15


なんか ゾッとする。違和感どころじゃない。


ホールは、どよめきに満ちた。

驚きと不安が スクリーンからも伝わってくる。


『“世は、不幸に満ちる。

地を這うことなく生きるには、羽が必要だ。

それは、全ての者に与えられるが

翔べない羽ならば、意味はない。

次世界を生きたいものには、印を与えよう”』


“全ての者に” ?


『こいつ... 』と、ミカエルが言うと

「そのつもりのようだな。従わない者は

かいこにするんだろ」と、ボティスが吐き捨てた。


『“クライシ様、ありがとうございます。

では皆さんに、こちらを ご覧いただきましょう”』


次に ステージ袖から出て来たのは、でかい繭が付いた枝が 二本。

底にキャスターが付いた 太い鉄柱 二本に、一本ずつ括り付けられていた。


「繭が 二つだ... 」


ジェイドが眉をしかめる。


『“皆さん。これが、第七の天使のラッパ

不幸の正体です。もう始まっているのです”』


鉄柱に括り付けられた枝と繭は、女の人と赤ちゃんのクライシ、グレースーツを間にして、左右に分けて置かれた。


赤ちゃんのクライシが、右側の繭を指すと

女の人がその繭に、クライシを近付ける。

クライシは、繭の向こう側に隠れて見えなくなった。


五秒くらいで、また女の人が元のように抱くと

グレースーツが クライシにマイクを向ける。


『“こちらの者は、不幸に見舞われる前に

次世界を生きたいと、私に祈った者だ。

今、救いの印を付けた”』


「いや、嘘だ。繭には何もしていない。

最初から、左側は蚕にする繭だ」と

ボティスがシラけたように言う。


「なんで そう思うんだよ?」って聞いてみたら

「もう繭を出るところだ。変態は完了している」って 答えた。


考えてみたら そうだよな。

もう繭の中で、形は変わってしまっている。


繭の 二つ共に、同時に穴が開き出した。

ホールは また静まり返っていたけど、繭の穴から触覚が見え出すと また どよめいて、悲鳴に似た声も聞こえた。


グレースーツが

『“どうか、落ち着かれてください。

人類は今、第七のラッパのに導かれ

新たなる進化に向かっているのです”』と

ゆっくりと声を張り出した。


『“これが、すべての人類に起こることなのです。

新しい身体を得て、順応するのは 全く以て大変な試練となります!

ですが、救いの印があれば、そういった次世界を生きることが出来るのです!”』


「なるほど。世界が変わるんじゃあなく

進化した者が生きる世界が “次世界” という訳か」


『そうか。これなら 天災を起こす必要もない』


いや...  そうだけどさぁ...


「みんな、繭にするってこと?」って 聞いたら

ボティスは「そう言っているな」とか答えるし。


「いくらなんでも、無理があるだろう?」って

ジェイドが言うと

『体内の情報を組み換える手段にもよるけど、こうやって 印が欲しい信徒を増やせば、どんどん拡がってはいくだろ?』とか 露ミカエルも言う。


「... けどさ、例えば どんな?」って

泰河が、聞きたくないけど って風に聞く。


「拡げていく、という観点で言えば

クライシだけが出来る手段じゃないんだろ。

信徒も出来ないと困るからな。

ごく小さい卵を取り入れる、などなら

食事や飲み物に混ぜればいい」


そんなの... 卵さえあれば、テロも可能じゃねーかよ...


スクリーンの中では、繭から頭と肩が出ている。


スマホで動画を撮ってるヤツもいれば、動揺して 椅子を立ち上がった人も何人かいて、グレースーツが

『“どうか落ち着かれてください! 救われます!”』と 繰り返し

壇上にいた闇おばさんや 他のヤツらも、ホール内の人を落ち着かせるため、穏やかな顔で声を掛けて回ってる。


「朋樹は、大丈夫なのか?」


ジェイドが言って、不安になった。

泰河も顔を青くする。寄生系だったら怖いよな...


「シェムハザがいる。何かあれば気付く。

それにだ。このセミナーでは、そういったことはしないとみている。

セミナーに参加した者が、次々に繭になったら

すぐに この団体が怪しまれるだろ?

無関係のところから 蚕にしていくんだろ」


だったら いいけどさぁ...

いや、良くは ねーけど...


『もし 何かされてても、繭になる前に お前達が印を取り除けばいいだろ?

変態しても戻せるんだぜ?

