20


「大きさがバラバラではないか!

人参も切れんとは... 」

「むうう... 」


榊は 包丁を初めて持ってみたみたいで、桃太が不揃いのニンジンを見て呆れてる。

里じゃ “榊様” だもんなー。


「良いか?大きさが違うと、火の通りも均一にならんのだ。大きなものは半分に切り直さねば。

そのような包丁の持ち方では危なかろう!」


「ぬうう... 」


「榊ぃー、無理すんなよー」

「アジあるぜ?」


「ふん、何を!

桃太に出来て、儂に出来ぬことなど あるものか」


出たぜ。負けず嫌い精神スピリット

白尾が玉ねぎの皮 剥きまくって、浅黄はジャガイモ。ナスとか しめじとかも入れるっぽい。

アコが大量の米を研いでみてる。


シェムハザと他悪魔は、バーベキューの準備だ。

ピーマンとかエリンギとか切ってるヤツらがいて

シェムハザは 肉の下準備してるし、すげー平和に見えるぜ。


どうせ使われるだろうけど、今 何もしたくない

オレと泰河は、ハティとボティスのとこに行ってみた。

薄暗くなってきたし、榊と浅黄が出した狐火の下で、シェムハザが取り寄せたガーデンテーブルに着いて、優雅にワイン飲んでやがる。


でも 話はクライシのことだし、近寄って失敗した気はする。

こういう気分でもなかったよな、って 泰河と眼を合わせた。


言ってらんねーことは わかってるけど

さっき、繭にされた人を あれだけ見たショックが

今 きてる 感じなんだよなぁ。

不自然なものを大量に見ると、やっぱりどっか しんどい。解決策も まだ何もねーし。


「繭から わかったことは少ない。

やはり生体を調べた方が早い。

朋樹が戻ったら、半式鬼で ウスバアゲハになった者を追わせるか、病院に入った被害者たちから血液を採取する」


「そうだな。

病院は、アルファとオメガに分けてある。

クライシの憑依外のことだが、人から離れている間は どうだ?

奈落に戻っていると考えるか?」


「考えられんことではないが、クライシは まだ

アバドンに報告 出来る程の成果を上げていない。

キュべレの目覚めのための 魂の調達をめいぜられているのなら、のうのうとは戻れんとみえるが... 」


「地上に潜んでいる恐れの方が高い ってことか。

だが 問題は、どう捕らえるか になる。

憑依の時でなければ 行方知れずだが、赤子に憑依するからな。エクソシズムは無理だ」


ボティスにグラス指差されて、ワイン注いでたら

朋樹とジェイドが戻ってきた。


「病院も混乱中だけど、回収前の繭を目撃したヤツが多くて、街中 軽いパニックだ」


セミナーの時に シェムハザにもらったタブレットで、配信された動画を検索すると、繭だけでなく

口から糸を吐き出して繭に包まれていく様子の動画が 幾つも見つかった。

その繭が、神隠しで忽然と消える様子も。


昨日のセミナー動画と この繭動画で、もう 効果は抜群って感じする。


オレらが人に戻していることで、その人たち...

特に、蚕にされる人たちの生命いのちは助かっていても

不安を煽るって点では、クライシは成功してるってことだよな。


“クライシ様って、この赤ちゃん?”

“どうしたら 印がもらえるの?” とか

“繭になった人、入院してるらしい”

“印をもらってなかったから?”... って

ネットの話題も そればっかり。


ニュース検索してみると、病院側とかは

繭と入院患者の病状に 関係は認められない って

コメントしてるけど、無理はあるよな。


もし 何も知らずに動画 観ても、オレだって

絶対 この繭が原因だろ って思うぜ。

口から糸吐いてるの見ちまうと 特にさぁ。

それが同時に、あちこちで起こってるんだし。


「それで、学校で繭になった奴の家族とは話せたのか?」


ボティスが聞くと

「話せたけど、ご両親は まったくクライシのことは知らなかったんだ。

一応、信仰している宗教も聞いたけど、

“仏教だろう、本家に仏壇があるから” って感じだった」って、ジェイドが答えて


「ただ、ろくに両親と話してなかったみたいなんだよな。夜遅くまで家も出てたりしてたし

“どこで誰と会っていたかは、わからない” って

申し訳なさそうに言われてな。

その子のスマホを見させてもらったんだけど

特に、怪しいと思うものもなかった」


うん。まぁ

あんまり家には いねー 時期ではあるよな...

