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「とにかくさぁ、バス待機だよな。オレら」

「おう。頼むぜ」


姿を見えなくした シェムハザと 朋樹が、セミナーのホールに入って行く。


カメラもシェムハザが持って行ってるし、オレらはバスの中から、シェムハザに渡されたタブレットのスクリーンで、セミナーの様子を見れる。


昨日の夜は、時間を置かずに また繭が孵って

地面に落ちるまえに、繭の枝ごと シェムハザとアコが降ろすと、筆で出した文字を 泰河が消して

人に戻してから、病院に搬送してもらった。


今は、ホールの駐車場にバスを入れて

オレらは 後部座席にいる。


L字のシートに、ジェイドと泰河、オレとボティスが座って、露ミカエルは、設置した小さいテーブルの上だ。タブレットの真ん前。


「ミカエル、退け」


脚 組んだボティスが、めんどくさそうに言うと

『まだセミナーは始まってないだろ?』って

まーた始まりそうだったから

ジェイドが、露ミカエルを 後ろから抱き上げて

自分の膝に乗せ

「さっき買ったフィナンシェを食べよう」って

テーブルに箱を出した。


『珈琲は?』って言われて

ため息ついた泰河が 買いにバスを出る。


夜、繭のことが済むと

『日本の城が見たい』とか言い出したミカエルに

シェムハザが付き合わされて、翼で飛んで行ったんだけど、何故か大量のカプセルトイを持って帰って来て、オレらは明け方まで組み立て作業をさせられた。


『プラモデルが欲しいな。かっこいいやつ』とか言い出してるしさぁ。作るの誰だよ って思うぜ。


榊は、沙耶さんの家に アンバーと泊まってたんだけど、昼飯食いに行ったら、露ミカエルと会って

『おっ!狐だな? 前に駐車場で会ったな。

バラキエルの女だろ? で、狐に戻れよ。

俺、狐 好きなんだ』って、榊を化け解かせて

『クリーム色だ。尾が 三つある。ふうん』

『む... ふむ』って、榊すら ちょっと引かせてた。


『なんだ、こいつ。インプか?』って

怯え気味のアンバーにも構わず近付いて、ふんふん匂い嗅いで

『聖獣になるかもな。お前といるから』って

ジェイドに軽く言った。


『セミナーの参加者は、何人なんだ?』


「さぁ... 」

「そう多くは ないだろ。百はいないと みている」


『そうだな。今 入った奴で、68人目だ』


「えっ? 数えてた ってこと?」


ビビって聞くと

『だって 今日は他に、ホールで催しは ないんだろ? 正面から入っていったのは、シェムハザ含まず、朋樹は含めて68人だぜ? 顔も覚えた』って

露ミカエルは答えた。

ロクに見てなく見えたのに、天使って すげぇ...


「こんなだが、管理能力には優れているからな」


『まぁな。もう時間だろ?

また 二人入ったけど、受付は終わったみたいだ』


ちょうど泰河も戻って来て、オレらにカップのコーヒーを配った。

露ミカエルには、ジェイドが フィナンシェ係で

オレが コーヒー係だ。

露ミカエル用に、泰河はプラスチックスプーンが大量に入ったやつも買って来てた。


タブレットには、映画館みたいに並ぶ椅子に 座った人たちと、前方のステージが映し出された。


朋樹は、右の列の席の 一番後ろに座ってる。

横 一列分、他の人と ずらしてるから

朋樹の隣には 誰もいない。


シェムハザは、もっと後ろ... ドア付近から全体を撮ってる感じだ。

後ろの方て、スライドプロジェクターの準備をしてる人も映っている。


ステージは、結構 高さがあって、オレらの胸くらいはある。

学校とかの体育館のステージより少し高い ってくらいだと思う。


真ん中に、スライド投影用の白いスクリーンが降りてて、端には 両端に 三人ずつ、スーツやワンピース、控えめな正装のヤツが立ってて、学校の先生っぽさがある。

垢抜けない、ちゃんとした人たちっぽく見えるし

表情は “始業式” って感じがする。


その中の 一人に、闇おばさんもいた。

ベージュのワンピーススーツにグレーのストッキングだし、上級者過ぎるだろ...