変態するから衰弱する んだしな。

変態する前なら、そのまま印だけ消せるだろ?』


「えっ!」「マジで?!」


オレと泰河が、つい でかい声で言うと

「お前等は、もう少し自分の能力について知り

利用方を考えた方がいい」と

ボティスが ため息をついた。


「わかってたのか?」と ジェイドが

ボティスに聞くと


「そりゃ対処 出来るだろ。

しかもだ、本当なら 変態前の方が簡単なはずだ。

繭で見つかるから、羽化後の対処となるだけだ。

本当に危険だと見越してりゃ、ホールに朋樹は入れん。シェムハザだけで十分だからな。

お前は賢いが、まだ柔軟性が乏しい」って

めずらしく やられてやがる。


繭になる前でも、対処 出来るんだ...

ちょっと気分が楽になった。

衰弱させないで戻せる と思うと。


『お前等には 俺の加護があるから、何かに入られることはない』と

露ミカエルが、ボティスとジェイドに言ってる。


『獣の泰河、お前も大丈夫だ。

問題は、お前と朋樹だな』って

露ミカエルが、オレを前足で指した。


『ハーゲンティの印は、まぁ あった方がいい。

他神話の神や悪魔に利く場合がある。

天より威を示せることもあるからな』


えっ、ハティ すげぇんじゃん。

すげーってこと 忘れてたぜ。


『ただ、堕天使系の悪魔と天使なら、やっぱり俺の加護だ。身体にクロスは無さそうだな。

ハーゲンティと別のとこに与えるかな... 』


「えー、ボティスが バラキエルの時にも、加護はもらったけどー」


『こいつのは、避雷と天使の圧力だろ?

それは印が要らない加護なんだ。

守護系だし、威を示す訳じゃないからな。

俺のは ハーゲンティと同じで、威も示すし 守護も兼ねる万能系なんだぜ』


ふうん。ボティスが守護 って 意外だけど

ミカエルは、そりゃ万能だよなー。

だって ミカエルなんだし。


『よし、うなじだ』


「なんで?」


『跡が付くから、目立たない方がいいだろ?

死神の中には、後頭部から魂 抜く奴もいるし』


また怖いこと知ったぜ。

で、露ミカエルは『加護を与える』って言っただけで、オレのうなじに小さいクロスを付けた。

これも小さく怖いよな。


『後ろ向いてみろ。... うん、髪で隠れてるな。

これで何かに入られることはないぜ。

ただ、元天使のバラキエルと祓魔のジェイド程、

術や祈りには感応しないけどな』と

そのまま ジェイドの膝から、オレの肩に飛び乗った。


「なあ、必要ねぇんだろうけどさ、

オレだけ加護ない ってさ... 」


『ん? じゃあ、お前にも加護を与える』


泰河のうなじにも付いた。簡単だよなー。

泰河、嬉しそうにしてやがるぜ。


『ん? バラキエル、お前

こいつらに博打の加護も与えたか?』


露ミカエルがオレの肩からボティスを前足で指すけど、ボティスは「さぁな」って カップの冷めたコーヒーを飲み干した。


泰河と眼を合わす。

“賭けは、ここ 一番て時だけ” って 言ってたよな?

ボティス、ミカエルに負けたくなかったのか...


「繭から全身が出た」って言うジェイドの声で

またスクリーンに眼をやる。

ホールは静まり返っていて、皆 椅子に座って

壇上の それを見ている。


左側は 蚕だ。口が無い。

真っ白な蝋肌に、か細い身体。分厚い羽。


右側は、人に そのまま触覚と羽が付いた感じだ。

肌や髪の色も 人の色のままで

体つきも痩せ細っていない。

背に重ねて立てた両羽は、蝶の羽の編み模様で

羽の縁と模様を描く線が黒く、薄く透けている。


「ウスバアゲハみたいだな」と、泰河が言う。


プロジェクターのライトが当たる、ステージの白いスクリーンには、ウスバアゲハのような羽の影が 透けて映っている。

重ねていた両羽を ふわりと開いた。


左の蚕になった人が、乾いた羽を動かしながら

ステージに ぼたっと落ちて、また悲鳴が上がってる。

朋樹が立ち上がろうとして、シェムハザに止められた。


「どうするんだよ?」「行くか?」

「いや目立ち過ぎる。すぐには死なん」

「でも、あの人は どうなるんだ? このままじゃ... 」


右側のウスバアゲハの羽を持った人は、すっかり乾いた羽で、微笑んで ステージから飛び立ち

ホールの座席の上を 優雅に羽ばたいた。


言葉を失ったまま、ただそれを見上げていた人たちに、クライシが赤ちゃん声で

『“望むならば、羽に印を与えよう。

共に、次世界に生きるために”』と 宣言すると

ホールには、大歓声が起こった。


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