することなくても “暇だな” って言いながら ツレといるしさぁ。


連絡先を交換してきてて、男の子が話せるようになったら また呼んでもらえるみたいだけど

今んとこ、わかったことは ほとんどない。


「マジで、どうやって繭にしてるんだろうな」


ジェイドが「本当にえらかったね。大活躍だ」と

買ってきた生クリームだらけのケーキを アンバーに食わせるのを見ながら、オレらもワイン飲んで

結局なんとなく話に加わる。考えたって 何も出ないんだけどー。


「今日、何かした訳じゃなくてもさ

それ以前には何かしてる ってことなんだろ?」


泰河が、顎ヒゲに グラスの指やって言う。


「オメガの印の人の内にさ、前に、おばさんに勧誘されてた人が 二人とも含まれてるのが引っ掛かるよな」


それなぁ...  オレも思う。

一人なら まだ、偶然かと思うんだけどさぁ。


「入院中の被害者に聞いた方が早いけど

まだ家族も病室に入れないんだ。

伝染するようなものだったら困るから、ってな」


「アコ」と、ボティスが呼ぶと

カレールウの箱 持った アコが登場した。


「今、飯盒はんごうで米 炊いてるんだ。

蓋に触っちゃダメだって言われてる」


「そうか。それは楽しみだが

入院してる奴等の採血をするよう めいを出せ。

アルファとオメガが 分かるようにしろよ」


「わかった。西がアルファで 東がオメガだな?」


アコが軍の奴等のとこに行って、ちょっと何か言うと、五~六人が消えた。


「そろそろ 肉を焼き始めるが... 」って

シェムハザが ワイン飲みに来た。


シェムハザ、バーベキュー好きだよなー。

炭火とか鉄板で焼くのにも慣れてるし、焼いてもらうと すげーうまい。ステーキ屋も顔負けだし。


「繭になった者のことで、何かわかったことは?」と グラスを口に運びながら、朋樹とジェイドに聞いてる。


二人がまた さっきの話して、ボティスが

「採血をさせている」と言うと

「わかったことは まだ少ないな。

しかし、蚕とはな...  “呪われろ” か」って

またグラスを口に運んだ。


「待てよ、シェムハザ。

なんで それを知ってるんだ?」


“のろわれろ”って、おばさんが

勧誘を断られた時に、吐き捨てた言葉だ。


あの時は、オレら四人しかいなかった。


「カフェで 勧誘されていた女の子が席を立って歩き去る時に、勧誘していた者が、彼女の背を見ながら そう唇を動かしていた。

すぐに朋樹が声を掛けたが... 」


おばさんを半式鬼で追った時か。


「えっ、マジかよ?!」と、朋樹が確認する。


「ああ。おまえの方からは見えなかっただろうが、女の子の背を追う時に、俺の方へ顔を向けて、唇を動かした」


あの時も、そう言ったんだ。


「“祈ることによって印を” とか言ってたよな?」

「言葉には光がある、とも」


「なんだ?」と、ボティスが聞いて

ハティやシェムハザも オレらを見る。


「あの おばさんを、最初に見た時なんだけど」と

朋樹が説明すると

ハティとシェムハザが、難しい顔をした。


「そういう術があるのか?」って、ボティスが

ハティたちに聞く。

ボティスが聞くってことは、よっぽど特殊な術ってことだ。

こういう時は、オレらは黙っとく。

口出ししても わかんねーし。


「おそらく、勧誘していた者は 魔女だ」


えっ?! あの おばさんが?!

確かに言葉は闇だったけど...