オシャレな人がやれば、オシャレなんだろうけどさぁ。

あまり似合っていない口紅の赤が浮いて見える。

でも 顔は晴れやかだぜ。

なんせ、自分の姪っ子が “生き神様” だもんなー。


『“ようこそ お越しくださいました... ”』って

壇上の男の 一人が、マイクで話し始める。

40代くらいのグレーのスーツだ。


『“本日こうして、お集まりいただきましたのは

他でもありません。

もう、すぐそこにまで迫った不幸からまぬが

次世界のいしずえを築くために、クライシ様が

皆さんに印を付けられるのです... ”』


壇上と、席の両端から拍手が起こる。

両端の席は、すでに信徒の奴等みたいだ。

引っ張られるように、他の人たちも拍手する。


『“ありがとうございます。

さて。先に申し上げました不幸について、私共が存じておりますことを ご報告いたしたいと思います... ”』


ここからは、黙示録のラッパの話なんだけど

グレースーツの おっさんは

『“第一の天使が ラッパを吹き鳴らしますと

血混じりの雹が降り、大地が燃やされました。

夏のことです。今でも追悼が行われておりますね? 私も 身を持っては、戦争を存じませんが

この国の 二つの地域に投下されましたのは、大変に恐ろしい... ”』と、現実に起こった人災や天災に当て嵌めながら話し出した。


近世の戦争や迫害、大事故や、火山噴火や地震など、歴史に残る規模の物に、“事実だ” と 淡々と当て嵌めていく。

煽るより ずっと、真実味が出るような話し方だ。


『これって、ここ百年くらいのことだろ?

だったら、ヨハネが幻視してから 今まで何度

黙示録の内容が起こったっていうんだ?

幾度か実際に起こった 類する出来事、例えば

“倒れた大バビロン”、前538年にバビロニアがペルシアに滅ぼされたことは、再び繰り返す出来事として幻視してる。“どんなに栄えた王国でも 一瞬で堕ちる” って。

天災は、星が動いて為すこともあるんだぜ?

これまでの天災は、ネフィリムの時の洪水以外

審判によるものじゃない。

今、あいつが話してることの争いや人災は、人間が 自分達で引き起こしたことだ。

悪魔だって、こういう思想が全くない奴には 囁いたり憑いたりしないからな』


「そうだな。落ち着け、食え」って

ボティスがなだめてるけど、ミカエルが 今ホールに入ってなくて 良かったよなぁ。

たぶん、このままを言っちまってるぜー。


次にグレースーツは、ホールの照明を落として

『“各団体の方々も、皆さんの お心を救いたく

誠実に務めていらっしゃいますが... ”』と

準備していたスライドをステージのスクリーンに映させた。


『“こちらは、ある御住職の ありがたいお話の ご様子です。

許可をいただき、お話を録音らせていただきました”』


そう断って、法衣を着て笑顔で映っている坊さんの話だ と言って、話し声をホールに流した。


戦争や天災の被害者である信徒に向けた話みたいだけど、グレースーツは

『“そうですね”』『“まったくです”』と

録音の話し声に相槌あいづちを入れる。


『“... ですが、その方たちは、なぜ救われなかったのでしょう。正しく生きておられたでしょうに”』と、呟くように言って、次に スクリーンには 教会の朗読台の向こうに立つ司祭が映った。


また、録音の声に相槌あいづちを入れる。

司祭の録音の話が済むと

『“祈りは届いているのでしょう。天のお父様は

ただ、見守られていらっしゃるのですから”』と

次のスライドと、録音の声に移る。


幾つかのスライドを、そうして写して 相槌を打って、疑問染みた感想を呟くと


『“... 今、ご覧いただき、ご清聴いただきましたように、各団体の皆様方も

精一杯、皆様のお心を お救いしようと、並々ならぬ情熱を持って 尽くしておいでです。

ですが何故、いつも誰かが泣くのでしょうか?

