で

染色体に転座、モザイクが起こったのではないかと考えられる」と ボティスが答える。


モザイクって、“ANBCDE” だったよな?

別の遺伝子のNが組み込まれる ってやつ。

紙に書いてもらうと、眼からも情報が入るから

聞くだけより覚えやすいよなー。


それで、遺伝子が変異したってことか...


塩基配列が、ATCGのはずが ATGGやATGになったりして、その遺伝子の情報から

蛋白質が、正常とは異なったものが作られる。

つまり、羽や触覚が作られて ... んん? 病気?


「それ、進化じゃなくて 病気なのかよ?」


「生殖機能を失う突然変異は、生物にとって 有益じゃあないだろ?

蚕になった奴など、淘汰されるのみの変異だ。

ジャンプする遺伝子方式の水平伝搬による変異だが、垂直伝搬はしない。

進化 と呼べるのは、幾世代に渡る変異の累積で

別の種へと変化する事だ。

よって 一代限りの異形、つまり病気だ」


あ、そっかぁ...


「まだ感染の仕方などは わからないが

被害者には、あらかじめウイルスに感染させておいて、言葉によって 印のスイッチが入る... と

考えている。

例えばだ。勧誘を断れば “呪われろ” で、オメガ。

蚕に変異し、勧誘に乗れば、別の言葉を用いて

アルファの ウスバアゲハに変異するよう RNAが転写を起こし、DNAに組み込まれる と推測している。

まぁ、ハティが戻れば はっきりするが、問題は

クライシのようなクズでも、奈落で それだけの能力を持った ということだ。

それまでは 卵を寄生させるだけだったが、遺伝子レベルで 変異させるウイルス だからな。

品種改良の制約を突破した、神の領域だ」


うわ...  クライシでも とか言われてもなぁ...

奈落出身の他のヤツとか、考えたくないぜ...



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