「言葉、この場合は定められた暗号によって

印を引き出していると思われる」と

ハティが グラスのワインを飲み干すと

「感染か?」と、ボティスが謎の言葉を言った。


感染て、病気?


ハティが頷き

「だが、無差別に感染させている訳ではないことから、感染ルートは、空気などではないと考えられる。

勧誘していた魔女が、相手に接触していないのであれば、魔女は暗号によって印を引き出すというだけであり、勧誘より以前に、選別され感染させられているということだろう」って、ボティスに

説明してるけど

何言ってんだ こいつ、くらいの感想しかねーし。


「悪い、ハティ。オレらにも わかるように説明してくれないか?」って 朋樹が言うけど

これ、わからん方が悪いんじゃねーと思うぜ。


「簡単に言えば」と、もう理解してるボティスが

「蚕や蝶になるウイルスに感染させられた ってことだ」とか言って、オレらは ぽかーんとした。


「ウイルス?」

「えっ? 病気?」


「そうだ。蚕症や ウスバアゲハ症と言えばいいか。突然変異ではあるが、見たところ生殖機能を失っていた。

進化に繋がるものではなく、一代限りの異形にされた ということだ」


生殖機能... ?


そういえば、蚕になった人も、ウスバアゲハになった人も、陰部には何もなかった気がする...


「突然変異って、遺伝子レベルで ってことなのか?

前の黒蟲の時は、寄生したものが宿主の体内で育って出てきていたが」


ジェイドが言って、朋樹が

「そういや、顔が黒蟲じゃなかったしな」って

言う。


話の内容の半分は わからねーけど

今、朋樹が言ったのは

黒蟲の件の時に、卵を寄生させられて

生まれて来た人蟲... 頭が人で体が蟲のヤツらは

顔がみんな黒蟲と同じ顔だった ってことで

今回の蚕や蝶の人たちは、顔は本人のままだった。


つまり、黒蟲の卵が育ったんじゃなくて

本人が変異した、ってことを言ってるんだと思う。


「カレーの匂いしてきたな」って 泰河が言うし

「おう、腹減ったよな」って 答えたけど


「お前等、話が わかっているのか?」とか

ボティスが言って


「DNAの遺伝子情報は、RNAに

そして、タンパク質に変換されるが

まず 遺伝子についてだ」とか

ハティが講義 始めようとしやがってさぁ。


「遺伝形質を規定する因子 のことをいう。

本体は DNA... デオキシリボ核酸 で

染色体上のある長さをもつ 特定の区画。

この、“遺伝形質”というのは、生物のもっている形や特徴のなかで 遺伝するもの をいい。

これに対し、“獲得形質” というものは 遺伝しない。

これは “後天性遺伝形質” ともいい、生物が生まれたのちに 外界の影響や経験によって得た形質であり、例えば、怪我や学習による知識などのことだ」


「へえ... 」

「ふーん... 」


「わかりやすく例えると、遺伝子は “音楽” で

DNAは “CD”。“映画” の “DVD” でもいい。

そして 遺伝子は普通、同一 の生物種の間 で受け継がれていくだろう? 人なら人、狐なら狐。

親から子どもへ、形質情報は遺伝する。

子が親に似てたり ってことだね。

今、ハティがしてるのは “遺伝子の垂直伝播” っていうプロセスの話だけど

これは、“経験で獲得した情報は遺伝しない” ってことだよ」


ジェイドが解説してる間に、ボティスの配下のヤツらが、病院とかで見るような、白い四角いトランク持って来た。

中身は、採血した血液みたいだ。


「検査をしなければ。後で戻る。

シェムハザ、ボティス、水平伝播まで講義の続きを」とか、ハティが オレと泰河に笑って消える。


「要らんぜ 別にー」

「“病気にされた” で、充分だよな」って

ぶーぶー 言ってたら


「食事を取りながらにしよう。肉を焼いてやる」って、シェムハザが 指 鳴らして

ガーデンテーブルとワインを バーベキューグリルの近くに移動した。





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