正しく生きても救われないのは、何故なのでしょう?”』


ホールの照明は また落とされたまま。

静まり返っている。

抑揚も少なく、朴訥ぼくとつと話す男の声に

ホールの人たちは、いつの間にか 聞き入っているみたいだ。


朋樹が振り向いて

カメラを持つシェムハザの方を向いた。


シェムハザが 朋樹の隣に座ると

朋樹は、スマホの光が目立たないように 自分の膝の間に挟んで、短い文を打ってる。


“葉の匂いがする” って

泰河にメッセージが届いた。


「葉?」

「急にかよ?」


そう送ると、朋樹は軽く頷く。


『“... 救われないのは、ここに、お釈迦様が、お父様が、尊い神々が いらっしゃらないからではないでしょうか?”』


シェムハザが

“グリーンアルコールとアルデヒドだ” と

朋樹のスマホから送ってきた。


「緑の香りってやつだ。

リラックスや疲労回復だけでなく、頭脳覚醒の効果もある」と、ボティスが フィナンシェ摘まんで言って

「長話したから、一度リセットさせているようだね」と、ジェイドが肩を竦めた。


『じゃあ、今から出るな。どっちに賭ける?

俺は先にまゆだ』と、露ミカエルが

箱にある最後のフィナンシェを前足で指す。

ほとんど ミカエルが食ったのにさぁ。


「いや、クライシだ。

今、神の話をしてるからな」


「オレも クライシと思う」って、泰河が言った時

『“神とは、奇跡を形で成せる方です”』と

ちょっと繭方向に話がズレた。


『ほら、お前等も張れよ』


天使なのかよ、ミカエル...

張ったところで、フィナンシェは 一個しかねーしさぁ。


「繭」って、ミカエルに気を使い気味の ジェイドが言って

「じゃあオレ、クライシ」って 答えると

「良し」ってボティスがピアスはじいた。


『なんでだよ? インパクトでいくなら繭だろ?』

「喋る赤子もインパクトはある」


『“第七の天使が、ラッパを吹き鳴らす日が

やってきました。

ですが、救いの天使もまた 御光臨されたのです。

あなた方に、印を付けられるために”』


「長ぇよな」「引っ張ってんな」

「グリーンアルコールが ホールに行き渡るのを

待ってるんだろうね」


『“もはや時がない。第七のラッパを吹くとき、

神の秘められた計画が成就する。

それは、神が 御自分のしもべである預言者たちに

良い知らせとして告げられたとおりである”』


『引用までしてきたな。10章7節だ。

父は見てるだけ って、さっき言ってたんだぜ?』


「そもそものことだろ? 最初から黙示録を利用している。だが、既存のキリスト教とは線引きをしたいようだ。こいつらは、クライシ教だからな」


『“ご紹介いたしましょう。

次世界への印と、それを皆さんに賜れる天使。

クライシ様です!”』


「おっ!」「どっちからだ?!」


ステージ上だけ ライトが付いているけど、スクリーンが やけに白く浮いて見える。

... プロジェクターのライトか。


ステージの端から、赤ちゃんを抱いた女の人が出てきた。


「見ろ」『嘘だろ?』

ボティスの勝ちだ。何故か泰河が フィナンシェの包みのビニールを開けて食うけど。


ミカエルは『お前、何とか言えよ!』って

ジェイドに 八つ当たりしてやがる。

「後で ロールケーキを食べよう」って言われて

眼は細めてるけど、落ち着いたっぽい。


グレースーツのおっさんが、女の人に抱かれた

赤ちゃんにマイクを向けると

『... “私は、救いの天使だ”』と

赤ちゃんが、かわいらしい声で はっきり喋った。





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